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人でなし

今回もシキ視点です。

 開発室を出て、急ぎ魔植物園に戻るため、王宮内では禁止されている箒に乗って廊下を滑り抜けて行く。


 どうせこんな真夜中だ。

 廊下を歩いている人間なんて居やしない。

 そう思って猛スピードで角を曲がると、突然の人影に慌てて箒を止めるが、勢いがつき過ぎていて、軽くぶつかってしまった。


 「いったぁ……、誰かな!?王宮内は箒禁止だよ!」


 転んだ人影が、こちらを睨み付けてくる。


 「すみませ……、あれ?パティ?」

 「シキ君?なんだい、なんだい?こんな夜中に珍しい。ちょっと、王宮内は箒禁止なんだけど?降りたら?」

 「ごめん、急ぎなんだ」

 「なになに?何かあったのかね?」


 あからさまに野次馬目線で尋ねてくるパティに、脳が十秒で判断する。

 パティはそこまで魔力が高くない。多分手伝って貰ってもたかがしれている。むしろ借りを作るデメリットの方が大きい。他に口外する恐れすらある。


 「いや、何もないよ」


 すっと視線を逸し、先を急ごうとすると、箒を掴まれた。


 「フィオナたんに何かあったのかなー?」


 目を細めうっすら笑みを浮かべるパティに、自分の不運さを呪った。それと共に面白がっているその様子に苛立ってしまう。


 「離して。今君とじゃれてる気分じゃないんだ」

 「これはよっぽどの事があったとみた!さあさあ!白状したまえ!というか、話すまで箒を離してあげないけどね」

 「パティ、離して。本気で怒るよ」

 「おおっと!珍しく本気のシキ君だね。まあ、そう怖い顔しないでよ。フィオナたんに何かあったのなら、私も役に立つかもしれないよ?」

 「いや、君じゃあ役に立たない。悪いけど本当に急いでるんだ」

 「やーっぱり何かあったんだ。話すだけ話してみなよ。私はこう見えて顔が広いから、役に立てるかもよ?」


 まったく面倒なのに捕まってしまった。仕方がないので、要点だけ話す。


 「なーんだ。だったら私、あてがあるから連れてきてあげるよ」

 「上から装置の事はまだ内密にと言われているんだ。むやみに知らない人に話されても困る」

 「それなら大丈夫。シキ君も知ってる人だよ」

 「誰?」

 「まー、来てくれるか分からないから、それはもし連れてこれたらのお楽しみで」

 「本当に信用できる人なの?」

 「もちろんさ!それに魔力量はとんでもないぞ!それでどこに連れて来ればいいの?」

 「あー、取り敢えず開発室かな?」

 「オーケイ、オーケイ!任せてよ。でもこれは高くつくからね」


 パティはにたあと笑うと、足早に去って行った。まるで押し売りされた気分だ。シオンといいパティといい、面倒くさい夫婦に貸しを作ってしまった。それでも魔力量が高い人物を連れてきて貰えるのはありがたい。

 

 それにしても誰だろう?

 パティが信頼をおいていて、魔力量がとんでもなく高く、自分も知ってる人物。

 まさかシオン?

 もしかしてパティはシオンがコロラ王国に行っている事を知らないのだろうか?

 

 だとしたら、あてに出来ないな。

 やはり鍵は自分が握っている。


 ぐんと箒を進めると、そのまま魔植物園に大急ぎで戻った。


 薬剤室の奥の扉から、園内に入ると、そのまま真っ直ぐ泉に向かう。

 月明かりに照らされた泉は、時折植物から滴り落ちる水滴が、ぽちゃんと水面に落ちる音と、さわさわと風で揺れる草木の音以外はなく静かなものだった。


 「シュレン!出てきて!シュレン!」


 大声で泉に向かって叫ぶと、しばらくしてから水面に気泡が上がり、ザバッと音を立ててシュレンが現れた。


 「シキ。まだ居たのか。何なのだ?騒々しい。ここ何日か連続で出て来ていたから、少し静かにゆっくりとしていたいのに」

 「ゆっくりとしていたいって、僕との約束忘れてないよね?」

 「それは大丈夫だ。私なら泉の底にいても、おかしな動きをする奴がいたら感知出来るからな」

 「それならいいけど。それよりシュレン、お願いがあってきたんだ」

 「また願いか?随分図々しいな」

 「図々しいのは百も承知だし、かなり無理なお願いをすると自分でも分かっている。けどシュレンにしか頼めないんだ」

 「わ、私にしか頼めないっ!?な、なんだ?言うだけ言ってみろ」

 「一緒に魔植物園の外に行って、ある装置に魔力を流して欲しい」

 「は!?」


 シュレンは目を見開いてポカンとしている。


 「フィオナがいるコロラ王国まで行くのに転移装置を作って貰ったんだけど、使うのに膨大な魔力が必要なんだ。僕の魔力でも全然足りない。だからルティ並みに魔力のある君に力を貸して欲しい」

