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番外編3

 「なんで帰って来たのに全然会いに来てくれないんだよー」


 そう愚痴りながらアキレオが管理棟を訪れたのは、魔植物園に帰って来てから三日後の夜の事だった。


 「あー、アキ、久しぶり。ごめん、色々忙しかったんだ」

 「なにそれ!なんなのその素っ気なさ!」

 

 本当に忙しかったのだ。

 フィオナと一緒に過ごしていたというのもあるが、イノスの件がどうしても納得できず、出張から帰って来たルティアナと揉めていたのだ。


 最終的にはフィオナまでイノスを庇いだしてしまい、二対一で断然不利になってしまった。


 「気持ちは分かるけど、取り敢えずしばらくイノスの今の状態と仕事振りを見てみてやれ」


 ルティアナにそう言われ、なるべくイノスをフィオナに近づけない様にと、仕事振りを観察しつつ牽制し続けていて、アキレオに会いに行く余裕などなかったのだ。


 「あ、そうだ、聞いたよ。ユアラが妊娠中なんだって?」

 「そうなんだ。もうすぐ生まれそうだよ。予定では来週くらいじゃないかって」

 「そうなんだ。おめでとう。取り敢えず上がりなよ」

 

 二階のリビングにアキレオを通して、キッチンから何本か酒を取り出してくる。


 「シキがいないから、アケビ酒が飲めなくて辛かったよー」

 「それを言うなら僕だってそうだよ。それに今年はアケビが出来るのはまだ先だから、当分飲めないよ?」

 「だよねー。まあ、それは我慢するとしてさ、三年もほっつき歩いていたんだから、話し聞かせてよ」

 「分かったよ。まあ、飲もう」


 グラスになみなみとワインを注ぐと、アキレオが部屋を見渡して尋ねる。


 「フィオナちゃんは?」

 「ああ、もう寝ちゃった。寝不足みたいで、お風呂から上がったら、ふらふらだったから、先に寝かせたんだ」

 「寝不足にさせるほど何したんだよ」

 「そんなの決まってるじゃない。夜通し抱いて……」

 「あー!やっぱいい!言うな!」


 アキレオはごくごくと水でも飲むかのようにワインを流し込む。


 「なんだよ、やっぱりフィオナちゃんといちゃついてて、俺の所にこなかっただけか」


 ほっとした様に息をつくアキレオに、急に嬉しくなってしまい笑みが浮かぶ。

 思いの外、アキレオに会えて嬉しい自分にびっくりだ。


 「なに人の顔見て笑ってんだよー。ほら、三年間何してたのか教えろよ!」

 「良いけど、沢山ありすぎて……。ユアラ一人にして大丈夫なの?帰りが遅くなったらまずいんじゃない?」

 「あー、大丈夫。ユアラ、もうすぐ生まれるからって実家に行ってんの。今日はシキの所に泊まるって言ってあるから」

 「そっか。じゃあ、ゆっくり飲もう」


 アキレオのグラスにワインを注ぎ足して、三年間の事を話す事にした。

 同じ夜鷹のメンバーであるアキレオには、秘密にしておかなければならない事はそう多くなく、愚痴も含めて話し終えた頃には、真夜中もとうに過ぎていた。

 夜鷹の件はフィオナには言っていないので、今日先に眠ってくれたのは好都合だった。


 「ああー、久しぶりに飲んらー」


 アキレオがソファに突っ伏す。


 「ちょっと弱くなったんじゃないの?」


 三階から毛布を持ってきて、掛けてやると、アキレオはへにゃへにゃとだらしなく笑いながら、呂律の回らない口調で呟いた。


 「よかったあー、しきが、おこってるん、じゃないかって、ちょっと、しんぱいしてたんらよー」

 「怒ってる?なんで?」

 「あのしゃしんのこと、らんも、いってこないからさあー」

 「写真?」

 「ほらあ、おまもりにわたした、やつ……」


 そこまで言うとアキレオは限界だったようで、そのまま寝息を立て始めてしまった。

 

 お守りに渡した?


 なんの事か分からなくて、しばらく考えてから、ふと思い出した。


 そういえば、コロラ王国に転移する時に、何か渡された覚えがある。渡された時に、何か言われた気がするが、三年前の事で内容は覚えていなかった。


 すっかり忘れていたが、どこにやったのだろうか?多分あの時来ていたシャツのポケットに入れっぱなしだったと思う。


 大きな寝息を立てて気持ちよさそうに眠るアキレオを見て、なぜかとても気になった。


 写真と言っていたな……。


 部屋の明かりを落とすと、三階への階段を上り、フィオナが寝ている寝室に向かう。

 ベッドに近寄って、覗き込むと、フィオナはすうすうと気持ちよさそうに眠っていた。


 丁度こちらを向いて寝ているので、そっと髪を撫でて、額に軽くキスすると、ふにゃっと笑った。


 その無防備な可愛さに、このまま隣に潜り込んでしまいたくなったが、どうにもこうにも、例の写真が気になって仕方がない。


 寝室を出て、隣の部屋へ行く。

 元々こちらが自分の寝室なのだが、最近は物置と化していた。


 明かりをつけ、クローゼットを開ける。


 「あの時、何着てたかな……」


 元々着るものにあまり関心がなく、いつも似たようなシャツを着まわしているので、三年前のあの日に何を着ていたなんて覚えている訳がない。


 よく着ているシャツのポケットを適当に漁ってみたが、どの服のポケットも空っぽだった。


 今はもう使っていないベッドに腰掛けて、少し考える。

 あの日、帰ってから着ていた服はどうしたんだっけ?シャワーを浴びたのなら、そのまま脱衣所のカゴに放り込んでしまったはずだ。そうしておけば、レオナが洗濯しておいてくれるからだ。


