第二十九話 遊んで、帰りましょう。
早いもので、季節はもう秋です。
この季節になると、どこもかしこも慌ただしくなります。秋は実りの季節。そして来るべき冬への準備期間なのですから。
拠点は広大な森の端を切り開いてできていて、裏門を出れば畜産区画と農業区画が広がっています。
農業区画は野菜や麦を作っている畑がメインですが、一部にお米を作る水田もありました。エルトさん曰く、全力を出したとのこと。おかげで私もお米をおいしくいただいております。
農業区画などを越えていくと鬱蒼と生い茂った森があって、そこからは野草や木の実などの自然の恵みがたくさん採れるそうで、拠点の皆さんには重宝されています。
それでも拠点の全員分を賄える訳ではなく、他の多くは貿易して揃えているそうです。
だからこそ、夏の暑い日でも商人さんたちが行き交っていた訳ですが、今はそれを上回るほどの大賑わいです。
何故なら拠点は大陸でも北方にあるので、冬の時期になると雪に埋もれることもしばしばあるとのこと。
ですので、冬の間に使うものを今から大量購入して蓄え、保存しておくのです。
ただ、その前に拠点では一大イベントがあるのです。
それは、豊穣祭。
唯一神であり、豊穣を司っている大地母神の女神さまへ収穫の感謝と、来年の豊作を祈る神事です。
神殿で感謝の祈りを捧げ、その年に収穫したものを料理して美味しくいただくのが通例です。が、【獅子の咆哮】では街を挙げての大騒ぎだというのです。
多くのお店が大セールを開催して、屋台も勢揃いするそうで、長い冬の前に騒げるだけ騒いでしまうとのこと。
日本ではお祭りといえばこちらなので、どこか懐かし思いますね。一人だったので行ったことはありませんが。
話が逸れました。
それで今日はお祭りの準備期間中なのですが、お姉さまがこちらに遊びにきた理由はと言えば。
「念願叶って、ようやく拠点に来られましたが、大変賑わってござるな」
「本当に。帝都と遜色ありませんね」
お義兄さまとお姉さまが街並みを見て感嘆しています。
「お姉さまはともかく、お義兄さまも初めてなのですか?」
「そう。以前から機会があればとお誘いはいただいていたのだが、仕事もあり、中々暇がなかったのでござる」
「でも、ようやく休暇も取れましたし、私もようやく復調しましたから、丁度いいタイミングでしたね」
「ご迷惑おかけしました……」
「気にすることはないわ。マリアは何も悪くないのだから」
私が罪人として捕らえられてからの一連の騒動で、お姉さまは体調を崩されてしまいました。
お姉さまを愛しておられるお義兄さまも心配で食が細くなり、仕事に手が着かなくて、一時期は皇太子殿下の護衛任務を解かれる話が持ち上がったそうです。
悪いことは重なり、日に日に衰弱していくお姉さまにさらに追い討ちでリュオメン王国から罪人の家族を引き渡せと使者がやってきて……。
それを一喝して送り返したのが皇太子殿下だそうで。
「その節は大変お世話になりまして」
「いや、構わん。エンドバルトは私の大切な部下であり友人だ。その妻であるモールグリー夫人も今や帝国の臣民の一人。当然のことだ」
本当にありがたいことです。
それからは家族が動いてくれた事でエルトさんたちに保護していただいて、その縁で情報がお姉さまの下へ届き、お姉さまは再び元気を取り戻しました。
再び家族全員が揃ったこの幸運。本当にありがたいことです。
ただ、お姉さまもお義兄さまも今は回復しておりますが、憔悴していた事もあり、しっかりと回復するように休暇が与えられました。
以前から拠点に来たかったお義兄さま。
家族と会いたいお姉さま。
お姉さまに会いたい私。
以前から約束していて、丁度いいからと頷いてくれたエルトさん。
タイミングが合ったので、ならば二人を招待して、賑わう街を観光してもらおうということで、今回の訪問となったわけです。
……まさか皇太子殿下まで来るとは思いませんでしたが。
「あら、これは何の屋台かしら?」
「これはクレープですね。薄く焼いた生地に色々と包んで食べるんです。チョコバナナ、甘くて大好きなんです」
「そうなの? ん~、では、チョコバナナとラズベリーカスタードというのを一つずつ下さいな」
「へいまいどー! 美人さんにはちょいとサービスしちゃうからなー!」
「あら、美人なんてそんな……」
「おらクマ、ちょいと大人しくしとけ」
「離してもらおうエルトリート殿。我が妻に色目を使うとは!」
「お世辞だから」
「可愛らしい妻にわざわざ世辞だと!?」
「コイツめんどくさくなってねぇか!?」
お姉さまとクレープを買っていましたら、エルトさんやお義兄さまがバタバタと騒いでいました。
お姉さまがラズベリーカスタードを一口食べれば、その美味しさに笑顔になります。
「ん~、美味しい。このような甘味があるなんて!」
「気に入っていただけました?」
「ええ、とっても! これだと他のも……」
「美味しいですよ! こちらのチョコバナナ、一口食べます?」
「あら、いいの?」
「どうぞ。はいあーん」
