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エマ

今回は前半と後半で視点が変わります。

前半はエマ。

後半は……?

 「まったくもう!」


 エマはリヒトの話しを聞いた途端、ブチ切れていた。

 オリーブと一緒に部屋を出ている隙に、フィオナがヒュラン王子に連れて行かれてしまっていたのだ。


 「面目ない。あの後何度もフィオナさんに会わせて欲しいと頼みに行ったんですが、治療中と言われて会わせて貰えなくて……」

 「こんな事なら、セオ隊長と騎士団も全員この部屋に置いておくべきだったわ!あなたが付いていながら全く!」

 「本当に申し訳ない」

 「エマ、もうその辺にしなよ。状況的にリヒトはそうせざるを得なかったんだから」

 「オリーブは甘いのよ!」

 「エマさん、本当にすみません。ケイン王子の許可さえ下りれば、今すぐフィオナさんを連れ戻してくるので、掛け合ってきてもらえませんか?あ、その際王城の原形は留めて置ける保証はないのと、ヒュラン王子の生死を問わないという事でお願いします」


 目つきと雰囲気が豹変したリヒトに、一瞬恐怖で肌がびりっとざわめいた。

 ちくしょう、なんだよ。リヒトも十分ブチ切れているんじゃないか。


 「はあ、もういいよ。分かったから。リヒト、止めてよね。あんたが本気出したら本当に王城は跡形もなくなりそうだから。大人ぶって顔に出さないのはいいけど、ブチ切れてるなら最初からそう言いいなよ」

 

 すっとリヒトから殺気が去っていく。

 ボスを筆頭に近衛の人間も、タカが外れているような奴が多いけど、リヒトも大概だ。

 割と温厚だと思っていたけど、ちょっと認識を改めないといけない。

 横目で見るとオリーブも同じことを考えている顔をしている。


 「とにかくリヒトは大人しくしていて。私達はちょっと情報を集めてくる」

 「はい。よろしくお願いします」


 しゅんとうなだれているが、目にわずかながら鋭い光が残っているのを見逃さない。こっそり動く気か?

 これは釘を刺しておかないと。


 「リヒト、動かないでよ。あなたが優秀なのは知っているけど、こっちはこっちで考えもある。勝手な事はしないで」


 ゆらっとリヒトの目が泳いで、すぐにわずかに残っていた鋭い光も消え去った。


 「さすが近衛ですね。分かりました、大人しくしておきます」


 いつの間にかリヒトの後ろに回り込んでいたオリーブが、懐から手を降ろす。

 最悪眠らせようとしていたのだろう。

 この子は手が早い。

 視線でオリーブにいくよと伝えると、音もなく入口に向かって歩き出す。

 部屋を出て、二人並んで歩いていると、後ろに二つ人の気配がした。

 ヒュラン王子の配下がこちらの行動を見張っているのだろう。

 見張りに聞こえない大きさでオリーブに囁く。


 「さて、ちょっと撒こうか」

 「りょーかい」


 少し歩調を速めてから、廊下が十字になっている場所で、エマとオリーブはそれぞれ左右に分かれ曲がる。尾行から姿が見えなくなった瞬間、箒に乗るとぐんと速度を上げてあっという間に次の角を曲がり、屈折の魔法を使い姿をかき消す。


 「いないぞ!どこだ!?」

 「なんでだ!?」

 「お前はあっちを!おれは反対側に行く!」

 「分かった!」


 見張りが行ってしまうと、すぐに二人は合流する。

 あっさりと撒けてしまった事にオリーブが呆れた声を出した。


 「ヒュラン王子の配下、まるで素人ね」

 「リヒトもちょっと魔法を使えば、フィオナを連れて行かれずに済んだものを」

 「エマ、だから状況的に出来なかったんでしょ。ちゃんと大人の対応が出来ていたってことよ。ヒュラン王子の近衛を魔法で押さえ付けたら国際問題になるんだから」

 「さっきはちょっと頭に血がのぼってリヒトを責めちゃったけど、もう国際問題にしちゃってよくない?ヒュラン王子をボコボコにして拷問でも何でもしてフェリクス王の事、吐かせちゃえばいいじゃない」

 「エマ、どうどう。落ち着いてよ」


 はーっと長いため息がでる。

 