 ポケットに写真が入っているのを気付かず、レオナが服を洗ってしまったのかもしれない。


 「だとしたら、ゴミだと思われて捨てられちゃったろうな……。でもまあ一応聞いてみるか」


 部屋を出て二階に降りると、ソファから小さないびきが聞こえてくる。

 酔うといつもこうだ。


 「レオナ」


 二階にいる事の多いレオナに、呼びかけてみる。


 「レオナ」


 もう一度名を呼ぶと、一階へ続く階段からひょこっとレオナが顔を出した。

 どうやら下に居たらしい。

 ゆらゆらと身体を揺らしながら、こちらに来ると、なあに?と言うように見上げてきた。


 「レオナ、もし知ってたら教えて欲しいんだけど、僕が僻地視察に行く前に着ていたシャツに、何か紙が入っていなかったかかな?」


 レオナはこちらをじっと見たまま、ほんの少し首を傾けて考えているようだった。

 そのまま固まってしまったレオナに、慌ててしゃがんで目線を合わせ微笑む。


 「ああ……、ごめん。分からなければいいんだ。三年も前の事だしね」


 頭を撫でようと手を持ち上げると、その手をぱっとレオナに掴まれた。


 「レオナ?」


 レオナは急に手を引っ張って、三階への階段を上がって行く。そのまま、今は物置になっている元寝室に入って行った。


 入り口で手を離したレオナは、壁際の引き出しの前で立ち止まり、その一つを引っ張っり出す。

 引き出されたケースの中には、白い小さな封筒のようなものが、入っていた。

 

 レオナは、これ?と言うように、その封筒を差し出してくる。確かアキレオがあの時渡してきたものもこんな感じの封筒だった。


 「うん、多分これだよ。レオナ、洗濯前に取り出してくれていたんだね。流石だよ。ありがとう」


 頭を撫でると、身体を揺らして嬉しそうだ。

 暗いので部屋の明かりをつけ、封筒からその写真とやらを取り出してみる。


 目の前の写真に目を疑った。


 「え……」


 写真が入っていた封筒が、はらりと床に落ちる。それとは対象的に写真を掴んでいる指には、ギリギリと力が入った。


 「なに、これ」


 身体にぴったり張り付く様な黒いレースの服を着たフィオナが、四つん這いで親指を噛んで挑発的に後ろに目線を送っている。

 黒いレースのミニスカートからすらりと伸びた足にはレースのストッキングとガーターベルト。


 あまりの破壊力に気が飛びそうになった。


 それもほんの一瞬の事。

 すぐにそのフィオナを誰かが写真に撮ったのだと気がついた。


 今度は身体中の血が沸騰しそうな程に、怒りと殺意が沸いてくる。どくんどくんと自分の心臓が脈打っている音が聞こえた。


 殺気を感じたのか、レオナが目を見開いて、すうっと透明化してどこかに行ってしまった。


 なんなんだこの写真は。

 フィオナがこんな格好で写真を撮られたって事か!?撮ったのはアキレオか!?

 

