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番だなんて人違いです  作者: みのみさ


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15/27

15 「貴女に出会えてよかった」

前半は輝夜サイドなので、名前は漢字表記です。

後半はクリスタサイドでカナ表記にしました。

 輝夜が伊織と初めて会ったのは竜都でのお披露目の場だ。

 公家の子女は五歳になると皇帝一家に挨拶して歓談する習わしだった。お披露目には他の公家の五歳以上の子女も同席して将来の主君や皇家に支える同僚として交流を図るのだ。

 幼い頃に母が亡くなった輝夜には父が付き添ってくれたが、他の子供たちには両親が揃っていて不満だった。父が皇帝と挨拶している間に他の子供は母親がそばにいてくれるのに、輝夜は一人きりだ。寂しくて父に縋りつきたかったが、お披露目するからにはもう立派な公女として振る舞わなければならない。


 無事にご挨拶が済んで歓談タイムになると、庭園でお茶会になった。

 子供たちは庭園内で自由に過ごしてよいと最年長の花蓮が誘ってくれて花畑に遊びに行った。男子たちは木登りしたり、木の枝でチャンバラごっこだ。

 女子たちは花冠を編んでお互いに贈りあったりした。一番年下の輝夜は花蓮がつきっきりで面倒を見てくれた。

「いっぱいつくってしまったから、あまってしまうわ」

「お兄さまにもあげればいいのよ」

「弟は嫌がりそうだわ」

 雅たちの会話に輝夜は寂しくなった。

 彼女たちには両親が揃っているだけではなく、兄弟もいる。特に琴音は奏の許嫁で、ずるいと思った。輝夜には父しかいないのに、彼女は両親も兄も婚約者もとなんでも持っているのだ。

 輝夜が俯いて泣きそうになっていたら、心配そうな声をかけられた。


「どうした? お腹でも痛いのか?」

 紺の髪に青い瞳の男の子、琴音の兄の伊織だ。

「ごふじょーに行きたいのか?」

「え・・・」

「お兄さま! サイテー」

 輝夜が固まっていると、琴音が冷たい声をあげた。花蓮がこめかみを押さえて苦い顔だ。

「伊織、あなたねえ。女の子になんてことを言うのよ」

「ええ〜、だって、えんりょしてて間に合わなかったらかわいそうだから」

「伊織さま、シツレイですう」

 雅にもジト目を向けられて伊織が気まずい顔になる。


「伊織〜」

「ああ、今行く」

 伊織は奏に呼ばれて天の助けとばかりに駆け寄った。ぶんぶんと木の枝を振り回していた翡翠が伊織に一本の枝を投げてよこす。

「伊織、お前の番だ。鍛えてやるから、かかってこい」

「もう少し短い枝が使いやすいのに」

「お前ならこれくらいがちょうどいいだろう」

 翡翠はちらちらと輝夜を見やって、ほんのりと赤く頬を染めている。


 あらあら、弟はカッコいいところを見せたいらしいわねえ〜、と花蓮がニマニマと笑顔になった。


 伊織と翡翠がチャンバラごっこを始めるが、輝夜の視線は伊織に釘付けだった。年上の体格のよい少年に遠慮なく打ち込まれても怯まない伊織に見惚れている。負けてしまっても輝夜のヒーローだった。逆に勝者の翡翠は乱暴者と思われて怖がられる始末だ。

「あ〜、逆効果だったわねえ」

 落ち込む弟に花蓮は気の毒そうな顔だ。輝夜はかすり傷を負った伊織を心配して涙目でまとわりついているのだ。


 輝夜には父しかいないと思っていたのに、ちゃんと自分を見てくれていた人がいた。伊織は妹の琴音よりも輝夜を気にしてくれた。

 この時から輝夜は伊織が一番のお気に入りになった。

 彼の乙女心を解さない無神経な言動も、寛大に受け入れてあげるのは自分だけ。誰にでも甘い顔をして美辞麗句を囁く八方美人より、無骨だけど真摯な伊織のほうが好ましい。彼の一番の理解者なのだと自負していた。

 輝夜は伊織の婚約者になりたいと父におねだりした。輝夜も伊織も跡取りで、父は難しい顔をしていた。婿入りできる相手のほうが好ましいのだ。父はなかなか頷いてくれなかったが、最終的には娘に甘い父が折れてくれるのはわかっていた。

 輝夜は伊織に近づく女性を片っ端から排除しまくった。伊織が彼女の執着に戸惑い、辟易しても構わなかった。輝夜は伊織さえいればよかったのだ。

 そのうち、思った通りに父が折れてくれて、条件付きの仮婚約が成立した。すでに番探しを終えていた伊織には番がいないはずだったのに・・・。


「輝夜、先ほどの物言いはよくないぞ。御影家と揉めるつもりか?」

 物思いに沈んでいた輝夜ははっとした。すぐに笑顔を貼りつけて婚約者を見上げる。

「あら、翡翠様。わたくしは下々の者を気遣っただけでしてよ?

