14 「これはちょっとマズいのでは?」
「まあ、貴女が伊織の番ね! ぜひ貴女と会ってみたかったのよ」
クリスタは教室に入った途端、国宝級の美少女に飛びつかれそうな勢いで駆け寄られて面食らった。
二学年の赤いリボンスカーフをつけた黒髪の美少女とは初対面だ。発言内容から竜人族の関係者らしいので周囲を見渡すと、渋面のコトネと目が合った。
「クリスタ様、騒がしくてごめんなさい。彼女は久遠家の輝夜公女、わたくしたちの幼馴染ですの」
「久遠家が人族の商人と開発した新衣装の着物ドレスのお披露目で留学してきたそうですわ。短期の予定で取引先の公爵家に滞在していますの。
一昨日から学園に通い始めたのだけど、まだ友達ができないからわたくしたちに会いに来ているのです」
ミヤビが卒なく説明して仲を取り持つ。
「輝夜、まずは挨拶をしないと失礼でしょう?」
「あら、身分が上の者が話しかけないと下の者とは会話もできないのでしょう。だから、先にわたくしが声をかけてあげたのよ」
カグヤは胸を張って得意げな顔になる。心なしか優越感に浸っているように見えた。
クリスタは幼女が初めてのご挨拶でえらぶっている様を思い浮かべた。見た目よりも幼なげだが公家の人間だ。つい失礼な発想をしてしまったが、しっかりと敬意は表さねばならない。
クリスタはすっと背筋を伸ばして最上級のカーテシーを披露する。イーリスとの付き合いで身に付けたマナーは高位貴族に匹敵するほど優雅だ。
「お初にお目にかかります。クリスタ・フルスティと申します。
クオン家の美しい公女様にお会いできて光栄ですわ」
「あら、伯爵令嬢と聞いていたけど、案外礼儀正しいのね」
「輝夜! 失礼なのもいい加減になさい」
ミヤビが鋭い声で叱咤する。
クリスタは誰に何を聞いていたのかと疑問符が浮かんだものの、淑女の笑みをキープだ。カグヤの背後に控えていた護衛が一歩前にでた。
「雅様、輝夜は緊張しているのだ。少しハメを外してしまったが、大目に見てくれないか」
「翡翠様、クリスタ様は兄の番でしてよ。我が御影家と縁づく相手を貶めるおつもり?」
じろりとコトネが護衛を睨んだ。緑髪の青年は年上で体格もよい成人男性だ。それでも、コトネは一歩も怯まなかった。
「許嫁になったからには彼女の手綱をしっかりと握っていてほしいわ」
コトネは厳しい顔で苦言を呈する。クリスタに向き直って申し訳なさそうにへにょんと眉をさげた。
「クリスタ様、申し訳ありません。輝夜は三公家の子女の中で一番年下で末妹のような扱いされているせいか、少々ワガママでして」
「まあ、ワガママなんてひどいわ、琴音。公女であるわたくしのほうが身分は上になるのでしょう? 下々の者に目をかけてあげているだけじゃない」
「輝夜、挨拶もなしでその物言いはよくない。ご令嬢、彼女が物慣れず、不快な思いをさせて申し訳ない」
クリスタは緑髪の護衛の謝罪に戸惑った。ただの護衛ではない風格があって、彼もまた公家の関係者ではないかと思わされるものがあるのだ。
コトネがそっと護衛との間に割って入ってくれた。
「クリスタ様、彼は孤月家の翡翠公子です。久遠家の跡取りである輝夜の婚約者ですの」
「輝夜を案じて護衛として同行してくださったのですって。お優しくて頼りになる婚約者だわ」
ミヤビが意味ありげに見やると、ムッとしたカグヤが美しい眉根をキツく寄せた。
クリスタは色々とツッコミどころがあったのだが、ここは大人の対応でにこりと応じる。
「まあ、素敵な方が婚約者ですのね。お名前は髪色がもとになっているのでしょうか。とても艶があって美しい緑色で羨ましいですわ」
「貴女はとても質素なお色だもの、無理もないわね。目も髪も地味な茶色だなんて、人族では平民に多い色だと聞いていてよ」
「「輝夜!」」
ミヤビとコトネの叱咤する声がハモった。クリスタは淑女の笑みのままだが、ひくりと頬がひきつる。
不満な顔をするカグヤを庇うようにヒスイが彼女の前にでた。
「申し訳ない。許嫁の失言をお詫びする。
彼女は人族の慣習や常識には少々不慣れで、悪気はないのだ。お世話になっている公爵家の令嬢に教わっている最中で、失敗はどうか大目に見てほしい」
(はあっ⁉︎ 大目に見る発言はもう二度目なのだけど?)
