イノス2
引き続きイノス視点です。
「どういう事だい」
金色の瞳と目が合う。
ルティアナが自分を見ている。
他の誰でもない自分を。
ぞわりと背中に快感が駆け上がった。
「言ったとおりよ。ルティアナ」
うっすらと笑みをたたえて答えてやる。
魔法で姿は変えているは声までは変えていない。
声を聞いたらきっとルティアナは誰だか分かるはずだ。
だってこっちは分かったもの。
ルティアナがあの美しい姿から子供になってしまっていても、ちゃんと分かったもの。
さあ、その声で私の名前を呼んで。
ルティアナの次の言葉をじっと待つ。
「あんた、誰だい?フィオナを預っているって本当かい?」
ぴょこんとピンクのツインテールを揺らして、ルティアナがこちらに一歩踏み出す。
誰?
分からない?
顔を変えているから?
もう何百年も会っていなかったから?
分からないの?
本当に?
すうっと体温が下がったような気がした。
身体の内側にヘビがはい回るような不快感。
この感情をなんと言っていいのかわからない。
「分からないの!?私の事が?」
「知らないねえ。どっかで会った?」
ぎりっと歯を噛み締めて、変身を解いて元の容姿に戻る。
仕方ない。
かなり長い間会っていなかったのだ。
でも顔を見せたらきっと驚く。
変身を解いた状態で、これでどうだとばかりにじっと視線を向けると、ルティアナはきょとんとした顔で、首を傾げた。
「えーっと、見た事あるな。えーっと、えーっと、誰だっけ?」
思い出せないと、首をひねって照れた様に尋ねてくる。
「嘘でしょう?あなたの弟子を忘れたの!?あなたが捨てた弟子を!」
「弟子!?」
思い切り叩きつけるように叫ぶと、周りから驚きの声が上がった。
「弟子!?」
そしてあろう事か、ルティアナまで同じセリフをこぼした。
「あの人ルティの弟子って言ってるけど、本当?」
紫銀の髪の男が小声で尋ねている。
「弟子なんて、シキとフィオナ以外とった覚えはないよ」
「でも本人はそう言ってるけど?」
「うーん」
ルティアナが再び首をひねる。
シキとフィオナ以外は弟子をとった覚えはない?
何を言っているの?
「ちょっと、あんた名前なんて言うの?」
ルティアナが真面目に聞いてくる。
「許さ……ない」
「ユルサ・ナイ?変わった名前だな。やっぱり知らないねえ」
「違う!ルティアナ、お前を許さないって言っているの!もう、お前なんか知らない!もし、ルティアナが私を捨てた事を謝れば、フィオナ・マーメルを助けてやってもいいかとも思ってたけど、絶対に助けてなんてやらない!」
怒りで震えそうになる声でそう叫ぶと、ルティアナが冷たい視線を向けてくる。
「フィオナを助けてやらないってどういう事だい?フィオナはどこに居る?」
「フィオナ・マーメルはある場所で術式の生贄になっているわ。この王城内でかなりの人間が私の術式で人形になっているのよ。そのための魔力の供給源にさせて貰っているわ。かなりの人数が人形になっているから、搾り取られる魔力は相当なはずよ。きっと魔力を吸い取られ切って最後には死んじゃうでしょうね!」
憎々しげに笑みを浮かべルティアナに告げる。ルティアナはフィオナも弟子だと言ったのだ。
自分だけが弟子だと思っていたのに、憎たらしくて仕方ない。
そんな奴は死んじゃえばいい。
そう思った瞬間ルティアナの小さな手の平が目の前いっぱいに広がった。攻撃を仕掛けられていたのだ。
早い。
さすがルティアナだ。
見えなかった。
バチッと音がして、ルティアナの攻撃は目の前で弾かれる。
守りの術式が発動したのだ。
ルティアナが驚いたようにゆっくり瞬きをした。
嬉しい。こんなルティアナの顔が見れるなんて。
「さすがね。でも私だってあなたとやり合う為に準備しているのよ」
「フィオナがどこに居るのか言いな」
「いやよ。ねえ、ルティアナ私とゆっくり遊びましょう?フィオナが心配?大丈夫、まだ人形の術式は発動しているから死んでいないわ。フィオナが死んだら人形は元に戻るからすぐに分かるわよ。ちなみに、私のアジトを探し出して術式を破壊しても無駄だから。ああ、フェリクスは助かるかもしれないけどね」
「ふざけるなよ。私が本気で怒る前にフィオナの居場所を言いな」
「嫌よ。私を捨てて忘れた償いを受けると良いわ」
さあ、ここから楽しくなる。
絶対に殺られないと思っているルティアナに死の恐怖を味あわせてやるのだ。
「さあ、ルティアナ、私と遊びましょう。付き合ってくれなきゃ、人形を片っ端から殺してまわろうかしら?」
そう言って部屋から廊下へと出ると箒を出して飛び乗る。
