18 「番と判明する前から、好意はあったぞ」
ルーカスとカタリーナの修羅場の隣ではものすごく気まずい空気が流れていた。
翡翠は伊織からカタリーナの話は鵜呑みにするなと忠告されていた。カタリーナがクリスタの友人と不仲で、そのせいでクリスタに含むものがあると報告されていた。それなのに、使用人の証言でカタリーナの言い分を全面的に信じてしまったのは悪手だ。
伊織が冷ややかどころか凍てつきそうな視線を向けてくる。
「翡翠、輝夜。密会の男女がクリスタ嬢だとお前たちは責めたが、誤解だとわかってもらえた、な?
そもそも、公爵家内を取り仕切っているのは公爵夫人だろう。なぜ、公爵夫人に裏付けをとらなかった?」
「公爵夫人は体調を崩されていたのだ。お茶会の翌日には領地へ静養に行くことになって準備を終えたらすぐに旅立たれた。公爵夫人に噂の真相を尋ねるヒマはなかったのだ。
・・・伊織、我々は調査が不十分だったと認める。申し訳ない。正式な謝罪は再調査の上、改めてさせていただきたい」
「翡翠、輝夜の無礼はこれで二度目だぞ?
輝夜の当主教育はどうなっているのか、久遠家に正式に問い合わせする。その上で謝罪を受け入れるか検討するが、三度目はないと思え」
「そんな! 伊織、わたくしは貴方を心配して・・・」
「そうだ、輝夜に悪気はなかったのだ。ただ、公爵令嬢の話を信じてしまっただけなのだ」
「だから、謝罪すればおさまると? 一度、壊れた信頼はそんな簡単に戻らないと思うがな」
冷ややかな伊織の言葉に翡翠が息を呑んだ。
「おい、待て。まさか、公家同士の諍いにするつもりか?」
「つもりも何もすでにそうなっているだろう? 御影家嫡子の番を不確かな噂で罵り非難したのだ。
三公家の仲にヒビを入れる行為だ」
「そうですわ。翡翠様、どうして輝夜を止めなかったのですか?
貴方は輝夜の婚約者で、彼女を支えて補佐する立場でしょう。久遠家を継ぐ輝夜を守るだけが配偶者の役目ではありませんわよ」
雅にも厳しい目で見られて、翡翠は悄然とうなだれた。
「それは・・・、誠に申し訳ない。公爵家の証言を疑うなど失礼な真似だと思ったのだ。
人族は番を受け入れがたいというし、伊織も婚約はまだだろう?
伊織の番がもともと婚約予定だった相手とお茶をしていたと知らされて、つい噂と結びつけてしまった。短慮だったと後悔している」
体格のよい翡翠がうなだれて小さくなる姿は気の毒になるくらいだ。琴音がちらっと輝夜を睨めつけた。
「輝夜、貴女はどうするの? 翡翠様だけ矢面に立たせて自分は悪くないですませるつもり?」
「そんな! 琴音、ひどいわ。どうして、そんな意地悪を言うの? わたくしは伊織を心配しただけよ?」
琴音がはあっとため息をついて心底呆れた目を向ける。
「輝夜、いい加減にしてちょうだい。もう、お兄様と貴女は公家跡継ぎ同士の立場よ。それぞれ家名を背負って行動しなければならないの。
本当にお兄様の心配をしたなら、どうしてこんな衆人監視の前でわざわざ糾弾なんてするの?
