笑顔の破壊力 lv.90
「五十年前の魔物侵攻で、建物や植物、それに生き物まで、ゴウカの魔物の毒を浴びたもの全てが砂に変わりました。それには人間や他の種族も含まれています」
イシスは間違えてはいけない所では、言葉をしっかり選んで話せるようだ。
「あれは、突然起こりました。黒の精霊王がいなくなってしまったという噂が囁かれ始めた頃です。皆、いつも通りの日常を送っていると、見た事も無い大きな魔物が目の前に現れました」
ただただ黒い大きな魔物。
そんなものが、ある日突然目の前に現れる。どれだけ怖かっただろうか。
「そいつらはあんま強そうでもねえし、すぐに追い払ってやろうと武器を取ったんだ。魔法が使える奴らは魔法で応戦してた。問題はそこからだ」
ジェットは怒りを抑えるように、深呼吸をした。
「信じられるか? 物理攻撃も魔法も効かねえんだぜ。持ってた武器も砂に変えられる。そんな奴らを相手にして……何も出来なかった」
悔しそうな表情を浮かべて、ジェットは俯く。
「戦う事を選んだ者と、逃げる事を選んだ者に分かれたんだろ? 逃げる事を選んでも、途中で魔物と遭遇すれば終わりなんだろ? 沢山の人間が希望を捨てたんだろ?」
「ボクの記憶の中でも、殆どが逃げてる途中で諦めて立ち尽くしたり、座り込んだりしていましたよ」
グランの言葉にイシスが同意し、話を続ける。
「そこにローズ様が現れます。あの時のローズ様は『神様』そのものでした。体内の水分が無くなるのではと心配になる程に泣いていたローズ様は、逃げ惑う人々に『従属』をかけてました」
「さすがローズだ。君も苦渋の決断をしたんだね。その『従属』は、『生きてゴウカから脱出しろ』とでも命令する為のものだったのだろうと推測するけど、どうだい?」
イシスの話をきいて、ゼンが得意気にローズ問う。
すると、ローズの目つきが鋭くなった。
「そうさ、命を諦め落胆する者ばかりでイライラしたんだ。そのままじゃ全員死んじまうだろ? だからちょっとでも生存率を上げようと命令する事にした」
ローズは、『カッコよくて豪快で強い女』になりきる。
イライラした、というのは恐らく嘘だ。
ただ、ゴウカの人々が助かってほしい一心でやった事なのだろう。
「ローズ様のお陰で自分は魔物にやられても、家族がゴウカから逃げられたと感謝する者が多かったんだろ? グランの記憶でも何百人もの人々がローズ様のお陰で助かったんだろ?」
グランが言うと、ダンが険しい表情になる。
「ゴウカの人々は、殆どが砂に変わってしまったと記録されていますが、実際は沢山の方々が助かっていたのですか……この情報が出てこなかったのも、精神操作による影響かもしれません」
そう言うと、ゼンと目を合わせた。
「ぼくも、何故かゴウカの住人全てが砂になってしまったと思い込んでいたよ。助かった人たちが沢山いるんだね……良かった」
ゼンは嬉しそうに笑った。
「あたしが『従属』をかけても、魔物に遭遇したら砂になる。だけど、生きる事を諦めるなんて許せないからね……命令を、続けた……どれだけの命が散っても……一人でも多くを……助けたかったのさ」
ローズは記憶が蘇ったらしく、大粒の涙をボロボロと流している。
「ローズ落ち着いて、もう終わったのだよ。君は頑張った、僕達の誇りだ」
ヴェルデがローズを慰める。
私は、話を聞いてその人たちが気になった。
「五十年前のゴウカでそんな事が起こってたんですね。ローズさんのおかげで救われた人達は、今どこにいるんでしょう」
誰に言うでもなく口に出した。
私の疑問には、ゼンが答える。
「それは、恐らくイチノ・ニライと同じく、ゴウカに接している『サンチ』だと思うよ」
ゼンはニコッと笑った。
前にルルがオルカラ王国の説明をしてくれたことを思いだす。
『サンチは農業や酪農が盛んで、沢山の人が働いています、オルカラ王国でお金を稼ごうと他国から来る人達は、初めはサンチで働いて、余裕ができたら王都のイチノで仕事を探す。というのが常識になりつつあります』
