第二十八話 歓迎、姉夫婦+α
お姉さまに久しぶりにお会いできた事が嬉しくて舞い上がってしまいましたが、気を取り直して一旦仕切り直しです。
挨拶は大事です。
「改めて、お久しぶりでござる。本日は不躾なお願いに応えていたたき、誠に感謝しておりますぞ、エルトリート殿」
「相変わらずかったいなぁ、お前は。ま、それが良いところか。歓迎するぜ」
エンドバルトお義兄さまが挨拶した後、今度はお姉さまの番です。
「お久しぶりです、エルトリート様。エリスティナ・モールグリーでございます。本日は本当にありがとうございます」
「ああ、お久しぶり。別にいいさこれぐらい」
エルトさんが肩を竦めて、何でもないことのように答えます。
以前、お姉さまと帝国で再会できるようにお力添えをして下さったエルトさん。その時にお姉さまとは面識があるそうです。
不思議なものですね。
お姉さまとご結婚なされたエンドバルトお義兄さま。お義兄さまと以前から親交があったエルトさん。エルトさんに助けられた私たち家族が、その伝を辿ってお姉さまと再会できるなんて。
「……んで、そっちの不審者は?」
「え? あ」
エルトさんに言われて初めて気が付きました。
先ほど転移門を開いた場所にフードのついたローブをきた人がひっそりと立っていました。顔は口許が見えるくらいで……男性でしょうか? ローブの生地が薄いみたいで、体格的にそうでしょうか。
「お姉さま、あちらは……?」
今回の訪問にはお姉さまご夫妻だけと聞いていたのですが。
「……そ、それがね。あの、ね」
「う、うむ」
何か歯切れが悪いです。
一体どなたなのでしょう。従者という雰囲気でもなさそうですね。
「俺さぁ、二人だけって聞いていたから快諾したんだぜ? あんま大人数だと相手すんのもメンドクセェし。追加がいるんならちゃんと予約してくんねーと困るんだぜ皇太子さまよ」
「……悪かったな」
「ええ!?」
フードをとったら、まさかの皇太子殿下でした!
ディクスランパート・オルダ・フリニスク皇太子殿下。エンドバルトお義兄さまが忠誠を誓っておられるフリニスク帝国の次期皇帝陛下となられる御方です。
「し、失礼しました!」
「いいって、マリアルイーゼ。今は無礼講なんだから」
「で、ですが……」
「勝手に着いてきてデカイ顔する奴じゃねぇから。そんなバカなことしたら、どんだけ考え無しかって話だ。なー皇太子さまー?」
もうエルトさんったら、そんな事を言っては──。
「いや、構わない。そ奴の言う通りだ。今回の事は私の我が儘。いない者として扱ってほしい。
「んじゃ一人で遊んでてくれ」
「エルトさん!?」
いくらなんでもそれはありえません。
皇太子殿下の身に何かあればエルトさん、ひいては【獅子の咆哮】に咎が及んでしまいます。
「だってなぁ……ってかお前、何で来たんだよ? そもそもの話、お前が帝国から出ること自体がおかしいんだろーが。政務はどうした、お忙しいんだろ?」
「随分と機嫌が悪いな、エルトリートよ」
「お前みたいな自分の影響力を自覚しない権力者には関わり合いたくねぇんだよ、平民はな」
ああ、そ、そんな事を素直に口にして良いのでしょうか? いくらエルトさんが友人関係を築いているとは言え、あまりにも辛辣すぎるのでは……。
「ククク、やはりお前と関わると見識が広がるな。そう言ってくれる者は周囲にいないのでな」
「うわぁ……」
え……皇太子殿下って、辛辣な事を言われて喜ぶのですか?
