敵か味方か
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背中が冷たい。
それに固い。
目を閉じていても、辺りが暗いのが分かった。
ゆっくり瞼を持ち上げると、そこは知らない場所だった。
まだ重たい頭でぐるりと部屋を見渡すと、壁も床も天井も石で作られており窓もなく、ベッド二つ分ほどの広さしかない。その部屋の真ん中で、床の上にじかにフィオナは転がされていた。かろうじて毛布にくるまれていたが、冷たい石の地熱で背中はひんやりと冷たい。温暖なコロラ王国じゃなかったら、頭痛と目眩に加え風邪を引いていたところだ。
壁際にかなり光量を抑えた魔法灯が灯されており、頑丈そうな木の扉が見える。
ぐらぐらとする身体を無理に起こし扉に近づくと、そっと取っ手に手をかけて、押したり引いたりしてみる。案の定、鍵がかかっておりびくともしない。
思い切り叩いてみても、結果は同じで、その音で誰かが来る気配もなかった。
なんだこれ。
どうしてこうなったの?
確かヒュラン王子に無理やり部屋から連れ出されて、王子の寝室に連れ込まれ、何度も薬を嗅がされたところまで覚えている。
なんであの時、魔法を使ってでも逃げなかったんだろう。
悔しさに唇を噛む。
そうだ、逃げようとしたのに、あの時も身体が動かなくなって、動くと思った時には、王子に耳元でささやかれて、また動けなくなってしまったのだ。
絶対におかしい。
ヒュラン王子の声を聞くと身体が急に動かなくなってしまう。
何か変な魔法でも掛けれてしまっているのかもしれない。
例えばヒュラン王子の声を聞くと動けなくなってしまう、というような。
いやきっと違うな。動けるときもあった。
動けなくなる時は、必ず王子が耳元で何か言った時だ。
ヒュラン王子の言う事に逆らえなくなるような魔法?
きっとそれが一番近いだろう。
扉に張り付いて、何か物音がしないか伺ってみる。
ここは一体どこなのだろう。
ヒュラン王子に王城のどこかに監禁されてしまったのだろうか?
しばらく耳をすませてみたが、物音はもちろん人の気配もない。
思い切って魔法で扉をぶち破って出るか。
頭痛と眩暈でくらくらするが、扉を壊すくらいわけない。
魔力を練る。
「……あれ?」
魔力が練れない。
「え、なんで……!?」
魔力が欠乏してる?そんなわけない。
ばっとポケットに手を突っ込むが、入れていたポーションの瓶は跡形もなく消えていた。
これもヒュラン王子が何かしたの!?
口元に手を当てようとして、首に違和感を感じ手で触れると、いつの間にか首輪のようなものがされていた。
革のような材質で出来ているそれは、どうやって付けたのか一周ぐるりと切れ目や接続部がなく、引っ張っても爪を立てても外れない。
首輪を付けてペットにでもしたつもりなのだろうか。
「信じられない!あの変態王子っ!」
あまりに腹立たしく、声を上げて、もう一度魔法を使おうとする。
だが魔力を練ろうとしても、全然思う様にできずへたりと座りこんでしまった。
「どうしよう……」
このままではヒュラン王子に何をされるか分からない。
ぞわっと背筋が寒くなり、もう一度扉に向かい、なんとか開けられないか体当たりしてみる。
身体が辛いのを我慢して何度も何度も扉に体当たりする。
びくともしない扉の代わりに、ぶつけていた肩がずくんずくんと痛んだ。
それでも懲りずに蹴ったり体当たりしたりを繰り返していると、カツンカツンと通路を歩いてくる足音が聞こえてきた。
体当たりをやめて耳をすましじっと様子を伺っていると、足音は扉の前で止まった。
ガチャリと鍵の外される音。
ヒュラン王子か?
どうする?
