笑顔の破壊力 lv.39
次の日の朝、いつも通り顔を洗い、朝食を摂り、キュインをして、外に出て植物達に水をやる。
今日も、丘の上には良い風が吹いている。
この世界に厄災が迫っているなんて嘘みたいだ。
「どうかしたのですか?」
庭に座り込み、ボーッとしている私にルルが言った。
「うーん。ただ、こんなに平和なのに、と思って」
私が言うと、
「この50年は、平和に『見せかけられていた』のですよ。それは今もです。一見、平和そうですが、ゴウカでは着々と侵攻の準備が進んでいるでしょう」
ルルは、ゴウカの方を見ながら言った。
そうだ。これは平和ではない。
魔物がゆっくりと進化する為に作られた、偽物の平和なのだ。
50年もの間、オルカラ王国は騙されていた。
だが、ただの魔物にそんな事ができるのか?
50年前に、ゼンが見たという魔物が企てた事だとは思えない。
「侵攻を計画したのは誰なんだろうね」
私が聞くと、
「それはルルにも、父にもわかりません。王宮での話し合いで何かわかれば良いのですが、ここまでこの問題を放っておいた国にはあまり期待できませんね」
ルルはため息をついた。
王様には言えないが、私も国には期待していない。
そもそも、国規模で精神操作にかかっているのだ。
どういう条件で、精神操作にかかり、どういう条件を満たすと、それが解かれるのか。
何もわからない状態で、王様と話してもあまり得るものは無さそうだ。
今日は、今わかっている事を話して、帰ってから作戦を練る事にしよう。
「早めに行って、早く話を終わらせて帰ろうか」
私が言うと、ルルは、
「そうですね! 前回の感じですと、着飾っていく必要も無さそうですし、ちゃちゃっと行って帰ってきましょう!」
元気な笑顔で言った。
ルルがいると周りが明るくなる。
私達は、ダンに持たされている黒いブレスレット『黒の輪』のボタンを押し、王宮にワープした。
やはり、少しの浮遊感があり、王宮に着いた。
改めてゼンの魔法の精度の高さがうかがえる。
時星の位置を見る限り、オレンジ色になってから2時間ほど経った頃か。大体午前8時くらいという事になる。
少し早く来すぎたかもしれない。
そういえば、前回見せたカードで王宮に入れるのだろうか。
門番は前に来た時と同じ2人だった。
2人は、私とルルを見ると、ハッとした表情になり、背筋を伸ばし、『お入り下さい』と言い、門を開けてくれた。
お礼を言い、門を通り抜けると、前回同様1番大きい建物へ向かった。
王宮の建物は、どこも誰かが扉を守っていて、来客時には開けてもらえると思っていたのだが、ここは誰もおらず、自分で開かなければならない。
中々大きい扉だ。
身体強化のある私とルルならば余裕で開けられるが、人によってはぴくりとも動かないかも知れない。
「いらっしゃいませ。レイル様。ルル様」
メイドと執事が、ずらっと並んで出迎えてくれた。
「お部屋までご案内します」
メイド長のジェイナが、部屋へ案内してくれようとしたが、私は首を振った。
「今日の目的は、王様と会う事だけだから、王様の元へ案内してもらえる?」
とジェイナに言った。
ジェイナは、穏やかににっこりと笑って、
「かしこまりました。では、参りましょう」
と、言って私達を案内してくれた。
ジェイナが足を止めたのは、謁見の間では無く、前回、皆で話し合った会議室のような部屋だった。
狭い訳ではないが、王様はこんな部屋で良いのだろうか、と心配になった。
「レイル様、ルル様が到着されました」とジェイナが言うと、扉が開いた。
中に入るとすでに、ゼンとオルレアがいた。
「早いね、私達も早く来たつもりだったのに」
私が言うと、ゼンが
「レイルちゃんと少しでも話してたいからね。いつ来るかわからないなら、早く来て待つしか無いでしょ」
と言ってニコニコと笑っている。
こうして見るとただの無邪気な少年だ。
「私も似たような動機になってしまうのですが、レイちゃんと少しでも一緒にいたくて……。『聖女の塔』にいても気ばかりが焦ってしまい、来てしまいました」
オルレアが少し顔を赤らめて言った。やはりオルレアは可愛い。
「ご主人様が魅力的なのはわかっていますが、勇者を含め、この者達の行動は、ルルでも少し恐怖を覚えますよ」
ルルはそう言って、大袈裟に怖がるフリをした。
自分もその中に含まれている事を知らないのだろう。
むしろ、ルルに怖い思いをさせられる事が多いのだ。
「早く集まるのは良い事だよ。【ゴウカの魔物】とどう戦うか、とかも話し合いたかったから」
と私が言うと、2人は嬉しそうに頷いた。
すると、ガチャッと扉が開く音が聞こえた。
「遅くなった! もう皆集まってるな」
アークが来て、部屋を見回し.