「サンチに行けば、住み込みで働いて普通に暮らせるだけのラルが手に入りますからね。家族を失ってすぐだとしても、精神操作により、ゴウカの記憶は薄まっていたでしょうし、その後の生活を考えますと、サンチに行くのが確実です」
ダンがゼンの意見に同意した。
「沢山の人が逃げ延びられていたなら、精神操作が解かれた後、ゴウカの人達が記憶を取り戻して、サンチで混乱が起きそうだな」
静かに話を聞いていたアークが呟いた。
「それは、ぼくに少し考えがあるからあまり考えなくて良いかな」
ゼンが、ニヤッと笑った。
パニックをしずめられるくらいの案があるらしい。こちらが不安になる表情をしているが、こう見えてゼンは有能だ。
「大神官様が言うのなら安心ですね」
そう言いながら、アークは不思議そうな顔をしている。
ゼンの考えが、どのようなものか想像できないのだろう。
ゼンは、ジェット達三人の魔人と目を合わせた。
「君たちがローズを崇拝するのは、記憶の中にゴウカの人々を命懸けで守ったローズの姿があったからなんだね。自身が砂に変わる最期の時まで、ローズに感謝していたから、君たちにもその感情が強く出ているんだろう」
ゼンはヴェルデに慰められながら泣いているローズを見た。
「そう言えば、ローズさんはこの三人の事を『記憶持ち』って呼んでましたけど、それは他の魔人と比べて濃く記憶が残っているという事ですか?」
私が聞くと、ローズはハンカチを目に当て、頷いた。
「ああ、そうさ。この三人はゴウカの住人や建物、動物や道具に至るまで、ゴウカにある全ての物の記憶を持って『核』になった。もう混ざって鮮明ではないだろうが、自我があるのもそのおかげなんだ」
そう答えたローズは魔人達と目を合わせる。
「ジェットは『刃の魔人』イシスは『獣の魔人』グランは『毒の魔人』といった所か。能力には、『何を元に魔人化したか』が表れている」
と言うと、ローズはゼンに合図をした。
ゼンは頷き、指で空中に間隔を開けて、ジェット、イシス、グランの三人を簡易的にした絵を描いた。
ジェットの隣には沢山の武器を、イシスの隣にはモグラやハリネズミのような動物を、グランの隣にはゴウカの魔物を並べる。
「ジェットは剣や武器、イシスは動物、グランは恐らく『ゴウカの魔物の毒』を多く取り込んで、魔人として生まれたんだよ」
絵を指さしながらゼンが言った。
その説明で、魔人の能力に納得した。
だが、グランは異色だ。ゴウカの魔物の毒を取り込んだなんて信じられないが、あの戦いぶりを見ていると認めざるを得ない。
まさか、そこから魔人化するなんて誰も思わないだろう。
「すごいですね……魔人は魔力さえあれば、出現出来るものだと思っていましたが、背景があったのですね。逆に、あの時の大多数の魔人は、取り込むものが薄かったり、少なかったりしたのでしょうか」
オルレアが呟いた。
不完全な魔人や、自我の無い魔人の事を言っているのだろう。
「まあそうだろうな、俺らみてえなすげえ魔人がそう簡単に生まれたらとんでもねえだろうが」
ジェットは、そうオルレアに言って続けた。
「俺らは生まれてからずっと、ゴウカの砂漠からローズ様の魔力を感じてた。ずっと三人で待ち続けたんだ。だが、ローズ様を顕現させるだけの魔力がゴウカには無かった」
そう悔しそうに言うと、チラッとローズを見た。
「確かに、この身体を手に入れるのには苦労したさ。あんたらも知っての通り、あたしは砂に変わった後、魔人に取り込まれそうになっていたんだ。『従属』は同じ種族にしか使えないのは知ってるかい?」
ローズが私達に問いかける。
皆が頷くのを見て、話を続けた。
「砂になってからも、なぜか、魔力は人間のままという認識だった。魔物に取り込まれながら、人間と魔物の比率が少しでも逆転するタイミングを待ったのさ。魔物が上回った瞬間にあたしは魔物を『従属』で操り、あたしが魔物を取り込んだんだ」
そう言ってローズは、自身の耳の後ろにある、小さなツノを触った。




