第15話 アルドリックとの決着
× × ×
そして三日後。
いよいよその日はやってきた。
貴族馬車の中で、炎の杖を支えに眠りこけていたアルドリックは、
何やら動揺している執事のホルストから揺り起こされた。
「坊ちゃま、……坊ちゃま!」
「なんだうるさいぞホルスト……、もう少し寝かせろ……」
「ミルテ村に到着いたしましたのですが……!」
「んあ? そー言えばそうだったな……。これだから辺境への遠出はかなわん……」
あくびをし、伸びをしてからアルドリックは「だが――」と性悪そうに顔を歪めた。
「連中もまさか、こんな朝早くから徴税に訪れるとは夢にも思わんだろうよ」
どうせ村を訪れるなら相手が身構えていない時間帯がいいだろうと、
同行する騎士団や徴税官たちを顧みることなく、昨晩に出発して今到着した次第なのだ。
よって先触れを出しているハズもなく。
今から村人たちが叩き起こされ慌てふためく様が目に浮かぶようだと、
アルドリックは貴族馬車から意気揚々と降り立ったのだった。
――が、しかし。
アルドリックの目に飛び込んできたのは、
村の出入り口に佇むミゲル村長と、帽子を目深にかぶった村人二人の姿だったのである。
アルドリックの頭にカッと血がのぼった。
「どういうことだホルスト!? 村に着いたら即起こせと命じておいただろうが!?」
「もちろんでございます。ですので、たった今到着したばかりなのでございますが……」
こんなときホルストが嘘をつくわけがない。
であればどういう状況か? アルドリックは懸命に脳を働かせた。
しかし、どう考えても辻褄が合わない。
「先触れを出してもいない……。しかもまだ日が昇って間もない時間帯だ……。
だというのに! 村の連中は、ボク様たちが来ることを知っていたというのか!?」
「恐らくは……、左様でございましょう……」
「それに、何なんだよ……! あの村の色合いは?」
リヒトがペイントローラーを使って村の建物を塗り替えた『ピーコックブルー』のことだ。
ピーコックとは大きな尾羽を持つ雄クジャクのことである。
その羽のような鮮やかで深みのある青緑色をピーコックブルーと呼ぶのだ。
(よもやここまで村が様変わりしているとは……っ、あの行商人め!
導師が納税分の小麦を工面したくらいの事しか書いてなかったじゃないか、クソが!!)
だがそれはそれとして、こちらの計画が筒抜けになっていたことの説明は付かない。
それに実際、ああして待たれているということは、
寝込みを叩き起こして相手の余裕を無くす算段はついえたのだ。
後手に回ってしまったからには、こちらから向かって出迎えてもらうしかない。
「はなはだ腹立たしいが、行くぞホルスト、馬車を向かわせろ」
「かしこまりました」
そうして再びアルドリックを乗せた貴族馬車は、ミゲル村長たちのもとまで向かい。
御者席に座ったホルストと二・三の挨拶を交わしてから。
ミゲル村長たちは例年通りに、徴税官たちの馬車を村の広場へと案内したのである。
杖を突き、足腰が弱っていることを装って、ゆっくりと歩きながらだ。
そうすることで馬車の中から外を眺めているアルドリックに、
村がどれだけ導師の力によって変わっているかを思い知らせる為である。
それは女神クレセトが提案したせめてもの慈悲だったのだ。
報告書とは違い村の景観が一変していたら普通なら警戒するものだからだ。
ましてや導師が召喚されているともなれば、
レイラを娶ることなどできなくなったと考えるのが筋だ。
結果はもう目に見えていると、すごすご退散するのならそれで良し。
だが、わかっていた事とは言え、
性根の腐っているアルドリックが、そんな殊勝な考えに思い至るハズもなかった。
(小麦を生み出す導師とはどんなものかと思えば、これはなかなかに使えそうじゃないか。
魔力持ちなんぞよりもよっぽど有用よ! これはボク様にも運が巡ってきた……!)
そう――、警告は既に成されたのである。
ここで引き下がらなかったら自己責任というラインを越えて、一行は広場へと到着した。
そうして貴族馬車から降り立ったアルドリックだが、ほんの少しだけ怯む事となった。
(っ……!? 何だ……?)
