答え
「ワタシなら……出来る」
突如、どこからか聞き覚えのある声が聞こえてきた。更地の上空にブラックホールが現れたのは、まさにそんな時だ。
シャーマナイトの顔色が変わった。
「まずい……!」
彼は成す術もなく、そのまま重力の塊に呑まれる。傷のつかない体でも、ブラックホールに閉じ込めてしまえば問題ない。何はともあれ、コハクは一命を取り留めた。しかし彼女は出血が酷く、体も火照っている状態である。このままでは、彼女に命は無い。
メノウは周囲を見渡した。その視界に飛び込んできたものは、アストラムのメンバーの一人――――ツヅリだ。
「もう一体……使い魔の気配がする。そこに……隠れている」
彼女は一本の大樹に指先を向け、魔力の弾を発射する。大樹は勢いよく爆発し、その裏に隠れていたセツナの姿があらわとなる。その瞳に敵意は宿っていない。彼女はコハクの方へと歩み寄り、ツヅリに話しかける。
「ウチはアンタとは戦わない。これ以上、アストラムにも加担しない」
「何をもって……信じれば良いの?」
「……どのみち、ウチはここで死ぬことになる。だから、アンタがウチを殺す必要はない」
ほんの一瞬だけ、セツナの体は発光した。その背中に生えていた翼は、白い翼に姿を変えた。否、これが本来の彼女が具有していた翼である。ツヅリに怪訝な顔を向けられつつも、彼女は穏やかな微笑みを浮かべていた。セツナはメノウの方へと振り返り、今の状況を説明する。
「よく聞いて、メノウ。ウチは使い魔と契約した元人間で、たった今契約を破棄した。元人間の使い魔が契約を破棄するとね……その体は消滅してしまうんだよ」
そう語った彼女の眼差しからは、底知れぬ決意が見て取れる。メノウは耳を疑い、彼女の真意を問う。
「え⁉ それなら、どうして契約を……」
メノウが困惑するのも無理はない。眼前の少女は、今まさに死のうとしているのだ。セツナは最期の願いを口にする。
「コハクに恩返しがしたかった。ずっとそう思ってた。だからウチの翼を使って、コハクの体を癒してあげて」
それが彼女の狙いだ。すでに、彼女の足下は光の粒子に変わり始めている。セツナには、もう時間がない。
メノウは生唾を呑み、覚悟を決めた。
「ありがとう……セツナ」
彼女は礼を言い、一枚の大きな剃刀を作り出した。その剃刀は彼女の意志のままに宙を舞い、セツナの翼を切り落とした。メノウはそれを拾い上げ、コハクの体に被せる。コハクの体は徐々に回復し、血色も改善されていく。
セツナは安堵のため息を漏らし、今の心境を言葉にする。
「サイコーじゃん。コハクに命を救われたウチが、今度はコハクの命を救うなんてさ」
「セツナ……」
「気の利いた遺言なんて思いつかないけど……ウチの中の『ありがとう』が、全部コハクに伝わればサイコーだね」
彼女の体は、もう腰の当たりまで消えかかっている。後もう少しで、彼女はこの世界の住民ではなくなるのだ。そんな彼女の命を、メノウは諦めきれずにいた。
「そうだ! コハクが早く目を覚ませば、キミの体も……」
「無理なんだ。守護神が修復できるのは、触れることの出来るものだけ。だから、例えウチの体が再生しても、ウチの魂までは取り戻せないんだよ」
「そんな……」
人生とはままならぬものだ。今この瞬間にも、セツナの体は徐々に消えている。彼女の瞳から、一筋の涙が零れる。
「やっぱ、怖いなぁ。これから死ぬのが、本当に怖い。でもね、ウチは自分のしたことを後悔していない。ウチのしたことは、きっと正しいことだから」
彼女はそう言い残し、この世から消滅した。
セツナの死を目の前にして、ツヅリは戦意を喪失する。
「……興が醒めた。今日は……ここまでにする」
ツヅリはメノウに手を出さず、その場を後にした。