 わたくしは久遠家の跡取りなのだから、伊織様の()()()()()より上の身分なのは間違いないでしょう? 王国の常識に合わせただけだわ」

 輝夜は翡翠にエスコートされながら、可愛らしく小首を傾げた。翡翠は目に入れても痛くないというように蕩けそうな顔をしている。

 翡翠の護衛任務には輝夜の美貌に惹かれる害虫駆除の役目もある。護衛としてはエスコートで片手が塞がるのはよくないのだが、邪な男子学生を牽制するのには最適だ。


「カタリーナ様に教えていただいたのだけど、わたくし、何か失敗してしまったかしら?」

 輝夜が不安げな上目遣いをすると、翡翠が優しく微笑んだ。

「いや、基本的にはあっているが、伊織の番相手にはいささか失礼だった。まだ学生のうちは挽回が効くのだ。次からは気をつければいいさ」

「・・・そうねえ、努力するわ。翡翠様の恥にならないように気をつけないと」

「まさか、私が輝夜を恥になんて思うわけないだろう? 君はよくやっているよ。ただ、経験が少ないから慣れていないだけだ」

「まあ、嬉しい。翡翠様にそう言ってもらえると、淑女教育にも気合いが入りますわ」

 輝夜は可憐に微笑んで甘えるように翡翠の腕にぎゅっと抱きついた。翡翠の目が愛おしそうに和む。

 ふふっと微笑む輝夜は一瞬だけ苛立たしそうに顔を歪めた。


 伊織の番があんな質素で地味なクリスタだなんて屈辱でしかない。人族にしては顔立ちは悪くはないが、伊織の隣に並ぶと見劣りする。彼の伴侶には相応しくない。

 輝夜は着物ドレスの取引先がアホネン王国の公爵家と聞いて、父に留学をおねだりした。表向きは久遠家の跡取りとして少しずつ事業に関わるため、が理由だ。翡翠を護衛にしたのは彼がいてくれば心強いし、婚約者として交流を深めるといえば父の許可を得やすいからだ。

 魔術学園への転入は先に留学している雅たちを驚かせたいから他家には内緒にしてとお願いした。翡翠がついていることだし、まさか番がいるのに横恋慕はしないだろうとの判断で父は頷いてくれた。

 翡翠は輝夜が甘えれば嬉しそうになんでも言うことを聞いてくれる。さすがに公序良俗に反することはダメだが、建前を取り繕えば可愛いワガママ扱いで済む。翡翠は輝夜にとっては兄のようなもので、この留学中に認識を改めて婚約者らしく振る舞えば、翡翠は喜んで輝夜に協力してくれた。

 

 輝夜は伊織の番認定を覆したくて、久遠家の蔵書を漁って古い文献からある記述を見つけた。それは番を失っても廃人にならなかった逸話だ。

 竜人族が自大陸にいた頃に番でも婚姻を許されない男女がいた。皇族に連なる女性と親が犯罪者の孤児だ。孤児のほうが七歳も年下だし、親の咎でまともな仕事にはつけなかった。ひったくりで生計をたてている軽犯罪者だ。何もかも違いすぎて幸せになれないと反対されて、二人は駆け落ちした。

 追手がかかって捕まりかけた二人は今世は無理でも来世で一緒になろうと心中を図った。

 一時は二人とも息が止まったのだが、救命措置で女性だけが息を吹き返したという。

 女性は失意のまま独り身で生涯を過ごしたが、廃人にはならなかった。番のような孤児のために孤児院を経営して大勢の孤児を救った。晩年は成長した孤児やその家族に慕われての大往生だった。


