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式典

 翌日フィオナは、リヒト達と共に式典へ出席していた。

 式典といっても思っていたほど堅苦しいものではなく、パーティのようなものだそうだ。


 広い会場には、小さな丸テーブルが至るところに設置され、壁際には椅子も並んでいる。これから料理が運ばれて来るだろう長テーブルには、小さな花瓶に色鮮やかな花々が飾られていた。


 ぐるりと辺りを見渡すと、コロラ王国の騎士団や魔道士の制服を着たものの他に、きらびやかなドレスを纏った女性達やそれに付き添う男性なども多数見受けられた。

 

 「随分大勢の人が呼ばれたんですね」

 「ですねえ。それだけヒュラン王子がこの場で次の王は自分だと周知させたいのでしょうね」

 

 リヒトがぐっと声を落として囁く。

 フェリクス王にもしもの事があったら、本当にコロラ王国の王はヒュランになってしまうのだろうか。


 フェリクス王に子は二人しかいない。

 ヒュラン王子とヒーリィ姫だけだ。

 そして、そのヒーリィ姫はカプラスの王子であるケインと婚約している。

 どう考えても、ヒュラン王子が次の王だ。

 でもそんな事になったら、きっと酷い事になる。きっとそれはコロラ王国だけに留まらず、カプラス王国にも多大な影響をもたらすに違いない。

 

 やはりなんとしてもフェリクス王には目を覚して貰わなければ。

 昨晩ケイン王子がヒーリィ姫に話を聞きに行ったが、やはり原因は分からなかったし、エマとオリーブも情報収集をして来てくれたが、やはり手がかりは掴めなかったようだ。


 ルティアナに来てもらえるよう書状を送ったと言ったが、いくらルティアナでもきっとこちらに来るまでにはしばらく時間がかかるだろう。

 

 つらつらとそんな事を考えていると、会場の向こう側が、一際ざわめき、そのあと波を打ったように静かになっていく。


 顔を向けると、会場に設置されているステージに、黒と赤の派手な衣装を纏ってヒュラン王子が現れた。

 注目を浴びる中、王子はいつもの不敵な笑みを浮かべ、声を張り上げた。


 「これより、オーム山脈で発生した魔獣討伐完遂を祝し、式典を執り行う!まずは各功労者に勲章を授与する!」


 さっと横から年配の男性が、木のトレーを持ってやって来た。

 ヒュラン王子が名前を呼び上げると、騎士の服を着た男が壇上へと上がり、王子はトレーからリボンに金属のプレートが付いたような物を、騎士の胸元へと自ら付けていく。


 よくよく見ればその騎士には見覚えがあった。オーム山脈の山地でデーモンミノタウロスと戦っていた騎士である。


 その後も次々と名前が呼び上げられて、勲章が授与されていく。


 「最後に、オーム山脈で我々と共にワイバーンを倒すのに協力してくれた、カプラス王国の騎士と魔導士だ。フィオナ・マーメル、セオ・ブラックウェル、リヒト・ブルフォード、さあ、こちらへ」


 ワイバーンを倒すのに協力してくれた?

 なにそれ?

 倒したのは自分達で、王子は逃げ回っていただけではないか!


 フィオナがぴしりと青筋を浮べたのが分かったのか、セオ隊長とリヒトが苦笑いして肩をぽんとひと叩きし壇上へ向かっていく。仕方なく後に続いて足を進めた。


 周りから痛いほどの視線が集まってくる。


 ふとケイン王子と目が合った。

 彼の横には、可憐で華奢な女性が王子の腕に、自らの手を添えて微笑んでいる。


 これがヒィーリィ姫?

 とても綺麗な人だ。


 一瞬見惚れてから、すぐにリヒト達を追って壇上へと上がった。


 「この度の討伐協力感謝する!」


 そう言ってヒュラン王子は、セオ隊長とリヒトの胸元に勲章を付けてゆく。


 なにが感謝するだ。


 こんな場でなければ、思い切り舌打ちしてやる所だ。

 さも自分の功績かのように振る舞う王子にムカムカと腹が立つ。

 この王子が自分可愛さに、部下を見殺しにしたのを知っているだけに、こいつから勲章を授与されるなど気分が悪い事この上なかった。


 ヒュラン王子がトレーから勲章を手にし、こちらに向かってくる。

 にやりと獰猛な笑みが深くなった。


 「フィオナ・マーメル。協力感謝する」


 王子の手が自分の胸元に伸びるのが、嫌でたまらないが、ぐっと我慢して勲章をつけ終わるのを無表情で待つ。


 王子の手が離れていったことにほっとして、壇上から降りるリヒトとセオ隊長に続こうとすると、ぐっと手首を掴まれて引き止められた。


 ばっと振り向くと、ヒュラン王子が愉快そうに声を張り上げた。


 「皆に報告がある!」


 フィオナの手を掴んだまま王子は続けた。


 「私はこの女性フィオナ・マーメルを妻にと考えている」


 はあ!?