「早く追いかけて来ないと人形を殺しちゃうよ?」
燃えるような瞳でこちらを睨みつけながらルティアナは箒を出して、紫銀の髪の男に指示を出す。
「シオン、フィオナを探してくれるかい?」
「分かった。任せて」
ルティアナは何か小さな物をシオンとかいう男に手渡すと、箒に飛び乗った。
無駄だ。
フィオナは王都の中にはいないし、仮にあの場所を見つけられても、強力な結界を貼ってある。助け出すのはまず無理だろう。
ルティアナが箒に乗ったのを確認すると、スピードを上げて廊下を滑り飛んで行く。
さて、どこに行こうか。
王城内はルティアナ用にトラップの術式をあちこちに仕込んであるのだ。
トラップも良いがまずは精神的に苦痛に合わせていこうかな。
向きを変えて向かったのは賓客用の客室。
きっと今頃ヒーリィ姫も人形になって大騒ぎになっているはずだ。
後ろからものすごい殺気を感じる。
何度か呪術が発動して攻撃を防いでいたので、ルティアナが攻撃を仕掛けてきているのが分かった。
どんなに攻撃されても関係ない。
それだけ念入りに準備しておいたのだ。
すぐ後ろにルティアナがいるが、こちらを掴もうとしても魔法で落とそうとしても全て呪術で弾かれている。
最強の魔導士と謳われるルティアナが手も出せない。
なんていう優越感。
一つの部屋の前で箒を止めると、そのまま魔法でドアを破る。
目の前で繰り広げられている光景に笑みがこぼれた。
すぐ後ろからルティアナが部屋の中の状況を見て息を呑む。
「ケイン!」
部屋の中ではヒーリィ姫がケイン王子に馬乗りになって、ナイフを突き立てようとしていた。ケイン王子はすでにあちらこちら刺されたのか服に血が滲んでいる。その向こう側では側近の男が血を流して倒れていた。
「ルティ!」
突き立てようとナイフを握りしめている手をケイン王子が必死につかんで止めている。
「ケイン今助ける!」
ルティアナが部屋に入ろうとした途端また呪術が発動して弾かれる。
「なっ!」
目を丸くするルティアナの横でふっと笑う。
「入れないよ。ここにも術式を使っているからね。それにしてもカプラスの王子は女一人相手に苦戦するほど弱いなんてね。呆れたものだよ。側近の男はやられちゃったのかな?」
「一体どういうつもりだい!?何がしたいんだ、お前は」
「何ってルティアナと遊びたいだけ。どう?自国の王子が婚約者に殺される様は。そうそう、ヒーリィ姫はああ見えて、かなりお強いらしいって知ってた?幼いころから自分の身は自分で守れるようにって、体術やら魔法やら叩き込まれていたみたいね。ほら、そこに倒れている男は王子の側近なんでしょう?そんな男がやられるなんて、カプラス王国も落ちたものね」
「いい加減にしな」
ルティアナの魔力がこれ以上ないくらいに膨らんだ。
あまりの魔力量に身体が硬直するほどに。
「わ、私を殺しても、術式は解けないわよ。それに私が死んだら他の術式が発動するから!」
前半は本当だが、後半は嘘だ。
だが効果は十分にあったようで、ルティアナはこちらから視線を外して部屋の中に視線を向ける。
そのまま魔力を高め、呪術による結界に向けて、魔力をぶち当てる。
パリンと音がして結界が砕け、その瞬間ルティアナはヒーリィ姫を後ろから羽交い絞めにして、ケイン王子から引き離す。
信じられなかった。
ルティアナの魔力量が相当なのは分かっていた。
だからこそ、どんなに強い魔法攻撃にも耐えられるようにと、時間を掛けて念入りに呪術を行ったというのに。
こんないともあっさり壊されるなんて。
この城の結界が破られるというのなら、ルティアナがフィオナの場所を突き止めたら、あの廃屋に掛けた結界も簡単に破られてしまうだろう。
これは予想外だ。
そうこうしているうちに、ルティアナはヒーリィ姫を動けない様に拘束し、ケイン王子とその側近の手当をしてしまう。どうやら側近の男は気を失っていただけのようだ。
あんまり遊んでいる余裕はないな。
本当ならもっと精神的にも肉体的にも痛めつけてから仕留めようと思っていたのに。
予定変更だ。
「ルティアナ。広い場所で決着をつけようじゃない。付いてきて」
声をかけると、あっという間に治療を終えたルティアナが、すっと立ち上がって箒に乗る。
こちらを見る彼女は、抑えきれない殺気をまとわりつかせていた。
すいっと箒を動かすと後ろからルティアナが付いてくる。
向かうは王城の一画にある空中庭園。
東の棟のてっぺんにあるその吹き抜けの庭園は円形の広い空間に、様々な鉢植えの花が置かれた憩いの空間である。