 孤児を愛する者の代わりとして心の安寧を図ったのか、それとも死の淵を覗いた経験が欠けた心に何か作用したのか。


 確かめるには物騒だが、同じ状態にしてみればわかるかもしれない。

 輝夜は南国に一時的に仮死状態になる医療薬品があると聞いたことがあった。獣人族で獣化のまま重篤患者を手術する際に使用されるものだ。

 久遠家の総力をあげれば手に入れられるが、父にバレるのはマズい。人族の国に留学したほうが手に入れやすいだろう。

 輝夜は留学中に仮死状態の薬を手に入れて、伊織と番に試そうと企んでいた。

 上手くいけば、クリスタ(邪魔者)を始末しても番の絆が切れて伊織は廃人にならないで済むかもしれない。もし、上手くいかなくても輝夜には構わなかった。伊織を他の女性にとられるよりマシなのだから。




 クリスタは目の前の光景に面食らった。イオリが深々と頭を下げて謝罪の意を示している。

「えーと、イオリ様。どうなさったのですか?」

「この度は誠に申し訳ない。輝夜が失言したと聞いた。彼女は故郷の学舎にも通っておらず、同年代の者と付き合う機会がなかなかなかったのだ。それで人の機微に疎いというか、無神経というか。

 本当にすまなかった。貴女にまたもやイヤな思いをさせてしまって」

「・・・コトネ様たちが先に行くように言ったのはこの謝罪のためですか」

 ふうとクリスタは重い息を吐いた。


 ランチタイムになってミヤビたちにカグヤと話をつけてくるから先に行ってほしいと言われた。エリサとマリカもカイタラ家の次女と引き合わせるからとミヤビたちに同行した。

 クリスタはいつもの個室のドアを開けた途端にパタンと閉じてしまった。


(うん、今何か見えた気がする。気のせいかな〜、気のせいだと思いたい、うん、気のせいにしよう)


 葛藤している間にドアが中から開かれた。土下座に見えた人影が情けなさそうな顔でお出迎えだ。

「クリスタ嬢、お待ちしていた。どうか、私の話を聞いてほしい」

「・・・・・・」

 個室とはいえ、ドア付近で押し問答すれば悪目立ちは間違いない。クリスタは諦観してイオリの話に応じることにした。その直後に勢いよく頭を下げられたのだ。先ほどの目の錯覚(?)の土下座よりはマシだが、いきなりは心臓に悪い。


