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サク

今回はサク視点です。

 今日もヒュラン王子は動かない。

 王子はイライラしているのか、座りながらも絶えず足のつま先足でコツコツと床を叩いている。


 鍵の掛かった部屋から忽然とフィオナ・マーメルが消えたのだ。

 苛立って当然だろう。


 屋根裏から、そっと監視を続けていたサクは、隣のメイド控え部屋のクローゼットの中から、物音を立てずに部屋へと降り立った。


 「ったく。いつになったら術者に会いにいくのかなあ。彼女が消えたら焦って会いに行くと思ったんだけどな」

 

 ヒュラン王子が術者に会いに行くのは、早朝や夜中など街にひと気が少ない時が多い。

 早朝からずっと王子を見張っていたがどうやら動かないようだ。

 クローゼットから降りたついでに来ていたフード付きの服を脱いで、ハンガーに掛けてあった白と黒のメイド用エプロンドレスに着替える。

 着ていた黒ずくめのフード付きの服は、クローゼットの奥に作った隠し扉の中と隠くす。

 まあどうせこの部屋には自分しか来ないから、こんなに丁寧に隠さなくて見つからないとは思うけど、そこはやはりプロとして抜かりなくしなければ。


 服を隠した時、一緒にそこにしまってある転移装置の上に書状が乗っていた。


 ボスからのものだった。


 中には、術者の捜索よりフィオナ・マーメルの安全を優先するようにと書いてあった。


 思わず舌打ちをしてしまう。

 術者の居場所はもう少しで分かりそうなのに。


 それに彼女は今頃……。


 考えを中断させるように、部屋の中のベルが突然鳴り、びくりとして書状を燃やして転移装置をクローゼットの奥へと隠す。


 ヒュラン王子から呼び出しのベルだ。


 鏡の前で抜かりがないか自分の姿を確認すると、部屋を出た。


 すぐ隣の部屋の扉をノックして部屋に入ると、さっきと変わらず苛立った様子のヒュラン王子が睨みつけてくる。


 「おい、ターリア!まだ小娘は見つからないのか!」

 「申し訳ありまさん。城中くまなく探しているのですがまだ見つかっておりません」


 見つからねーよ。

 俺が地下通路の秘密部屋に隠したから。


 「やはりカプラスの使者達が隠したのではないか!」


 ギリギリと歯ぎしりが聞こえそうな程にヒュラン王子は顔を歪めている。


 「いえ、カプラスの使者達の部屋もくまなく調べましたが、どこにもおりませんでした。それにフィオナ・マーメルが行方不明だと伝えた時のあの者達の反応は、本気で驚いているようでした」

 「だったらどこに行ったんだ!」

 

 ちっとは自分で考えてみろよ。

 馬鹿王子が。


 そうは思っていても、鉄仮面の如く無表情で淡々と告げる。


 「申し訳ございません。近衛全員で全力で探しております」

 