箒で外に出て一気に東の棟の最上階まで飛ばす。空中庭園の真ん中に降り立つとルティアナも続いた。
「ここなら誰も居ないし邪魔も入らない。ルティアナも思い切り戦えるでしょう?」
「それはあんたにとっては不利なんじゃないのかい?ああ、ここに何かの呪術でも仕込んでるのか」
図星だ。
だからと言ってルティアナはここから逃げ出すことは出来ないだろう。
この庭園の中心に自分より魔力の高いものが来ると発動する術式を仕込んである。
今立っているこの場所にルティアナが立った瞬間、ドラゴンをも消し炭にする攻撃魔法がルティアナを包み葬り去るだろう。
その前にルティアナには今戦っている相手が誰なのかをしっかり分からせたかった。
「ルティアナ。どうしてそんなちんちくりんな子供の格好をしているの?私の知っているルティアナはもっと美しく気高い美女だったのに」
ルティアナが眉を寄せる。
「あんた、さっきからずっと訳が分からない事をいっているけど、あんたのいう姿はこの姿かい?」
子供から三十歳くらいの落ち着いた容姿の女に姿を変える。
美しい女だったが、それとは違う。
もっと若く、艶やかで、艶のある姿だった。
「まさかこの姿かい?」
記憶の中のルティアナが目の前に現れる。
「ルティアナっ!ああっ!そうよ!その姿でこそルティアナよ!」
「この姿でいたのは数百年前だよ?もうこの容姿を知っている人間はいないはずなんだけどね」
「何を言っているの!私はその姿のルティアナに憧れて憧れて、そしてやっと弟子にしてもらって、ずっと一緒に居られると思ったのに!なんで急に居なくなっちゃったのよ!私、ラビィの森のあなたの家で何十年も待って、その後、東の大陸中探し回ったのよ!」
ルティアナの瞳が大きく開かれる。
「ラビィの森って!あんた……、まさか!イノーセス!?」
「やっと思い出したみたいね」
ルティアナに名前を呼ばれ、胸の奥から熱いものがこみ上げてくる。
「イノーセス、なんであんたがここに!?というか昔とあまり変わらないじゃないか!なんで生きているんだい!?もうあれから数百年だよ!?」
「ルティアナは知らなかったみたいだけど、私には竜人の血が入っているのよ。あなたもでしょ?ルティアナ。私はあなたの強さだけじゃなく多分、その血にも惹かれたんでしょうね」
「あんたもそうだったのか!道理で。やたら魔力が強いから不思議だったんだよ。まあ、それは置いておいてなんでこんな事をしたんだい?」
「私を捨てたルティアナに復讐するためよ。何度言わせるの?」
「捨てたって……。あんた完全に押しかけ弟子のストーカーだったじゃないか。なんど出ていけと言っても出て行かないから、私が出て行ったまでだよ」
「ひどい!弟子にするって言ったじゃない!」
「言ってないよ。とにかく、ここであんたとごたごた言い争っているつもりはない。殺したら術が発動すると言うなら、拘束させてもらうよ。私も早くフィオナを探しに行かなきゃいけないからね。まあ、あんたが居場所を吐いてくれたら一番楽なんだけど」
ルティアナがきっとこちらを睨む。
ちょっとだけ期待していた。
ここにいるのがイノーセスだと分かったら、ルティアナは自分を置いて姿をくらませた事を謝罪してくれるのではないかと。
悪かった、置いて行った事を後悔していると、言ってくれるのではないかと。
もしくは止むを得ない理由があって、出ていったと説明してくれるのではないのかと。
ところがルティアナは自分の正体を知ってもなお、敵意をむき出しにしてくる。
正体を知ってルティアナが謝罪してきたら和解してもいいと思っていたのに。また弟子になってやってもいいと思っていたのに。
何かがガラガラと音を立てて壊れていくようだった。
「そう。なら、やってみればいい」
自分でも信じられないくらい乾いた声だった。
なんだかもうどうでも良くなってしまった。
そうだ。
このままルティアナと一緒に死ぬのも良いかもしれないな。そうしたらもう二度とこんな絶望を味あわなくて済むのだから。
本当はルティアナがこの場所に立つ前に離れるつもりだったのだ。そして、ルティアナが目の前で死ぬ様を見て笑ってやろうと思っていた。
でも今、目の前でルティアナが死んでも、全く笑える気がしなかった。
それならここで一緒に攻撃魔法を受けて死ぬのも良いかもしれない。
そう思ったらなんだか嬉しいような安心したような、不思議な気持ちになれた。
飛びかかってくるルティアナがやたらゆっくりと見える。
ルティアナ。
大好きだった。
さあ一緒に死のう。
数秒後、空中庭園は轟音と共に真っ白な光の柱に包まれた。