第五十二話 惨劇の夜②
燃えている。
仮設住居や燃料に使おうと皆で切り倒した木材が。
燃えている。
こつこつ作り上げた仮設住居が。
燃えている。
昨日まで笑いあっていた仲間が。
「────っ!」
飛翔するエルトの脳裏に、初めてこの世界で目覚めた時のことが蘇る。
焦げた匂い。
煤だらけの世界。
焼き尽くされたエルトリートの家族や仲間たち。
鼓動が早まる。
刻一刻と凄惨な状況がくっきりとしてくる。
この惨劇の中、逃げ惑う者がいた。戦おうとする者がいた。誰かを助けようとする者がいた。
楽しそうに笑う者がいた。
エルトは見た。
炎に照らされる中、十人ほどの集団が楽しそうに笑いながら仲間を殺していく様を。
ひときわ大きな体格の男が、小さな少女を片手で掴み上げていたのを。
「クソがぁぁぁぁぁっ!」
怒号と共に手刀に魔法を纏わせる。
エルトが多用する近接戦闘用のレーザーナイフだ。
今まで幾多の強者や魔獣を切り裂いてきた、そこらの業物を遥かに超えるそれをエルトは躊躇なく振るった。
青白く輝く刃が流星のように軌跡を描き、
「ぬぁっ!」
「っ!?」
振るわれた剣に受け流された。
高速飛翔したままだったエルトはその勢いのまま地面に着地し、勢いを殺し切らずに地面を滑っていき、十メートルほどの間隔をあけて停止。
レーザーナイフを発動したまま素早く集団へと対峙すれば、男たちは笑顔のままエルトを見ていた。
「ほう、戻って──」
「しゃぁっ!」
悠長に話す気などない。
ひときわ大きな体格の男──エザレムへとエルトは疾駆する。
エザレムは余裕綽々といった様子で、いまだに少女──マレアを片手で掴んでいた。
襟元を掴まれた状態で空中に浮かされているマレアは何とかしようとエザレムの腕を小さな手で掴んではいるが、戦闘能力のない非力な少女では太刀打ちできず、苦悶の表情を浮かべながらもエルトをしっかり見ていた。
「ずあっ!」
「むんっ!」
突貫してくるエルトに対し、エザレムは動かずに仲間が庇うように動いた。
分厚い鈍器のような両手剣としなりの強い槍がエルトを迎撃しようと振るわれた。
その剣と槍は月光とも炎の照り返しとも違う、揺れ動くような謎の輝きに覆われていて、エルトのレーザーナイフと反発するようにスパークを迸らせ、無力化してしまう。
「くそがっ」
右手だけではなく左手にもレーザーナイフを展開し、さらに出力を高めることで殺傷能力を引き上げる。
かつて某国にいた都市国家を単騎で滅ぼせるといわれた魔獣ですら殺しつくしたレベルのそれを、エルトは縦横無尽に振るうが、
「けぇっ!」
「じゃっ!」
剣と槍の男たちが素早く後退し、ナイフとレイピアを持った男たちが代わりにエルトへと接近し、またもや謎の光を纏った武器でレーザーナイフを無力化していく。
「んだこれ!?」
驚くエルトに、再び槍が放たれる。
エザレムの仲間たちの連携攻撃。
エルトは脚にもレーザーナイフを展開し、全身を空中で回転させながら斬撃を繰り出す。
だがスパークとともに魔法が無力化されていく。
「っ!」
舌打ちと共に魔力衝撃波を全方位へ放射。
突風のような衝撃波が僅かに男たちの動きを止め、エルトを狙って放たれた矢を吹き飛ばす。
その隙に跳躍し、距離を取る。
(くそが。厄介だな)
乱れた息を整えつつ、臍を噛む。
現状、一対十一。しかも人質あり。
いつもならばレーザーナイフなどを使った近接戦闘で有無を言わさず敵を無力化してから人質を救出するのがセオリーなのだが、あの謎の光に包まれた武器によって逆にこちらの攻撃が無力化される始末。
エザレムたちの戦闘能力は精鋭部隊と言っても過言ではない一級品なのは知っていたが、彼らは魔法の素養がないと言っていて、エルトにくっついてきた時も魔法を扱う素振りは一切見せなかった。
(なら、あの光はなんらかの道具か、はたまた魔法が使えるのを隠していたのか)
そう考えたが、
「どうでもいいな」
どうせ殺すのだから。
「エザレム、とりあえずマレアを放せや」
「断る」
口の端を上げた笑みを浮かべたまま、エザレムは断じる。
「この娘は我が神の贄とする。大人しく至高の儀式を見ているがいい。そうすれば──」
「──なんだ?」
「貴様も我が神の贄となる栄誉を与えてやる」
エザレムは尊大だ。
元々、この世界では実力のある者は大体が偉そうな態度をする。
だから、内心でイラっとしてもスルーしていたのだが、今回のことは別だ。
我が神だの、贄だの、エルトからしてみればサイコパスの台詞だが、その対象がマレアであり、自分であるというのなら、
「舐めてんじゃねぇぞ」
エルトの全身から魔力が吹き荒れた。
砂塵が舞い、すぐ傍で揺れていた炎が吹き消される。
「おお怖い怖い。『小さき悪鬼』が本気になった」
それでもエザレムは余裕だ。
「ならば、我らも本懐を遂げるために、それ相応の対処をしよう。同志たちよ」
──解放せよ。
エザレムの言葉と同時に、彼らの背から光が噴き出した。