「イオリ様が悪いのではないですし。婚約者の方から謝罪はいただきましたので結構ですわ」

「だが、輝夜本人からはないだろう? 彼女は悪気がなかったから悪いことをしたとは思っていないのだ」

 だから先回りして周りが謝罪を済ませるのか。

 そうやって甘やかすのは本人のためにならないのでは? とツッコミたかったが、さすがに正直に言うのは失礼すぎるだろう。

 クリスタは内心の苛立ちを隠して、にこりと微笑んだ。

「公女様はアランコ公爵家でお世話になっていると聞きました。アランコ公爵令嬢はイーリス様と不仲だったので、友人だったわたくしのこともよく思われておりません。

 アランコ様から何か言われたのかもしれませんね。

 公女様には一方的な物の見方を改めて、きちんと自分の耳と目で調べることをお勧めしますわ」

「・・・クリスタ嬢、お怒りはごもっともだ。輝夜にも失礼な先入観は改めるように伝える。だから、そんな顔をしないでくれ」

 イオリが困ったように眉をさげていた。クリスタは思わず自分の顔をぺたぺたと触った。


「あら、そんな顔なんて失礼ですわね、怒ってなんかいませんわよ?」

「いや、怒っている顔とは少し違うのだが・・・」

 イオリは躊躇いながらそっと手をあげた。

「その、クリスタ嬢、少しだけ触れてもいいだろうか?」

「え、イヤですけど」

 イオリがガーンとショックを受けた顔になる。クリスタは不審そうに首を傾げた。

「竜人族ではただの知人相手にスキンシップするものなのですか?」

「・・・ただの知人」

 さらにイオリはしょぼぼぼぼんとうなだれる。うるうるとした青い目で見つめられて、クリスタはうっと言葉に詰まった。

 涙目になった子犬に縋りつかれている気分になるのは気のせいだろうか・・・、なんだかそこはかとなく罪悪感を感じるのだが。


「私は婚約者候補から外されたのか?」

「えーと、そういうわけでは・・・」

「それなら、少しだけナデナデさせてもらいたいのだが?」

「ナデナデ?」

 クリスタが疑問符を顔に浮かべると、イオリがそっと頭を撫でてきた。思わず、クリスタの目が丸くなった。

「え、あの、イオリ様?」

「その、イヤだったら、やめるが。できれば、イヤがらないでくれると嬉しいのだが・・・」

 イオリの青い目が優しく和んでいて、クリスタはうろうろと視線を彷徨わせた。イヤではないのが、自分でも不思議だった。


「その、クリスタ嬢が無理をしているような顔をしている気がして。慰めたかったというか、無理をやめさせたかったというか。

 あー、琴音が泣くと、いつもナデナデで落ちついてくれるから。貴女にも泣かないでほしくて」

「わたくし、別に泣いてません」

 つい拗ねたような声がでて、クリスタは自分でも驚いた。どう誤魔化そうかと脳内で慌てていると、イオリの落ちついた声がかかる。


「うん、クリスタ嬢が立派な淑女なのはわかっている。年下の不慣れな留学生の無礼を大目に見てくれた。

 だが、淑女でも一人の人間だ。失礼な言動に腹がたったり、傷つくのは当たり前だ。淑女としては人前でそれを露わにしてはならないそうだが、私の前でまで隠さないでほしい。

 私は貴女と対等な関係を築きたいのだ。無理をしないで、感情を曝けだしてくれ。

 私は割と無様な姿を晒しているだろう? 貴女とは遠慮のない付き合いをしたいのだ」

「・・・イオリ様が無様だと思ったことはありませんけど?」

「そうかな? 貴女の前ではどうも取り繕えないというか、素の自分のままというか。

 まあ、オリヴェル殿のせいもあるが。彼とはもともと友人だったから、取り繕うにも今更感がして格好がつかない」

 イオリは苦笑いして肩をすくめた。器用なことにナデナデは継続したままだ。


 クリスタは躊躇いながら口を開いた。

「そのう、公女様とは仮婚約だったと聞きました。解消したのは・・・」

「輝夜とは『成人までに番が見つからなければ婚姻する』という前提条件で仮婚約を結んだ。我々、竜人族では成人までに番探しを義務付けられている。少子化対策で番を見つけることが推奨されているのだ。

 私は留学前に番探しを終えたが、輝夜はまだだ。もしかしたら、解消する可能性はあったのだ。

 輝夜は覚悟していたはずだ。今更、何か言ってくるのは卑怯だろう。輝夜から何か言われても気にしないでほしい。

 輝夜との話は久遠公からの強い要望で我が家の利になるから引き受けた。皇太子妃となる琴音の後ろ盾に久遠家も加わるのは頼もしかったし、輝夜のワガママで琴音を振り回されることもなくなると思ったのだ。

 でも・・・」

 逆効果だった、とイオリが渋面になった。

 カグヤの態度はおさまるどころか、コトネは義理の妹になるからと却って遠慮がなくなったのだ。


「皇太子妃が臣下に格下にみなされては困る。番が見つからなくても輝夜の態度次第では婚約解消はあり得た。輝夜本人だけはそれを理解していないのが悩みだったが、貴女のおかげで無事に解決した。

 クリスタ嬢には感謝しかないな」

「そ、そうだったのですか」

 クリスタはまだナデナデされたままで、少々落ちつかない気分になっていた。思ったよりも番の存在が重要視されているようで、たらっと冷や汗がでてくる。

「うん、貴女に出会えてよかった」

 しみじみと呟いたイオリはようやく手を止めた。クリスタがほっとしたのも束の間、イオリが彼女の目の前に頭を下げてきて、ぎょっとする。


「え! い、いおりさま?」

「うん、今度はクリスタ嬢がナデナデしてくれないか?

 私も君に癒されたい。輝夜の飛び込み留学で警備体制の見直しやら学園側の交渉やら面倒なことになっているんだ」

「へ、い、癒す?」

 クリスタは変な叫び声をあげそうになったが、なんとか堪えた。

 ナデナデしない限り、イオリはテコでも動きそうにないし、また子犬の幻影が見えたりしたら、心の呵責がすごいことになりそうだ。

 そおっと紺の髪に触れると、サラサラしていて触り心地がよい。ナデナデすると、きゅううんと嬉しげな鳴き声が聞こえた、気がする。


「あの、イオリ様。ずっと頭を下げている姿勢は辛くないですか?」

「大丈夫だ。この至福の時を堪能するためならば、私はどんな艱難辛苦にも耐えられる」

「大袈裟ですよ、これくらいのことで」

 クリスタが苦笑いすると、わくわくした声が返ってきた。

「それなら、またナデナデしてもらえるだろうか?」

「えーと、その、それは・・・」

 クリスタは言葉に詰まったものの、ダメなの?と哀しげな子犬にねだられて頷くしかなかった。

伊織のセリフで『ごふじょー』はご不浄、お手洗いのこと。

8歳当時のことなので、子供らしい言い方にしました。

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