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追放

「アイリス、あなたにはこの勇者パーティから出ていってもらいますわ」

「……え?」


 負傷した騎士たちの治療を終えて拠点の宿舎に戻ったあたしに、魔術士のフォティアは思いもよらない言葉を告げた。

 あたしが所属するクラテール帝国騎士団の遊撃部隊、通称『勇者パーティ』は帝都の北東部にある防衛の要所・ランケアに赴いて数ヶ月に渡る任務にあたっていた。

 魔族に占拠されていた東の砦の奪還は無事に成功。今夜は束の間の休息を取り、明朝には帝都へ戻る手はずだったのだけど……。


「えっと、それは勇者パーティを抜けて……帝国騎士団の別部隊へ配属になるってこと……ですか?」

「違いますわね、今回の遠征をもって騎士団とあなたの契約は終了になりますわ。わたくしたちは明朝には帝都へ戻りますけれど、あなたはもう帝都へ戻らなくて結構ですの」


「フォティア様! 突然何をおっしゃるのですか? アイリスはこのパーティに必要です! そうですよね、リアン様?」

 精霊術士のハーフエルフ、エレインがあたしの隣に駆け寄り、フォティアの隣で黙り込むこのパーティのリーダー、勇者リアンに問いかける。


 まぁまぁ、とエレインに落ち着くよう身振りしながら、年長の重騎士ゼノンも会話に加わってくる。

「アイリス殿。東の砦の攻防戦で其方が守っていた門に魔族の攻撃があった際、なぜすぐに魔術で応戦しなかった?」

「そ、それは……1発だけなら誤射……かもしれない……から」

「はぁ!? あなたのその平和主義とやらもいい加減にしてくれませんこと!? 魔族が砦を取り返しに来ている時に門を狙って放たれた火球が誤射なわけありませんわ!?」

 フォティアは激しい剣幕であたしを問い詰める。

 あたしが生まれ育った平和な国では「1発だけなら誤射かもしれない」という先人の言葉があるというのをインターネットのおじ…おにいさま達に教わったんだけど……。

「今日に限ったことではない。アイリス殿が我々と行動を共にするようになってから1年、魔族に対して応戦する姿を我々は見たことがないんだ。其方は演習では強力な魔術を使っているだろう?」

 ゼノンが言うことは本当だ。小さい古城ほどの岩を粉々にできるくらいの魔術を、あたしは放つことができる。

 でも、魔族相手に攻撃魔術を使ったことは……一度も無い。


 目の前に立つ勇者ウィステリアン・ヘイス、魔術士フォティア・ラ・オルフェ、重騎士ゼノン・フォン・アルヴェライアの3人があたしの契約終了に賛成。隣に立つ精霊術士のエレインだけが反対のようだ。

 味方をしてくれているエレインはこの異世界で勇者パーティに参加してから、唯一仲良くなれた友人。別世界からの『流れ人』であるあたしの生活のことなどを常に気にしていてくれた。

 元々人と話すことが苦手だったあたしにとって、このハーフエルフのお姉さんは唯一心を許せる友人だ。


「賢者アイリスの力は私たちに必要です! 私たちの後方支援や騎士たちの治療など、アイリスはいつも帝国騎士団に多大なる貢献をしているのですよ!?」


「帝国のため、騎士団のために()()ことができないのであれば、この勇者パーティと帝国騎士団にアイリスの居場所はない」

 ようやく口を開いた勇者リアンは、強い口調でエレインを制す。


 世界の平和、帝国の平和のために戦うことが『力ある者の使命』だという話はリアンやゼノンから何度も聞かされている。オルフェ公爵家の跡取り娘であるフォティアは『高貴な者の義務ノブレス・オブリージュ』という言葉をよく口にする。

 ただ、平和な国で平凡な日々を過ごす女子学生だったあたしが、人間と魔族の争いがある異世界に来てしまってから1年ほど、帝国や世界を守るという使命が未だに受け入れられていないというのが正直なところだ。


