第六十話 戦い
「んで? 俺の縄張りで何してんだお前ら」
爆発して、土煙が舞い上がったと思えば突風がそれを吹き飛ばして、収まったと思えば、聞きなれたあの人の声が聞こえました。
「エルトさん!」
「マリアルイーゼ無事か!?」
「はい!」
すごくラフな格好のエルトさんが駆け寄ってきてくれました。
ああ、急いで来てくれたんですね。
「グレッセリア……!」
「お叱りは後で。まずはあちらを」
「チッ、さっさとマリアルイーゼを連れてさがれ。俺がやる」
エルトさん……。
いつもとは雰囲気が。
「さ、マリアルイーゼさん。立てますか?」
「……グレッセリアさん。私はここにいます」
「何です?」
「ここで、全てを見届けます」
私は、いままでエルトさんのご厚意に甘え切っていました。
同じ年齢なのに傭兵団のリーダーをされていて、でも、気取ってなくて、優しくて、様々な部分で気遣ってくださいました。
それはエルトさんの一側面でしかなかったのです。
女子会で聞いたマレアさんとのお話もそうですが、エルトさんの今までの人生の事を、私は何も知りません。
今、エルトさんは何人もの男たちと戦おうとしているのです。
それは、私の知らないエルトさんの一面が見られるということではないでしょうか。
なら、私は知りたい。
エルトさんの事を。
「エルトさんなら、勝てるんですよね?」
「ええ。あの程度の人数なら」
「なら、ここで見たいのです。エルトさんの姿を」
「……とても淑女が見るようなものではありませんよ?」
「……それでもです」
例え、どんな暴力行為であろうとも……ちょっと怖いですが……それがエルトさんは今までやってきたことで、私の知らない事であるならば、私は、知りたい。
「ふぅ。頑固です事。団長、マリアルイーゼさんが応援したいとのことです。頑張ってくださいまし」
「いや、さがれよ!」
「大丈夫でしょう? こんな可愛い女の子の応援ですわよ? それに、あの程度の連中に遅れなどとらないでしょう?」
「お前、後で覚えてろよ! あと、きっちり傍に居ろよ!」
「はいはい。ではマリアルイーゼさん、しばし団長の戦いぶりを観戦いたしましょうか」
「はい」
エルトさんには本当に申し訳ありません。
ですが、これは、私にとって大切な事です。
あの人への、この気持ちを。
「おらぁ!」
戦いは、一方的なものでした。
まるでアクション映画さながらの大立ち回り。
パンチ、キック、投げ技。縦横無尽に動き回って、武器を持った男たちを倒していきます。
エルトさんの身体がすっごく鍛えられているのは傍にいて分かってはいました。
日本では雑誌コーナーにいけば筋肉がすごい男の人の写真を手軽に拝見することが出来ました。
ボディビルダーのようにボコボコしたものでもなく、かといって盛り上がりがないという訳でもありません。
ですが動作の一つ一つで筋肉が盛り上がって、とても逞しいのです。
お兄さまたちにお聞きしたところ、戦うためには硬すぎず柔らかすぎない、しなやかな筋肉が理想だそうで。
あ、飛び上がったエルトさんのキックで大男が吹き飛びました。
「おらおらぁ! どうしたぁ!」
エルトさんが楽しそうです。
あれだけいた男たちが、エルトさん一人にやられていきます。
「エルトさん、すごい」
「格下ばかりですからね」
「しゃあっ!」
……あの、名前は分かりませんが、プロレス? みたいな。後ろから抱き抱えてのけ反って、頭を地面に叩きつけていますが、大丈夫なんでしょうか。
「ふぃ~、すっきりしたぜ。やっぱストレス解消には暴れるに限るぜ」
あれだけいた男たちが、全員地面に倒れ伏しています。
肩をほぐすように回しながらエルトさんがこちらに来ました。
月光に照らされているその表情は、とても朗らかです。
「エルトさん!」
「おわっ」
思わずエルトさんに抱き着いてしまいました。
暖かい。
「おい、大丈夫か?」
「……はい」
いけません。
また涙が出てきました。
「何もされなかったか?」
「はい」
「……身体が冷える。早く家に」
ギュッとエルトさんにしがみ付きます。
離れたくないです。
「……おいおい」
「ふふ。お熱い事。今日は団長が保護した方がよろしいのでは? わたくしの家に泊めたことにすれば解決しますわ」
「てめぇ……」
「えるとさん……」
情けない声が出てしまいました。
「……あ~もう。緊急事態だ。きっちり口裏合わせろよ? アイゼスにもだ。後始末はやっとけ」
ぶっきらぼうに言うと、私は浮遊感に囚われました。
お、お、お、お姫様だっこ?
「しょうがねぇ。転移で俺の家に跳ぶからな。しっかりつかまってろ」
そういうことなら。
ぎゅう、としがみ付きます。
また、ふわりと浮遊感。
空気が変わりました。
慣れた、エルトさんの家の空気です。