 「分かってる。ヒュラン王子だけとっ捕まえても、今回のは確実に裏に誰かいる。王子をぶっ潰しても、裏にいる奴が今度は別のやり口で何かしてくることは確か」

 「まったく面倒ね。ボスも人が悪いわ。絶対分かってて私達をこさせたんでしょ?」


 二人歩きながら、とある鍵の掛かった部屋にたどり着く。

 オリーブが金属の棒を鍵穴に差し込んでカチャカチャと探ると、程なくカチリと小気味いい音を立てて鍵が外れた。二人とも音もなく部屋に滑り込んで扉を閉める。


 ここは書庫だ。

 窓にはぴったりとカーテンが掛けられ、暗闇に埃っぽい紙の匂いが書庫を感じさせる。


 「遅かったね」


 暗闇の先から、男か女か判断に迷う中性的な声が響く。

 ぽわっと光量を抑えた魔法の明かりを灯し、その声の持ち主の顔を照らした。


 「サク」


 綺麗な整った顔つきの青年が、名前を呼ばれてほんのりと微笑んだ。

 男にしてはほっそりとした体つきに、背もそんなに高くない。自分よりちょっとだけ高いくらい。

 会うたび髪型の変わるこの男は今日は上着のフードをかぶっていて、どんな髪型なのか分からなかった。

 密かな楽しみだったのに。

 この男はボスがいたく信頼していて、近衛の中ではちょっと特殊な任務につくことが多い。

 今はコロラ王国への潜入中だ。


 「エマ、オリーブ。原因分かったよ」

 「本当!?」


 オリーブと声がかぶって声量が大きくなってしまい慌てて手で口を塞ぐ。


 「うん。フェリクス王は呪術を使われているっぽい」

 「呪術?なにそれ?」

 「俺も詳しくは知らないんだ。大昔に廃れた、魔法とは違った魔術?というのかな。色々準備をして、対象者に呪いを掛けるようなものらしい」

 「初めて聞いたわ」

 「だろうね。呪術自体知る者はほとんどいないし、やたら面倒で小難しい知識と技術が必要だ。それに時間も掛かる。だから今では呪術というもの自体忘れ去れてしまっている」

 「それで?肝心のその呪術とやらの解き方は?」


 オリーブがサクをせかす。

 呪術だかなんだか知らないが、確かにそこさえわかれば問題はない。


 「それがよく分からないんだ。術者に解いてもらうのが確からしいんだけど、術者以外の人間が解く方法がよく分からない」

 

 サクは肩をすくめる。


 「その呪術を掛けた人物は?」


 オリーブが低く尋ねる。


 「不明」


 サクが分からない?

 お手上げだ。

 この男の情報収集能力はボス以上。


 「でも……」


 ふふっと小さく笑う。


 「見つけるよ。俺に見つけられないものはないから」


 ものすごい自信家。

 でもそれに値するだけの成果を今まで上げてきたのも確かだ。

 悔しいけど自分では絶対敵わない。


 「それまでどうしたらいい?呪術というのがどういうものかいまいち分からないから対応のしようがないわ。フェリクス王は今のままでは危ないわよ。ポーションでなんとか持たせているけど、いつ何があってもおかしくない状況よ」

 「そうよ。それにフィオナがヒュラン王子に連れて行かれてしまったわ。そっちもなんとかしないと」


 オリーブの言うとりフェリクス王だけじゃなくフィオナの事も心配だ。


 「ああ、フィオナ・マーメルね。うん、あの子も呪術に掛けられているからなんとかしないとね」


 やはりフィオナの様子がおかしいのはそういう事か。本当にこの男はなんでも知っている。


 「フェリクス王は無理だとしても、フィオナは無理にでも連れ出してここから離れた方がいいのかしら?」


 術者がどこにいるのか分からないが、きっとこの街のどこかに居るのだろう。

 それなら出来るだけ術者から遠ざけた方がよいのでは?


 「いや、術者と呪術の距離が影響するのかどうか、まるで不明。だったら、むやみに動かすよりここにいた方がいい。万が一ここを離れる事によって呪術が加速でもしたら事だから。それにボスに急ぎで書状を送っておいた。もちろんフィオナ・マーメルの件についても書いてね。きっとすぐにルティアナ様が動くだろう。だから俺らの仕事はルティアナ様が来るまで、フェリクス王とフィオナ・マーメルを守りつつ、術者の居場所を探し出しておくこと」

 「ねえ、サク聞いてもいい?」

 「ん?」

 「フィオナはどうして呪術にかかったのかしら?ここに来てまだ数日よ?色々準備が必要なんでしょう」

 「ああ、それはね、彼女の身体の一部が術者に渡ったからだよ」

 「身体の一部?」


 どういう事?