他にやり様はいくらでもあるのに、悪意を感じるわよ。人前で貶めるなんて恥をかかせるだけだわ。貴女、番のクリスタ様に含むものがあるから、わざとこんな真似をしたのでしょう?」
「ひどいわ、琴音。わたくしはその人が伊織の番に相応しくないと思ったから」
「輝夜、よせ! 謝るんだ」
翡翠が慌てて輝夜を止めた。伊織の青い瞳に殺気が浮かぶのを認めてぐいっと輝夜の頭を掴んで下げさせる。
「ひ、ひすいさま?」
輝夜は信じられなかった。輝夜に心底惚れて甘い翡翠がこんな態度をとるなんて。
「輝夜、悪いことをしたら謝るのは当然だろう? ・・・君を止めなかった私も同罪だ。私も謝るから」
翡翠も一緒に頭を下げているが、輝夜の感情は麻痺したように何も感じない。ただ、かろうじて、翡翠に促されてごめんなさいと口ごもった。
(お腹空いたなあ〜、今日の日替わりメニューはビーフシチューのはずだったのに〜)
クリスタは虚な目で少々現実逃避していた。
なぜか、イオリにぎゅうと抱きしめられている。精神安定剤の役目だ。
一体、何がどうしてこうなったのか。
竜人族同士のお話し合い中、クリスタは友人と共に少し離れたところにいた。ヒスイが無理矢理カグヤの頭を下げたのにはぎょっとした。
何事⁉︎ と焦っていたら、謝罪相手はクリスタだと呼ばれた。彼らの視線を一身に浴びて気が遠くなりそうだ。
周囲の人々は触らぬ神に祟りなしとばかりに戦線離脱していたが、遠巻きにはまだ残っている人がいる。
そんな中で学園のアイドル的存在に頭を下げられるとか。うん、後ろから刺される心配しかない。
「謝罪は受け付けるから、穏便にすませましょう! 誤解は誰にでもあるのですから」と主張したのだが、イオリにやんわりと断られた。公家の面子にも関わるから、謝罪だけで済ませるわけにはいかないらしい。
本国に詳細の知らせが届き、現当主同士でもお話し合いがあるとか。
うわあ、絶対にめんどくさい、関わり合いたくない〜‼︎ と本気で頭を抱えたくなった。
「とりあえず、昼食の時間がなくなりますから、詳しいことは後で」とシズクが仲裁に入ってくれたので、いつもの個室に移動することになった。フブキがルーカスを呼びに行くのと同時に個室や食事の手配も整えてくれたという。
実に有能な護衛である。そして、その有能な護衛は個室をもう一つ抑えていた。
当事者同士で意見のすり合わせをしたほうがよいでしょう、とのことだ。「え、結構です」とクリスタは真顔で答えてしまった。
イオリがずずんとわかりやすく落ち込み、コトネから懇願の眼差しを受け、ミヤビにも拝む仕草をとられて、仕方なくお付き合いすることになった。
クリスタは部屋に入った途端に先制攻撃にでた。勢いよく頭をさげたイオリにナデナデ攻撃だ。いや、兄がよくやるようにわしゃわしゃとぐちゃぐちゃに撫でくり回した。鳥の巣頭になったイオリが目を白黒させる。
「く、くりすた嬢?」
「いいですか、イオリ様。謝ったりしたら、嫌いになりますからね?」
「ぐっ! そ、そんな・・・」
「イオリ様のせいではないですから、謝らないでください。
イオリ様はちゃんとわたくしを守ってくださったではありませんか。公家の仲が拗れるかもしれないのに、正式な抗議もしてくれました。庇ってもらえて、わたくしは嬉しかったですし、何よりもすごく安心しました」
「安心?」
「ええ、イオリ様は幼馴染の彼らよりもわたくしを信じてくださったのでしょう? イオリ様が兄とアーロン様の文通のことを説明してくださって助かりました。わたくしから話すよりも効果がありましたから」
「・・・その、アーロン殿のことは知っていた。オリヴェル殿が妹の次の婚約者だと散々グチ・・・、いや、話していたから」
留学生時代のことだ。神の実の影響で婚約継続は無理だと早くから判断されていたのだ。
「まあ、お兄様から勧めてきたのに、何が気に入らなかったのかしら?」
「・・・可愛い妹を蔑ろにする阿呆は論外だが、掻っ攫っていくヤツも気に食わないとこぼしていた」
「お兄様ってば、何を言っているのかしら。過保護もすぎると鬱陶しいのですけど」
はあっとクリスタがため息をつくと、イオリがうぐっと言葉に詰まった。彼にも過保護な兄の自覚があるので、ぐっさりと刺さったのだ。