「・・・公爵令嬢というと、もしかしてカタリーナ・アランコ様、でしょうか?」
「ああ、私たちはアランコ家で世話になっている」
心の中でだけ思いきりツッコんだクリスタはヒスイの返事にため息をつきたくなった。
学園に通っている公爵令嬢といえば、二学年のカタリーナ・アランコしかいない。聖女アニタへの嫌がらせの首謀者だったが、反省しているとみなされて復学している。
カタリーナの婚約者はルーカス・ヤンネで、婚約が成立してからは幼馴染でもクリスタとは少々疎遠になっていた。それがこの前のサウルとの諍いで関わりがあったから、もしかしてカタリーナの気に触ってカグヤに何か吹き込んだのだろうか?
もともと、アルトに片思いしていたカタリーナはアルトの婚約者だったイーリスと不仲だ。イーリスと親しくしていたクリスタたちもまとめて敵視されていた経緯がある。
面倒ごとはごめんなのに〜、とまた新たな厄介ごとの予感がして少々頭の痛いクリスタだ。
「・・・竜人族では皆様眉目秀麗の美男美女揃いで、それこそ多彩な容姿だと伺っております。
質素で地味な茶色は見慣れないのかもしれませんが、人族では貴族でも平民でも茶色の容姿はごく普通で確かにありふれていますね。街中へ繰りだしてみればわかることですわ。
せっかく、この国に留学なさったのですから、いい機会です。一度、王都見物してみてはいかがでしょうか?」
もっと広い視野をもて、とあてこすったのだが、カグヤは気づかなかった。クリスタの提案にぱあっと顔を輝かせてはしゃぐ。
「まあ、素敵! 貴女、いいことを言うわね。ねえ、雅様、琴音と今度一緒に見物に行きましょう。
貴女にはお礼に伊織のことを色々と教えてあげるわ。わたくしたち、元婚約者だもの。わたくし、彼のことには詳しいのよ」
「え、元婚約者?」
「あんな美少女と? 羨ましい〜」
「まあ、美男美女でお似合いねえ」
「ちょっと、その言い方! 失礼じゃない」
「そうよ、今は無関係でしょう」
周囲が驚いてざわめく。クリスタはついイオリの姿を探してしまった。
イオリは朝のこの時間帯には警備主任のもとを訪れていた。警備スケジュールの確認で授業が始まる頃に戻ってくる。まだ早いとわかっていたのだが、無意識の行動だった。
ミヤビがすんと無表情になった。
「輝夜、その話は仮婚約で正式なものではなかったわ。決定ではなかったのだから、元婚約者はおかしいでしょう」
「ええ、貴女が泣きつくから久遠公がゴリ押しした仮婚約だもの。お兄様はノリ気ではなかったわよ。
貴女の正式な婚約者は翡翠様よ。翡翠様に失礼な言い草だわ。いくら何でも酷いわよ」
「あら、翡翠様はお優しいもの。こんなことで怒ったりしないわ。ねえ、翡翠様?」
「そうだな、輝夜は事実を述べてるだけだから。年の近い君たちは幼馴染で年が離れている私や姉よりも親密だったからね」
ヒスイは苦笑いで肩をすくめた。
「さあ、輝夜、そろそろ戻ったほうがいい。公爵令嬢がくる頃だろう」
「まあ、もうそんな時間ね。では、琴音、雅様、ランチでお会いしましょうね」
カグヤはヒスイに促されて彼らの教室に戻って行った。
「クリスタ、大丈夫?」
「ええ、驚いたわね」
クリスタは遠巻きで様子を見ていたエリサとマリカに声をかけられた。カグヤは転入してからランチに同席していて、お世話役なのかカタリーナまで一緒だと聞いて気が重くなる。
コトネが慌てて首を振った。
「輝夜が慣れるまではと言われたのだけど、いつまでもわたくしたちと一緒ではクラスにも馴染めないわ。そろそろ、断ろうと思っていたのよ」
「輝夜は一学年になるのだけど、公爵令嬢と同じクラスになるために飛び級制度を利用したの。彼女に色々と教えてもらっているそうだけど、公爵令嬢のものとこの国の一般常識とでは大きな乖離があるみたい。
輝夜も他の方々と交流して知識や見識を広めたほうがよいから、ランチは別にしてもらいましょう」
ミヤビもカグヤとのランチは断る方針だ。エリサとマリカがほっと息を吐いている。
彼女たちにはカタリーナも付いてくるランチは荷が重かったのだ。この二日間は愛想笑いで大人しく会話の聞き役に徹していたと言われて、ミヤビたちが申し訳なさそうな顔になる。
