第二十六話 先生との語らい
今日も終業の鐘が鳴り、校内が一気に騒がしくなります。
「マリアせんせー! またあしたねー!」
「せんせーさよーならー!」
「はい、さようなら。気を付けて帰ってねー」
年少の子達が元気に走り去っていきます。転ばないか心配です。
さて、私も職員室に戻らなければ。
戸締まりを確認して、と。
窓の施錠よし。忘れ物なし。教室の施錠もよし。
「あ、マリアルイーゼ先生。お疲れ様です。授業の方はどうでした?」
指差し確認をしていたら、ジャック先生から声をかけられました。
「お疲れ様ですジャック先生。皆静かに聞いてくれてますよ」
「流石ですね……あの落ち着きのない子供たちが大人しくするなんて」
「そうですか?」
素直で可愛い子達なんですけどね。
「僕らだと静かにさせるのも一苦労で……元気なのはいいんだけど……やっぱりマリアルイーゼさん、教師として働きません?」
「そ、それは……」
私は先程まで年少クラス(一年生)の授業を受け持っていました。
担当の教師のアラクニア先生が急病でお休みになってしまい、急遽私が代理として担当することになったのです。
教科は計算。つまり算数です。足し算引き算の簡単なものですので、前世の小学校で教わったように動物や果物などを使って授業をしてみたのです。
そうしたら皆楽しく授業を受けてくれました。
こうして見ると、教師になるのも悪くはないと思います。
ジャック先生のお誘いも有り難く思います。
ですが、私は躊躇してしまいます。
だって、他にもお誘いいただいていて困っている最中なんです……!
キャナルからは副長さんの所で事務員を、リリィさんからは店員を、アトルシャンからは治癒魔法を習って癒し手を、服屋のレライエンジェシカさんからは試着して広告塔兼店員を、畜産区画のウィンケリーさんからは動物の赤ちゃんの世話を……たくさんの人から是非にと言われました。
断るのもどうかと思いましたが、やるからには責任を持たねばなりません。でもいきなりは無理ですので、考える時間をもらったのです。それが積もりに積もってしまいまして……。
エルトさんに相談したのですが、
「ハハッ、引く手数多だな。なんかバブルの時みてぇ」
軽く言われてしまいました。
ちょっとムッとしてしまって、おかずを一品減らしてしまいました。
エルトさんも私も世代が違いますが、バブルと呼ばれた時代はそれはすごかったと聞きます。会社が社員獲得のために接待紛いのことをしたとかどうとか。
就職氷河期と言われた時代の人間からしたら羨ましい限りです。
……この現状は、それと似たようなものでしょうか?
何故こんなにお誘いいただけるようになったのかと言うと、何やら私の雰囲気が明るくなったらしいのです。
あまり変わらないと思うのですが。
「ええと、その件は……」
「あ、ごめんね。今すぐじゃなくていいよ。むしろ駄目なら駄目でいいから」
そう言われてしまうと、申し訳なくて。
今まではこちらがお願いして働かせてもらう事が普通だったのですから。
本当にありがたく思います。
「拠点に来てからまだ日が浅いですが、私もこのままでは駄目だと思います。せっかく助けていただいた命ですから、【獅子の咆哮】の皆さんへ恩を返せるように働いていかなくてはならないとも。
ですが、軽い気持ちであれもこれもと出来るほど器用でもありません。
我が儘でしかありませんが、よく考えて、しっかりとお役に立てる道を選びたいのです」
ジャック先生に私の考えを述べると、先生はポカンとしてしまいました。
やはり、我が儘でしたか……。
教師として働いているジャック先生からすれば何を言っているんだ、と困惑してしまうくらい子供の理論ですよね。
せっかく就職のお誘いがあるのだから、さっさと働くのが……。
「いやいや、マリアルイーゼさん? 器用じゃないって……本気で言ってる?」
ああ、ジャック先生が疲れたように。
やはり私は……。
「リリィの所でウェイトレスをやった時は複数の客が一斉に言った注文を全部とは言わないけれど聞き分けて、誰がどの注文をしたのか把握したらしいよね? しかも接客が丁寧で安心して任せられたって言ってたよ」
「リリィ経由だけど、キャナルさんの所で書類整理をしたら文字も綺麗で計算も早くてミスが無かったから即戦力だと聞いたし」
「なんでも治癒魔法の基礎は出来ているから、癒し手としてもやって行けるとも聞いたよ? 患者さんに対しても丁寧で、病院の方でも助手に欲しいって」
「ジェシカの店の店員は厳しい選考を潜り抜けないとなれないんだよ? 職業意識が高いから求められるレベルが段違いで、拠点内じゃなりたい子が多いって聞くよ。店員になるのは一種のステータスだって」
「畜産区画で動物の世話は一握りの人間しか任せてもらえないんだ。やりたくても責任者のウィンケリーさんが許さない。彼が君に任せてもいいと言うのなら、それは彼に認められたということだ」
……え?
「君は器用じゃないって言うけれど、これだけの人から必要とされているんだ。それだけ君の能力が高いという事なんだ。これは誇っていい事だよ」
そうなんですか?
「だから、卑屈にならないで。それに、二つ返事で了承するのではなく、よく考えて選ぶのは間違っていない。むしろここでは好感が持てる事だ。
悩んで、自分で納得して、それで出した答えなら皆受け入れてくれる。
僕だってここに来た時はそうだったから」
「ジャック先生も、悩んで?」
「うん。それで教師となったんだ」
そう、だったんですか。
ならば私も。
「頑張ります!」
「ハハ、無理しないでね。
あ、ごめんね。話し込んじゃった。マリアルイーゼさんはこの後、何か用事は?」
え? あ!
いけません! この後は大事な用件があるんでした!
「すいませんジャック先生、私、急いで帰らないと!」
「急ぎですか?」
「はい!」
何て言っても、今日これから、
「お姉さまが遊びに来るんです!」
お迎えの準備をしなくては!




