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第二十三話 ピクニック④

 涼やかな風が流れていき、食事で火照った体に心地いいです。

 けぷ。

 いけません。食べすぎました。

 鉄串に刺したお肉やお野菜を始め、捕ったお魚や事前に用意していたソーセージに、何故か増設された竈で焼かれたピザなどなど。もうこれバーベキューじゃないですよね?

 ともかく、たくさんのお料理が並べられ、それがすべて綺麗に完食されました。

 皆でワイワイとお喋りしつついただく昼食はことのほか美味しくて、いつも以上に食べてしまいました。特にデザートのアイスが美味しくて……。

 キャナルもエムリンちゃんもそこまで量は食べられないと言っていましたが、やはり私と同じくついつい食べすぎてしまったようです。

 ミティは運動をよくしているためにたべる量は普段から多く、フェデリアは……マヨネーズってすごいですね。

 意外な健啖ぶりを発揮したのはアトルシャンです。スタイルがいいのでカロリーを気にしているのかと思いきや、一口一口は少ないのですが一定の速度でお肉を食べていくのです。

 フーちゃんも食べすぎたようで、ぽっこりお腹を刺激しないよう仰向けで寝転がってました。大変満足げに。

 あと、男性陣なのですが、やはり殿方は沢山食べますね。大きなお口で大きなお肉やお野菜を一口でペロリ。ソーセージをパクリ。ピザもステーキも焼き魚もモグモグと。

 皆で食後のまったりとした休憩をとってから手分けして調理器具を片付け、今は自由時間です。

 私はまだお腹が苦しいのでレジャーシートを出してもらい、日向ぼっこです。

 キャナルとアトルシャンは二人で湖の周囲を散策中。食後の腹ごなしって言っていました。

 ミティとエムリンちゃんとお兄様はフーちゃんと遊んでいます。正確にはミティとエムリンちゃんがフーちゃんをけしかけてお兄様を追いかけ回している状況です。

 あんなに可愛い子犬に、必死に逃げ回らなくてもいいと思うんですが……。


「けぷ」


 いけません。はしたない。


「さすがに食い過ぎたか?」

「はい。こういう外食は初めてなので、楽しくて、美味しくて、つい」

「外食……うむ、外で食べるんだから外食か」


 私のすぐ側にはエルトさんが寝転がっています。

 レジャーシートが有るのですから使えばいいと進言したのですが、断られてしまいました。広いので詰めれば十分二人で使えるのですが、エルトさんは芝生の上で寝る方がいいようです。


「ほれ、テレビとかで土手とか原っぱとかに直接寝転がるのを見たことあるだろ? あっちじゃ、そんなことやってると変な目で見られるけど、こっちじゃ普通にできるしな」


 あぁ、そういえばそんな光景を見た覚えがあります。ですが、そこまでしたいことなのでしょうか? ここの所は男女の意識の差でしょうか。

 でも、テレビという単語を自分以外の口から聞くと、何でしょうか、変な感じですね。

 私とエルトさんの共通点。前世日本での記憶があるということ。

 記憶を取り戻してからの私は貴族令嬢としての生活をしてきました。

 生活様式は西洋のもの一辺倒で、最初は戸惑うものも多くありましたが、何年も過ごしていれば慣れてしまいました。

 でも、心の何処かで日本の物を渇望していた自分もいるのでした。

 拠点に来て、エルトさんと食卓を共にすることが多くなってからその思いは叶えられました。

 日本で使われていた調味料があって、家電があって、食材があって。エルトさんのリクエストもそうですが、私が食べたいと思ったものも作れる環境が整っていました。

 たまに足りない道具や食材がありますが、エルトさんに伝えるとどこからともなく調達して来てくれたりします。

 そうして作ったお料理を、二人で食べて、エルトさんはおいしく食べてくれます。

 嬉しいと、心から思います。

 こればかりは、家族とも共有できないものですから。


「エルトさん」

「ん~?」

「エルトさんは、前世の記憶についてどう思いますか?」

「おう?」


 私の質問に、エルトさんが体を起こします。


「どした?」

「エルトさんも、私も、日本人の記憶を思いだしました。でも、どうしてこんなことが起きたのでしょう」


 日本で暮らしていた時に前世占いなるものがあると聞いたことがあります。あまり興味が無かったのでどのような事例があったか覚えていませんが、こうやって前世の記憶を思いだしたという人はいたのでしょうか。


「そりゃあれか? 前世の記憶を思いだしたのには、何かしらの理由があるんじゃねぇか、ってことか?」

「はい」


 物事には原因があって、過程があって、結果があります。

 前世の記憶を思いだしたという結果がこうしてあるのですから、それに対する原因があると思うのです。

 何故そうなるのかが分かりません。

 エルトさんはどうなのでしょうか?


