笑顔の破壊力 lv.41
「お母様。来るなら一緒に来たら良かったじゃないですか」
アークが焦ったように言った。
母親の前では敬語で話しているらしい。いかにも貴族という感じだ。
「アーク。あなたは私に何も聞かずに屋敷を飛び出したではありませんか。私と話そうともしていないあなたが、言うべき事ではありませんね」
クロエは、我が子だからと甘くはない。
「そうでしたね。申し訳ありません」
アークはしゅんとして言った。
こう見ると、アークも人の子なんだと微笑ましい気持ちになる。
「クロエは王宮の鑑定士だったんですね。雑貨屋の店主であり、王宮の鑑定士であり、アークのお母さん。色んな顔がありますね」
私が言うと、
クロエはふふっと笑った後に、
「隠していた訳ではありませんが、色々やらせていただいております。アークがレイル様に仲良くしていただいていると聞き、とても嬉しいです。ありがとうございます」
そう言って軽く頭を下げた。
それを見たアークが、
「え? レイルとお母様は知り合いだったんですか?」
と心底驚いたような声を出した。
それを聞いたクロエが、
「レイル様には、私の雑貨屋に来ていただいた事があり、その時に良くしていただいて、今も付き合いがあるのですよ」
あえて時計の事は隠してくれたようだ。さすがに機転がきく。
「お母様が、わざわざ名前に敬称をつけて呼んでいるということは、お母様にとって、レイルは特別なんですね。どうりで、【ゴウカの魔物】の『魔力石』をすぐに鑑定してくれた訳ですか……」
アークは、なぜか呆れたような表情をしている。
「自己紹介致します。私はクロエ・ローレン。ローレン伯爵の妻です。先程レイル様が仰ったように、雑貨屋の店主と王宮の鑑定士をしております」
クロエは右足を後ろに引き、膝を曲げ、姿勢を落とした。
なんて綺麗な所作。
クロエが何事も妥協しないというのが伝わってくる。
クロエがローレン伯爵の妻という事は、アークは伯爵家の息子という事だ、
伯爵といえば、爵位の中でも高い位置にある。
「伯爵夫人であるクロエは、王家と親戚関係にあり、元は伯爵よりも高位の貴族だったんだが、ローレン伯爵との恋愛結婚により、伯爵夫人になったんだ」
王様はまた、聞かれてもいない事を話し出した。
結構な個人情報だ。
クロエは軽くため息をついてから、
「陛下、そのような人の私生活に関わる事は、本人の了承を得てからでないと言ってはいけません。もう少し相手の気持ちをお考えください」
王様に説教……。
王家と親戚だからと、王様に説教をできる人間はそうそういないはずだ。
「ああ、すまないな。クロエと伯爵の恋物語は、名前を変えて庶民の間でも有名だからな。つい話したくなってしまった」
王様は気まずそうに頭を掻いた。
沢山のファンタジー小説を読んでいると、貴族の恋模様を本や歌や演劇にして、庶民が羨み、楽しむということがよく書かれていた。
この世界にも、貴族の恋をえがいた物語がある。
やはり、恋愛というものは誰の胸にもささるみたいだ。
クロエは王様をチラッと見てから、話し始めた。
「それでは、【ゴウカの魔物】の『魔力石』の鑑定結果をお話しします。結果は、魔人化で間違いありません。魔物と魔人の間では、魔力石の純度に天と地ほどの差があります。皆さんは【ゴウカの魔物】から落ちた魔力石を見ましたよね?」
と言って、私達1人1人と目を合わせた。
まるで、本の中の教師のようだ。
私は手を挙げて、
「はい。すごく綺麗な赤い石でした。魔物から出来たとは思えないほどに美しかったです……」
と言った。
「レイル様。手を挙げていただかなくても大丈夫ですよ。そうです。実に見事な赤い魔力石でした。私は、沢山の魔力石を鑑定してきましたが、赤い魔力石を見たのは生まれて初めてです」
と言うと、クロエは鑑定にまわしていた魔力石をテーブルに置いた。
「こちらがその魔力石です。本来魔物の核は黒く、魔力石もほとんどが黒です。上位の個体になると、紫のものもありますが、紫でさえ、めったにお目にかかれません」
そう言って、自身がテーブルに置いた魔力石を持つと、私達に見せた。
「皆さんは、まだ魔物とちゃんと戦ったことがないでしょう。なので、イメージがつきにくいと思い、一般的な魔物の魔力石も用意致しました」
クロエは、いつのまにか黒い魔力石を4個、テーブルに置いていた。
【ゴウカの魔物】から落ちた魔力石が、大人の拳程の大きさで、真っ赤だったのに対し、今テーブルに置かれた4個の魔力石は、赤子の拳程の大きさで色はほとんど黒だ。
それらの魔力石は、全てが真っ黒な訳ではなく、グレーがかった物や、グレーから黒にかけてマダラな色をしている物、そして、クロエが言っていた、上位の存在の証の暗い紫など、一見、色の区別がつきにくい。
各々、手に取ってみたり、じっと観察してみたり、【ゴウカの魔物】の魔力石との一目瞭然と言える違いを、じっくりと頭に刻んだ。
「夫人が用意して下さった魔力石を見ていると、いかにレイちゃんがすごい存在なのかを改めて感じますね。魔力石だけでここまでの差が出るなんて……」
オルレアの言葉は深刻そうだが、表情は何故か嬉しそうだ。
「見て頂くとわかる通り、一般的に魔力石は黒く、良くて紫です。そして、濁ったような模様になっています」
そう言いながら、クロエは黒い魔力石のマダラ模様を指さした。
本当に授業を受けているようだ。
学校とはこんな感じなのだろうか。
「それに比べ、【ゴウカの魔物】から落ちた魔力石は、透き通るような赤色です。皆様もご存知の通り、魔物の『核』には、魔物の一生分の魔力が宿っています」
クロエはそう言うと、黒の魔力石と赤の魔力石を並べた。
「『核』が魔力石になると、魔力の純度が高いほど透明度が増し、魔力の質が高いほど明るい色になります。普通の魔物でこの透明度と明るさの魔力石はあり得ません。この透明度は『聖女の結界』を取り込んだ結果かもしれませんね」
クロエは赤い魔力石を見て言った。
「ですが、俺たちが見たのは、まだ魔物でしたよ。確かに4本足で『聖女の結界』に張り付く姿は、人のように見えて嫌な感じはしましたが、あれはまだ魔物でした」
アークがクロエに言った。
それを聞いたクロエは頷き、
「そうですね。『まだ』魔物寄りの状態と言った方が正しいかもしれません。私が直接見た訳ではありませんが、足が4本になり、口が現れた事を考えても、今の時点ですでに魔人化は進んでいます」
とアークを見て言った。
ここでルルが、
「完全に魔人化する前に倒さないと、本当に結界を出て、国に甚大な被害が及ぶことになるかもしれません」
いつにもなく真剣な声で言った。
もう猶予はない状態のようだ。




