第三十八話 すんなりと行かない見送り。
時刻はお昼近くになり、私たち家族は総出で総合庁舎へと向かいました。
お父さまとお母さま、お姉さまと私の四人、お兄さまたちとお義兄さまの四人と二グループにいつの間にかなっていましたが、皆で和気あいあいと歩くのも楽しいものです。
こちらに来てからはお父さまもお母さまも歩くようになりました。
馬車も使ってはいます。ただ、どちらかというとタクシーやバスに近い形で利用していますが。
どうもお父さまも健康に気を使うようになったと言いますか、今までが体を動かそうとしても高位貴族の体面のせいで出来なかったのでこれ幸いと楽しんでいると言いますか。
お母さまも靴をヒールの高い物から低い物に変えて、お父さまと散歩したり、新しくできた御友人たちとの散策を楽しんでいたりしていますね。
お二人とも、体力がかなりついたようです。
もちろん私も。
最近はランニングをしていますから、侯爵令嬢だったころからすれば体力はついた方だと思います。
ただ、私が走っている事を聞き付けて一緒に走ることになったミティにはまだまだ! とダメ出しされています。
でも、ミティは体力おばけで、言わばトレーニングを積んでオリンピック出場するようなランナーのようなものです。
ちょっとした空き時間に運動している一般人の私に到底追い付けない場所に居るわけです。
無茶を言わないで下さいとしか言えません。
「ああもう庁舎か」
お喋りに興じていたら、もう庁舎の姿が見えていました。
このまま裏門の方に回ります。警備の方にも話が通っているようでにこやかに通していただけました。
お姉さまをお迎えした裏庭にたどり着くと、そこには、先日と同じようにデッキチェアに寝転ぶエルトさんが。
爽やかな晴れの日ですので日向ぼっこは気持ち良さそうですが、その横に何やら積み上げられた容器が。
「ん? おう、もう来たのか」
エルトさんは起き上がりつつも、お饅頭のようなものを口に入れました。
まさか、あれ全部?
「エルトさん? またそんなお菓子ばっかり!」
「んうぐ。いや待てマリアルイーゼ! 俺、朝飯食って無いんだ。だから」
「もうお昼なんですからもうちょっと我慢すればいいじゃないですか。ご飯が食べられなくなりますよ」
「大丈夫だって! 丼三杯余裕」
「そう言って前に二杯も食べられなかったじゃないですか!」
エルトさんはすぐにお菓子だったり屋台で買い食いしてしまいます。脂っこいものばかりだったり、甘いものばかりで、栄養が偏っています。
それにカロリーを気にしないとすぐに太ってしまいますよ?
「まぁまぁ、いーじゃん」
「もう! いつもそうなんですから! 栄養が偏ったら病気になりやすいんですよ? 嫌ですよ私、エルトさんが病気になるのは」
「ハッ、俺は生まれてから風邪にもかかったことがないくらい健康優良児だぜ?」
「でも食べ過ぎで病院に担ぎ込まれたそうじゃないですか」
「なんで知ってんの!?」
たびたび女子会に参加していますと色々な情報が入ってくるのです。
貴族にとってのお茶会もそうですが、噂話や情報収集にはやっぱり皆で集まってお喋りに興じるのが一番です。
私、これでも侯爵令嬢だったのである程度のお茶会経験はあるのです。
「いやいやそうじゃなくてだな。本題は姉さんとクマを帰国させることだろ?」
あ、そうでした。
いけません。皆をお待たせしてしまいました。
慌てて振り返れば……お母さまとお姉さま、お義兄さまの三人は何故そんな、穏やかに微笑しているのでしょうか?
あとお父さまやお兄さまたちは何故歯を食い縛っているのですか?
「あ、どうぞ? 続けて?」
「なにをですか」
ニコニコとお茶会の準備をしつつ、何故か続行を進めてくるお姉さま。お母さまとともにテキパキと動いています。
その茶器はどちらから取り出したのですか?
あ、庁舎の方にお借りしたのですか?
御迷惑おかけします。
「お姉さま、何故お茶会の準備をなさっているのですか?」
「まだ時間がありますから」
ニコニコしながらそんな事を仰るお姉さま。
……はて?