「……わからん!」

「えぇ……」


 思わず変な声を上げてしまったのは、不可抗力です。


「だってよ、いきなりだぜ? 気がついたら子供の体になってんだぜ? 意味わかんねーって」


 そうなんですよね。

 私もいきなり子供の体になっていて、家族や使用人がいる貴族生活でした。

 エルトさんの方は気がついたら農村の子供になっていて、魔法が使いたいからと村を飛び出したと言っていました。

 男の人って、そういう所すごいですよね。私では絶対に無理です。


「どうしてそうなるか、なんて悩んだ所でどうなるもんでもないし? 人はどこから来て、どこへいくのか。そんな哲学的な事と一緒でたかが人間ごときじゃ答えなんて出やしねーって」


 手をヒラヒラと振りながら、エルトさんは投げやりに答えます。

 そういうものでしょうか?


「こうなったのはもう、そういうもんだと諦めて、ここで生きるしかないんだ。前世の記憶を封印するなんて神様じゃない俺らには無理だしな。それとも……」


「マリアルイーゼ。この世界は嫌いか?」


 ……嫌い、とは言い切れません。

 確かに、嫌なことがありました。もう一度同じ事をしろと言われれば全力で拒否したいことが。

 でも、ここには、家族が居ます。

 友達も、出来ました。

 それに……。


「私は、ここにいたいと、そう思っています」


 僅かに鼓動が早くなるのを感じつつ、しっかりと口にします。


「ん。ならここにいろよ。俺はそれを歓迎するぜ」

「……はいっ」

「アフッ!」


 あら?

 私の返事と同時にフーちゃんが尻尾を振りながら飛び込んできました。

 よしよし。どうしたの? 


「フーはマリアルイーゼが好きなんだな」

「ふふ、そうなのフーちゃん?」

「アフッ!」


 もう可愛い!

 お腹がモコモコしてていい気持ち。


「マリア~、キャナルたちがおっきなキノコを見つけたって~。見に行こ~」

「きのこ、いっぱい」

「え、あ、はい!」


 おっきなキノコですか。

 どのようなものなのでしょう。


「おいこら! それ赤くてブツブツのある奴じゃねぇだろうな!? 毒あるぞそれ!」

「「え」」


 た、大変です!

 毒キノコなんて!


