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弟3話 ー帰り道ー

 キーンコーンカーンコーン……

 授業の終わりを告げる幸せの鐘の音色が響く。

「えー。次の授業までに、72ページに書いてある事を予習してくること。いいな! じゃあ、委員

長。号令」

「キリーツ。キヨツケー。レー」

 委員長が慣っきたように号令をかけ、小村が教室から出て行くと、クラスは一気に放課後モードに

なる。今日は六時間なので、このあと軽いホームルームがあって、それで終わりだ。担任が教室に来

るまでの間、クラスはにぎやかになる。

「部活かー……だりーなー」

「なに言ってんだよ。今週末、練習試合だぞ? おまえ大丈夫かよ」

「ねーねー? このあと、あの店寄らない?」

「いいね! いこいこ!」

「これF組の田中に、渡しとけよ」

「了解。居なかったら、机に置いとくだけで良いだろ?」

 そんな、放課後トークが聞こえてくる。朋美はというと……

 ……いない……トイレでも行ってしまったのだろうか?

 ちょっとションボリしていると、俺にも声がかかった。

旬太(しゅんた)。一緒に帰ろうぜ!」

 声をかけてきたのは、平川康介(ひらかわこうすけ)。さっき言った中学からの、俺の唯一の親

友だ。

「ホームルームまだだろうがよ。せっかちだな。今日、部活は?」

「休み。この土日、両方練習試合だったからさ。月曜は休み」

「そっか。じゃあ、コンビ二でも寄ってく?」

 そこで教室の扉が開く。担任の豊崎先生が入ってきた。

「いいよ。じゃ、あとでな!」

 康介は一見すると、スポーツをやっているようには見えない。サッカー部に属しており、夏休み明

けというのもあってかすっかり日焼けしているが、それでもスポーツマン特有の気合いの入った感じ

というものが皆無だ。サッカーはそこそこにうまいらしいが、あいつを見ている感じだと、とりあえ

ずやっていると言った感じだ。容姿は決して悪くはない。しかし……バカだ……

 豊崎先生は教卓について、明日の予定について説明しだした。特に変わったことはなく、いつも通

りの火曜日課だそうだ。

「じゃあ、今日はコレで解散ね。委員長。号令かけてくれる?」 

「キリーツ。キヨツケ。サヨーナラー。」

 お決まりの号令に合わせてみんな「サヨーナラー」と復唱する。そして、豊崎先生は教室をさっさ

と出て行く。その様子を、何人かの男子は目で追って、

「やっぱ、豊崎先生って美人だよなあ。スラッとした体に、スーツ、そして眼鏡!最強コンボだよな

あ」

「ああ、そうだよなあ……憧れるわあ」

 豊崎先生を見て鼻の下をのばしてる男子を、汚らわしそうに女子達が見ている。

恒例の動作が一通り済むと、後はみんなバラバラだ。部活に行くもの。掃除をするもの。帰るもの。

 俺は無意識に朋美を見る。なにやらとなりの女子と相談している。しばらく話した後、そのまま教

室を出ていってしまった。今日は部活なんだろう。

 朋美は、読書部とやらに所属している。なんだか珍しい部活だが、活動は読んで面白かった本を他

の部員に紹介して、一人一人紹介したら、後は本を読んだり、お菓子を食べたりとかなり自由な部活

だそうだ。その気楽さが人気なのか部員は、なかなか多い。全学年合わせて20人くらい居る。文化

系の部活にしては、多いだろう。活動も週一回、月曜のみなので、とりあえずなにかの部活に入りた

い奴にも、手頃なんじゃないだろうか。

 それはそうと、帰る約束があるので康介を探してみる。あいつも教室の入り口あたりで数人の男子

と話している。サッカー部の奴らだろうか。

「あいつらも相談か……」

 俺は部活には入ってないので、放課後にだれかに会って相談なり打ち合わせなりというものが全く

ない。

 あいつらは忙しいね……

