第三章 明かされる刻印
アイヴィーは服のボタンを外し、胸元を少し晒した。彼女の首にかけているネックレスの下、鎖骨からデコルテにかけて、マーブル模様だがどことなく規則性のある形状の、赤い文様が入っている。
「それ、どうしたの……?」
今まで見たことなかったアイヴィーのそれに、プリムローズは目を見開いた。
「ユイの呪いです。いにしえの文字で『プリムローズ』とあります」
ユイの呪い――と耳にした瞬間、王女はそれ以上話を聞くことを恐れるように、青ざめた顔で無意識に首を横に振った。
一方、侍女は決心したように、強い光の宿る青い瞳で彼女を捉えた。
「霊力の低い私でも、ユイの里で修行し、たった一つだけ使える呪いがあるのです。それは、他人の怪我や病気、かかる災厄を代わりに引き受けること……つまり、プリムローズ様を、この身を以て庇うことができます」
プリムローズは嘘……、と両手で頭を抱えて、後ずさった。
「……そういえば子供の頃、私が風邪を引くと、アイヴィーもすぐに風邪に罹ったわよね……? その直後に私はいつもけろっと治って、風邪うつしちゃったのかしらって単純に思っていたけど……」
アイヴィーは静かに頷く。
「よく考えれば、いつもお転婆で、どこでも走り回っていた私が怪我一つなく過ごせていたのも、貴女が呪いで引き受けていたからなの……? 私は今まで知らないうちに、アイヴィーに怪我や病気を押し付けて、のうのうと生きていたってこと……」
「それは――」
「何てこと!」
反論しようとしたアイヴィーを、プリムローズは遮った。
「酷いわ! そんなの、アイヴィーの人生を踏みにじっている! お父様も、周りの皆もなぜ今までこんなことをさせてきたの! 貴女の人生は貴女のものよ、私の身代わりなんてしなくていい……」
「プリムローズ様!」
今度はアイヴィーが声を荒げた。
「私は、誰かに強制されて、貴女様にお仕えしているのではありません……。自分で選んだのです……。8歳になる頃、ユイの里で王家に仕える巫女を募っていて、自ら進んで名乗り出ました。たとえ落ちこぼれだって、私には、ユイ族の巫女としての誇りがあるから……たった一つ、修得できたこの呪いで、王家のかたをお守りできるのなら、本望なのです……! 私はこの身がどうなろうと、プリムローズ様がいつも、お優しい笑顔を忘れず、健やかでいて下さるなら、これ以上の幸せはありません」
心からの本音なのだろう。普段冷静で大人しい彼女にしては珍しく、顔を真っ赤にして目を涙で潤ませていた。
「だから、憂いに思われることなど何もございません……どうか、この忠誠をお受け取り下さい」
ユイ族の教えを固く信じるアイヴィーにとって、プリムローズへの献身は、これ以上ないほどの親愛の情を表していた。しかし――。
アイヴィーが差し伸べた手を、プリムローズは拒んで背を向ける。
「……そんなことされても、嬉しくない……」
呟くように吐き出された拒絶の言葉に、アイヴィーは胸を突き刺すようなショックを受けた。命懸けで守りたいと思う人間に、存在を否定されたようなものだ。今まで引き受けてきた怪我より、ずっと耐え難い痛みだった。
プリムローズのほうはというと、アイヴィーが全身全霊で自分を守ることに、巫女としての誇りをかけていたことを知り、これまでわざと幼稚な言動をして、彼女に構ってほしがっていた自身を恥じていた。
(こんなに気高い人を、今まで子供っぽい「友達ごっこ」に付き合わせてしまったのだわ……。アイヴィーにとって、私は苦痛を与えるだけの存在なのに……!)
「あげたネックレス、着けてくれてありがとう。でも、あの頃のことはもう忘れて……。城を抜け出してお忍びしたり、さんざん迷惑をかけてごめんなさい。私、今まで貴女の使命感の強さに甘えていたのね……」
プリムローズはそう言うと俯きながら、ドアを開いて部屋から飛び出した。
二人は互いを思いやるばかりに、すれちがってしまった。
使命だからプリムローズを庇っているだけ、という誤解を受けたまま、ただアイヴィーは茫然と立ち尽くした。
「違う……」
ぽつりと零した呟きは、一筋の涙と共に流れていった。




