笑顔の破壊力 lv.33
「私が歳を取らないって、どういう事ですか?」
私は、ゼンに聞いた。
衝撃の事実どころの話では無い。
この世界に来た時、ルルに私は不老不死では無いと言われている。
どちらが本当なのだろう。
ルルを見ると、ゼンが気に入らないのか、微妙な顔をしている。
「私は不老なんですか? なんでそんな事を大神官様が知っているのでしょう? それが神託で言われた事なんですか?」
私は混乱しながら聞いた。
「はははっ! 神託は関係ないよ。ぼくを見てわかるでしょ? 歳を取らない。正しくは、『歳を取るのが人より何倍も遅い』かな」
そう言うと、ゼンは私を真っ直ぐに見た。
「ぼくや君のように魔力量、質が桁外れな場合、歳を取るのが極端に遅くなるんだ」
この世界では、魔力量と魔力の質により寿命が変わるようだ。
以前、クロエが魔力がある者は寿命が長い。というような事を言っていたが、この事だったのか。
私やゼンは、魔力量、質ともに人より抜きん出ていて、ほとんど歳を取らないらしい。
こっちの世界に来たのが16歳で良かった。ということは、もし5歳くらいの子どもの状態ならば……。
「そういう事だよ」
ゼンがにっこりと笑って言った。また私は顔に出していたのか。
「そういう事……ですか。確かに、子どものままこっちに来ていたら、私は誰かにお世話になる人生になっていたかもしれないですね」
元の世界と同じように。
また、誰かの世話になり、生きなければいけない所だった。
16歳の私で異世界に来られたのは幸運だった。
タイミングも仕組まれていたのかもしれないが……。
「その時は、このルルがご主人様をお世話していましたので、何も気にされる事などありませんよ」
ルルは、優しい言葉とは裏腹に、ニヤニヤと笑っている。
どんなお世話をする気だったのか。
「もし、5歳のレイちゃんでも、私が見つけていました。ですが、実際に16歳の、レイちゃんがこちらに来たのです。『もしも』を考えるのは幸せな時ではなく、どん底に落ちた時にしても遅くはありません」
さすがオルレアだ。前向きな言葉で励ましてくれる。
もしかしたらあったかもしれない人生は、存在しないのだ。
今、この時が私の現実で、戻る事も変わる事もない。
「そう言われるとそうだね。どん底の時に後悔として考えることにしようかな」
私が言うと、
「そんな事起こるわけがありません! ご主人様がどん底を味わう日は世界が終わる日です! ですので、ご主人様の人生の最深部は平穏でなければなりません!」
ルルは私に少し怒っているようだ。
「ごめんね、ルル。私達はみんなの命を背負っているんだから、何事も前向きに考えないとね。起こってもいない事を考えるのは、やめるよ」
そう言ってから私は、怒った顔のルルの頬を指で押した。
「君たちは仲良しなんだね。ぼくは、大昔なら友達が沢山いたけど、ぼくを置いてみんないなくなっちゃうから、もう友達を作るのはやめたんだ」
ゼンは、いきなり自分に友達がいない事を告白し始めた。
「だから、君たちが羨ましいよ。膨大な魔力量を誇る聖女に、神の子、そして『神力』を持つ転移者。いなくなる可能性がほとんどない君たちは素晴らしい人生になるんだろうね」
ゼンは、チラチラとこちらを見ながら話している。
「ぼくは、実際君たちよりも歳は上だけど、忙しくて誰かと遊ぶこともあまりなかったのもあって、君たちが飽きたものでも楽しめると思うよ。まあ、時間が合えばだけどね」
なんだこの人。
今友達の話なんてしていなかったのに、物凄く語ってくる。
「え? 別に遊んでくれなくて良いですよ!」
ルルが言った。
「そうですね。私も大神官様と遊ぶのはちょっと……」
オルレアは相手が地味に傷つく断り方をした。
ゼンはあからさまに落ち込んでいる。
ゼンは相当にショックだったようだ。だが、大神官と遊ぶだなんて考えられない。お喋りでさえ気を遣いそうだ。
