第四十一話 ながら歩きは注意力散漫
じゃあ、夕方に迎えに行くから、自宅待機で!
そう言ってキャナルは颯爽と去っていきました。
……いきなり女子会を開催するというのはいいのですけど、そう簡単に実行できるのでしょうか?
参加者を募って、それに見合った会場を予約して、さらにはお店側にも料理や飲み物を準備してもらわなければならないでしょう。
キャナルは夕方と言っていましたから、今日開催するつもりだと思います。
そんな急に決めて、対応してくれるお店があるのですか? あと、参加してくれる人は? 皆さん予定とかあるでしょうし。
キャナルは拠点を取り仕切っている副長さんの夫人として立ち位置的には【獅子の咆哮】の女性陣のトップです。
貴族社会では社交界で圧倒的権力と影響力を持つ公爵夫人みたいなものですね。大体の場合、王妃がトップだと思われがちですが、王妃とは象徴みたいなもので実際に取り仕切っているのはその下にいる人物だったというのが多々あります。
王や社長は外交や外回りなどで忙しいために、実務は宰相であったり専務や常務が担当しているのですから、その女性版です。
あ、キャナルは元公爵令嬢といってましたね。
やはり私と違って生粋の令嬢ですから相応の……いえ、これは今は関係ありませんね。
「はぁ……」
いけません。また溜息が。
キャナルの勢いに驚いて離れていったヒヨコちゃんたちが再びこちらに大移動を開始するのが見えました。
人懐っこいですねぇ。
でも、そろそろ私も移動しなければなりません。
強制的ですが、予定が出来てしまったのでその準備をしなければ。
まだ時間的に余裕は十分にありますが、性分として準備は早く終わらせたいのです。もう前世のように直前になって慌てることはしたくないので。
追いすがってくるヒヨコちゃんたちを心を鬼にして置き去りにして、畜産区画から脱出しました。
あ、産毛が服に。
身嗜みを整えて街中を歩けば、今日も賑わっています。
季節もそろそろ冬に差し掛かろうかという時期。拠点では皆さんこれからの準備で大忙しです。
数日後には拠点全体で執り行う収穫祭という名の大宴会があります。長い冬の前に大いにはしゃごうというイベントです。
その後は長い冬籠りです。拠点があるこの地域は豪雪地帯らしく、冬の間は拠点から外に出られないとのことで、その間の色々な備蓄を準備しなければなりません。
それらを積んだであろう大量の物資輸送馬車が絶えることなく車道を行き交う光景を横目に、私は歩道を歩いています。
こちらに来てからまだ少ししか経っていませんが、大分慣れた気がします。
毎日という程ではありませんが、ちょくちょくミティやエムリンちゃんを始めとした、新しくできた友人たちと散策しているおかげで土地勘というのもついてきたみたいです。
さすがに路地裏方面は無理ですが。
「はぁ……」
気を紛らわせようと色々と見たり歩いたりしてみましたが、知らず知らずのうちに溜息が零れました。
「……ダメですねぇ……」
殿方に求婚されたという事に、どれだけ心を揺さぶられているのでしょうか。
私の生涯を通して異性から告白されたことなど一度もありません。前世では他人との関わりは事務的なものが多く、今世では自由恋愛ではなく婚約を結んでからという貴族で恋愛というものには全く無縁でした。
相手は大国の皇太子。
客観的に見れば、国を追い出された娘に王子様が手を差し伸べる。童話ならば娘はその手を取って結ばれ、平和に暮らしましためでたしめでたしで終わるでしょう。
本ならば私も疑問を挿むことなく、そういうものだとして終えたでしょう。
でも、自分の身に降りかかるとそうも言っていられません。
皇太子殿下は顔立ちの整った貴公子です。体も鍛えているのか、俗にいうイケメンという種類の人間です。
イケメン相手に若い女の子は悲鳴じみた甲高い声を上げるというのをテレビでは良く見ましたが、私自身そんなことはできません。
……リュオメンの王子も、同じ種類の顔立ちでしたから。
完全に、トラウマになっているみたいです。
いくら格好良くても、他の人を好きになれば物を交換するように簡単に切り替える。世の男性が全てそうではないと分かっています。
お父様がそうですから。
でも、怖い。
──私たちが信用できない?
──団長にも、話せない?
信用しています。
信用していない訳ではないんです。
でも、そんな簡単に言っていいのですか?
他人のプライベートの事を、その人の許可なく言っていいのでしょうか?
本人にとって秘密にしておきたいことでも、それを知った誰かが別の誰かに言ってしまい、知らぬうちに広まっている。それで嫌な思いをしたり、最悪今いる場所から離れなければいけなくなった、などと言う状況を見たことがあれば、なおさら躊躇してしまいます。
一般人同士ならそれでお終いです。良くはありませんけど。
では、相手が大国の皇太子ならば?
私の行動一つで帝国に目を付けられるわけにはいきません。
せっかく、せっかく手に入れた安住の地を、私のせいで失うことになれば、私はどう償えばいいのでしょうか?
「お、マリアルイーゼじゃん。どした?」
ですから、これは私自身が責任をもって決着をつけなければならないのです。
でも、断ったら?
もし、断らなかったら?
「お~い、って聞こえてねぇのかい」
もし、怒らせてしまったら?
もし、私が彼の手を取ったら?
「おし行けフー!」
「アフッ!」
もし──。
「アフッ!」
「ふぃあっ!?」
何かがいきなり飛び込んできて変な声を上げてしまいました。
今更ながら考え事に没頭しながら歩いていたのを自覚しました。
「アフッ!」
「ふ、フーちゃん?」
器用に胸元にしがみ付いていたのは、もこもこのフーちゃんでした。
あ、爪たてちゃダメ。
「ど、どうしたのフーちゃん」
フーちゃんを抱えなおせば、すっぽりと収まって大人しくなります。
抱っこ大好きですもんね。
「お、やっと戻ってきたか」
「え、エルトさん? ど、どうしたんですか?」
かけられた声に首を巡らせれば、エルトさんが柵に寄りかかりながらこちらに手を振っていました。
「どうしたって……ここ俺の家だし?」
「え?」
気が付けば、私はエルトさんの家の前を通っていました。




