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番外編2

 僅かな時間立ち尽くしていたシキは、はっと我に返った。


 あまりの懐かしさと嬉しさに気を取られていたが、早くフィオナの元気な姿を見たいと箒を取り出す。


 真夜中の森の中を、今までとは段違いの速さですり抜け、あっという間に研究棟へ着いた。

 三年間サクにいじめ抜かれた成果だ。


 研究棟の前の芝生にちらりと目を向けたが、そこにはいつもの雷獣の姿はなかった。特区に散歩にでも行っているのか。


 研究棟に明かりがついているのを見て、やはりここで仕事をしていたのかと、扉に手を掛け中へと入る。


 作業場の取っ手に手を掛けて、軽く深呼吸した。

 なんだろう。

 早く会いたいと思っていたのに、変に緊張してしまう。

 もう一度大きく息を吸い込み、吐き出してから、一応軽くノックしてから扉を開けた。


 「ん?早いな先ぱ……。え?誰?」


 誰?こっちのセリフだ。

 黒い髪を頭の後ろで団子の様にまとめた利発そうな女が、作業台でポーションを作っていた。


 「君こそ誰?ルティとフィオナは?」

 「私はここで働いている者だ」


 女はルティアナとフィオナの件には答えず、自分の名すら名乗らなかった。

 だが、ここで働いているとはっきりと言った。


 「え、まさか、君……、呪術士イノス?」

 「何故知っている?私の事はごく一部の人間にしか知らされていないと聞いたが?」


 前にコロラ王国で一度呪術士イノスの顔を見ていたはずだが、その時とまるで違う印象に混乱する。


 「本当に君がイノス?」

 「そうだが、あなたは?」


 やはりそうだった。

 なんでこんな普通に、ここで仕事をしているのか。胸の奥がざわりと波立つ。自然に声が冷たくなる。


 「僕はシキ。以前この魔植物園で働いていた者だ」

 「ああ!先輩の恋人の!これはきちんと挨拶をしなければいけないな。コロラ王国ではフィオナ先輩に償い切れないほどの事してしまった。あなたにも迷惑を掛けてしまったと聞いた。謝ったからと言って許されるとは思ってはいないが、まずは謝罪させて欲しい」


 深々と頭を下げる女に、意表をつかれ呆然と見つめてしまった。

 これは本当にあの呪術士イノスなのか?

 イノスはフィオナを監禁した上、自分の欲望の為術式の贄にして殺そうとした女だ。

 もっと陰湿で暗い人間だと思っていたのに。


 予想外のイノスの対応に一気に毒気を抜かれてしまったが、それでもフィオナを殺そうとした事を忘れた訳ではない。


 「謝罪は受け入れないし、僕は君を許すつもりはない。ルティが君をここに置くと許可を出したのでなかったら、殺してやりたい程だよ」

 「もっともな言い分だと思うし、あなたがどうしても私を殺したいと言うなら、それを拒む事は出来ない。でも残念ながら、あなたに私は殺せない」

 「僕がルティに逆らえないと思って安心してるの?いい気になるなよ」

 「そういう事ではない。今のあなたでは物理的に殺す事が出来ないんだ。私には自分を守る為の呪術が掛けられていて、それは私が自然に死ぬまで解けない。私より魔力が高い者なら殺す事も可能だろうが、あなたでは無理だと思う」