「あーん。んー、こちらもおいしいわ!」
「あ、お姉さま、ほっぺにクリームが……」
「あらやだ」
ハンカチを取り出してお姉さまの頬のクリームを拭ってさしあげます。小さい塊でしたからすぐに取れました。
クレープをいただきながら街を歩いていくと、今度はアクセサリー屋さんの店頭でお姉さまの目が輝きました。
「これ、可愛いわね。それに安いわ」
「ここのアクセサリーは本当に可愛らしくて、評判がいいんですよ。私もこれを」
「まぁ、このブローチも素敵! これは宝石? それにしては輝きが……?」
「これは硝子細工です。綺麗な蒼色ですよね」
「まぁ! これが硝子? こんなにも透き通った色が……他にもあるのかしら?」
「店内にはもっといっぱいありますよ」
「そうなの? 何か記念に欲しいわね。これほどの精緻な細工ならドレスにつけても見劣りしないし」
「あ、それならお姉さま。お揃いで何か買いませんか?」
「いいわね、それ! 一緒に選びましょう!」
「はい!」
二人で店内に入りました。
店内は今日も女性客で賑わっていますね。きちんとした宝石を加工して販売している宝飾店もあるのですが、こちらのお店の商品は普段使いが気軽にできるので需要が高いんです。
最初は硝子細工と聞いて、子供向けのものと思っていましたが、こちらの世界では硝子は高級品です。作るのに職人さんが手間暇かけてつくるんですもの。当然ですね。
ただ、拠点ではコストダウンが成功しているらしくて、さらに職人のお弟子さんたちが作ったものがお手頃価格でこうして手に入るのです。
これの売り上げはお弟子さんたちの貴重な収入源になっていて、作る方も気合いが入るそうです。
「これ、素敵!」
「お姉さま、こちらはどうでしょう?」
「いいわね! ああ、目移りしてしまうわ!」
バリエーション豊かなアクセサリーはどれも素敵で、迷ってしまうのは当然のことですね。
お姉さまは吟味に吟味を重ねた結果、薄桃色の花のペンダントを購入されました。もちろん、お揃いで私も。
これは桜の花弁を模したもので、銀細工の上に薄桃色の硝子を嵌め込んであります。
エルトさん曰く、この世界で桜を見たことがないとのこと。遥か東の方へ出向いた時にエルトさんも探したそうなのですが、全く見当たらず、落胆したそうです。
何故そこまで必死に探したのか理由をお聞きしたら、お花見がしたかったらしく……掘り返して木ごと持ってきたいと。
豪快すぎます。
それはともかく、この世界にない、作り物の桜のペンダントを私たちは購入し、まだ名残惜しそうにしているお姉さまの背中を押してお店をおいとましました。
あまり長居するのも、他のお客さんに迷惑ですからね。
それに、まだまだお店は沢山あるのですから!
次は……お洋服などいかがでしょうか?
「あらぁ? マリアちゃん、いらっしゃぁい。今日はどうしたのぉ?」
「こんにちは、ジェシカさん。今日は私のお姉さまが遊びにいらっしゃったので、一緒にお買い物をしてるんです」
「まぁ! そうだったのぉ? ならゆっくり見ていってちょうだい?」
「はい、ありがとうございます!」
ジェシカさんには本当にお世話になっております。
お洋服を買った際に微調整もしてくれたり、個人個人に似合ったお洋服を選んでくれたりとしていただいて。
「……マリア?」
「はい? どうしましたお姉さま?」
「……あの方は、男性?」
「男性ですが、女性ですよ?」
私も初めてお会いした時はとても驚きました。ですが心が女性でとても心優しく、凄腕の職人さんでもありますから、今ではもう気にもなりません。
「ここの服はとても着心地がいいんですよ。お姉さまも一着いかがですか? あ、でもお屋敷ではドレスでしたか?」
「ええ、そうね」
「う~ん、それでしたらこのワンピースなどいかがでしょう? これなら室内用でゆったりと着られますし、華美すぎず地味すぎず」
「まぁ、このようなものがあるなんて……素敵」
「女の買い物ってなげぇ……」
「そう言わず、男は黙って付いていくのみでござる」
「目、虚ろだぞ」
「ぬぅ……」
「そんなに待つのが嫌ならば、屋敷に呼べばいいのだろう?」
「お黙りやがれ。出入りの商人じゃねぇんだぞ? 欲しけりゃ店まで出向く。それがここの流儀だ」
「あの宅配とやらは?」
「あー、時と場合による?」
「便利な言葉でござるな」
お姉さまもこのお店の品質の素晴らしさに目を輝かせ、いつの間にか十着以上も買い込んでしまいました。
「これなら屋敷内なら問題ないわ」
「お買い上げ、ありがとう。またのご来店、お待ちしてるわぁ」
「ええ、また来ますわ。きっと、必ず!」
大変満足なご様子です。
「お待たせしました、旦那様」
「お待たせしました、エルトさん」
店の外に出ると、もう日が暮れ始めていました。夕焼けが綺麗です。
そんな中、エルトさんたちはどこから持ってきたのか、椅子とテーブルを用意してお店の脇で食事をしていらっしゃいました。
並べられているのはどれも屋台のもので、男性らしく脂っこいものばかり。
栄養偏りますよ?