いえ私としましてもお姉さまといられる時間が多い分には大歓迎ですが。
本来ならここでエルトさんにゲートを開いてもらいまして、帝国へと帰るお姉さまとお義兄さまをお見送りする予定でいました。
転移ですから一瞬で到着です。
なので、そう急がなくてもいいのでしょうが……それにしてはのんびりしすぎなのでは?
「まぁいいから。マリアもこちらで一緒にお茶を飲みましょう?」
「あ、はい」
ひとまず着席します。
「あの、いいんですか?」
「なにが?」
「いえ、あの、帰宅予定の時間が」
「まだ全員揃っていないから、まだ帰れないわ」
全員、揃って、ない?
「マリア……まさか、忘れている?」
「なにをですか?」
「殿下も一緒に帰らないとならないのよ?」
……。
あ!
「……忘れてたわね?」
「……すいません」
……そういえば、殿下がいらっしゃったんですよね。お恥ずかしい限りですが、お姉さまと一緒にいられるのが嬉しくて頭からすっかり抜けておりました。
「アッハハハハハ! 忘れられてやんの! ウヒャハハハハハヒャハ! イーッヒッヒッヒ! ウヘヘヘヒハ!」
エルトさん笑いすぎです!
「……あの、それで殿下は?」
「もうすぐ来るのではない? 予定は伝えてあるのだし」
「そんないい加減な……」
「次期皇帝なのだから、そのくらいは心得ているわよ。ね、旦那様」
「心配ご無用でござる」
お姉さまもお義兄さまも特に心配していない様子ですが、国の重要人物であり自分達の仕えるべき主で、護衛対象である殿下に対してちょっとおざなり過ぎませんか?
「クヒヒ、大丈夫だって。あいつもそれなりに修羅場は潜ってんだ。街歩くぐらいどうってことないって」
まだ笑いの余韻が抜けてないエルトさんも太鼓判を押しているので、そういうものだと思いましょう。
「で、クマよ。息抜きはできたかよ?」
「十分に」
「そりゃよかった」
エルトさんとお義兄さまは、なんと言いますか、
「気安い友人、に見えますねぇ」
「あ? なにが?」
思わず呟いてしまった言葉を、エルトさんに聞かれてしまいました。
「エルトさんがお義兄さまと話すときは、なんと言いますか、雰囲気がまた違うんですよね」
エルトさんは団長ですから、私も含めて拠点にいる人にとっては上司です。でも偉ぶっている訳でもなく、職場の仲間として仲がいいという感じです。でも仕事上だけの付き合いだけという訳でもなく、プライベートでも仲はいいというもので。
お義兄さまに対しては、仲はいいのですが、仲間内で笑いながら大騒ぎするような類いのものではなく、落ち着いた感じなのです。
「そうかぁ?」
「そうですよ。そう感じました」
「ん~、そっかぁ」
適した表現が見当たらないので、エルトさんにうまく伝わらずに首を捻られてしまいました。
「……話は変わるが、殿下は遅くないかね? 大丈夫なのかね団長君」
お父さまもやっぱり気になりますよね。
「……あ~、んじゃあ誰かに呼び言ってもらうか」
渋々というか、なんだかなげやりな感じでエルトさんが立ち上がりました。
大丈夫だと言っていたのに、しつこく言われて呆れてしまったのでしょうか。
「その必要はないぞ!」
「遅ぇ!」
いきなりの大声にビクリとしてしまいました。
見れば何やら大きな荷物を背負った男の人を伴った殿下がいつの間にかいらっしゃいました。
エルトさんに投げつけられたお菓子の空箱がお顔にぶつかりまして、うずくまりました。
ちょうど角だったようです。
「って、エルトさん!?」
「ええい止めるなマリアルイーゼ! なぁに満喫してんだテメェ! 土産満載してんじゃねぇよ!? しかも勝手にウチの人員つかってんじゃねぇ!」
「ぬぐぐ……仕方がないではないか。【獅子の咆哮】の菓子を皇族が所望しているのだ」
あ、そういうことですか。
ここのお菓子はおいしいですからね。
「これらを買ってくることを条件に色々と調整してもらったのだ。買っていかねば女衆になにをされるか……」
「んじゃ没収すっか」
「やめろぉっ! それだけはやめろぉっ!」
配達ご苦労様です。
こちらに置いてもらえれば後はやっておきますので。
あ、はい。ご丁寧にありがとうございます。
これをエルトさんに? はい、渡しておきます。
お義兄さま、任せてよろしいのですか?