何故ならば、広場を囲い込むように村人たちが総出で集結していたからである。
その異様な光景に一瞬たじろぐこととなったのだが。
「ミルテ村へようこそアルドリック様。ワシは村長のミゲルと申します。
こんな辺境の地に遠路はるばるよくぞおいでくださいました。
村人一同、若様のご到着を心より歓迎いたしますぞ」
などと一斉に頭を下げられれば、アルドリックの警戒心も弛まるというもの。
何故こんな時間帯に村人たちが総出で待っていたのか、
そんな疑問すらも頭からすっぽ抜けてしまう。
「良いじゃないか! それでこそ農奴の心がけよ!」
気分を良くしたアルドリックは、
既に作業を始めようとしていた徴税官たちへ向けて声を張り上げた。
「と言うか何をモタモタしてるんだ! 税吏どもはさっさと麦の積み込みにかかれ!
騎士団もボク様の警護は要らん! 税吏の連中を手伝ってやるといい!」
その命令には誰よりも税吏長が仰天させられた。
「お待ちください若様……!! まずは規定通りに、砂や殻が混じってないか、
麦が湿ってないかなどのチェックから始めねばなりません!」
「おいおい? 貴殿の目は節穴か税吏長?」
アルドリックはこれ見よがしに炎の杖の石突きで、地面の石畳を強く打ち鳴らしてみせた。
ミルテ村では唯一舗装されているのがこの広場なのである。
「導師が召喚されたという村が、こんなにも様変わりしてるんだぞ?
そのうえ賄えなかったハズの年貢まで準備万端と来たら、
そんなの考えるまでもないだろうが!」
「で、ですが……! 規則でございますので……」
「それでわざわざ品質を確かめて、なんの問題もございませんでしたと報告する気か?
おまえボク様の時間をなんだと思ってるんだ、首を飛ばすぞ?」
「もっ……、申し訳ございませんでした……!」
「おーおー、わかったのならとっとと終わらせろや!
平伏したお前の頭を踏みつける時間さえ惜しいわ、――急げ!!」
「ははっ! 直ちに!」
事実、村人たちの作業に手抜かりは無かったので、彼の言う通りではあったのだが。
それが読み通りであったかと言うと実はそうではない。
単にアルドリックの興味が村を一変させた導師に移ったことで、
良質な小麦かどうかは彼にとって既にどうでもよくなっていたからである。
そんなことよりも万が一、麦袋に引火してしまっては事が事だからだ。
脅しに使う炎の杖は細心の注意を払って振るう必要がある。
そういったことだけには頭が回る故、なにはばかることなく炎の杖を振るう為に、
納税用の小麦だけは急ぎ避難させたというわけだ。
つまり、それさえ済んでしまえば後は好き放題にできる算段である。
「さて村長よ……。小麦の調達、実にご苦労であったな?
だがそれもくだんの導師に助けてもらったという話じゃないか。
ならば是非とも、その導師を紹介してもらいたいところなのだが……。
もし隠し立てをする気なら、よく考えた方が身の為だぞ?」
手の平で炎の杖を打ち鳴らしながら、杖先から小さな火柱を噴かせてみせる。
それは村人たちが総出で集まっているのを抵抗の意思ありと見ての発言だった。
なので、リヒトはよく通る声で言ってやった。
「隠し立てなど初めからしていないぞ、アルドリック・グレイヴよ」
村長の両脇に立っていた二人が前へ出ると、目深に被っていた帽子を取ってみせる。
次いでリヒトはエプロンを羽織ると、高らかに名乗りを上げた。
「俺こそが! クレセト様に召喚されしダイソアー導師のリヒトだ!
小麦の納税はしかと済んだものと見受けられるが? まだ何か用向きがあるのか?」
なに臆することのないリヒトの立ち振る舞いと、
その隣で帽子を取って素顔をさらしたレイラに、アルドリックは顔を歪めて舌打ちした。
(あの赤毛め……例の魔力持ちだったのか!
しかも、村の入り口から案内で姿を現していたとは……、味な真似をしてくれる!)
違う。帽子を目深に被っていただけで、変装と呼べる程でもなかったのだ。
それでも気づかなかったからにはそういうことである。
そういった小さな至らなさを拾い上げていけば、一事が万事と気づく場合もある。
だが、事ここに至っても、自分の優位は変わらないとアルドリックは判断したのだ。
「ハンッ……! そうかそうか……、貴殿が導師殿であったか……。
――ならば話が早い……!
