第二章 阿呆の使い道
ノーマンたちの決闘を、鍛錬場倉庫の陰から見守っていた警備兵たちは、決着がつくと一斉に亡くなった義勇十字団員のもとへ駆け寄って、彼の脇腹にある黒い刺青を手にした松明で照らした。
「こいつ義勇十字団だったのかよ……」
「城に潜入するために警備兵やってたのか。今まで、ずっと……」
膝を屈む警備兵らは、敵を見破れなかった悔しさや、同僚に裏切られていた悲しみが合わさった、複雑な表情をしている。
「……」
ノーマンは何も言わずに佇んだまま、剣についた血を払い落とし、鞘に納めた。剣の鍔が鞘にぶつかり、キン、と澄んだ音が響く。
「来期の警備兵の入団試験は、志願者の身辺調査を徹底するべきだな」
そこへグスタフがランタンを片手に、のしのしと歩いてきた。彼を見るなり、ノーマンは決闘での気迫は何だったのか、いつものぼんやりした青年の顔つきに戻った。
「グスタフ……」
「そろそろユリエルたちが、城門の裏口にいるネズミを一掃している頃だろう。私は東口方面の騎士がこちらへ合流するので、今から作戦の詳細を説明しに向かう」
「俺は」
「ここで待機してくれ」
グスタフの指示にノーマンは頷くと、警備兵が義勇十字団員の遺体を、城門通りから移動させるのを手伝いにいった。
「あ、あの!」
二人の青年貴族たちは必死の形相で、内城の正面口へ向かおうとするグスタフへ声をかけた。
「僕たち本当に賊ではありません! ほら、刺青なんてないでしょ」
グスタフが振り向くと、二人はシャツのボタンを全部外してめくり、上半身を露わにしてみせた。
「どうか殺さないでください! 何ならズボンも脱ぎますよ!」
彼らはノーマンたちの戦いを見て、これはただごとではないと恐れおののき、プライドより自らの命を選んだ。
「そんなに心配されずとも、元より承知です」
グスタフは珍しく苦笑した。二人の青年貴族が警備兵に保護されたとき、抵抗したり、逃げだそうとしたりしなかったのが、シロである決定的な証拠だ。
二人はああ、良かった……と、まるで恐るべき魔窟を命からがら抜け出し、文明人に再会したように、ほっと胸を撫で下ろした。
グスタフたちに気付いた警備兵の一人が、遺体を運ぶ作業を終えてやってきた。
「こちらのお二方は他に、行きずりに知り合った同行者が3人いたそうだ」
「同行者……」
その言葉に、グスタフは太い眉を寄せて、顎に拳を当て少し考え込む。青年貴族たちは、余計な事を言うなよ、と内心警備兵に苛立ちながら、嫌な予感に背筋を凍らせた。
騎士は神妙な顔をして、青年たちに向き合う。
「……ここでお会いしたのは何かの縁です。どうかベリロナイト王国の安寧と繁栄のためにも、ご協力願えませんか。我々どもは城内の賊めを退治したいのですが、高貴な貴方がたのお力添えがあると大変心強い作戦を考えました。もちろん、貴方がたの安全の保障は致します。なに、ノブレス・オブリージュの一環だとお思いくだされば……」
そして深々と一礼し、全身全霊で断り切れない雰囲気を醸し出した。
「待て待て~!」
ユリエルはスモール・ソード片手に、馬番に扮した残り3人の義勇十字団員を追いかけた。走るフォームに無駄がなく、異様に速い。
「ヒイイイイ!」
「まとまるな! 方々に散らばれ!」
義勇十字団員らは3つに分かれて、放牧場の先にある緩やかな丘道になっている草原へ全力疾走した。ひらけた場所ならバラバラに走りやすいからだ。しかしそれは悪手だった。
(草が伸びていて走りにくい……!)
義勇十字団の一人が思わず舌打ちをした。真夜中の暗くて視界の悪い草原を走るのは無謀な話だ。それこそ馬に乗らなければスピードが出ない。
(この丘を下りて、すぐの地点に馬を用意している。そこまで逃げ切ればいい! 向こうだって走りにくい条件は同じだ……)
彼がそう思案していると、背中に小さな石礫が当たったような衝撃を受けた。直後、足元に落ちた何かに滑ってよろける。
「ウオッ……」
「そこだぁ!」
ユリエルは躓いた男のガササッという派手な物音を聞きつけ、一気に距離を詰めると、周囲の草と共に男の背中を薙いだ。
「グアアッ」
男は草叢を押し潰すように、前のめりになって倒れ込む。彼の足元には、つるつるした丸いものが散らばっていた。
「投げたビー玉、暗くて拾えないや」
ユリエルは刀帯の右腰に縫い付けたポーチより、ビー玉を取り出して男に投げつけたのだ。
そして次の標的へ向けて走り出した。