 一気に会場が歓声とどよめきに埋め尽くされた。

 あまりに突拍子もない発言に思わずポカンとしていると、ヒュラン王子にぐっと引き寄せられて腰に手を回される。


 ぶわっと嫌悪感が湧き上がった。


 すぐに振りはらって離れようとすると、耳元でヒュラン王子が低い声で囁いた。


 「少しだけこのままで」


 冗談ではない。

 誰がそんな事を聞くものか。


 構わず腰に回った手を振りほどこうと動こうとするが、頭に軽い痛みが走りぐらりと目眩がしてそちらに気を取られる。


 「黙って横にいてくれ」


 小声でまた耳元で囁かれた声が、何故か頭の奥の方に響いてくる。

 目眩はすぐに治まったが、何故か身体が動けなかった。


 「この女性は、私がオーム山脈でワイバーンを討伐するのに、多大な協力をしてくれたカプラス王国の魔導士だ。私はひと目見たときから彼女に心を奪われてしまった。だから皆もそのつもりで彼女に接して欲しい」


 意味が分からない。

 とにかく違うと否定しないと。

 だが喉が詰まってしまったように声がでない。

 なんだこれは。

 どうして?

 嫌だ。

 ヒュラン王子の妻なんて、絶対にいやだ。

 動け!

 動け、動け!


 ぎゅっと目を瞑って身体に命令すると、強張っていた筋肉がすっと緩んでいく。

 動くようになった手足に安堵しつつ、すぐさま王子の腕を振り払うと、壇上から駆け下り、目をまんまるにして、ステージの下で立っているリヒトとセオ隊長の服をぎゅっと掴んだ。


 心臓がどくんどくんと嫌な音を立てて、背中には冷や汗が流れ落ちていく。


 「どうやら、彼女は恥ずかしがり屋のようだ。勲章の授与はこれで終了する。それぞれ食事を楽しんでくれ」


 ヒュラン王子がにやりと笑いそう宣言すると、会場からどっと笑いが起こり、授与式が終わりという事で、がやがやとざわつき始めた。


 「フィオナさん、一体どういう事ですか?」

 「り、リヒト副隊長……、分からないです。まさか王子があんな事を言うなんて」

 「なんですぐに否定しなかったんだ」


 セオ隊長が怖い顔を近づけて、小声で尋ねる。


 「しようとしたんですけど、なんでだろう……。急に身体が強張ってしまって。声も出なくて……」

 「驚き過ぎて緊張してしまったのか。しかしまずいな。このままでは周りに君がヒュラン王子の婚約者だと思われてしまうぞ」

 「そうですよ。パーティの間にちゃんと否定しておかないと後々面倒になります」

 「……はい。私だって嫌です」


 三人で離れた場所でこそこそ話していると、聞きたくない声が後ろから響いてきた。


 「フィオナ、驚かせてすまない」


 振り向いて睨みつけると、またあの肉食獣のような笑みを湛えた鋭い目に返された。


 「ヒュラン王子、どういうつもりですか?私はあなたの妻になるつもりなどありません」

 「だったらなぜさっき檀上で否定しなかった?」

 「あまりに驚いてしまって、頭が追いつかなかっただけです!」

 「ふん、そんな事を言って本当は私の妻になりたいのだろう?」

 「そんなわけないでしょう!」

 「まあそう邪険にするな。俺は本気で君を妻にと考えている」

 「私には心に決めた人がいますのでお断りします」


 ヒュラン王子の目がすっと細められる。

 ぞわりと全身に寒気が走った。


 「ふん、まあいい。だがパーティの間くらい一緒に話をしてくれてもいいだろう?頭ごなしに避けなくてもいいではないか。なんならこの後挨拶がてら、さっきの話は俺が先走ったと言って回ってもいい」


 ヒュラン王子自身が周りにさっきの話を否定してくれるのなら、それに越したことはない。

 一緒にいたくはないが。

 ちらりとリヒトとセオ隊長を見ると、二人とも渋い顔をしているが、止める事はしてこなかった。


 「リヒト副隊長、セオ隊長ちょっと行ってきます……」

 「ええ、何かあればすぐに声を掛けてください」

 「出来るだけ近くにいるからな」


 二人にうなずくと、ヒュラン王子が腰に手を当てて、会場の人混みの方にエスコートしようとしてくる。


 「そういうのやめて下さい。余計勘違いされてしまいます」

 「このくらいのエスコートは別に普通だろう」

 「困ります」

 「エスコートくらいさせてくれ」


 ヒュラン王子はこんな人間だったろうか?