 何となく窓際に寄りかかって空を見た。奇麗な秋空だ。薄い雲が帯みたいに手前から地平線に向か

ってのびている。

 ふっ、と空しくなる。

「俺……小学校から変わってないじゃん……」

 俺は高校に朋美と共に入る事となったが、中学のブランクが合ってか、未だにコミュニケーション

がとれない。1年のときは朋美と違うクラスだった。運命もそこまでお人好しではないのだろう。そ

んな風に黄昏れていたが、2年に上がってあっさり朋美と同じクラスになった。そのときは、入学式

の時以上に狂気した。これで、また、楽しい時間が過ごせる!そう思った。

 でも、現実はやっぱりそうじゃない。

 俺は小学校の頃から変わってなくても、朋美は変わっていた。

 小学校の頃にはなかった魅力をたくさん持っていた。

 もちろん俺は、いままで以上に朋美に惹かれた。でも、俺は魅力があるから惹かれているのだ。そ

の魅力を感じるのはもちろん俺だけじゃない。 

 簡単に言ってしまえば、朋美はモテるのだ。

 実際このクラスの何割かの男子は、朋美を好きでいるだろう。

 ますます、小学校の時に告白するんだったと後悔する。せっかく、同じ高校に入れたのに……皮肉

にも、同じ高校に入ったから、もっと後悔する。

 そのとき、ツンツンと肩を軽く突かれる。ハッとして振り返ると、

「よっ! お待たせ」

「ああ、康介か……」

「康介か、って何だよ? もっと他の人に話しかけてほしかったか?」

「うぅ……ちょっとでも期待した俺が馬鹿でした」

「馬鹿で結構、結構! 期待するのは大事な事だぜ?」

「何、格好つけてんだよ……早く行こうぜ」

康介がそんな馬鹿な台詞を言いながら馬鹿丸出しのポーズをとったので、話を続ける気にならなかっ

た。

そのまま、さっさと昇降口に向かう。

 俺と康介は本物の親友だ。康介に出会えた事は本当に感謝する。相談は何でも出来るし、康介も俺

を頼ってくれる。普段は爽やかに見える康介も、俺の前では全然そんな感じはない。素で接してくれ

ているのだろう。という事は、こいつの爽やかは作られてるってことになるが……

 だが、そんな康介にも打ち明けてない事がある。

 実は朋美のことだ。

 確かに朋美のことは相談した。康介は相談に乗ってくれた。だから、俺は康介と親友になれた。

 しかし、康介はまだ知らないのだ。なぜ自分が高校に入ってから、康介に打ち明けなかったのかと

聞かれると、はっきりとは分からない。

 でも、俺は朋美のことは自分で決着をつけたいと持ってた。だから、まだ康介には打ち明けてなか

った。

 俺が、小学校の頃から想い続けているのは、西原朋美だということを。

 今、俺たちのクラスに居る、朋美なのだということを。

 中学で康介に相談した時、俺は朋美の名前は出さなかった。伏せていた。名前までべらべらしゃべ

ってしまうと、なんだかもう過去のことみたいになっちゃう気がしたから。もちろん、康介も名前を

知りたがった。でも拒否した。そして、そのままここまで来てしまったのだ……


 学校からコンビニへ向かう途中、康介とたわいのない話をした。

 この前のサッカーの練習試合の時の事や、クラスの友達の事や、豊崎先生の事や……

 同じクラスの男子のことを話題にして、大爆笑したり。もうすぐ発売になるゲームの予約はしたか

どうかとか。あの漫画、まだ最新刊が出ないとか。そんなことを話してた。

 そうこう話してるうちに、だんだん恋の話になっていった。まあ、いつもの流れだろ。

 俺が茶化して、あいつだろ?あいつだろ?って、康介を問いつめていった。

 だが、今日の康介は俺のおふざけに対するのりが悪い。本当に些細で、周りから見ればいつも通り

かもしれない。でも、微妙に硬かった。冷たかった。

「なあ、旬太」

「な、なんだよ……」

 康介が突然、真面目な声で呼びかけてきたので、少し驚いた。

「相談してもいいか?」