「……おいクマよ、お前の上司だろ何とかしろよ」
「すまぬ、エルトリート殿。どうしてもと頼まれてな」
「いや止めろよ。仕事させとけよ」
「安心しろ。政務は滞らないように調整してきた。安心するがいい」
「お前がここにいるだけで安心できる要素は無い!」
男の人って、辛辣な事を言っても友人だと許容できるものなんですね。
「お姉さま、止めなくてよろしいんですか?」
「ふふ、大丈夫よ。旦那様から聞いた話だと、いつもああいう事をしているらしいわ。お互いにそれを許容し合ってるのよ」
そういうものなのですか。
男性の友情って奥が深いんですね。
「でもお姉さま。皇太子殿下がご不在ですと、何かあったらどうするのですか?」
いくら仕事の方は大丈夫とは言え、一国の重要人物のお一人である所の皇太子殿下の身に何かあれば、それは──。
「ふふ、エルトリートよ。ご令嬢を安心させるためにも万全の警備を頼むぞ?」
「安心しろ。てめぇの死体は執務室にでも転移しといてやる。後は知らん」
「貴様ぁっ!」
「ハッハッハッ!」
あれは……仲がいいと呼べるんでしょうか?
殿方の友情は複雑怪奇です。
「大丈夫よマリア、旦那様がいればちょっとやそっとの事では大事にはならないわ。何せ帝国が誇る決戦存在なのですから」
「まだ候補でござる」
お姉さまが誇らしげにお義兄さまを見つめ、照れ臭そうにお義兄さまが補足しました。
お義兄さまならば時間の問題だと思います。
決戦存在。
魔法という超常の力が存在するこの世界では、なんとたった一人で軍勢と戦える強さを持つ人間がいるのです。
それが決戦存在──国の誇る最強戦力なのです。
私も王国にいた頃、王妃教育の一環として聞きましたし、実際にお会いしたこともあります。
……でも、正直に言いますと、筋肉がすごくて強面の方は皆さん強そうに見えるので、見ただけでは違いが分かりません。
「でも、今日はお姉さまたちだけのはずだったんですよね?」
「……ええ」
「致し方なしでござる」
何でしょう。
この、気楽な休日に会社の社長とばったり出会ってしまって、強制的に同行せざる得なくなった時のような空気は。
「よし、お前邪魔だから帰れ。ってか強制送還したる」
「よせ! 私だってたまには息抜きしたい! 以前お前も言っていたではないか、機会があれば拠点に招待すると!」
「今はその時ではない」
「頼む!」
皇太子殿下……。
威厳が……。
ん、んんっ。
少々のトラブル(?)はありましたが、何はともあれ、無事にお姉さまたちをお迎えすることができました。
「そういや、マリアルイーゼは昼飯食ったんか?」
「あ……まだ、です」
うう。お姉さまに会えるのが嬉しくて失念していました。
「そっちはどうよ? 茶ぁしばいてたけど、飯は?」
「茶、しば? 意味はわからぬが、昼食はまだとっておらぬ。菓子はいただいたが」
「ええ。待っている間に軽くつまむくらいです」
「私もまだだな」
「てめぇは雑草でも食ってろ」
「食えるか!」
一気に賑やかになりましたね。
「じゃあ折角だし、屋台で買い食いしつつ回るとすっか」
「買い食いですか。いいですね!」
今まで買い食いという行為をして来ませんでしたが、拠点に来てからその楽しさをしりました。
王都では移動は馬車でしたので、街中を歩くこと自体珍しいことでした。
友人たちとお喋りしながら、軽食をつまんで歩くだけでも面白くて、皆で別々のものを頼んでシェアするのも楽しいのです。
今日はお姉さまとシェアしましょうそうしましょう。
「そんな……歩きながら食べるなんて、はしたないですわ」
「そんなことありませんよお姉さま! 楽しくて美味しいですよ?」
「あら、そうなの? それなら楽しみだわ」
「はい!」
拠点はお店も多種多様で、一日では回りきれないくらいですが、屋台も豊富なのです。
本格的にお店を開く方もいますが、そこまでは……という方は、移動式の屋台を作ってもらってそれで営業しているんです。
やりたい時にやって、休みたい時は休む。自分の好きにやれるのが人気だそうで。
ですから毎日営業している屋台もあれば、ごくたまにしか見かけない屋台もあったりと、個々の特色が色濃く出ています。
お店のラインナップも食べ物関係が多いですけれど、アクセサリーだったり自費出版の本や写本したものを売っていたり、似顔絵を書いてくれるものもあるんです。
「ま、歩きながら見て、食いたいもんが見つかったら買えばいいだろ」
「ええ。では行きましょう、お姉さま」
「ふふふ、ではエスコート、お願いねマリア」
「はい!」
お姉さまと腕を組んで、さっそく街に出掛けましょう。