 「シキ、頭は大丈夫か?私をこの魔植物園から出して大丈夫だと思っているのか?私は過去何度もここから脱走しようとして、ルティに阻止されているのだぞ?園内を無人にして私に見張りをさせるというだけでも愚かな行為だというのに、魔植物園から出して魔力を提供しろとなど、お前気でも狂ったのか?」

 「狂ってなんていないよ。フィオナが今行方不明なんだ。ずっと胸騒ぎがする。今すぐ行かなきゃ絶対に後悔する。だから力を貸して欲しい。それに、シュレンが脱走しようとしたのだってルティと遊びたかっただけでしょ?」

 「ちっ!違う!そんなんじゃないからな!大体小娘の所に行きたいなら、その転移なんとかではなく、今すぐ箒で飛んで行けばいいだろう?」

 「それだとコロラ王国まで二日はかかっちゃう。もちろん転移がうまく行かなきゃ、その時は箒で行く」


 フィオナが行方不明と聞いた今、コロラ王国に行かないという選択肢はない。

 転移がうまくいくならそれに越したことはないが、だめだったら全速力で箒で行くつもりだ。

 園内の安全を考えれば、シュレンを魔植物から出すなど決して許される行為ではないし、この事がルティアナや国王に知れたらクビになるかもしれない。

 それでもじっとしては居られない。

 今行かなければ、駄目な気がするのだ。


 「私を園内から出して、シキがコロラ王国に行ったら、そのまま園内に戻らず逃げるかもしれないぞ?それでもいいのか?」

 「良くない。だから、条件を付ける。もし僕がコロラ王国に無事転移出来たら、無条件で君の言うことをなんでも一つきくよ」

 「なんでも!?そ、その番になってくれと言ったらなってくれるのか!?」

 「いいよ。それがフィオナを助けに行ける条件なら」


 この際フィオナが無事で戻ってくるならなんでもいい。フィオナを失う方が怖い。


 きっぱりとシュレンの目を見て答えると、悲しそうな顔をされた。


 「本当にお前は人でなしだな」

 「ごめん。人でなしでもなんでもいいよ」

 「良いだろう。だが、どうなっても知らないぞ。約束を破るかもしれないからな」

 「君はきっと破らないよ。信じてる」


 危険だとは分かっているが、なんだかんだ、シュレンの事は信用している。最後の最後ではきっと裏切らない。


 それは願望なのかもしれないが、なぜか確信があった。シュレンはずっとここに居てくれると。


 シュレンはなんとも言えない微妙な顔をすると、長くため息を吐いた。


 「ならば連れて行け」

 「うん。ありがとう、シュレン」


 シュレンは泉からすっと地面へと足をおろし見上げてくる。


 「ついてきて」


 箒を出して管理棟へと飛ばすと、シュレンも後ろから飛んでくる。箒もなしで風魔法のみで後をついてくる様子にさすがだなと感心せざるを得ない。


 魔植物から管理棟へと続く結界を魔植物は通れないので、一部術式を改造して、シュレンだけ通れる様にした。

 それが意外と難しく時間が掛かってしまった。


 管理棟でフィオナのクローゼットから丈の長めのフード付のパーカーを拝借しシュレンに着せて顔が見えない様にすっぽり被せてみる。


 まあ、顔が見えなければギリギリ人間に見えるだろう。

 

 「シュレン、これから行く場所には沢山人がいるから顔を見られないようにしてね」

 「何故だ?」

 「君を魔植物園から出したとなったら、大騒ぎになるかもしれないだろう」

 「面倒くさいな」

 「頼むよ。あとここからは僕の箒に乗って」

 「自分で飛べるのに?」

 「うん、南の騎士にでも見られたら面倒だから。そして僕の転移が終わったら、魔植物園に戻って。一応開発室のアキレオって男に君の事は頼んでおいたからね」

 「別に誰かに頼まれなくても、一人で帰れるのに」

 「うん、知ってるけど一応ね」


 一通り注意事項を伝えて管理棟の扉を開け、外に出ようとすると、外から扉が開けられて空振ってしまった。


 「あれ?シキさん……」


 外に居たのは意外な人物。


 「えっと、アルト君?何こんな時間に。フィオナなら居ないよ」

 

 少し前の事だが、アルトゥールとフィオナが抱き合っていたのを思い出してしまい、ついそっけなくなってしまう。


 「それは知ってます。コロラ王国に行っているんですよね?そうじゃなくて、ゲートで夜勤してたら、シキさんが王宮に飛んで行くのが見えて、その後猛スピードで帰って来たのが見えたから、その、何かあったのかと思って。……フィオナに。ちょっと心配になって。あ!だからといってそのフィオナにちょっかいかける気とかはないですから」


 焦ったように言い訳をしながら、聞いてくるアルトゥールに、まだフィオナの事を引きずっているのかと、少し黒い感情が込上がってくる。


 「別に何もないよ。気にしないで夜勤に戻って」

 「本当ですか?だったら今からどこへ?」

 「君には関係ない」

 