そこの魔力持ちと共にっ、このボク様に仕えることを許そう!
我がグレイヴ家の為に馬車馬の如く働くがいい……!!」
彼は狂気じみた笑みを浮かべて、そんなことを宣ってみせたのだ。
これにはリヒトも呆れざるを得なかった。
「アルドリック・グレイヴよ……、そんな命令に俺とレイラが従う義理は無い!」
「おいおい……? 貴殿にはボク様が持つコレが見えてないのか? んん?
それとも……、脅しにしか使われないものだと高をくくられているのか?
いや~、それは心外だなあ~。ボク様、炎の杖振るっちゃおうかな~~?」
「ぼっ、坊ちゃま……?」
執事のホルストからしても嫌な予感はしたのだろう。
余裕の笑みを消してアルドリックは憎悪で顔を歪めてみせた。
「だいたい! 魔力持ちからしても反抗的でっ、それを差し出そうともしない村の連中もっ、
ずっとずっとウザくて仕方がなかったんだよ……!!
――死ねえ!!」
そうは言っても利用価値のあるリヒトとレイラを直接狙うほど馬鹿ではなかった。
だからこそ、炎の杖から放たれる火炎放射がどこへ向かうのか、その軌道は読み易かった。
細く線状に伸びて噴き付けられた猛火が村人たちを直撃した。
「坊ちゃまーーーー!!?」
「嗚呼なんてことだ……!?」
「遂にやってしまわれたか……!!」
ホルストに徴税官たち、並びに護衛の騎士団も、
主人がいよいよしでかしてしまった凶行に目を覆いたい気持ちとなった。
だが――。
「げははは、げははは! 一度でいいから農奴どもを丸焼きにしてみたかったんだよ!!
どうだ参ったかクソ導師めが……!! このボク様に恐れを成すがいい!!」
「……そう言われてもな。勝ち誇る前に、自分の目で確認すべき事があるんじゃないのか?」
「――は?」
リヒトが親指で指し示した方に視線を転じると。
確かに火炎放射を浴びせたはずの村人たちが何事もなく。
その先頭の一人が、身の丈サイズのベージュ色の盾を構えていたのである。
無論、その盾を構えているのは実地訓練に参加した駐在冒険者だ。
「はあっ……!? どどっ……どういうことだ!? 一体何が起きている……!?
ボク様が放ったハズの炎をっ……、一体どうやって防いだんだ!?」
村人たちの誰もが呆れた。
仮に見ていなかったとしても、そんな想像さえ付かないのかと。
実際に火炎放射を防いだ駐在冒険者でさえ困惑している。
だからレイラは言ってやった。
「グレイヴ卿はひょっとして! 馬鹿なのではありませんか!」
「っ……!? 言うに事欠いて貴様ぁあ……!!
人がしたてに出ていればっ……、付け上がるのも大概にしろぉおおお!!」
ここで我慢ならなくなってしまうのは予想が付いていた。
次はこちらを狙ってくるだろうとわかっていたので、
リヒトは同じベージュ色の盾をアイテムボックスから搬出させると、
危なげなく火炎放射を防いでみせたのである。
「ばっ……!? 馬鹿なぁあああ!?」
リヒトが同じ盾を構えてみせた事で、アルドリックはようやく事態を把握したわけだが。
ならば、盾を持っていない村人たちを狙おうとするも――。
「搬出!!」
端から端までズラリと、村人のすべてをカバーできる枚数が一斉に出揃うと、
さしものアルドリックも冷や汗を浮かべたのだった。
「もう無駄な真似は止せ。アルドリック・グレイヴよ」
「は……? 無駄……? 無駄だとぉお!? この炎の杖は金貨三十枚もしたんだぞ!?
貴様らのその盾は一体何なんだよ!?」
「これは『耐熱卓上ボード』という商品を盾サイズに大きくして、
『ピタッと貼れる取っ手』を付けた手作りの物だ。商品ステータスオープン!」
■――――――――――――――――――――――――――■
耐炎戦場シールド
固有効果は『火耐性100%』『熱波遮断』『盾強度:弱』
あらゆる炎の攻撃には耐えられるが、
普通の盾としては役立たないので注意が必要となる。
■――――――――――――――――――――――――――■
リヒトが言った〝手作り〟というワード。
そして視界に表れた商品ステータスウインドウと、その解説文に、
アルドリックは脳味噌をぶん殴られたような衝撃を受けた。
「てっ……手作りだとぉ……!? そんな馬鹿な……!!