「おー、終わった?」
「うむ。長かったな」
「エリス、荷物をこちらへ」
「ありがとうございます、旦那様」
お義兄さまがごく自然にお姉さまの荷物を受けとりました。
紳士ですねぇ。
「んじゃ、むぐ、いくか~」
もう、エルトさんったら。お行儀が悪いんですから。
もうすぐ食べきるくらいの物を口の中に放り込んで、まだ半分くらい残っているものや椅子とテーブルを片していきます。
あ、屋台の人から借りたんですか?
ご迷惑おかけしました。
「んで? 次はどこ行くんだ?」
「えーと……」
「もう日が暮れる。今日の所は終いにして、明日にまわすというのは? エリスもご家族とお会いしたいのではなかろうか?」
「そうですね。今日はここで」
もう時間も遅くなってしまいました。
お姉さまたちは二泊三日のご予定なので、まだまだ時間はあります。
今日は帰って、皆でご飯を食べましょう。
「んじゃ、マリアルイーゼ、後は道案内よろしく。積もる話もあるだろうけど、あんま夜更かしすんなよ~? 寝坊しちまうぞ」
「もう、エルトさんに言われたくありません!」
「なはは、そりゃそうだ! じゃ、またな~」
「はい、エルトさんも寄り道しないでくださいね」
「あいよ~」
ヒラヒラと手を振りながら、エルトさんは雑踏のむこうに歩いて行きました。
エルトさんは不良さんですから、夜遊びも平気で、夜更かしばかりです。もう少しだけ自重して早く寝れば朝もスッキリ目覚めるんですけどね。
「さ、お姉さま、お義兄さま、ご案内しますね」
「……」
「……」
「? どうしました?」
お姉さまたちが目を大きくして私を見ていますが、何かあったのでしょうか?
「マリア」
「はい?」
「団長さんとは、恋人なの?」
「ふぇ!?」
こ、恋人ですか?
どこをどうしたらそうなるのでしょうか!?
「だって……男性と距離を置くマリアがあそこまで親密そうに振る舞うなんて」
「しかも、からかい混じりで」
「そ、そんなにおかしかったですか?」
確かに、家族以外の男性にあまり免疫がなくて必要な時以外は近づきませんでした。最後の方は婚約した身ではみだりに異性に近づいてはいけなかったのでより距離をとっていました。
……あ。
そうして見ると、エルトさんとはとても近しい……ですよね?
…………。
……あう。
「あらあら、まぁまぁ。この子ったらお顔が真っ赤ですわ」
「……自覚がなかったのでござる」
「もう! 早く帰りましょう!」
ち、違うんです! これはただ驚いただけで別段深い意味は無くてですねエルトさんは男性ですが一緒にいても全くなんと言いますか緊張もなにもしなくてとても自然体でいられるので大変ありがたいのですがそれだけであって他意はなくてでですね!
「マリア、マリアルイーゼ、もう言わないから、置いていかないで」
「はっはっは」
あ、いけません。
きちんと案内しなくては。
「新居はこちらです!」
「おお、いい屋敷でござるな」
「ええ、本当に……」
お二人とも、驚いていらっしゃいますね。
以前が貴族だったとは言え、今はただの一般市民。しかも着の身着のまま、身一つで国を追われたのです。
そんな人間が保護してもらえただけでもありがたいのに、お仕事や、家族が住める館まで用意していただけるなんて、本当に有り難くて……。
「さ、お姉さま、お義兄さま。どうぞお入り下さい」
「ええ」
「では」
玄関を開ければ、そこには──。
『おかえり!』
お父様、お母様、ファルガーお兄様、ツヴァイスお兄様、トリステスお兄様、家族全員でお出迎えです。
「あ……」
「お姉さま、お帰りなさい」
「……あ、えっと……只今、戻りました」
「お義兄さまも」
「某も? 義父上、義母上、義兄上たち、只今、戻り申した」
『お帰りなさい!』
家族が家に帰ってきたら、ただいま、お帰りなさい、ですよね。
皇太子
「誰か、私を思い出せ……今日の宿、どうしよう」