 あまりに淡々としたこちらの様子に、余計苛立ったのか、ヒュラン王子は手元にあった飲み物のカップを投げつけて叫んだ。


 「さっさと探してこい!」


 カップが胸元に当たり、白いブラウスに茶色いシミを作っていく。

 ゴトンと音を立てて床にカップが落ちた。

 ふかふかの絨毯のおかげでカップが割れなかったのが幸いだ。


 無言でカップを拾い、床にこぼれた紅茶をポケットのハンカチで拭き取ると、深く一礼をして部屋を出る。


 まったく困った王子だ。

 こっちも、殺気が漏れないようにするのは、何気に大変なんだぞ。

 あのヘタレ王子の事だ。

 ちょっと殺気を向けただけで腰を抜かしてしまうかもしれない。  


 メイド部屋に戻ると汚れた服を脱いで、予備のエプロンドレスに着替える。

 ブラウスのシミは水魔法と風魔法で簡単に落とせるが、自分は魔法が使えない事になっているから、下手な事はせず洗濯に出すのが無難だろう。


 汚れた服を抱え、通路を歩いて行くと、向こうからエマとオリーブが深刻そうな顔をして歩いて来た。


 「あなた。ヒュラン王子のメイドでしょ。ちょっといいかしら?」


 エマに呼び止められる。オリーブも不審そうな目でこちらをじっと見ていた。

 あー、フィオナの事、エマ達にまだ伝えてなかったんだ。今忙しいんだけどな。


 「何でしょうか?」

 「フィオナは見つかったの?」

 「いえ。只今捜索中です」

 「捜索中で済むと思ってんの?招待した使者を無理やり連れ去って置いて行方不明ってどういう事?」

 「申し訳ございません」

 「とにかく見つかったらすぐに知らせに来てよ」

 「かしこまりました」


 ふんと鼻息荒く息を吐くエマに思わず笑いそうになってしまい、ぐっとこらえる。

 二人はサクとターリアが同一人物だと知らない。

 内心バレるかとヒヤヒヤしたが、自分の変装能力はなかなかのものらしい。

 おそらく二人ともフィオナの事はそこまで心配していないはずだ。

 彼女はこちらでなんとかすると言っておいたから、きっと自分がどこかに隠したのだろうと見当はつけているはずだ。


 ま、とにかく後でちゃんと報告しておかないと怒られそうだ。

 どうにも今まで単独行動が多かったので、他人と協調して任務をするというのが苦手だ。ボスへの報告はきちんとしているのだが、ついつい他への配慮が欠けてしまう。

 これは自分の欠点だと分かってはいるのだが、目の前の任務に夢中になってしまうと、後でいっかと思って後回しにしてまうのだ。


 そのうち直していかないとな。


 二人が行ってしまうと、服を洗濯室に出してそのまま調理場へと向かう。

 今はちょうど朝食の時間が終わって、昼にはまだ時間がある。少し調理場も落ち着いているだろう。


 フィオナに何か食事を持って行きがてら様子を見てくるか。

 昨日の夜はちゃんと眠れただろうか?随分具合が悪そうだった。でもそれも呪術のせいであれ以上悪化する事もないはずだ。

 ヒュラン王子からも引き離したから、命令による呪術も発動する事はない。


 あの場所はフェリクス王以外知らないはずだから見つかる恐れもない。

 フィオナの安全を優先にと書状には書いてあったが、あそこに避難させていればこちらは術者を探しに行っても問題ないはずだ。


 なによりこの自分が敵の居場所を掴めないなんてあっていいはずがない。


 調理場からサンドイッチと果実ジュースを拝借するとバスケットに入れて、ひと目に付かないようにフィオナの元へと向かった。


 バスケットをぶら下げながら通路を歩いていく。

 周りに誰もいない事を確認してから、気配を絶って使われていない地下牢に続く階段を降り始めた。


 ん?誰かいる?


 厳重な鍵が掛けられている地下牢の扉がわずかに開いていた。


 ヒュラン王子の近衛がしつこくここに探しに来たか?

 屈折の魔法で自分の姿を他から見えない様にし、バスケットに完全結界を張る。食べ物の匂いが漏れないようにするためだ。


 聞き耳を立てて扉に近づく。

 すぐ近くには誰もいないようだ。

 そっと地下牢の中に入ると、通路の向こう側から人の気配がした。


 誰だ?


 慎重に気配を絶って足音を消して近く。

 薄暗い中、二人の男が牢を一つ一つ開けて、部屋の中を確かめていた。

 様子からヒュラン王子の近衛ではない。

 ふと顔を上げた一人の顔を見て、目を瞠った。


 あいつ……。


 見覚えがあった。

 ヒュラン王子の部下でもなく、かといってカブラスから来た使者団の者でもない。


 フェリクス王の側近の内の一人だ。

 そして、フィオナをヒュラン王子の部屋から連れ出そうとした男でもある。

 丁度自分がフィオナを連れ出そうと考えていた時、眠っているフィオナの部屋にどうやってかこっそり入ってきて彼女をどこかに連れ出そうとしたのだ。

 もちろんそっと背後に回り込んで気絶させ、物置に放り投げて置いたのだのだが。

 その後自分がフィオナを連れ去ったので探し回っているのだろう。


 あの時はヒュラン王子の愚行を見かねたフェリクス王の側近がフィオナを保護しようと動いたのだと思っていたが、どうも様子が変だ。

 二人の男は互いに声を掛け合う事なく、部屋を一つ一つ時間を掛けてみて回っている。

 それはフィオナを探しているというよりは、部屋そのものを調べ回っているようだった。


 まさか……。

 隠し通路を探しているのか!?


 背中に冷たいものが流れ落ちる。

 いやまだ大丈夫だ。あの様子だと見つけていないし、あれはそう簡単に見つけられるものでもない。

 幸いなことに、男達が探しているのは、隠し通路のある部屋とは反対側だ。


 すっと踵を返し、目的の部屋へと急ぐ。

 防音の魔法を掛けて扉を開錠して部屋に入ると、すぐ鍵を掛けて中からも防音し、壁をまさぐり始める。隠し通路へのスイッチは毎回場所が変わるのだ。

 やっとそれを見つけ出し、魔力を流して階段を素早く降りる。

 上を見ると魔方陣が光って階段は閉じたようだ。


 間に合った。


 奴らに隠し通路が見つけられるかどうか分からないし、もし見つけられたとしてもこの迷路のような地下通に入ってしまえば迷う事は必須だ。すぐに秘密部屋が見つかるとは思えない。