「輝夜の留学は一月ほどなの。着物ドレスの事業展開があるのだし、関わりを深めたほうがよいお相手との交流を勧めておくわ」
「それなら、服飾関係のカイタラ商会をお勧めしますわ。平民の富裕層から貴族家までと幅広い顧客を得ていますから。
確か、次女が一学年に通っていたはずです。顔繋ぎにちょうどよいのでは?」
「ええ、それでは輝夜に提案しておくわね」
エリサの情報にミヤビが頷いた。無事に平穏なランチタイムを取り戻したとエリサたちは安堵しているが、クリスタは浮かない顔だ。コトネが心配そうに顔を曇らせる。
「クリスタ様、ごめんなさい。不愉快な思いをさせてしまって。
輝夜は一人娘で幼い頃にお母様を亡くしているので、不憫さから皆から甘やかされているのです。兄に懸想して仮婚約を結んだから、わたくしのことも義理の妹で格下になると思ってワガママ放題ですし」
「琴音は兄の番ですから将来の皇太子妃なのですけど、輝夜にとっては『伊織様の妹』でしかないの。彼女は久遠家の跡取りなのだし、いい加減態度を弁えてもらわないと困るのだけど」
ミヤビも困ったわと頬に手をあてて困惑顔だ。
「・・・婚約者は道理がわかる方のようですし、年上の包容力もおありでしょう。婚約者がいいように導いてくださるのでは?」
「そうだといいのだけど。翡翠様は輝夜にベタ惚れしていて誰よりも甘い方なのよねえ」
ミヤビが期待はできないとため息をつく。
クリスタはモヤモヤしたものを感じていたが、決して表面にはださずににこりと微笑んでいた。
嫡子で成人間近なのに婚約者がいないのはあり得ない。クリスタにだって婚約者がいたのだからイオリにも婚約者がいても何もおかしくない。それでも何だか面白くなかった。
特に相手が妹扱いされていたカグヤだったというのが、一番モヤッとする。
クリスタも妹扱いというか身内扱いされているのだ。カグヤと同じ扱いなのだと思うと、すごく複雑な気分だった。
イオリはクリスタよりもオリヴェルと過ごす時間のほうが多く、兄の相手をしているほうがすごく楽しそうだ。オリヴェルによるお邪魔虫作戦だが、もともと友人で気が合う相手だったのだ。兄も作戦そっちのけで楽しんでいたりして、放置状態のクリスタはちょっとだけつまらなかった。
クリスタだけのけ者感を味わっていたら、はっと我に返ったイオリから慌てて謝罪された。
イオリは兄の妨害にもめげずにクリスタに話しかけてなるべく一緒に過ごそうとしてくれている。次の訪問では放置したお詫びで必ずプレゼントを持参するし、マルコのように埋め合わせも詫びも何もなしはなかった。
イオリからのプレゼントは花束やお菓子で受け取るのに負担にならないものだ。それもクリスタの好みのものばかりで、妹たちからリサーチした結果らしい。案外マメな人だと思っていたら、マリカたちに言わせると比べる例が悪すぎるらしい。
番から逃れるのが無理なら、クリスタの都合のよいように誘導するしかない。少しずつ打ち解けていくことにしようと兄と話していたのだが。
(お兄様の耳に今の話が入ったら・・・。
バキバキのけちょんけちょんだけでなく、ベッキベッキでさらに四つ折りに畳み込んでむぎゅうっと押し潰されるんじゃ?)
クリスタは兄の暴走を予感して小さく身震いした。
『姉様、これはちょっとマズいのでは?』
『ああ、ようやく若様はスタートラインに立ったところだったのに・・・』
壁際で護衛のオサフネ姉妹が念話を交わしていた。竜人族特有の能力で近い血族間でなら目線のみで会話が可能だ。囁き声でも周囲に漏れるのを案じて、念話を発動している。
クリスタは貴族令嬢らしく表情を取り繕っているが、茶色の瞳には何やら悟りというか諦観というか、翳りが落ちていた。護衛騎士として観察眼を鍛えていた姉妹にはクリスタの憂いが手に取るように推測できた。
カグヤの振る舞いは天真爛漫さを装った傍若無人な態度だ。学園内だし、年下だからと大目に見られているだけで、公の場であれば顔をしかめられる行為だ。
姉妹は上司の想い人に気遣わしげな視線を向けるが、兄を宥める算段中のクリスタは気づかなかった。
竜人族側の登場人物の年齢について
奏と伊織が18歳、雅が17歳、琴音は16歳、輝夜は15歳。
翡翠の姉の花蓮が21歳、翡翠が20歳。全員誕生日はまだ迎えていません。