扉が開かれるまでの僅かな時間に、頭をフル回転させる。
頭が痛いなんて言っている場合ではない。
どう考えても扉の向こう側にいる人物は、自分の敵だ。
それなら……。
ぎぃっと軋む音を立てて扉の向こうに立っている人物に、猪のごとく思い切り体当たりを食らわせる。
ドンとぶつかった相手は思いの外華奢だった。顔を見る余裕もなく勢いで一緒に通路に倒れ込む。
すぐにばっと立ち上がると、さっき足音が響いてきた方向へ向かって顔を向ける。
こっちから来たと言う事は出口があるはずだ。
魔法は使えないので、とにかく自分の脚力だけで持てる最大限の速度で駆け出す。
逃げるなら今しかチャンスは無い。
走り出してほんの数歩。
気がついた時には、うつ伏せに床に倒れていた。同時に身体を打った痛みと、背中で捻り上げられている左手に鋭い痛みが走る。
「痛っ!」
声を上げながらも、瞬時に情報を把握した。
走り出してものの数秒で追いつかれて、床に倒され押さえつけられているのだ。
「そう来るとは思わなかった」
背中にのし掛かられている声に聞き覚えがあった。
ヒュラン王子ではない。
ヒュラン王子だったら、今頃逃げられていた。
苦しい体制の中、首を後ろに捻るが顔が見えない。
それが分かったのか、背中の人物がフィオナに顔が見えるように、体勢をずらした。
「あなた!」
組み敷いていたのは、ヒュラン王子に付いていた、あの無表情なメイドだった。
「これはどういう事?ここ、どこなの?ヒュラン王子は何を企んでいるの」
苦々しい声で尋ねれば、少しだけ腕を捻る力が緩くなった。それでも逃げ出せそうはないくらいに、ガッチリと抑え込まれている。
「ヒュラン王子はあなたがここにいる事を知らない。今必死にあなたを探している。ここにも間もなく人が来る。だから移動しないと」
「え?」
ますます訳が分からない。
このメイドはヒュラン王子と一緒にいた女だ。
「今から力を抜くけど、抵抗しないで。別に逃げてもいいけど、そうしたらあなたはヒュラン王子の近衛に捕まる。一旦捕まってしまえば警備を強化されて、あなたを連れ出すのは難しくなる」
「あなたは、誰?ヒュラン王子のメイドだったのになんで私を助けようとするの?」
「私はターリア。これは上司の命令」
「上司って誰?」
「それは言えない」
「言えないのに信じろと?」
「信じなくてもいい。けど、ここであなたが逃げたらヒュラン王子に捕まるだけ。ヒュラン王子はかなり怒り狂ってる。捕まったら何されるか知らない」
ターリアと名乗った女を信じて良いのか分からないが、ヒュラン王子から逃してくれている事は間違いなさそうだった。
だけどそれが味方という保証はない。
けど、今ヒュラン王子に捕まるのはどう考えてもまずい事というのは分かる。
「分かった抵抗しない」
そう言うと、背中から重みが消え、捻り上げられていた手が離される。
腕をさすって起き上がると、やはりあのメイドが立っていた。
その無表情なメイドことターリアは、今までフィオナがいた部屋から毛布を取り出して灯りを消すと、扉を施錠した。
「付いてきて」
痛そうに腕をさするフィオナを労る事もなく、それだけ言うとさっさと歩き出す。
仕方なく後に付いて歩き出し、華奢な背中に向かって話しかけてみた。
「ここはどこなの?」
「王城の地下牢」
なるほど。
どうりで、薄暗い石造りの通路には似たような木製の扉が何個も並んでいる。
人の気配はしないが誰かここに捕らえられている人間が他にも居るだろうか?