 いや、フィオナがこんな事させるわけがない。

 落ち着け。

 冷静になれ。


 この三年で一番鍛えられたのは、感情が高ぶった時に瞬時に冷静なれる精神力。


 それでも収まらない怒気をまとわりつかせ、二階に降り、寝ているアキレオの胸ぐらを掴む。


 ぐいっと引き上げて、容赦なく頬を引っぱたいた。


 「んああ!?んあ!え!?なに?いたあ……」

 「起きろ」

 「ん?しき?なに?もーのめない……」


 全然酔いが冷めていないアキレオは痛さで目を覚ましたものの、まだぐだぐだだ。


 チッと舌打ちをして、手を離すとずるずるとソファに沈んで、そのまままた寝入ってしまう。


 もちろん明日の朝まで待ってやるつもりはない。一階の薬剤室から貴重な特級解毒ポーションを持ってきて、アキレオの口に突っ込む。


 「んっ!ぶっ!」


 仰向けの状態で急に流れ込んできた液体に、アキレオは盛大にむせて飛び起きた。

 ゲホゲホとむせているアキレオの顎をぐいっと掴んで、もう一度瓶を突っ込んで、無理やり液体を流し込んだ。

 むせて鼻水を流しながら涙目になっているアキレオに、強引にポーションを飲ませ終わると、顎を離してやる。


 「ちょっ、ゲホッ、シキ、ゲホッ、ゲホッ、なにすんだよっ!ゲホッ、ゲホッ、死ぬかと、ゲホッ、思ったっ!」

 「死ぬば良かったのに」

 「ちょっと!ゲホゲホッ」


 しばらくむせていたアキレオの呼吸が落ち着いたのを見て、その眼前に例の写真を突きつける。


 「ねえ、アキ。これ何?」


 再びアキレオはブハッと吹き出して、ゲホゲホ咳き込む。


 「早く答えないと、何するか分からないよ?」

 「まって!分かった!ちょっと落ち着こう!」

 「僕は落ち着いているつもりだけど?」

 「いや!怖いからっ!その殺気ちょっと抑えてよっ!」

 「これを撮ったのアキ?アキがフィオナにこんな格好させたのかな?」


 氷点下かというくらい低く冷たい声で尋ねる。


 「違う!違う!待ってよシキ!それよく見て!フィオナちゃんだけど、人形だから!」

 「人形?」


 突きつけていた写真をこちらに向けて、もう一度よく見る。言われて見れば、その表情が若干無機質に見えた。だが、言われなければ分からない程に、その人形は精巧すぎた。


 「確かによく見たらそうかも……」

 「だろ!?」

 「でもこんな精巧な人形を作れるの、アキくらいだよね?」

 「えっ!?」

 「アキが作ったんだよね?」

 「……」

 

 答えられないまま、ソファに座り込んで視線を彷徨わせているアキレオを、じっと無言で見下ろす。もちろん殺気は隠すつもりは無い。


 「これが最後だよ。アキが作ったんだよね?」

 「……っ!そ、そうだけど、頼まれたんだよ!断ったんだけど、こっちも半分脅されててっ!」

 「誰に頼まれたの?この服を着せたのもその人?」

 「それは……」

 「じゃあ、アキが着せたの?」

 「違うっ!断じて違う!むしろ止めようとしたんだからなっ!」

 「誰?」

 「え?」

 「誰に頼まれたの?」

 「……ン、お……じ……」

 「聞こえない」

 「っ!ケイン王子だよ!」

 「ケイン王子?」

 「俺はさ、最初嫌だって言ったんだよ?でもさ、ほら、俺も若気の至で色々ケイン王子と一緒にやらかしちゃってて、それを盾に脅されたっていうか……」

 「言い訳はいらない。この人形まだケイン王子が持っているって事だよね?」

 「あ、うん……」

 

 人形とはいえ、こんな破廉恥な格好をしたフィオナをケイン王子が持っているなんて、絶対に許さない。

 それに、ケイン王子はこの人形をなんの為にアキレオに作らせた?


 相像してまた殺気が膨れ上がった。


 「アキ、手伝ってくれるよね?」

 「な、なに、を……?」

 「ケイン王子の抹殺」

 「ひいっ!シキ!待て!待ってくれ!話しを、話しを聞いて!」


 下半身にガバッと抱きついてきたアキレオは、本気泣きで説明し始めた。


 「ふうん、つまり、ケイン王子は服を作るのが趣味だと?」

 「そう!そうなんだ!だから、決してフィオナちゃんをいやらしい目で見てた訳ではなくて、服のモデルにしたかっただけなの!」


 王宮に乗り込もうとする足元に、必死にすがりついて止めてくるアキレオは、ケイン王子がフィオナ人形を作らせた経緯をまくし立てている。


 「じゃあ、ケイン王子は服を作って人形を依頼しただけで、人形にあんな破廉恥な格好をさせたのはアキって事?」


 足元のアキレオをじろりと見下ろす。


 「いや!違うよ!?違う違う!あの格好はケイン王子の指示だからね!?」

 「そう、ならやっぱり……」

 「待って!フィオナちゃんだけにさせてる訳じゃないんだよ!ケイン王子はあくまで服のモデルが欲しかっただけだから、エマとか、オリーブとかの人形もあるんだ!シキからフィオナちゃんを取ろうとか、いやらしい目的で作った訳じゃないからっ!あくまでモデル!ケイン王子、ヒーリィ姫にぞっこんだから!」


 あまりに必死すぎるアキレオに、深くため息を落とす。


 「ケイン王子がフィオナの人形を作った経緯は分かった。服を着せて楽しんでいただけというのも一応信じてあげる」

 「シキ!良かった!はー、じゃあ抹殺とか物騒な事言うのはもう無しな!てか、そう言うのボスに聞かれでもしたら、お前また僻地に逆戻りだぞ!」

 

 アキレオの安堵した顔と、シオンを引き合いに出して来た事に、苛立ちが湧き上がる。


 「抹殺はやめてあげる。でもフィオナ人形をケイン王子が持っている事は絶対に許さないし、作らせた事も許せない。それ相応の対価は払ってもらわないとね。さあ、じゃあ行こうか、アキ。手伝ってくれるよね?」

 「なななな、何する気!?」

 「まずはあの破廉恥なフィオナ人形をこの世から消し去る。行くよ。アキはどこにあるのか分かってるんでしょ?」


 射殺すようにアキレオに視線を送ると、半泣きの顔でがっくりとうなだれた。

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