 オリーブもサクを見ながら訝し気な顔をしている。


 「彼女が気づかないうちに、髪の毛を少しとられたんだよ。それにまだ多分呪術は完全に掛かってないと思う」


 その一言ですっと背筋が寒くなる。

 毛髪なんて、手に入れようと思えばいくらでも手に入るではないか。

 無意識に自分の髪に手をかけていた。


 「心配しなくても大丈夫。髪の毛を取られたのはフィオナだけだよ。抜け毛の一本、二本くらいじゃだめみたいだから、これから気を付ければいい。彼女は気づかないうちにメイドにナイフでひとつまみ切り取られたんだ。髪長いし、ヒュラン王子が気を引きつけていたから全く気付いていなかったよ」

 「あんのクソ王子」

 「まあそういう事だから、他のみんなには、髪や血液とか自分の身体の一部を敵に渡さないように注意するように言っておいてね」

 「分かったわ」

 「フィオナ・マーメルはヒュラン王子と一緒に俺が監視しておく。君たちはフェリクス王の方を頼むよ」

 

 そう言うとサクの気配が暗闇にすっと消えた。

 ふっと息をついてオリーブを見ると、なんだか浮かない顔をしていた。


 「オリーブ?」

 「え、なに?」

 「どうかした?眉間に皺がよっているわよ?」

 「いえ、呪術って私達が思っているより、ものすごく厄介ないんじゃないかって思ったの」

 「身体の一部を敵に渡らないようにすれば大丈夫よ」

 「そう……ね」


 いやに不安気な顔をするオリーブが気になったが、とりあえず今はできる事をしなければ。



 エマとオリーブと別れたサクは、闇に気配を溶かして、書庫を出るとヒュラン王子の部屋へと向かった。


 天井裏からがいいかな。


 音も立てず隣の部屋のクローゼットの奥から、天井裏へと上がる。


 天井裏からヒュラン王子の寝室を伺うと、ベッドの上には、フィオナ・マーメルが横たわっていた。


 実は彼女がエマ達の部屋から連れ去られる所から様子を伺っていたのだ。

 ヒュラン王子は医務室に連れていくと言っていたにも関わらず、さっさと自分の寝室へと連れて行き寝室に監禁してしまった。


 身体が辛いだろうに、フィオナは異様に抵抗して、最終的に睡眠剤をかがされていた。だが、その睡眠剤すらなかなか効かず、おそらく通常の二倍の量をかがされて、ようやくフィオナの意識は落ちた。


 今は寝室で一人で眠っているが、起きても抵抗出来ないように、魔力を制御するらしい首輪を付けられている。


 あんな物騒なもの一体どこから手に入れていたのか。

 自分がヒュラン王子を見張っている間は、そんな物を調達しているのを見た事ない。

 と言う事は、やはり呪術を行っている術者がヒュラン王子に与えたのだろう。


 むかつくな。

 

 今まで散々王子が街に術者に会いに行くのを尾行しているが、一体どういう魔法なのか呪術なのか、必ず途中でヒュラン王子は掻き消えてしまう。

 それでもなんとか居場所を突き止めようと、色々小細工して、やっとあるエリアに潜んでいると掴めたのだが、しらみつぶしに家を探っても未だに見つけられない。


 今回の敵はどうやらかなりの大物だ。

 血が疼く。

 難題を突きつけられるほど、燃える性分なのだ。


 次にヒュラン王子が術者に会いに行くときこそ、必ず居場所を掴んでみせる。

 それまではフィオナ・マーメルが無事でいられるように少しサポートしなければ。ルティアナ様の部下になにかあったりでもしたら、ボスに何を言われるか分からないからな。


 部屋の様子を伺いつつ、頭の中で考えを巡らせていると、寝室にヒュラン王子が入ってきた。


 「ふん。ざまあないな」


 苦しそうな表情で眠っているフィオナに、ヒュラン王子はにたりと笑い手を伸ばすと、顎を片手でぐいっと掴んだ。

 つい身体がぴくりと反応しそうになってしまった。


 ヒュラン王子。それ以上したら、こっちもそれなりに動かなくちゃいけなくなるよ?

 だから手を出さないで欲しいな。

 面倒になるんだから。


 「こんな事をされているのに抵抗もできないとはな。そのうち起きているときでも俺の言いなりになるんだ。楽しみだなあ。寝ていても脳には声が届いているのだろう?今のうちに命令しておくか」


 王子は少し考えてから再び口を開く。


 「フィオナ・マーメル、お前は俺のいう事には逆らえない。俺から逃げられない。俺に攻撃できない」


 耳元に口を寄せると同じ言葉を何度も何度も繰り返す。

 命令されるたび、フィオナは苦悶の表情をするが、睡眠薬をたっぷり嗅がされているため目を覚まさない。


 つまりの所、ヒュラン王子はそうやって口で命令しなければ、呪術を掛けれていても言う事を聞かせられないという事だろう。

 しかしこのままでは確実にフィオナはヒュラン王子に逆らえなくなっていくという事だ。


 どうしようか。


 ここで今一番の権力者はヒュラン王子だ。いくらエマやオリーブが正攻法でフィオナを取り戻そうとしても無理だし、無理やり取り戻しても隠し場所がない。


 真っ暗な屋根裏で考えにふけっていると、ひとしきりフィオナに命令したヒュラン王子が満足そうに出ていった。急に部屋がしんと静かになる。

 フィオナはまだ眠っている。


 ここは一つ。

 考えがまとまって行動を起こそうとした時、静かに扉が開いて、人影が入って来た。

 

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