「誰か捕まっている人がいるの?」
「ここは閉鎖された地下牢。誰もいない」
「そう」
カツンカツンと足音だけが通路に響く。
真っ直ぐ続く通路を歩いていくと、ターリアは一つの扉の前で立ち止まり、鍵を取り出して解錠した。
「ちょっと、まさか地下牢の部屋を変えるだけ?」
一本道の通路には左右に何個も牢らしき部屋があったが、向こうの部屋ならみつかって、こっちの部屋なら見つからないなんて訳がない。
フィオナの声を無視して、ターリアは真っ暗な部屋に入ると魔法で灯りを付ける。
渋々後に付いて部屋に入ると、ターリアは内側から再び扉の鍵を施錠した。
ガランとした部屋の中に二人がぽつんと取り残される。
「ねえ、ちょっと、どういう事?」
ここで二人一緒にヒュラン王子の近衛の捜索をやり過ごす気なのだろうか。
わけが分からず、呆れたまま突っ立ていると、ターリアは扉とは反対側の壁に手を当てて、何かを探すように壁をなぞり始める。
しゃがんだり立ったりしながら、壁に手を彷徨わせていたターリアは、突然ピタリと手を止め、そこに魔力を流し始めた。
じっと見つめていると、不意に床に魔法陣が浮かび上がり、光りだす。
光が収まったその後には、更に地下にのびる階段が現れていた。
ターリアは何も言わずに、魔法の灯りを手に灯し降りてゆく。
ぽっかりと床に現れた闇に染まる階段は、不気味で仕方なかったが、付いていくしかない。
魔法が使えないので、あまり彼女から離れては足元が暗くなってしまうと、慌てて階段を降り始めた。
真っ暗でどこまで続くのか分からない恐怖とは裏腹に、階段はあっけなく終わった。
二人が階段を降り終わると、入り口らしき場所が魔法陣でぱっと光った。
今のでおそらく入り口が閉じたのだろう。
ターリアはフィオナが階段を無事降りたのを確認すると、石造りの通路を迷う事なく歩き始める。
「ねえ、これって隠し通路よね?なんで貴方がこの存在を知っているの?あなたはフェリクス王の命で動いているの?」
王城の隠し通路を知っている以上、ターリアは王にかなり近しい人物と思われる。
ターリアは答えない。
「ヒュラン王子はこの通路を知らないの?」
「知らない」
その返答に一先ずほっとする。
歩いていくと、通路は急に左右に分かれたり、他の通路と交差したりするが、ターリアは迷う事なく進んでいく。
どのくらい歩いたろうか?
もう方向感覚が分からない。
何度も右に左に曲がり、最初の階段に戻れと言われても、戻れる気は全くしない。なにせずっと同じ幅の石造りの通路で目印も何もないのだ。
途中までは頑張って道順を覚えていたが、かなり早い段階で諦めた。
もしかしたら、ここから勝手に逃げない様にわざとターリアが複雑に歩いているのかもしれない。
時間の感覚も良く分からなく、再び頭痛と目眩が酷くなってきた。さっきまでは興奮状態で頭痛と眩暈の事すら忘れ去っていたが、淡々と歩いていくうちにまたじわじわと症状が酷くなってくる。
「ちょっと……、待って」
ぐらりと目眩がしてうずくまると、ターリアが立ち止まった。
「目眩が酷くて……」
「それなら私がおぶる」
ターリアが目の前でしゃがみこんだ。
自分より背が高いとはいえ、華奢な彼女におぶってもらうのは流石に悪い。
「大丈夫、ちょっとだけ休ませて」
「私もあまり時間があるわけじゃない。さっさと乗って」
仕方なくターリアの背に身を預けると、意外に筋肉がしっかり付いている身体は、軽々とフィオナを背負って歩き始めてしまった。
そういえば、さっきあんなに簡単に押さえ込まれたんだった。きっと特殊な訓練を受けているだろう。
安心して身体を預け、おぶわれて歩いているうちに、いつの間にか眠ってしまった。
「起きて」
声と共に揺さぶられて、はっと目を覚ます。
まだターリアにおぶわれたままだ。うっかり眠ってしまって申し訳ない。
いや、そもそも味方かどうかも分からないのだ。
「着いた。降りて」
ターリアが少し腰を落としたので、すとんと地面に足をつける。
少し眠ったせいか、頭痛も目眩も少し和らいだような気がした。
いつの間にか、魔法灯の灯った明るい部屋へと運ばれていた。
壁はさっき歩いていたのと同じ石造りだが、簡単なテーブルに椅子、部屋の角には大きくはないが清潔そうなベッドまである。
「ここ、どこ?」
「説明した所で分からないと思う。地下通路の中にある非常用の隠れ部屋。食料と飲み物はそこの棚にある。トイレはそっちのドア。風呂もあるけど、今あなた魔法使えないからお湯が出せないか……。入りたい?」
矢継ぎ早に説明されて慌てる。
「ちょっと待って。なんで私が魔法を使えないって知ってるの!?」
食いつく様に尋ねるフィオナの首にターリアはそっと人差し指を当てた。
「その首輪、魔力を制限するマジックアイテム。ヒュラン王子が付けていた」
あの野郎!やっぱりあいつのせいか!