「国王はまだなのか」
と、がっかりした様子で言った。王様を待つための時間がもったいないのだろう。
私も同じ気持ちだった。
「ぼくが呼んでくるよ」
と言うと、ゼンは指をパチンと鳴らして消えた。
ゼンと王様が来るまでの間、何をしようかと考えていると、すぐに扉の外が騒がしくなってきた。
「余は今日来るとは聞いてないぞ」
「えー? ぼくが夢の中で明日みんなで王宮に行くからねって言ったの覚えてないの? ハンスは本当に忘れっぽくなったね」
「夢に来られても、現実との区別がつかないだろう。お前は、いつまでも見た目が若いからといって余を老人扱いするんじゃない」
「君は十分老人だろ。今、何歳なの?」
「お前よりは若いわ!」
どうやら、ゼンと王様が来たようだ。
意外にも、2人は親しげだった。
「おっ! これは国王と大神官様の声だ。案外早かったな」
アークが言った。
「それにしても、お2人は仲がよろしいですよね。声を聞いているだけで微笑ましいです」
オルレアはニコニコして言った。
どうやらこの国では、王様と大神官が親しい事は有名なようだ。
「まさかこんなすぐに、朝から来てくれるとは思わなかった。ありがとう」
王様が言った。
ゼンのおかげて、早く話し合いを始められそうだ。
王様とゼンも席についた。
「では、第1回、ゴウカ対策会議を始める」
王様が言った。
第2回の開催は勘弁してほしい。
「今回受けた報告は恐ろしいものだった。【ゴウカの魔物】が『魔人化』し、更に、オルカラ王国全域に精神操作がかけられていると。余を含めた国民全てが操られている」
王様は深呼吸をすると、
「もう、国にはどうする事もできない。どうか、オルカラ王国を救ってほしい」
そう言って私達に頭を下げた。
王様に頭を下げられるなんて思ってもみなかった。
皆を見てみると、驚いたような表情をしている。
ゼンに至っては開いた口が塞がらないようだ。
ここでオルレアが、
「陛下。頭を上げてください。私達はオルカラ王国の国民です。この国が無くなると困るのです。私達も、オルカラ王国を守りたいという気持ちは同じなのです」
優しい声で王様に言うと、王様は顔を上げた。
「聖女に相応しい心の持ち主だな。本当に優しい子になった。オルレアはこんなに国を思ってくれているのに、50年前、お前のお母上を守りきれなくてすまなかったな」
王様はいきなり、オルレアの過去を話し始めた。
「国王陛下! 私の事はもう大丈夫ですから、今は、【ゴウカの魔物】をどうするかという話をしましょう」
オルレアはやけに焦っている。
50年前……。
「今、50年前って言いました? オルレアは16歳ですよ。50年前にお母さんが亡くなっていたらオルレアが今ここにいるはずないじゃないですか」
そう言いながら、オルレアは幽霊なのだろうか、などと考えたが、流石に私も理解した。
オルレアは聖女で、膨大な魔力を持っている。
「オルレアは56歳だが、16歳というのも正しい」
王様が言った。