「うん……別にいいけど」

 本格的に真面目モードだ。目が怖い。

 俺が、OKサインを出しても康介は何も言ってこない。

 かなり間があった。

 そんなに、深刻なそうだんなのだろうか。

 そして、二人の間に、程よく沈黙が浸透した頃、

「……俺、好きな人がいるんだ!」

「へ……?」

 あまりに唐突だったので、間抜けな声しか出なかった。

 好きな人が居る? そうなのか。へ〜。

「って! マジかよっ!」

 結構驚きだった。康介は、普段から飄々(ひょうひょう)としており、恋愛には興味がないと思

っていた。

 康介は珍しく恥ずかしそうにしている。意外と恋愛には弱いのかな、康介は。こんな康介を見るの

は新鮮で意外と面白いことではあった。つい馬鹿にしたくなるが康介は至って真面目なのでやめてお

いた。こっちもちょっと真面目に話してみよう。

「じゃあさ、告って見れば?」

 康介は、きょとんとしている。 

 ちょっといきなり過ぎたか。 

「えっ!? 告るったって……てか、おまえ俺が誰のこと好きなのか知ってんのか!?」

「そういえば、知らなかったな。だれなんだ? 」

「いや……でもちょっと自信ないし……あの娘のこと好きな奴、結構いるみたいだし……」

「そうなのか? お前も意外と、アイドル性高い奴とか好きなんだ?」

「そういうわけじゃないけど……」

 このとき、俺は他人ごとみたいに考えてた。

 こいつのことだから、きっと告白してうまく行かなくても、すぐケロッと忘れて……

 最初からうまく行かないと決めつけるのは可哀想だな。

 でも、そんな風になるんだろうと思ってた。

 康介が次の一言を放つまでは……

「俺が好きなの……西原なんだ……」

「えっ……?」

 俺は焦った。朋美のことを好きな奴が新たに発覚したから……もちろんそんな理由ではない!

 康介が。俺の親友が。俺と同じ人を好きになっていた。

 俺はしばらく黙ってしまった。何も言えなかった。

 康介も同じ様に黙ってしまった。俺の考えてることがばれたのだろうか。康介はじっと俺の顔を見

ているが、俺は康介の顔を見れない。

「ああ……いや……いいんだぜ! 何もしてくれなくて! 俺もただお前には知っといてほしかった

だけだからさ!」

 康介が取り繕う様に言ったが、康介はきっと俺の頭の中を正しく理解出来ていないだろう。いや、

出来る方がおかしい。

 俺は康介に、俺が好きな幼なじみの名前を教えていない。康介は俺が好きな幼なじみは、中高一貫

校に通っていると思っているだろう。その幼なじみが同じ高校に通う西原朋美だなんて、誰が想像で

きるんだ!

「旬太……悪かったよ……お前、せっかくあの幼なじみから立ち直れてたのに……俺、知らなくて…

…」

「そんなんじゃない……そんなんじゃない!」

 俺が好きなのは、ずっと朋美だけだ!

 最後の言葉は口から出せなかった。

 康介は俺が新たに恋愛対象を見つけて、それを支えに完全に立ち直ったと思ったのだろう。

 康介は俺の様子が明らかにおかしいので、困惑しきっている。

「悪い……今日は一人で帰る……」

 そう言い残して俺は駅に向かって走り出した。なんでこんな風になった。そんなの決まってる。俺が

康介に、朋美のことをしっかり話しておけば良かったんだ。中学のときに言えなかったのなら、高校に

なってからでも言えば良かった。そうすれば、康介が朋美を譲ってくれるとかそういう考えでは決して

ないけど、もっと他にいい道があったはずだ。そうすれば、少なくても今みたいに俺が取り乱して、康

介を困らせることはなかったはずだ。

 すっかり夏も終わり、涼しくなった風が全身に感じられる。普段は気持ちいいはずのそんな風も、今

は空しいだけだった。

 

 

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