そんな馬鹿なことがっ……、あってたまるものかぁあああ!!」
「まあ、手作りとは言ってもハンドメイドではないぞ?
市販の商品と商品を組み合わせて盾に仕立てた物なんだ。値段にして220円だな」
補足しておこう。最強・最高品質どころか盾サイズに生成して、
且つ、拡大解釈品ともなれば、元の世界の値段で収まる価値ではない。
だが、今のやり取りについては、日本円にして六百万円の炎の杖を、
220円の手作り品で防いでみせたのだと〝敢えて〟煽ったのである。
奇しくもこちらの世界でも通貨の単位は『エン』であり、
値段に対する価値観も現代日本とそう変わらないと来れば。
その言葉は確かにアルドリックに効いたのだ。
醜い顔の半分がストレスでひくひくと引き攣り出す。
「…………はは……、そうかそうか……。
あらゆる炎の攻撃に耐えると? そうかそうか……、――だったら!!
貴様らの住処を! 燃やし尽くしてくれるまでよ!!」
この馬鹿にしては知恵が回ったと賞賛されるべきだろう。
アルドリックは、盾持ちが防ぎに走るには距離がある宿酒場を狙ったのだ。
荒々しい炎の濁流が、宿酒場の壁面へとぶつけられた。
「げははははは! 燃えろ燃えろぉ……!! 灰になれぇ……!!
げははは――、はあっ……!?」
炎の杖から放たれた火炎放射は確かに宿酒場を襲った。
だがその木造家屋はどれだけ炎を浴びせられても引火することなく。
長々と浴びせ続けられた猛火に焼け焦げ一つ付くこともなく耐えきってみせたのである。
さすがにこれにはアルドリックどころか執事のホルストも、
徴税官たちも騎士団たちでさえ理解が追いつくことはなかった。
言うまでもないが、炎の杖を別の家屋へ向けても結果は同じである。
「気は済んだだろうかアルドリック・グレイヴよ? 商品ステータスオープン!」
タネを明かしてしまえばなんてことはない。
■―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――■
水属性保護塗料
固有効果は『風雨による塗装剥げ防止』『強度上昇』『経年劣化防止』『火耐性100%』
塗った対象に様々な保護効果をもたらす塗料。
色合いによって反対属性の耐性を持たせることができる。
■―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――■
だからリヒト達は火耐性を得られる水属性のピーコックブルーで塗り替えておいたのだ。
女神クレセトから指示された通りに。
「馬鹿なっ……!? 馬鹿な馬鹿な馬鹿なっ……!!?
これではまるで……! ボク様が何をするか読まれていたも同然じゃないか!!」
「そういうことだ」
リヒトはアイテムボックスから『圧縮式スナイパー水鉄砲』を搬出すると、
アルドリックが手にしている炎の杖めがけて水鉄砲を放ち、
それを撃ち貫いて破壊してみせたのだった。
粉々に砕かれた炎の杖の破片が、呆気なく広場へと散らばる。
それを見届けてからリヒトは静かに独りごちた。
「さて、これで仕上げだ……。商品ステータスオープン!」
■――――――――――――――――――――――――■
狙撃型高圧水鉄砲
固有効果は『精密狙撃』『高圧水流』『火属性特攻』
射手が狙いたい箇所を高圧水流で精密に狙撃できる。
■――――――――――――――――――――――――■
「こいつを見てみろアルドリック・グレイヴよ。
貴様の金貨三十枚の炎の杖は、この770円の水鉄砲に敗れたんだ。
貴族のくせしてあまりにも無様だとは思わないか?」
ちなみにリヒトはこんな物言いをするタイプの人間ではない。
だがここでヤツを乗せなければ計画がパアとなってしまう。
本人としてはあまり柄ではないのだが、彼はクレセトの指導通りに煽ってみせたのだ。
すると思いのほか効いたらしく、アルドリックは目玉をひん剥いてみせた。
「クハッ……! クハハハハハ!
なかなか面白いオモチャを持っているじゃないか……!!