 女性に親切でエスコートなんてする人間ではないはずだ。

 きっと何か良くない事を考えてしているのだろう。


 それでも手を振りほどこうとするフィオナにヒュラン王子はまた口元を耳に寄せて囁く。


 「頼むからこのくらいはさせてくれ」


 声が頭の奥で反響するように響いた。

 拒む手が勝手に止まり、下にだらんと垂れ下がる。

 にやっと笑みを浮かべたこの男が嫌いで仕方がないのに振り払えない。


 何かがおかしい。


 「ヒュラン王子」


 人混みの中から声を掛けてきたのは、ケイン王子だった。横にはヒーリィ姫もいる。


 「これはカプラスの第二王子殿ではないですか。わざわざご足労ありがとうございます」


 小馬鹿にしたような口調で返すヒュラン王子に、ケイン王子は顔色一つ変えない。


 「いえ、我が国の優秀な魔導士を妻にと宣言しておりましたが、おかしいですね。フィオナ君にはすでに婚約者がいるはずなんですが」

 「婚約者だと?」


 婚約者?

 困惑したまま黙っていると、ケイン王子がふっと笑みを浮かべ腕を掴んでくる。


 後ろに控えていたエマとオリーブの額に青筋が立ったように見えたが、気のせい……だと思おう。


 「フィオナさん。シキ君と婚約したばかりなのにだめじゃないか。きっとヒュラン王子が勝手に君に惚れているだけなんだろうけど、ちゃんとしておかないと、シキ君に誤解されちゃうよ?」

 「あ!はい!そうですよね!」


 シキと婚約はしていないが、きっとケイン王子はフィオナを助けるためにとっさにそんな嘘をついたのだろう。

 人混みの中でケイン王子はためらいなく大きな声で話しているので、周りの人達も興味深々といった風に聞き耳を立てているのが分かる。

 ここで完全に否定をしておけば、ヒュラン王子との話はなかった事になるだろう。


 「お兄様。だめですよ。ひと様の婚約者に手を出されては」


 にっこりと微笑みながらヒーリィ姫も援護しにかかってくれた。

 見た目だけではなくなんて優しい人なのだろう。


 「フィオナが婚約しているとは知らなかった。しかし、婚約という事はまだ婚姻はしていないという事だろう?それなら彼女の気持ちがこちらに動けば、私にもまだチャンスはあるという事だ」

 「私はっ……」

 「フィオナ!どうか私の事を少しでも考えてもらえないか」


 私はシキの事がとても好きでシキ以外は考えていない。

 そう声を上げようとしたのに、ヒュラン王子が遮って、手を取ってくる。


 「この手を拒まないで欲しい」


 一体何なんだ。この王子は。

 こんな事を言うような人間ではなかったはずだ。


 「フィオナさん。嫌なら嫌とはっきり言ってしまっていいんですよ?王子だからといって遠慮することはありません」


 そう言うケイン王子の後ろで近衛三人衆が、こくこくとうなずいている。

 ヒュラン王子に握られた手を、引っ込めようとして、また身体が動かなくなっている事に気が付いた。

 手を引っ込めないと!

 なぜ動かない!?

 じっと握られている手を見つめ混乱していると、ヒュラン王子の声が耳元に振ってきた。


 「ほら、彼女は私の手を拒まないでしょう?」

 「待って!違うっ、私はっ……」

 「フィオナ、私と否定しないで。拒まないでこのまま一緒にいてくれないか」

 「あ……」


 私はあなたと一緒にいたいわけじゃないと言おうとしたのに、王子にそう言われた瞬間喉が詰まった様になってしまった。

 言いたいのに言えず、口を軽く開いたまま茫然としていると、ヒュラン王子の手が再び腰に回りぐっと引き寄せられた。それも拒みたいのに拒めない。


 「ケイン王子、見ての通りです。彼女は私と一緒にいても良いと思ってくれているようですよ?」

 「フィオナさん……?」


 ケイン王子が困惑した顔を向けてくるが、どうしたらいいのか分からずに更に困惑した顔で見返す。

 周りで聞き耳を立てていた者達は、どうやら自分がヒュラン王子を憎からず思っていると判断したようで、それぞれほっとしたような、残念なような表情を浮かべながら、散っていった。


 駄目だ!

 このままでは更に状況は悪くなってしまう!

 ヒュラン王子から離れなくては!


 強くそう思うと、ふっと身体に力が戻ってくるのを感じて、すぐさまヒュラン王子の手を振り払い、駆け出した。


 「本当に恥ずかしがり屋だな」


 そう大声で笑う王子の声が後ろから聞こえるが、振り向かずに会場の外へと向かって足を早めた。

 

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