「お前ほんと使えねぇな」
「お前が変なことを言わなければ私がやっていた!」
などと言い争いが続く間に、お兄さまたちやお義兄さまが手分けして殿下のお土産を運んで行きました。
箱がちょっとひんやりしているようで、保冷剤も入ってるんですかね。
その横でお父さまお母さま、お姉さまの三人がテーブルセットを片付けてしまいました。
手慣れてません?
「おーし、んじゃゲート開くぞー。クマ、忘れ物ないよな?」
「大丈夫でござる」
「おい、そう急かすな。茶の一杯くらい……」
「強制送還だオラァッ!」
「ぬぅあっ!?」
殿方は荒々しいです。
ゲートを開いたエルトさんが殿下を放り投げてしまいました!
「それでは、我々はこれで」
「皆、元気でね」
スルーの方向で話が進んでいます!?
「マリア。いいこと? いちいち気にしない方が人生は楽よ」
「お姉さまになにがあったんですか!?」
どんどん進んでいく話に追い付けません。
「待てぃ! まだ話は終わっておらん!」
あ、殿下が戻ってきました。
髪の毛も服もぐしゃぐしゃです。
「んだよ?」
「エルトリート、残念ながら用があるのはマリアルイーゼ嬢だ」
私、ですか?
殿下は手櫛で髪を整えつつ、私の方に歩いてきました。
ジッと見つめられると、少々居心地が悪いのですが。
「マリアルイーゼ嬢。君に、提案がある」
殿下は何故か顔を近づけ、内緒話をするかのように声を潜めて話をし始めます。
殿下は目がつり目がちで、背も大きくて、為政者としての威圧感もあって、近距離では少々怖いです。
「……な、なんでしょうか?」
「なに、そう怯えることはない。君にとっても有益な提案だ」
も?
「私と婚約してほしい」
「は!?」
突然の発言に大きな声をあげてしまいました。
慌てて口を手で押さえましたが、そもそも殿下が私に近付いてきた時点でこの場の注目を集めているので、皆がこちらを見ています。
「殿下、そ、そのようなお戯れは……」
「私は本気だ。君のような女性を俺は必要としている」
殿下の目は……真剣でした。
「そんな、急に、言われても……」
「悪い話ではないはずだ。王妃としての教育を施されている君ならば私の補佐としても十分やっていけるし、私の疲れを癒してもくれるだろう。なにより、私と共にいれば大好きな姉ともすぐに会えるぞ?」
確かに、私は王妃になるための教育は受けています。ですが私が受けたのはリュオメンのためのもの。外交のために他国の事も教えてもらいましたが、それらは全て予備知識、基礎知識に過ぎません。
もし仮に、私が帝国へと行くのでしたら帝国のための教育を受けるということで。
「ふふ、そなたは真面目だな」
「え、あ」
思考に没頭してしまっていた私は、殿下の苦笑によって現実へと引き戻されました。
殿下は相変わらずジッと私を見つめていて。
「悩むということは、脈はあるようだな」
いえ、悩むと言いますか……。
お姉さまと会えるのは魅力ですが……。
「今すぐ結論を出さなくてもいい。後日、ここで開催される豊穣祭とやらに招待されているから、その時までに決めておくといい」
私が何を言おうか迷っていると、殿下はそう言って、いきなり膝を着きました。
右手を取られ、口付けをされてしまいます。
「願わくば、私にとっての最良の答えを」
そ、そんな事を言われても……。
混乱していた私は、気がつけば自分の部屋のベッドに腰かけていました。
◇◇◇◇◇
「あっはぁ……見ぃつけたぁ。こんなところにいたなんて……悪い子だなぁ。でも大丈夫だよぉ……すぐに迎えに行くからねぇ……愛しい、愛しいぃ僕のマリアルイーゼ」
さぁて、ようやく物語が動き出せ……るといいなぁ(遅筆。