 イノスの淡々とした言葉に腹の中にどす黒い物が広がっていく感じがした。


 おまえは私より弱いから無理だ。

 そう言われたのだ。


 「だったら試してみる?」


 殺気を込めて睨むと、イノスは困った様に唸った。


 「それはやめて欲しい。私の呪術で逆にあなたが怪我でもしたら、先輩に怒られてしまうからな」

 「さっきから、その先輩って何なの?フィオナの事?腹立つからやめてくれない?」

 「そう言われても、ルティアナにフィオナは先輩だと聞かされているしな」

 「とにかく僕は君を……」


 君を殺してやりたいほど憎んでる。

 そう言おうとした時、作業場の奥から、ひょこりと小さなものが動くのが見えた。

 それはこちらに気づくと、タタタタッと走ってきて足にぎゅうっとしがみつく。


 「キノ!」


 名前を呼ぶと、しがみついていた足から手を離し、バンザイをする様に持ち上げる。


 抱っこ。いつもの合図で見上げてくる。


 持ち上げて抱きかかえ、キノのひんやりしとした固い頬に自分のそれをぴたりと擦り寄せた。

 さっきまでイノスと言い合って溜まったどす黒い感情がすうっと霧散してゆく。


 「キノただいま」


 キノの頭に生えた双葉の間からスルスルと蔓が伸びてきて、頭を撫でてくる。


 「帰るのが遅くなってごめん」


 おかえり。そう言うように蔓は優しく髪を撫でてきた。


 「キノ、フィオナは地下の研究室に居るの?」


 抱きかかえられたまま、キノはふるふると首を横に振った。

 てっきり自分が前に使っていた地下の研究室で作業しているの思っていたのに、そうではないらしい。


 「え?じゃあ、フィオナは?」

 

 キノはイノスに顔を向けて首を傾げる。


 「先輩なら、今特区に素材を取りにいっている」

 「え?こんな夜中に?じゃあルティと一緒か……」


 通りでこれだけ騒がしくしているのに、ルティアナが二階から降りて来ないと思った。


 「いや、ルティアナは今出ていて、特区には先輩が一人で行ったぞ。一緒に行こうかと言ったのだが大丈夫だと言うのでな。確か蜘蛛の体液を取りに行くと言っていた」

 

 蜘蛛の体液。

 マダラミドリ蜘蛛か!?

 ぶわっと冷や汗が吹き出す。

 いくら三年経ったからといって、一人でマダラミドリ蜘蛛の体液を取りに行くなんて無謀すぎる。


 慌ててキノを降ろすと、イノスに向かって吐き捨てていた。


 「なんで止めなかった!?特区に一人で行かせるなんて!ああ、そうか、君はフィオナの命なのてどうでも良いんだったな!」

 

 八つ当たりも入っているとは分かっていても抑えられなかった。

 こんな女をここに置くだなんてルティアナも何を血迷ったのか!

 呆気にとられているイノスを放って、慌てて外に出ようとすると、後ろからイノスの声が追い掛けて来た。


 「あ、ちょっと!シルフも一緒のはずだから心配ないと思うぞ!」


 だからシルフは芝生に居なかったのか。

 少しだけ安心するが、それでも何があるか分からないのが特区なのだ。


 箒に飛び乗ると、一気にマダラミドリ蜘蛛のいるE区画に向かってスピードを上げた。

 

 森を一気に抜け、チューリップ畑の上を飛び抜ける。一瞬懐かしい匂いが鼻をくすぐった。だが、それを堪能する余裕も無く特区へと飛び込んで行く。

 上空をルティアナの罠を避けて行くか、低空を魔植物の攻撃を躱して行くか、どちらが早いか瞬時に頭で考える。


 今ルティアナがどんな罠を張っているか分からない以上、ここは魔植物を躱した方が早いと即決する。

 低空飛行のまま、特区に突っ込み、一気に襲い掛かってくる懐かしい面々をたやすく躱して行った。


 以前よりも、なんだか歯ごたえがなく感じるのは、自分が鍛えられたからなのか、それとも記憶の中の魔植物が印象強く残っていた為なのか。

 今はそんな事はどちらでもいい。

 早くフィオナを見つけないと。


 E区画に入り、速度を落として目を凝す。

 あの蜘蛛は探そうとすると、いつも違う場所にいる。

 特に気に入った場所がなく、夜中に動き回るので、どこにいるのか見当がつかない。しらみつぶしに探すしかないかと、辺りを見渡しながら飛んでいると、前方からドスンドスンと地響きの様な音が聞こえて来た。