「そんなのあるんだったら先に言ってよ~」

「きけんがあぶない」

「しょうがねぇだろ! ここらであれが群生してるなんて思ってもみなかったんだから! ってかアトルシャンなら知ってんじゃねーのか?」

「知らないよ~」

「そ、そんなことよりも早く知らせないと!」

「おうそうだ! 行くぞ!」

「「お~!」」

「はい!」


 私たちは皆して駆け出します。

 青空の下で。

 ちょっと楽しい自分がいます。




 楽しい時間というのはあっという間に過ぎていく、とは以前聞いたことがありましたが、本当ですね。

 あれから皆で現場に急行して、キノコを触ろうとするアトルシャンに抱きついて止めました。ミティが。

 ……走るのは、苦手です。

 何はともあれ。

 皆で楽しく、笑いながらはしゃいでいたら太陽がいつの間にか大分傾いてしまいました。

 今日はこれまでにして、帰宅しなければなりません。今日は日帰りのピクニックなのですから。

 湖からグエッツ村まで移動して、再びの馬車です。


「よーし。んじゃ帰るかー」

「……おい、今からで間に合うのか? 拠点に着く前に陽が暮れるぞ」

「だーいじょーぶだって」


 エルトさんは気にした様子がありませんが、私もお兄様と同じく心配です。

 何せこちらでは夜は真っ暗。街灯はその名の通り街の中にしかなく、街道沿いには何もありません。

 馬車に取り付ける灯りもランタンくらいなものです。

 土が剥き出しでデコボコしていて、グネグネと蛇行している道を、ボンヤリとした灯りだけで乗り物にのって移動するなんて怖くてできません。


「行楽地へは朝早くから出発し、日中はゆっくりしつつ帰りは眠いのを我慢しつつ運転を頑張る。世の父親とはそういうものだ。よく知らんけど」

「しらねーのかよ」

「だって俺、父親の経験ないし」


 ほっ。


「それで、どうするんだ? まさかどっかに泊まるとか言い出すんじゃねぇだろうな?」

「んなことするかよ。こうするんだ。ゲートオープン!」


 エルトさんの周囲に風が渦巻いたかと思うと、何もない空間に魔方陣が浮かび上がりました。


「はいよ。これですぐに拠点に着くぜ」


 わ。わ。

 これはあれですね。私たちでもテレポートできる魔法ですね!


「またこの男は……」

「転移門なんてお伽噺の中のものですよ……?」


 キャナルとフェデリアが何やら頭を抱えていましたが、ちょっと気になった事がある私はその転移門へと歩み寄り。


「うおっ!?」

「あ、どうも」


 転移門の向こう側がどうなっているか覗き込んでみましたら、広い運動場のような場所でした。

 ちょうどそこにいた、拠点防衛戦士団の方を驚かせてしまったようです。あの人は確かレギンさんでしたか。ごめんなさい。

 頭を引っ込めます。


「すごいですね! 拠点の中でした! レギンさんがビックリしてましたけど」


 それを聞いたミティとエムリンちゃんが私と同じように頭だけ転移門へ。

 ……これ、ビジュアル的にちょっと怖いですね。頭が消えちゃってます。

 ということは、向こうには頭だけ出ているということです。

 ごめんなさいレギンさん。


「はぁ。おんこなんべ(男なのに)にゃーせーな(情けない)がっち(もっと)ぐあーゆーちゃらっとしっかりしてほしいのに


 ???

 フェデリアが小声で何かしらを呟いているようなのですが。


「キャナル、フェデリアは何を?」

「あー、マリアは知らなかったわね。実は、フェデリアとレギンって仲が良いのよ。うふふ」


 そ、そうだったんですか。


「お~い、早く潜ってくれ~。これ維持すんの結構キツいんだぞ~」

「あ、はい! ごめんなさい!」

「ふふ。じゃ、帰りましょうか。我らが拠点へ」

「ええ。帰りましょう」


 ◇◇◇◇◇


 全員が転移門を潜ったのを確認してから、すぐさま解除する。

 細かい事はツヴァイスに言っておいたから大丈夫だろ。あいつヤンキーみたいだけど、衛兵やってただけあって仕事は真面目にやるようだし。

 ま、不真面目なら放り出すだけだがな!