「兄妹仲はよいほうがいいと思うのだが? ・・・もしや、あまり構いすぎると鬱陶しくなるのだろうか」
「なりますわね、もう幼い子供ではないのですもの。妹離れしてもらわないと困ります。
兄も来年には婚約者と再会しますし」
「オリヴェル殿には婚約者がいなかったと思うのだが?」
イオリが首を捻って、クリスタは目をぱちくりとさせた。
「まあ、兄から聞いてませんか? 兄には婚約内定の相手がいるのです」
隣の領地の子爵令嬢でクリスタとは幼馴染だ。彼女は身体が丈夫ではなく、南国での静養生活が体調にあったようで南国に永住予定がある。
「ああ、それでオリヴェル殿は南国勤務希望なのか」
「ええ、外交官は数年から十年くらいは外国暮らしになるらしいですから」
オリヴェルの嫁候補はミルカ・クーセラ子爵令嬢だ。
領地に遊びに来る祖父の友人の孫は男児が多かったから、ミルカは貴重な同性の友人だ。そのミルカと義姉妹になれるのがクリスタには嬉しかった。ただ、虚弱なミルカには子供ができるかわからない。
オリヴェルはフルスティ家の嫡子で、跡取りを設けるのは貴族の義務だ。ミルカを婚約者に望むのは厳しかったが、オリヴェルは諦めなかった。
そこで、クリスタが自分の子供を養子にすればいいと思いついた。
クリスタは大好きな兄と友人が結ばれるのは大歓迎だったから。だが、クリスタの子供を養子にとなると、嫁ぎ先の許可がいる。クレモラ家はその条件を呑んでくれたからちょうどよかったのだ。
「そして、アーロン様もそれは了承してくださったのです」
「・・・君は彼のことをどう思っていたのだ?」
イオリはどよよよんと暗雲を背負って昏い顔だ。クリスタはしばし考え込んだ。
「年の離れた兄、または年の近い叔父、でしょうか。アーロン様とは七つも離れているので、領地に来られた時に一緒に遊んだ覚えがなくて。遺跡に興味がある方で、遺跡の話ばかりしていた印象です。
婚約の打診後にあまりお互いのことは知らないよねとなって、趣味や嗜好、好き嫌いなものなどをお手紙で情報交換してました。クレモラ様よりは話が合う方でしたね」
「その、彼に、好意はあったのか?」
「ええ、クレモラ様よりはありましたね」
あっさりとクリスタが答えると、イオリは複雑な顔になる。
マルコはクリスタより一つ上だが、脳筋の考えなし(オリヴェル評価)でやらかした人間関係の後始末はクリスタが行なっていたと聞いている。マルコには好意を抱いておらず、弟のような感じだったはずだ。
そのマルコよりもと言われても、比較対象が恋愛外ではどのくらいの好意なのか不明である。
「・・・彼を友人だと思っていたのだろうか?」
「友人よりは好意があったと思います。婚約者候補と考えていましたからね。でも、アーロン様からすれば妹のような感じだったのではないでしょうか・・・」
クリスタが微苦笑で肩を落とした。
「番候補になった話をしたら、婚約は無理だねとあっさりと了承されたのです。お幸せにと寿がれて、全く未練はなさそうでした。
今はイーリス様の婿候補ですし、アーロン様にとってはわたくしとのお話よりもいい縁談だと思います」
「そうか・・・」
イオリは躊躇ったものの、そっとクリスタの茶色の頭を撫でた。
「クリスタ嬢は可愛いと思う。私の好物の温泉まんじゅうのような髪と瞳だ。見ていて飽きないし、美味しそうで好ましい」
「温泉まんじゅう、ですか・・・。竜人族のお国にはお饅頭というお菓子があるのはエリサから聞いたことがあるのですが?」
「ああ、温泉名物のまんじゅうだ。黒糖を用いていて皮が茶色でな、優しい甘さが気に入っている」
クリスタはそっと視線をそらせた。イオリの青い目が優しく和んでいて、なんだか落ちつかない。好物のお菓子に喩えられるとか、まあ好意は感じるのだけど、褒め言葉が独特だ。
「・・・イオリ様は番だから、最初からわたくしへの好感度が高いのでしょう?」
つい拗ねるような物言いになってしまって、クリスタは内心で焦った。イオリは手を止めて首を傾げている。
「いや、番と判明する前から、好意はあったぞ。クリスタ嬢はオリヴェル殿の妹でよく話を聞いていたし、王城で王姉殿下の前でも怯むことなく冷静に意見を述べていただろう?