 反射的に顔を向けて、すぐさま音のした方へ向かう。あの地響きの音からして、嫌な予感がしてならない。


 風を切るように音のした場所へ行くと、牛ほどの大きさもある巨大なマダラミドリ蜘蛛が、怒ったように足を踏みならし、糸を吐き出していた。


 吐き出した糸が空中に弓なりにしなった。

 その糸の先端。


 「フィオナ!?」


 フィオナの乗った箒が蜘蛛の糸に絡みとられ、そのまま地面に叩きつけられようとしている。

 思い切り地面に向かって飛ばされて行くのに、フィオナは全く防御をしていなかった。


 「何やってるの!」


 叫ぶと同時に身体が動いていた。

 完全防御結界を発動し、フィオナの後ろに回り込んで抱き留め、それと同時に蜘蛛の糸を切る。


 「え?」


 ぽかんとした顔で見上げてくるエメラルド色の瞳。顔を見た瞬間に色んな思いがこみ上げてきて、ぐっと胸が苦しくなった。


 「え?え!?」


 驚いているフィオナに、取り敢えず一番今強い感情をぶつける。


 「一人でE区画に来るなんて何考えてるの!」

 「へ?」


 怒られているのに、きょとんとした顔で小さく口を開く。


 「シ、キ……?」

 「もう少しで地面に叩きつけられる所だったんだよ!なんで防御結界を張らないの!?あ、もしかして何か毒で動けないの!?ちょっと待って、今ポーションを……」

 「待って、待って!違うから、大丈夫だよ!私はなんともないからっ」

 「だったらなんであんな危ない真似をっ!」

 「え?危なくなんてなかった……」

 「とりあえずここから離れよう。ムラサキカズラが沢山いたから。ガスを吸い込んだら危険だ」

 「え!?ちょっ」


 とにかく一旦ここから離れなくては。

 何か言いかけたフィオナを無視して、抱き上げるとそのまま箒に乗ってチューリップ畑へ向かった。


 ざわざわと揺れるチューリップ畑の横に降り立ち、ゆっくりフィオナを降ろした。

 またしても自分の居ない所でフィオナが危険な目に合っていたという怒りと、それを助ける事が出来た安堵で、ふうっと息が漏れる。


 フィオナの顔をよく見ようとした時、突然シルフが体当たりしてきて、甘えてきた。仕方ないので先にシルフを撫でわして構ってやる。

 興奮したシルフが放電してしまったが、それも今では全く怖くない。

 シルフが満足して離れると、今度こそフィオナに向き合った。


 三年ぶりの彼女は前よりずっと大人っぽくなっていた。


 「フィオナ」


 両手で頬を包む。

 

 「シキ……」


 前より綺麗になったフィオナが、瞳を揺らめかせ嬉しそうに見つめてくる。

 うっかりキスしそうになるのを堪え、それなりに強く、ゴン!と頭突きをしてやった。

 痛さで涙目になっているフィオナに、今度こそちゃんと叱る。


 「なんで一人でE区画になんかいくの!?しかもマダラミドリ蜘蛛とやり合ってて、心臓が止まるかと思ったっ!僕が来なかったら、あのまま地面に叩きつけられて、蜘蛛の餌食になっていたかもしれないんだよ!?」

 「ったあ……」

 「三年経ってるからフィオナも前より強くなってるのかもしれないけど、あれは無謀だよ!なんでルティと一緒に来なかったの!?」

 「ルティは今出張中なの。でもシルフと一緒だし、それに……」

 「出張中なら尚更じゃないか!それにシルフもシルフだよ!なんで側にいたのに助けないの!?」


 シルフならマダラミドリ蜘蛛を牽制するくらいわけないだろうに。

 側にいたのに、ぼうっと見てるだけなんて!


