第三章 鍛錬に励む騎士
飛び出したものの、プリムローズはどこへ行っていいのかわからなかった。父王にはしばらく来るなと言われてしまい、自室へ戻るにも、今更アイヴィーに合わせる顔がなかった。
(シャーロットも、大事な帝王学のレッスンを受けている頃だろうし……。それに、今は誰かに会うような気分じゃないわ……)
ただ、できるだけ遠くへ行きたいと思っているせいか、その足は回廊の突き当りにある階段を降りていた。
ひとまず、プリムローズは内城を出て、城門通りの手前あたりを散歩することにした。
石畳の道をしばらく歩くと、道沿いに植えられた新緑の木々の向こうから、男たちの勇ましいかけ声が聞こえて来た。近くに騎士団の鍛錬場があるのだ。
(ちょっと見てみたい……)
プリムローズはふと、普段は見られない騎士たちの訓練を覗いてみようと思い、植木の間を通って鍛錬場へ向かった。
鍛錬場では、40人以上の騎士たちが数列に並び、一番前にいる副団長マシューの号令に合わせて、サーベルを振るっていた。
「1、2、3! 4! 1、2、3! 4!」
自分の正面に敵がいると想定し、2回連続で斬撃した後、一歩進んで正面へ剣を突き出し、トドメを刺す。そして残心で一歩下がったと思いきや、すぐに剣を真横に薙ぐ――という動作を繰り返していた。
小振りの斬、斬、突き、薙ぎ。この4種類がベリロナイト剣術の基本技である。エヴァンのように全ての技を概ねこなせる者もいれば、ノーマン、ユリエルのような一つの技に特化している者もいるので、たとえ騎士団が剣を極めた者たちといえども、如何なるバトルスタイルの相手とでも戦えるよう、基本の稽古は欠かせない。
騎士たちは剣を振り下ろすたび、光る汗を地面に落とし、喉が嗄れるほど大きなかけ声を上げ、稽古に打ち込んでいた。
(騎士団の訓練って、こんなに近くで見るのは初めて……! 迫力あるわ)
その光景の近くで、プリムローズは訓練の邪魔にならないようにと、生い茂る藪と木々の狭間から身を潜め、彼らを見学していた。だが赤い軍服の集団の中に、異質な存在を見つけ、思わず身を乗り出してしまうところだった。
一番後ろの列の端に、顔を全て覆った兜を被り、鉄の鎧に身を包んでいる者がいた。
彼が剣を人一倍大きく振りあげると、その腕に装備されたガントレットが、隣にいる騎士に当たりそうになる。足運びも大袈裟で、いちいちガシャン、ガシャンと金属音が鳴る。
(何で一人だけ甲冑なの? でも強そう……!)
プリムローズは、訓練に励む騎士たちの様子を見て、少し俯いた。
(……この人たちが命を賭して守る価値なんて、私にあるのかしら)
彼女は父王に言われた、自分の存在そのものに国の命運がかかっている、という言葉を頭では分かっているつもりだった。
しかし、アイヴィーのような自らの危険を顧みずに差し出してくる忠誠に、応えるだけの度量を持ち合わせてはいなかった。
「……」
そろそろ別の場所に移ろうか、とプリムローズは後ずさるとき、足元に転がる小枝を踏んで、ポキッと小さな音を立てて折ってしまった。
「ん?」
基本稽古の終わった騎士のなかで、フィリポが真っ先に、長く尖った耳をピンッと弾むように動かしながら、その音に反応した。
(あ、あのエルフの人、こっちに気付いちゃった……!)
プリムローズは彼と目が合ってしまい、気まずそうにぎこちない笑みを浮かべて固まった。
明後日の方向を凝視し、あたふたと落ち着きのない様子のフィリポを見て、マシュー副団長は眉を片方だけ釣り上げた。
「どうした。フィル――んん?」
副団長も隠れそこなったプリムローズを見つけると、にやっと悪戯っぽく口端を歪め、こちらへどうぞ、と言わんばかりに手招きする。
王女はここで誘いを無視したら悪いと思い、恐る恐ると木陰から出てきた。
マシューは赤ら顔をくしゃくしゃにさせて笑いながら、プリムローズに近づくと、左手を上げて、部下たちに注目させた。
「全員、注目! プリムローズ様が視察にいらっしゃったぞ、敬礼!」
騎士たちは驚きつつも一斉に、右手の拳を斜め45度に掲げ、左手を胸の前にかざして敬礼した。
(プリムローズ様。なぜここに……?)
エヴァンは敬礼しながら、内心驚いていた。
「あの、視察じゃなくて、たまたま近くを通りかかっただけですので」
「よろしければ、このまま我々どもの訓練をご覧ください。アルカネット行きの前に、こやつらの士気も上がることでしょう」
副団長は半ば強引にプリムローズを誘った。部下たちをカルチェラタン港またはハルナ山出発の前に故障させるわけにいかないので、本日は無理なメニューを組まず、通常の基本稽古をさせていたのだが、正直退屈していたのだ。
マシューはプリムローズに椅子を用意して座るよう促すと、ずらりと並んでいる部下たちを見回した。
「プリムローズ様の御前で、誰か技をお披露目したい者はいないか? ――よし、まずはフィリポ!」
「お、俺ですか?」
フィリポは戸惑って、耳を上下に揺らして自分の顔を指差した。誰かしら名乗り出るだろうと思っていたら、一番手に名指しされたからである。
「いつものやつ、やってみろ」
「り、了解……」
副団長にそう言われると、フィリポは逆らえずに、鍛錬場近くに置いたままの弓矢と矢筒を取りに行った。
マシューにとって、フィリポは感情豊かで分かりやすく、多少からかっても落ち込んで引きずるタイプじゃないので、扱いやすい部下だった。
(緊張するなぁ……)
フィリポは弓を射る準備をすると、一本の木の幹に取り付けられた的から、20メートル離れた場所に立った。そして軍服のポケットから折り畳まれた手拭いを取り出し、両目を隠すように覆い、後頭部のあたりで縛る。
そして背負う矢筒から矢を一本抜き、弓に番えて弦を引いた。
フィリポは目隠しをした状態で、弓矢を射る。すると、鷹の矢羽をあしらった矢は、一直線に風を切り、見事に的の中央に命中した。それがまぐれでないことを裏付けるように、2本目、3本目の矢も、中央に当たる。
プリムローズは感心して思わず拍手した。
「全部真ん中に当たったわ、目隠ししているのに!」
マシューも満足げに頷く。
「奴はエルフゆえ、あの耳で微かな物音や振動を感じ、視覚に頼らずとも、的との距離を測ることができるのです。それに、騎士団でピカイチの弓の腕前を持っております」
「すごい!」
王女の言葉を離れたところから聞きつけ、フィリポは照れくさそうに、鳥の巣のようにうねった茶髪の頭を掻いた。




