不苦労
雨空を飛ぶ、今までに見たことがない大きいフクロウの凶妖が羽音をさせずこちらをじっと見つめている。
樂「いつも通りでいい。時間稼ぎをしろ。」
虎雅「分かった。」
樂がマスクをつけ、唄い始める。
すると、フクロウが樂を睨み片羽を一度こちらに向かせて煽る。
虎雅「っ…!」
今ここで吹いている風よりも強い風圧が僕たちの体を襲う。
その衝撃は車に引かれたような感覚。
僕は潰されかけた肺にめいいっぱい空気を吸い込み、凶妖の脳に集中する。
今こうして対面していても声が聞こえないのは、あの凶妖の妖力が今まで以上に強いからなのかもしれない。
僕は走り出し、上空にいる凶妖の元まで高く飛ぶため木に登る。
それを顔色を変えない凶妖の目が僕を追ってくる。
動きを見られていてもやるしかない。
この大きさだと、まじないはだいぶ時間が掛かってしまうはず。
とにかく樂の邪魔をされないように僕が攻撃を受けよう。
僕は木の頂点から凶妖に向かって、空を駆ける。
僕は銃を構え、凶妖の喉を狙う。
あの鳴き声できっとせいさんの喉はやられた。
さっきの一声で樂の喉の調子も悪い。
まずはあの喉を壊さないと僕たちが死ぬ。
僕が引き金を引く直前、凶妖が叫ぶ。
その声のせいで僕の銃弾は喉を外れ、凶妖の向こうに飛んでしまう。
虎雅「ぐっ!」
その叫びを間近に食らってしまった僕は耳あてをしているのにも関わらず、さっきよりもひどい頭鳴りで受け身を取り損ねた。
痛みに耐えていると、すかさず樂が唄いながら僕の体を起こし、指文字で言葉を交わす。
『骨は。』
虎雅「…無事。」
『やれるか。』
虎雅「やるしかないでしょ。」
僕は立ち上がり、武器を持ち直す。
凶妖は僕たちを埃のように払うだけで今は雨を降らす事に集中したいらしい。
無駄な攻撃はしてこない。
虎雅「だいぶ舐められてるね。」
『2人の命より、街人の命だ。』
その指文字を見て、凶妖への苛立ちが増したけれどそれを自分に向ける。
凶妖に腹を立てている場合じゃない。
僕たち人間がこの災害を起こさせてしまってるんだ。
その事を忘れるな。
僕は自分の首をつまむ。
これをしておけば、腹の自我穿通をしても思い起こせるように習慣化させてきた。
僕はこれまで以上に首を強くつねり、痛みを残す。
これでしばらくは大丈夫。
『俺も動く。両側から喉を狙う。』
虎雅「分かった。」
樂はポケットから短剣を取り出して、走り出す。
僕もそれに合わせて走る。
凶妖は首をグルグルととてつもない速さで動かす。
それで僕たち2人の行動を追えてしまうのか…?
樂のゴーサインが見え、2人で凶妖の喉めがけて銃弾と短剣を投げる。
その瞬間、凶妖の首が止まったかと思いきや両翼で二煽りし攻撃を跳ね返す。
その風圧で自分の打った弾丸が倍の速度で僕に向かって帰ってきたのを寸前で避ける。
虎雅「…危な。」
…樂は唄が聞こえるから無事みたい。
僕はとっさに掴んだ木に体を乗せる。
この風圧に勝たないと時間稼ぎのしようがない。
どうしよう…。
[バギバギバギバギ!]
急に木が割れる音が聞こえ、顔を上げると目の前の大木が凶妖の足で引き抜かれていく。
僕は驚き、体が固まる。
空を飛んでいるのに何でそんな重い大木を引き抜けるんだ?
こんな力がある凶妖初めてだ。
すると、凶妖が持った大木を少し振りかぶる。
樂「何やってんだ!逃げろ!」
樂が唄を止め、僕の思考を止めてくれる。
僕はその言葉で我に帰りその場から離れようとした時、凶妖が大木を僕がいる場所に投げた。
手前にあった十数本の木は一瞬で折れ、その木諸共僕めがけてやってくる。
地面にいたら死ぬ。
そう思った僕は分厚い青葉の向こうの空に飛ぶ。
その下を見るとさっきまで自分がいた付近の木が全て折れ粉々になっている。
樂「おい!生きてるか!?」
虎雅「大丈夫!ごめん、まじないしてたのに。」
僕は安全な地面に降り、樂に駆け寄る。
樂「まじないは何度も出来る。けど命は一度失ったら戻ってこない。大切にしろ。」
と、樂は僕の胸を小突く。
虎雅「…ありがとう。」
僕がお礼を言うと少し遠くからサイレンの音が聞こえ始める。
樂「だいぶ水位が上がってるらしい。これ以上流す訳にはいかない。」
虎雅「うん。…そうだね。」
僕は目を閉じ、守りたい人たちの顔を浮かべる。
サイレンで震えるこの脚を、今守るべき人たちを思い止めさせる。
あの時と同じ、雨、サイレン、川の音。
そしてその元凶の凶妖。
樂「目の前の“出来ること”をこなしていくだけだ。」
僕は樂の声で目を開ける。
樂「平等に与えられ過ぎ去った時間に俺たちは力をつけた。だから過去を見なくていい。今を見ろ。」
虎雅「うん、そうする。」
僕は武器を持ち直し、改めてセーフティレバーを引き直す。
「「行こう。」」
2人同時に言葉を放ち、凶妖に向かって動き出した。