 「待って!シキ、シルフは悪くないの!手を出さないでって私が頼んだの!それに……」

 「なんでまたそんな事をっ。君を見つけた時の僕の気持ちが分かる!?三年ぶりにやっと会えると思った大事な人が、蜘蛛に叩きつけられそうになってたんだよ!?本当に、本当に……、心臓が潰れるかと……」


 もう二度とコロラ王国の時のように、フィオナを危険な目に合わせなくない。


 「シキ、ごめんなさい」

 「もうしないって誓って。一人で特区に行かないって」

 「あの、シキ、聞いて?」

 「誓って。お願い」


 目を離せばすぐに危ない事をするこのお転婆に、ちゃんと約束させなければ。


 「いや、だからその……」

 「フィオナ。これ以上危険な事はしないで」


 なかなか、うんと言わないフィオナに、焦れながらも詰め寄ると、今度は逆に怒ったように叫ばれる。


 「シキ!聞いてってば!私もう何度も特区に一人で来てるからっ!ルティにも許可は貰ってるの!マダラミドリ蜘蛛の体液採取も何度かやってるから!さっきはシキが庇ってくれなくても呪術が発動して叩きつけられる事はなかったの!分かってて防御魔法を使わなかっただけなの!私、シキに追いつけるように、ここ三年間物凄く頑張ったんですよ!?もう庇われるだけの新人じゃないんです!毒の耐性もだいぶついたし、一人で大抵の素材は取りに来れるようになったの!前のままの私だと思わないで!」


 じゃあ、さっきは分かっていて防御しなかったのか……。


 「あの、シキごめんなさい。助けてくれたのに。でも、私もう一人でも結構仕事出来るようになったんですよ?それに本当に危なくなったら、シルフも助けてくれるから、危険な事をしてる訳じゃないの」

 「特区に一人で大抵の素材を取りに来れる……?」

 「そうですよ、もちろん、危なそうな素材の時はルティに付いてきて貰うけど、ちゃんと危ないかどうかの判断くらい出来るようになっているつもりです」

 「たった三年で……」

 「たった三年じゃないです。三年も経つのにまだまだシキに追いつけてない」


 とんでもなく早い成長に、嬉しさと寂しさがこみ上げた。

 こんなにも早く一人で特区に来れるようになってるなんて。自分がサクに三年間しごかれいたように、フィオナはここで同じくらい頑張っていたのか。


 「ああ……。頑張ったんだね」


 でも本当なら自分が側で育て、その成長を見ていたかった。

 そう思うのはただの我儘だ。


 「シキが帰ってきた時、がっかりされないようにって、すごくすごく頑張ったんです」


 そんなに頑張って成長してしまわなくても良かったのに。成長しすぎだ。

 自分が三年目の時なんて、まだまだ全然ダメだった。だからこそ蜘蛛に投げられているのを見て死ぬほど焦ったのだ。


 「うん。ごめん。君を見くびってた」

 「本当ですよ!シキっ」


 フィオナが飛び込んで抱きついてくる。

 華奢なのに柔らかい、懐かしい感触。


 「会いたかったんです」


 それはこっちのセリフだ。

 会いたかったなんてものじゃない。

 それでも出てきた言葉はちっぽけなもの。


 「僕もだよ」

 「シキ、本当にシキですよね?夢じゃないですよね?」

 「本当だよ。夢じゃない」


 夢じゃない。

 ようやく抱きしめられた。


 やっと心から安堵し、その唇をふさいだ。



 その後管理棟に戻って、離れていた三年を埋めるかのように一緒のベッドで過ごしたあと、疲れてくったりと眠るフィオナの髪を梳きながら、改めて思った。


 もう二度と離れ離れになんかなるものか。

 これからは細心の注意を払って行動しようと。

 

 

 だが、その数日後、とんでもない事をやらかす羽目になるとは、その時のシキに知るすべはない。

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