こんな気まずい話題は、終わらすに限る。
「そんな事より、『神託』の中身を教えてもらえますか?」
私が言うと、
「そんな事……か。ふふ。いいだろう。とりあえず、ぼくに友達がいないのは忙しいからだ。という事は覚えておいてよ」
忙しい事を強調してから、ゼンは神託について教えてくれた。
「ぼくは大神官として、神の声を聞く義務がある。ある日、いつものようにお祈りをしていたら、声が聞こえたんだ」
そう言ったゼンは、紙とスライドペンを出し、何かを書き始めた。
「ぼくが受けた神託は簡単だよ。【ゴウカの魔物】を倒せる唯一の力である、『神力』をもった少女が、他の世界からニライに現れるという事、その子が高い身体能力を持っている事、敵に回すと国が滅びるということ。ね? 簡単でしょ?」
ゼンは、今神託を書いた紙を私にくれた。
こんなにざっくりとした内容だったのか。
もっと、国の危機を知らせたり、こんな仲間をあつめよ等の戦いに備えるヒントがあったのかと思っていた。
私を敵に回すと国が滅びる。
こんな神託はあって無いようなものではないのか。
「ぼくがこの神託を受けた数日後に、レイルちゃん、君が現れたんだよ」
そこまで言うと、ゼンは、王宮でメイド長のジェイナが使っていた魔法と同じように、テーブルとイスを出し、並べた。
そして、こちらを向き、ニコッと笑うと
「座って話をしようか」と言った。
その時初めて、私は自分が立ったままだという事に気がついた。
思っていたよりも緊張していたようだ。
気付いた途端、足の疲労を感じた。
ゼンに促されて、私達は用意されたイスに座った。
私は、緊張のあまり周りが見えていなかったらしい。
改めて部屋の中を見回してみると、ただ白いだけで何も無い部屋だった。
広さはわからない。見ているのに、わからないのだ。
何か、魔法がかけられているのか、普通は、誰が見てもすぐに分かる事すら気付いていなかった。
「おっと、『認識阻害』を解くのを忘れていたよ。どうだい? 魔法とは不思議なものだと思わないかい? 目の前にあるのに、絶対に見えているはずなのに、それがわからなくなる」
ゼンは右手の親指と人差し指でパチンッと音を鳴らした。
すると、パッと頭の中がクリアになっていくのを感じた。
この部屋の広さ、形、何が置いてあるのか。全てがいきなりわかるようになった。
『認識阻害』、これは物凄く恐ろしい力だ。
自分にとって、必要な情報だけを相手に見せられる。
【ゴウカの魔物】が私達の存在に気付いていないのは、オルレアがゴウカに張った結界にも、認識阻害がついているのかもしれない。
「大神官。昨日ご主人様が倒した魔物の話を、聖女から聞いたと思いますが、どう思ったか聞いても良いですか?」
ルルが言った。
昨日倒した時点では、【ゴウカの魔物】について、ルルはそんなに深刻に考えてはいなさそうだったが、どうしたのだろうか。
「ああ……。あの、『4本足の魔物』についてかな?」
ゼンが聞き返すと、
「そうです。この50年間確認されていた【ゴウカの魔物】は6本足でした。それがいつからか不明ですが、4本足の個体が出てきています。これが何故か、大神官になら分かるのですか?」
ルルがさらに聞き返す。
「大体察しはついているよ。50年間少しずつ結界を食べて取り込んでいたんだってね。そこで、また少しずつ、こちらに認識できない程のスピードで進化していったんだ」
ゼンは、怪談を語るかの様にゆっくりとした、そして私達の恐怖を煽るかの様に言った。
「個体数が増えているという報告もあったね。魔物の増殖に、形態変化まであったとなると、ゴウカでは魔物達の中で革命が起こっているようだ。4本足の魔物の出現から導かれた、ぼくの結論は」
ゼンは大きく深呼吸をすると言った。
「『魔人化』だ」