 だがどうするか。

 フィオナを移動させるべきだろうか。


 頭を巡らせながら足音を立てないようにしながら、目的の部屋まで走る。


 王城の中でここより安全な場所はないのだ。

 こうなったら自分の身分をある程度明かした上で、彼女の首輪を外してここに留まってもらう方がいいか。

 実の所外そうと思えば首輪は外せたのだが魔法が使えると、彼女があの部屋から逃亡する恐れがあったので、あえてあのままにしておいた。


 だが、ここに誰か来るかもしれないと分かった以上、このままの状態にしておく訳にはいかないな。

 あー、もう一つ選択肢があるな。

 首輪をつけたまま、ルティアナが来るまで自分がフィオナに付きっ切りになる。

 でもなあ。

 フィオナの安全を優先にとは言われたけど、やっぱり術者を探しに行きたい。

 なんだってそんなにあの小娘にそんなにこだわるかねえ。確かに最初見た時すごい魔力量だとは思ったけど、ボスが気に掛けるほどじゃない気がするんだけどなあ。


 それとも自分が知らない価値がなにかあの娘にあるのか。


 とりあえず本人と話してみてから決めるか。

 あっという間にたどり着いた、地下の秘密部屋の前で小さくため息をつくとノックをして開ける。


 「あれ……」


 たいして広くもない部屋には誰もいなかった。もちろん隠れる場所などない。


 トイレか風呂か?

 それにしても人の気配がない。

 嫌な予感がする。


 トイレと風呂の扉と思い切り開けるがやはり誰もいない。

 使った形跡のあるベッドのシーツに手を当てた。

 

 ひんやりとしている。

 めくれ上がった毛布の隙間に何か白いものが目に入った。


 メモ用紙?


 広げてみると下手くそな地図らしきものが書いてある。


 あの小娘、勝手に部屋を出て辺りを探索しているのか?

 魔法も使えないというのに。

 

 「まったく面倒な」


 舌打ちをして外に探しに行こうとして、床に黒っぽい染みがあるのに気づいた。この前はこんなのなかったはずだ。


 しゃがみこんで指でそれを触ってみる。すでに乾いているそれを強めにこすって、指についた汚れを見て息を呑んだ。


 「血!?」


 もう一度その染みを凝視すると、それはぽたりと上から落ちたというものではなく、床にこすれて付いたものだと分かる。

 

 どくんと心臓が大きく跳ね上がった。


 ばっと扉を開けて外に出る。

 風魔法を使ってこの辺りの音を拾う。

 近くには誰もいない。


 どこに行った!?


 一人で捜索に行ったのか!?

 あの血はなんだ!?


 落ち着け。考えろ。


 部屋に戻ってじっとベッドを見る。

 頭痛と眩暈が酷く魔法が使えない彼女が無理をするとは思えない。

 もし一人で捜索に行ったとしても、そんな遠くまで行かないはずだし、部屋に書きかけの地図を残していくはずもない。例えあれが下書きだとしても自分が戻ってくる可能性を考えたらこんな風に迂闊に残していくはずがない。

 それにあの血痕。

 傷口を床にこすりつけたような。

 一人でここにいてそんな状態になるだろうか。

 絶対ないとはいきれないが、何かあったと考える方が妥当。


 おそらく誰かきた。

 毛布の中にあった地図はきっと眠っているうちにポケットからこぼれたもの。

 それを回収する間もなく姿を消したという事は、来たのはおそらくフィオナにとって都合の悪い相手。

 血痕は争って床に倒されでもしたか。


 大体これで辻褄が合った。

 では誰が来た?


 ヒュラン王子の手の者ではない。

 カプラスの人間でもないな。いくらエマ達が優秀でも動きが制限されている上に、ここに来てまだ間もない。ここを探し当てるのは難しい。


 可能性のあるのはフェリクス王の手の者だが……。

 それならなぜさっき上で部屋を探し回っていた?


 他は?


 「……術者か?」


 今の所尻尾すら掴めていない謎の存在。

 これまでの状況を考えると可能性は高い。

 なぜここを知っていたのかは分からないが、少し甘く見すぎていたようだ。


 「あー、なんてボスに報告しようかなー。怒られるかなー、怒られるよねー。でもほら書状を見る前だったしなー」


 でも……。

 思わず口の端が持ち上がる。

 これで心置きなく術者を探しに行ける。


 ボスを除けば夜鷹一といわれる自分が、まさかしてやられるとは思わなかった。

 

 絶対に許さないよ。

 借りは三倍返しで返してあげるから。

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