知的な令嬢で感情的に騒ぐ相手よりは好ましいと思っていた」
「えっ!」
クリスタは意外さでしみじみとイオリの顔を見つめてしまう。イオリはバツが悪そうに咳払いだ。
「ごほん。その、初対面できつい物言いだったのは認める。八つ当たりするなと後から奏に咎められた。
あの時は神の実の件で、愚者どもの監視もせねばならなくなってうんざりしていたのだ。
君には悪かったと思っていたのだが、謝罪の機会がなくて。卒業記念パーティーにオリヴェル殿のパートナーで出席すると聞いて、できたら謝罪しようと思っていた。
でも、君が番だとわかって、歓喜の念からつい暴走してしまったのだ」
「・・・わたくしは恋愛結婚に憧れてますし、家の後継者問題があります。番でも面倒ではありませんか?」
クリスタには可愛くないことを言っている自覚があるが、イオリならば邪険にはしないと確信がある。彼の本音を聞きだすチャンスだ。
イオリはふむと頷いた。
「人族には番の感覚がわからないから不安だと思う。でも、安心してくれ。
我ら竜人族は絶対に番を間違えない。番に出会うと金色の竜瞳が顕現するだけではない。心の繋がりも得られるのだ。
私も温かくてふわふわとした想いが溢れて『満たされる』ことを知った。
私は三公家の一角、御影家の長子で身分も高く、家族仲は良好で不満などなかった。きっと、番と出会わなくても幸せな生涯を送れたと思う。だが、番と出会ってしまったからには『満たされない』状態にはもう戻れないのだ。
申し訳ないのだが、クリスタ嬢が嫌がっても手放せない。できたら、君の憧れの恋愛相手に私を選んでくれたら嬉しい」
「・・・わたくしの話を聞いて尊重してくれて、わたくしの嫌がることをしない方が理想のタイプです」
ぐっとイオリは言葉に詰まった。
自害未遂騒動で乱暴な真似は嫌いだと言われたのを思い出したのだ。
番候補の交流中に嫌いではないと言質をもらっているが、好きになることはないのだろうか、とイオリは弱気になる。しゅーんとうなだれたら、クリスタがこほんと咳払いした。彼女にはしょぼくれた子犬の幻影が見えて、つい撫でくりまわしたくなってしまった。なんとか、冷静にと己を律して微笑む。
「イオリ様は誠実な方だと思います。わたくしの嫌がることはしませんし、いえ、むしろわたくしの願いを叶えてくれようとしています。
イオリ様と同じ思いを返せるのかわかりませんが、わたくしが貴方を嫌がることはないと思います。まずはお友達になりませんか?」
「お友達より婚約者候補がいいのだが?」
くうんと甘える鳴き声がした、気がする。青い目が寂しそうに見つめてきて、クリスタは絆されそうになるのをなんとか堪えた。
「今はお互いのことを知り合う期間ですから。今後、どう進展するかはお互いの努力次第です。婚約者候補という名のお友達でいかがですか?」
「婚約者候補!」
イオリがぱっと顔をあげて嬉しそうに頬を緩めた。ぶんぶんと振り回す尻尾が見えるようだ。
「友人より好意があったアーロン殿と同じだな。私は彼よりも親しく思ってもらえるだろうか?」
「え、えーと、まずはお友達、ですよ? いきなり、恋人にはならないですからね?」
「恋人! うん、いい響きだ・・・」
イオリが感動のあまり握り拳でふるふると打ち震えている。
クリスタは早まったかな、とそろそろと後退った。昼食を理由に退散しようとするが、イオリに一足で距離を詰められてしまう。
イオリは跪いてきりっとクリスタを見上げてくる。
「クリスタ嬢、生涯貴女を守ると誓おう。今回のような不名誉な噂になど二度と晒さないと約束する」
「お気持ちは嬉しいのですけど、噂話くらいで公家の権力を使われたりするのはちょっと・・・」
「遠慮することはない。悪質な噂を放置して真に受ける阿呆がでると実害がある。最愛の君のためにも全力を尽くすのは当然だ」
「いきなり、ぐいぐいきますね⁉︎」
クリスタが引き気味になると、凛々しい子犬がしょぼんとうなだれた。
「ダメだろうか? 私はまだ君と二人でお茶などしたことがないのに、アーロン殿とはしたし。私は彼よりも好ましくないのだろうか?」
「アーロン様とお茶って、公爵夫人も同席していましたよ?