炎の杖を壊されたのは業腹だがっ……、まあいいだろう……っ。
――騎士団長!! 例の馬車からまずは二人を連れて来い!! 今すぐにだ!!」
「…………、かしこまりました」
騎士団長はほんの少し逡巡したが、上司の命令に従うことを選択した。
中間管理職のつらいところではあるだろう。
だが、炎の杖という危ないオモチャを失ったからには、諫める機会でもあったのだ。
それはなにも騎士団長でなくとも、税吏長でも執事のホルストであっても構わない。
誰かが一言でも、もうこんなことはやめましょうよと声を上げて、
部下の全員がアルドリックの言うことを聞かなければ、ここで済んだ話だったのだ。
だがそうはならなかった。
騎士団長が連れてきたのは、やつれた農夫と、その娘とおぼしき人物だったからである。
二人はまるで罪人であるかのように手首を縄で縛られ、しょっぴかれて来たのだ。
そして、その農夫と娘がミゲル村長に気がつくと、大きな声を上げた。
「親父……!!」
「お爺ちゃん……!!」
ミゲル村長は、クレセトから聞いていた通りの展開に、別の意味で嘆きの声を上げた。
「ぉお……なんということだ……!」
「クハッ……! クハハハハハ!! どうだ驚いたか村長よ!?
ウチの畑に賦役で働きに来ていたお前の息子と孫娘だ!!」
アルドリックは騎士団長が腰に佩剣している剣を勝手に引き抜くと、
その切っ先を農夫の首元へと突きつけた。
「ひっ……!?」
「見ろ導師よ! この二人の命が惜しかったらお前が手にしてる物と交換だ!
その高圧水鉄砲をボク様に寄越すがいい!!」
こうなってはもう仕方がない。
けれど、本当の本当に最後のつもりで、リヒトは尋ねてやったのだ。
「アルドリック・グレイヴよ……。そんなことまでして、貴様の心は痛んだりしないのか?」
だが、そんな気遣いが通じるはずもなく。
「何を言ってるんだ貴様は……? 農奴の命なんぞ幾らでも代えが利くものなんだよ!
ほうれ村長よ! そこのクソ導師に泣いて縋るがいい!!
どうか息子と孫娘をお救いくださいとな! げははははは!!」
「わかった――」
リヒトは高圧水鉄砲をアルドリックの足下まで滑らせるように放り投げた。
「――貴様が救えない人間だということがよくわかった……。それを拾うがいい」
「クハッ……!! クハハハハ!! 負け犬の遠吠えが心地いいなあ!」
そう言ってアルドリックは高圧水鉄砲を拾い上げると、
その照準を迷いなくリヒトたちへと向けたのである。
「しかもその盾は炎の攻撃以外は防げないんだろ!? ――死ねえ!!」
故に、ことさら弱点を明記し、迷いなくトリガーを引くよう誘導したのだ。
青天霹靂。
朝空から一筋の雷が落ちると、アルドリックを死なせない程度にほどほどに焼いた。
彼は白目を剥いて「ぎゃああああああああ――――!!?」と
汚い悲鳴を上げるも、そのまま倒れることもできずに身動きを封じ込められた――、
誰あろう、女神クレセトにである。
朝日で明るかった空が、照明を落としたかのように急遽暗くなり。
上空の雲が衝撃波にでも貫かれたようにワッと霧散したかと思うと。
遙か天の彼方からスポットライトの如く神々しい一柱の光が降り注ぎ始めて。
さながら天女の羽衣のような物を纏った【女神クレセト】その人が、
空からゆっくり、ゆっくりと地上へ降りてきたのである。
――そう、女神クレセトがいよいよこの地に降臨したのだ。
村人たちは、そのあまりの美しさと恐れ多さに、全員がひざまずいてこうべを垂れ。
ホルスト側の人間たちも、網膜に差し込んだ後光に、心理的なプレッシャーを受けて、
全員が一斉に膝を突く事となった。
そうして地上に降り立ったクレセトは、
『みんなはおもてを上げてちょうだい』と村人たちを気遣ってやってから、
身動きを封じているアルドリックの方――、ホルスト側へと向き直ったのだった。
『さて、アルドリック・グレイヴの罪状だけれども、
保護者のあなたはもうわかってるわよね? 言ってみなさい?』
神から直接名指しされてホルストは震え上がったが、努めて冷静に声を発した。
「教会法の一節にございます……、
導師様のお力を悪用してはならない教え……でございましょう」
『で? その教えを破ったらどうなるんだったかしら?』
「神罰をお与えに……、クレセト様が直接降臨なさると、教わっております……」
『じゃあなんで止めなかったのよ?』
そこでホルストは罪の意識に耐えられなくなったのだろう。
大粒の涙をあふれさせ、とうとう声を震わせたのだ。
「申し訳っ……、申し訳ございませんっっ……!!」
クレセトはうんざりしたように心底ため息をついてみせた。
『どうしてこう、信仰心のある人が教育担当に付くと真逆の化け物が生まれるのかしらね。
不思議でしょうがないけど、そういうものとして諦めるわ……。
あまり責めたくはないけれど、死なせたくなかったらあなたが面倒を見なさいよね』
そう言ってクレセトは、羽衣の先っぽを千切って『羽ペン』へと形を変えると。
そのペン先をアルドリックへ向けて、神の言葉を綴りだしたのである。
『我クレセトは、女神の権限を以て、アルドリック・グレイヴの家名を剥奪する。
この者、二度と権力を行使することあたわず。
この者、二度とグレイヴ家の名をかたること叶わず――と。こんなところかしら?』
「何を……言っている……? どういう……ことだ?」
『あら、もう目を覚ましたの? 今日からお前はただのアルドリックってことよ。
――っと、そうだった!