「さて、と。んじゃ村長、俺も行くわ」

「ほうほう。また来るときは報せをおくれ」

「あいよー」


 軽く挨拶して、歩き出す。

 ここグエッツ村は、実は【獅子の咆哮】によって運営されていたりする。ま、拠点近辺だけじゃ賄いきれないものは外部から仕入れなければならない。

 かと言って外部からの仕入れに頼りきっていては何かあった時に困りそうなので、結構な範囲でこういった集落で色んなことをやっている。

 ここは景観もいいから保養地的なものでもある。

 だから気分転換にはちょうどいいんだが……。


「どこにでもいるよな、無粋な奴ってのは」


 足を止める。

 昼間、皆で楽しく騒いだ湖。

 明るい時はいい景色だけど、陽が暮れ始めている今は、どこかうすら寒い感じだ。

 オレンジ色に染まる空。ちょっと遠くのものが微かにボヤけて見える、夕暮れ時。

 逢魔ヶ刻、と日本じゃ呼ばれていたな。


「おい、さっさと出てこいよ」


 湖の上。

 何もない空間に呼び掛ける。

 いや、何もない訳じゃない。そう見えるだけで、実際には、そこに隠れている奴がいる。


「出てこねぇなら、消すぞ」

「フッ、口だけは達者だな。矮小なる人の分際で」


 やっぱ開幕ブッパしとくんだったか。

 いや、今からでもするか。


「お前程度でも気付くとは……やはり偉大なる主の御力は素晴らしいものだ」

「ブラスト」


 すっげぇ苛つく台詞を垂れ流されるんで指定した空間を爆発させる魔法を叩き込む。

 さっさと姿を現わせストーカー。


「やれやれ、これだから矮小なる者は」

「いいから姿を見せろ。それとも、テメェは偉そうな事を言う割にはただの小物か」

「我を侮辱するか!」


 怒声とともに叩きつけられるのは、衝撃波だった。

 周囲の地面が凹んだが、それだけだ。

 つーか、この程度の内容でブチ切れるなよ。

 この世界の人間は総じて煽り耐性が低すぎる。ちょっとしたことで面白いように爆発する。


「いいだろう。お前に見せてやろう。我が真の姿を」


 台詞だけならパワーアップする強敵っぽいんだけど、ようは光学迷彩解除するだけだろ。

 うぜぇ台詞を吐いたと思えば、空間が歪みだした。滲み出るようにして姿を現したのは、一人の男。

 古代ギリシャの布を巻き付けただけのような服を着て、長い前髪で右目だけ隠している。見えている左目は切れ長のつり目で、口元は笑っている。

 そして一際目を引くのは、男の背中にあるもの。

 様々な光が揺らめく、翼のようにも見えるオーロラ。

 それは、俺の敵の証だ。


「使徒にしては、やる事がちゃちいんだな? 手下を使って覗き見して、飯時を狙って奇襲。うぜぇから全部速攻で潰したが、おかげで変な目で見られたぜ」


 まぁチョロチョロと手下がいるから指弾で狙撃して黙らせたり、コソコソ集まってたから忘れ物したフリして転移で強襲したり。

 マリアがいるから気付かれる訳にはいかなかった。

 折角の日帰り旅行なんだ。騒動なんていらねぇだろ。


「ほう、使徒を知っているのか。多少の知恵は持っているか。で、あろうな。そうでなければお前のような無価値な存在に我が偉大なる主が意識を向けるはずもない」


 使徒は背中のオーロラを揺らめかせると、ゆっくりと湖の上から地面へと降り立つ。


「我が名は使徒オブリビアン。第三位階に登り詰めし選ばれし存在。人よ、我が偉大なる主のご命令だ。着いてこい。ああ、抵抗は無意味だ。先程もそうだがお前程度の魔法は一切我に通用せん」


 ニタリと、気色悪く嗤いながら使徒は宣い続ける。

 だから返事として、


「ペネトレイター」


 野郎の右腕を肩口から消し飛ばす。

 貫通特化の魔法は奴ご自慢の防御を貫く。

 使徒だ何だと偉そうだった奴は、最初何が起こったのか分からずポカンとして、やがて理解できた現実に金切り声を上げて右肩をおさえる。

 確か連中は痛覚ないとか言ってた気がするんだがなぁ。


「位階が三だったか?」


 地面に倒れてどったんばったんしている使徒。そこにはさっきまでの偉そうでムカつく男の姿はなく、ただ痛い痛いと騒ぐ図体の大きい馬鹿にしか見えない。


「お前らは考えがひどいよな」


 使徒は元はただの人間だ。

 変な儀式をして、力を授かって、悪い意味でヒャッハーする奴らだ。

 確かにその力は魔獣をも軽く凌駕するから、一般人では歯が立たない。

 だから使徒は総じて自分のことを選ばれた存在とか言って傲慢になる。


「あとセンスがひどいよな」


 俺が言えた事じゃないが、布巻き付けただけってどうよ?

 いや、背中のオーロラも含めて奴らの信者は神々しいだのなんだの言ってはいたけど。

 服はまぁ一億歩譲っていいとして、あのオーロラ。言わば使徒の証。あれを綺麗とは絶対に思わない。

 俺からすればあれだ。水溜まりに浮かぶ油みたいでな。ギトギトしたような汚いものにしか見えん。


「んで勘違いも酷い」


 人を超越した力を持ったからか、万能感に酔っている。見ていて気持ち悪い。

 俺の黒歴史が疼く。

 ブーメランが俺の心を抉っていく。


「お前らは絶対の存在じゃない」


 使徒なんて言っても、死ぬし、殺される事だってある。

 ついこの間、最高位の第一位階とかほざく連中を一ダースほど消し飛ばしてきた俺が言うんだから間違いない。


「だから、消えろ」


 魂の一欠片も残さずにな。


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