もともと、公爵家のメイドの粗相が原因のお詫びの席です。好意の有無は関係ないですし、噂のようなことは何も・・・、あれ?」
クリスタはふと躓いてアーロンに抱き止められたのを思い出した。人助けだからと気にしていなかったが、あの場面だけ目にすれば噂通り抱き合っていたように見えるのでは?
噂は正しくないが、事実ではあったとか。うわ、面倒くさいから気づかなかったことにしよう、と思ったが遅かった。
イオリが不審そうに青い目を細めたのだ。
「クリスタ嬢、何か気になることがあるのか?」
「い、いえ、何もないです」
「では、何故目を逸らすのかな?」
それは青い目に剣呑さが宿っているからだとはとても口にはできない。ちょっとお花摘みに、とおほほほと誤魔化そうとしたら、イオリが両手両足を地につけて絶望した。
「そんな、私はやはり嫌われているのか・・・」
「え、嫌いではないですよ」
「では、好かれてはいないのだな、番に拒否られるとか。この世の終わりだ。ああ、両親と琴音に先立つお詫びを」
「だーから、なんでそう物騒な方向に進むのですかっ!」
クリスタはぎょっとして落ち込むイオリの肩を掴んで激しく揺さぶった。
「落ちついてください! 蹴躓いて抱き止めてもらったなと思い出したのです。噂の元はこれかと面倒になっただけですから」
「私は面倒な男なのか・・・」
「ネガティブになるとそうですね」
がっくがっくゆっさゆっさと揺さぶられていたイオリがガーンとショックで涙目になる。
「そ、そんな・・・」
「え、だから、落ちついてくださいってば」
鳥の巣頭が揺さぶられてさらに酷いことになっていた。クリスタが直すようにナデナデすると、こてりと彼の頭が肩に落とされる。
「クリスタ嬢はひどいな。こんなに一喜一憂させられるのに、君に嫌われるのだけは怖くて振り回される」
「そんな人を悪女みたいに」
「うん、悪女でも構わない。そばにいてほしい」
ぎゅうっと抱きしめられて、クリスタは驚いた。最初に背骨折りを仕掛けられたのよりもだいぶ慎重で優しい力加減だ。頭をすりすりとされて本当に子犬が懐いているみたいで少しだけくすぐったい。
「あのう、イオリ様?」
「もしかして、イヤなのか?」
「いえ、そんなことはありませんが・・・」
「イヤでなければ、少しだけこうしていてほしい。私の精神安定剤になってくれ」
なんだか、お気に入りのぬいぐるみに抱きつく子供のようだ。
クリスタは異性に抱きしめられるとか、羞恥を覚えていいはずなのに、自意識過剰な気がしてリアクションに困っていた。思わず、すんと無表情になって、遠くを見る目になる。
(お腹空いたな〜、お昼はいつ食べられるのかなあ〜?)
乙女らしからぬ思考だが、婚約者候補という名のお友達が満足するまで付き合うしかないか、と諦めの境地だった。
後日、カタリーナ・アランコ公爵令嬢とルーカス・ヤンネ侯爵令息との婚約解消の噂が学園に広まった。性格の不一致が理由だ。アランコ家の分家を起こすカタリーナは親戚内から次の婚約者を探すことになったらしい。
ルーカスはこれを機会に隣国へ留学することになったとか。
カタリーナの誕生祝いに婚約解消の書類が送られたのを知るのは当事者以外には誰もいなかった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
評価やブクマ、いいねなどありがたいです。誤字報告も助かります。
前半、竜人族同士のお話し合いでは漢字表記の名前です。誤字ではないです。
後半はクリスタサイドでカナ表記です。