グレイヴ家領主と、フェルドラン国王宛にも〝神命〟を出しとかないとね』
神命とは女神からの命令ということだ。
クレセトは羽ペンを軽く振って、短い杖の『ワンド』へ形を変えると。
広場の石畳へ、続け様に雷を落として文字を刻み込んでから、
それを石版の如く切り出して、宙に浮かべると、一枚をホルストへ。
もう一枚を税吏長へと放って託した。
『グレイヴ家領主には、アルドリックの国外追放を命じてあるわ。
そしてフェルドラン国王には、グレイヴ家領主を退任させて、
次男坊に爵位と家督を継がせるよう命じたわ。監督不行き届きってやつでね。
これで少しは腐敗してたところにメスが入るでしょう。
もちろん、もし逆らったりしたら私が再降臨するから、
タダじゃおかないわよってことで、――しかと、届けてちょうだいよね?』
お前たちは罰せられないだけ有り難く思えという意味を込めて、
クレセトは徴税官や騎士団の傍に雷を落として震え上がらせてやったのだった。
『それとほらほら?
騎士団の人たちは人質に連れてきたミルテ村の人たちをさっさと解放しなさいよ。
賦役ってことでまだ残されてる人たちの手配も忘れないようにね、わかった?』
「はいぃぃ……!! うけたまわりましたぁぁ……!!」
「クレセト様の仰せのままにぃぃ……!!」
『よろしい』
その結末にリヒトとレイラは顔を見合わせてホッとし、村人達からは大歓声が上がった。
鶴の一声ならぬ神の一声に、この場の誰もが逆らえなくなったからだ。
――そのはずだった。
「ふざけるなふざけるなふざけるなーーーー!!」
「坊ちゃまっ……!?」
「なにが女神〝クソセト〟だあ!? 軽々しく神を騙りやがってからに!!
一体誰の許可を取って命令を下してる!?
このボク様はアルドリック――、……っ、アルドリック――、…………っ!!?」
そうだ。
もう家名は剥奪されている。
二度と名乗れるわけがない。
「この呪術師めがーー!? このボク様に何をしたーー!? 元に戻せーー!!」
「坊ちゃま!? どうか言葉をお慎みください!!
この方こそが! 女神クレセト様ご本人であらせられますぞ!!」
「はあっ……!? 貴様っ、耄碌したかホルストよ!?
こんなババアが! こんなババアがあ!! 女神であるはずあるものかーーーー!!」
村の広場がシンと静まり返った。
いい加減に腹が立ったリヒトが、奴をぶん殴ろうと駆けつける前に――。
爆速でぶっ飛んで距離を詰めたレイラが、
渾身のアッパーカットをお見舞いしてやったのだった。
「ほがあっ!?」
前歯の欠けたアルドリックが、放物線を描いて高く高く宙を舞い、
頭から石畳に落ちると、広場は再び大歓声に包まれたのだった。
「死にさらせ……、クズが……!」
修羅の面持ちをしているレイラの呟きに、
リヒトもクレセトもちょっと怖いなと感じたのだが、
気持ち的にはだいぶスッキリできる幕引きとなったのであった。