 ――別世界で命を落とした者の魂を召喚する儀式がこの世界には存在する。

 別世界から召喚されて来た者は『流れ人』と呼ばれていて、『流れ人』は特殊で強力な『固有スキル』を持つ者が多く、クラテール帝国では貴重な戦力として歓迎されている。

 何らかのきっかけにより前の世界で命を落としてしまって、この異世界で14歳の少女アイリスとして新しい人生を歩むことになったあたしは、対魔族の戦力として期待されて勇者パーティに迎え入れられたんだけど……。

 争いごとと言えばせいぜい両親との小さな口論くらいしか経験したことのない女子学生だったあたしが、この世界に来てからは魔族や魔獣との戦いに駆り出される日々。

 魚すら捌いたことが無かったのに、魔族や魔獣、人型の魔族だっている世界で、それらを剣で斬りつけたり魔術で攻撃したりする事なんてできるわけないじゃん。

 だから、攻撃魔術は色々と使えるけど、魔族相手に使ったことがないんだ。


 それでも、あたしは少し特殊な固有スキル……分かりやすく言えば『チートスキル』というものを持っているので、パーティの仲間や大勢の騎士たちの治療や後方支援、あと野営の時の料理なんかも担当してて、戦闘からは正直言って逃げていたものの、ある程度はみんなの役に立てているつもりだった。

 騎士団はどこの部隊でも治療や後方支援を専門とする巫術士が不足してるので、あたしが支援に加わると感謝を伝えられることも多かったし……。


「アイリス、君は今、勇者パーティの戦力として貢献できていないんだ。戦いから逃げ、使命を果たせない者には騎士団にも居場所はない。だから君には辞めてもらうことにした。これは騎士団長の承諾も得ている」


 『騎士団長の承諾』か。公爵令嬢のフォティアとその婚約者の勇者リアンの要求だもん、そりゃ承諾するしかないよね。

 でも、敵対する相手に刃を向ける事のできない臆病者のあたしが、勇猛さを求める帝国騎士団の価値観の中でなかなか認めてもらえないのは仕方ないこと。

 まぁ、この生活があたしに向いていないのはとっくに分かっていたことだし、フォティアにはとことん嫌われてるから居心地は最悪だし、いつだってこの生活から逃げ出したい気持ちは山盛りだった。

 騎士団を追放されてクラテール帝国の管理下から離れる事ができるのであれば、それは正直に言ってしまえば心の平穏のためにありがたい話ではある。


「……分かりました、騎士団を……離れます」

「アイリス!?」

 唯一の心残りは、この世界でただ一人の友人と一緒にいることができなくなってしまうこと。

 折れそうだった心をいつも支えてくれていた大事な友人。

「エレイン、ごめんね……。いままでありがとう。あなたが隣にいてくれたから、ここまでがんばって来れたよ」


「あらあら、がんばってあの程度ですの?」

 交渉スキルを持っていてとても口達者なこの公爵令嬢サマは、弱っている人間にとどめを刺すのもとてもお上手……。

「初めて会った時には『私はアイリスだ』なんて、横柄な態度で自己紹介してましたのにねぇ。本当に期待外れでしたわ」

 もうやめて、とっくにあたしのライフはゼロよ……。


「賢者アイリス。君には君にしか与えられていない特別な力があるんだ。使命を果たすためにその力を使おうとしない君のことを……俺は理解することができなかった」

 あたしと同じ国からの流れ人である勇者リアンは、あたしを問い詰めるような口調ではなく、少し寂しそうな口調でそう告げた。


 流れ人だから? 賢者だから? 国のため世界のために生きることがあたしの使命だって言うの?

 軽トラックに轢かれたのか、過労で死んじゃったのか、はっきりしたことは覚えていないし、この異世界が一体なんなのかも未だに理解できていないけど、ただ一つだけ分かっていることはある。


 あたしには、戦う理由なんてないんだ。

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