「外してくれない?自分じゃ外せなかった」
「外すのには、外から魔力を掛けて解錠コードを言わないといけない」
つまりヒュラン王子から解錠コードを聞き出さないといけないと言う事か。
「私の頭痛や目眩もヒュラン王子が何かしてるからなの?ポーションを飲んでも全然治らないんだけど」
「それは呪術を掛けられているから。やっているのはヒュラン王子ではない。けど企んだのはヒュラン王子」
「呪術?」
「呪いのようなもの。対象者の身体の一部を使って、魔法の術式を使って呪いを掛けるようなものらしい」
「私の身体の一部?」
そんなものヒュラン王子に渡した覚えは無い。そんな事あっただろうか?
必死に頭を巡らせていると、ターリアが答えた。
「あなたに最初にお茶を出しに行ったとき、ヒュラン王子に迫られているあなたの髪を、背後から少し切取ってヒュラン王子に渡した」
ターリアの言葉にその時の事を思い返す。ヒュラン王子に手首を掴まれて慌てていた時だ。
まったくターリアに警戒していなかった。
こいつ……。
敵ではないといいつつ、そんな事をしていたなんて。
うっかりターリアを信用しようとしていた自分の馬鹿さ加減にうんざりする。
「あれはヒュラン王子の命令で致し方なかった。拒んだり、失敗したら、私が疑われる。それにあなたに黙っておこうと思えば黙っておけた。あなたに掛けられた呪術は二つ。一つは頭痛と目眩。これはあなたがカプラスに帰れなくする為のもの。もう一つは、ヒュラン王子の言葉に逆らえなくするもの」
やはり思った通りだった。
だから式典の時も、ヒュラン王子に掻っ攫われた時も耳元で話されると動けなくなったのだ。
「だから、呪術が完全に掛りきってあなたがヒュラン王子の人形になる前に引き離した」
「それはどうもありがとう」
ぶすっとした声で一応例を言う。もちろん心はこもっていない。だが、そもそも髪を切取って渡したのはこいつなのだ。
「そういう訳だから、しばらくここで身を隠していて」
「しばらくってどのくらい!?リヒト副隊長やエマさん達はこの事知ってるの!?」
「誰も知らない。私の一存。しばらくは、ルティアナ様が来るまで」
ルティアナ様。
そう言った。
と言う事は、ルティアナを敬う立場にある者だ。
「リヒト副隊長達に私がここにいる事を知らせてもらえる?」
「それは出来ない。この場所は教えられない」
「じゃあ、無事だという事だけでも」
「……状況による」
「ねえ、あなたは一体何者なの?何がしたいの?どこまで何を知っているの?」
「答える義理はない。ただあなたの敵ではない。だからここで大人しくしていて欲しい。下手に動かれると面倒。ここは鍵が付いていないから勝手に逃げようと思えば逃げれるけど、確実に迷うし、運良く出口にたどり着けても、ヒュラン王子の配下に確実に見つかる」
「あなたがリヒト副隊長達に私の無事を伝えてくれるなら、無闇に動かないわ」
「分かった」
取り敢えずリヒト副隊長達に無事である事だけは伝えてくれるようだ。
ほっと息を付くと、ターリアは真顔で尋ねてきた。
「で?お風呂はどうするの」
「……入りたいです」
無言でバスルームに入っていくターリアを見つめながら、フィオナはあの女を信用していいのか、必死に頭を巡らせた。