 冷たく言い放つと、後ろからぐいっと服を捕まれ、シュレンが前に出てくる。


 「シキ、なぜそんな嘘をつく?フィオナとはあの小娘だろ?小娘が捕まっているのを助けにいくのではなかったのか?コロラ王国に転移するのに私の魔力が必要で連れ出したのだろう」

 「シュレン……」


 あっさりバラされて頭を抱えたくなる。


 「フィオナが捕まった!?誰に!?転移ってどういう事ですか!?」

 「あー、もう。フィオナがコロラ王国のヒュラン王子に捕まって、その後行方不明になってるんだ。アキが転移装置を開発してくれたからそれでコロラ王国に行くんだよ」

 「俺にも何か手伝える事はないですか!?」

 「君には手伝える事はないよ」

 「そんなの分からないじゃないですか!俺もコロラ王国についていきます!」

 「転移は一人しかできないし、君の出番はない。必要なのは魔力なんだよ。あ、この話他に漏らさないでね」


 そう言い放って箒に乗る。


 「シュレン行くよ」

 「まて、シキ。おい、そこの男、顔をよく見せろ」


 シュレンはフードを取って、アルトゥールの前に立って風魔法で浮き上がり、彼と目線を合わせると、そのまま両手を頬に当ててじっと見つめる。

 アルトゥールは明らかに人間ではないシュレンに軽く息を呑むが、じっと目を逸らさずにいる。


 「美しいな……」


 シュレンはアルトゥールを食い入るように見つめそう呟いた。


 「艶やかな黒髪に黒い瞳。うむ、なかなか神秘的だ」

 「え……」


 アルトゥールは困ったように視線をこちらに向けてくる。


 「ふむ、悪くない」


 アルトゥールに興味を示して動かないシュレンに、いい加減苛立って無理やり腕を掴んで箒に乗せた。


 「シュレン急ぐよ」

 「待て!待ってくれ!シキ!私はあの男が気に入った!あの男が一緒じゃなければ行かぬ!」

 「は!?」


 なんだそれ。さっきまで自分に番になれとか言ってたのに。

 でも、それならそれで好都合か?

 アルトゥールを見るとかなり困惑した様子だ。


 「アルト君」


 にっこり微笑んで名前を呼ぶと、アルトゥールはじりっと一歩下った。


 「手伝える事あったみたい。一緒に来てくれるよね?」

 「えっ、あ、ああ」

 「じゃあ箒に乗って」


 自分の後ろに乗ったシュレンの後ろを親指でくいっと指す。


 「え……」

 「さあ、私の後ろに乗るのだ。アルトと言ったな。しっかり私に捕まるのだ」


 シュレンはアルトゥールの手を掴んで箒に乗せると、そのまま彼の手を自分の腰に回すようにと誘導する。


 これはもしかすると、シュレンの番にならなくて済む?


 箒を浮き上がらせ、王宮に向いがてらアルトゥールに言っておく。


 「アルト君。一応言っておくけど、彼女は僕より強いからね。変に抵抗しない方が良いと思うよ」

 「え!?シキさんより強い!?まさか!」

 「嘘ではない。私はシキなんぞ、片手でちょいっとひねりつぶせるぞ?」

 「嘘だろ……」

 「片手でちょいっとって言うのは大袈裟だけど、本当だよ。ルティしかシュレンを抑えられる人は居ない。だけど、今ルティはコロラ王国に行っているんだ」

 「それって……」


 それって相当危険なんじゃないか?


 そう言おうとしてシュレンを前に言葉を飲み込んだのが分かった。


 「うん、シュレンを外に出すのは相当危険。ある条件と交換に協力してくれる事になったけど、万が一彼女が暴れでもしたら、相当な被害が出ると思って」

 「私を化物みたいに言うな」

 「だって本当の事でしょ?」

 「シキさん、ルティアナ様が居ないのにこんな事して大丈夫なんですか」

 「これしか方法が思いつかなかった。クビになる覚悟はしてるよ。まあ、クビになるのは良いとして、彼女には事が終わったら大人しく魔植物に帰って貰わないといけないんだ。彼女は自分でちゃんと帰ると言ってるけど」

 

 よほどの事がなければ、シュレンが暴れたりする事はないと思うが、念の為伝えておく。

 それに。


 「アルト君のお願いならシュレンは大人しく聞いてくれそうだから、僕の転移が終わったらシュレンを魔植物園まで送ってくれないかな?」

 「え!?俺が!?」

 「シュレンもアルト君が送ってくれるならちゃんと帰るよね?」

 「もちろんだ!そ、その、帰るとき道に迷わないように、て、手を繋いでくれるか?アルト」


 もじもじした声を出すシュレンに、アルトゥールは「はぁ、わかりました」と答えている。


 これでシュレンの事は安心してコロラ王国へ行ける。

 今日ばかりはアルトゥールに感謝してしまった。

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