第二章 二つの戦場
「ねぇねぇ、何してるの?」
緊迫した状況に似つかわしくない、少年か少女のものかもわからぬ、弾むような高い声だった。
義勇十字団の男たちは、一斉に声のした方向を見上げる。
その人物は、厩の近くに植えられたブナの木の枝に、足を掛けて登っていた。生い茂る葉の影で顔は良くわからないが、人影全体の輪郭から察するに、小柄な体格である。
「姿を現しやがれ!」
真っ先に、短気な男が声を荒げた。
木の上の人影は、かすかに口角を上げると、枝にかけていた足をバネのように屈伸させ、宙を跳んだ。 まるで背に羽が生えているのかと疑うくらい軽やかで、男たちは思わず呆気にとられた。サラサラと木の葉が舞い散り、地面に落ちるより先に、人影は1メートル以上離れた厩の屋根に、シュタッ、と飛び移った。
夜空からの月明りが、人影の姿を照らし出す。ベージュに近い金髪を、大きなセピア色のリボンでハーフアップに結んだ、緋色の軍服の騎士。
「本当はね、ずっと見てたんだ。これで驚かせて城の中へ追い込んだでしょ? お馬さん可哀想だよ」
小柄な騎士は屋根の上で燃え尽きた爆竹を、義勇十字団員の男たちに向かって蹴落とした。
「誰だてめぇは……!」
男の一人が唸るように凄む。
「キャンディス城にいてボクを知らないなんて、にわかだなぁ」
騎士は待ってましたとばかりに茶色の眼を輝かせて、自分で考えたのであろうポーズをとり、天真爛漫な笑顔で目配せした。
「ベリロナイト騎士団が一人、ユリエル・アビエニアちゃんでーす!」
義勇十字団員たちは松明を地面に投げ捨て、腰の刀帯からサーベルを引き抜いた。
「お嬢ちゃんさぁ。おままごとのつもりならおウチに帰んな……ミンチになる前によお!」
「ミンチになるって? あなたたちが?」
ユリエルは小首を傾げておどけながら、さりげなく刀帯に下げた剣の柄を握る。
「死ねやああああああ!」
挑発された男たちは怒涛の勢いで厩めがけて疾走した。
すると、ユリエルはすかさず厩の屋根から飛び降りて、先頭を走っていた短気な男の首を、横一直線に剣でスパッと切りつけた。
「グハッ……」
短気な男は喉から血飛沫を上げながら命を絶ち、横ばいに倒れこんだ。
ユリエルは着地と同時に、剣についた血を薙ぎ払った。彼の持つ剣はスモール・ソードと言い、レイピアより刀身が短いが、丈夫で小回りが利く。そのなかでもユリエルは、柄に施された花々の彫刻が美しいと、女性の護身用として作られたものを好んで使っている。
「お、おお……」
他の男たちは、仲間内で特に威勢のいい強者が瞬殺されたことによるショックで士気が下がり、わずかに後ずさりした。対するユリエルは立ち上がりざまに、不敵な笑みを浮かべる。
「ねぇ。おままごとじゃなくて、鬼ごっこしよ!」
一方、城門前では騎士ノーマンと、警備兵に扮した義勇十字団員の決闘が繰り広げられていた。
「エイアアアアアア!」
義勇十字団員は、ノーマンの後方へ回り込むように素早くスウェイをし続け、斬撃を繰り出すが、ノーマンは背中にも目があるかの如くそれを見極め、たやすくかわし続けた。
(身体のでかい奴は大抵ウスノロなもんだが、こいつテクニックで補ってやがる!)
スピードに自信のあった義勇十字団員は、予想外の苦戦を強いられる現状に、焦りを感じ始めていた。かといって、うかつに間合いを詰めると、鋭い突き技をもらう恐れがあった。
(慌てるな。動きを、全体の動きをよく見るんだ! 攻撃のパターンがあるはず)
そう自分に言い聞かせながら、彼は視界いっぱいにノーマンを捉えた。その熱い視線とかち合い、ノーマンは気まずそうな、はにかんだような照れ笑いを浮かべた。
(気持ち悪い! こいつにだけは絶対に負けてたまるか!)
義勇十字団員は、勝機が見えるまで、スウェイしながらの斬撃を絶えず繰り返した。
「なんて見事な戦いだ……!」
鍛錬場倉庫の裏から彼らの決闘を見守る警備兵たちは、自分たちも多少なりと剣の腕に覚えがあるので、剣豪の業前に感情を昂らせる。
「あの、もう僕たち関係なさそうなので、帰ってもいいですか」
2人の青年貴族は、警備兵たちの沸き立つ熱気をよそに、恐る恐る尋ねた。しかし警備への一人が振り向き、手をかざして一喝する。
「駄目だ! 貴殿らも男ならばこの戦い、最後まで見届けるべきだ」
「ええ~……」
幾度目かの剣戟の音が鳴り響いたとき、ノーマンがハー、ハーと息を切らしながら、剣を構えなおした。
「クク……ッ。フハッ」
突然、不気味な笑い声を漏らしたのは、同じく剣を構える義勇十字団員だった。
「す、すまない、俺はいささか、手加減するのが不得意なので……。落ち込まないでほしい……」
ノーマンは、彼が押され気味の戦況で自棄になっているのだと思い、申し訳なさそうに慰めの言葉をかけた。
「ハッ。すこぶる傲慢な男だな、貴殿は。自身の勝利を疑わないのか」
義勇十字団員はそう言い捨てると、スッと体勢を変え、ノーマンに向かって駆けだした。
銀髪の騎士は攻撃に備えて防御に出たが、剣でかわしたとき若干反応に遅れがあり、無傷ではあるが間合いから一歩、押し出されてしまった。
「……?」
ノーマンは直前の出来事を理解しきれず茫然とし、ただ剣を握る腕の痺れに驚愕を覚えた。刹那、彼の脳が受けた攻撃を分析する。
「……俺の突きを、真似したのか……」
対峙する義勇十字団員は、そうだ、と答える。
「貴殿の動きをしばらく読んで、その技を自分なりに模倣したのだ」
義勇十字団員は特別な暗殺訓練を受けており、その過程で彼が習得したのが、短時間で相手の動きを把握して応戦するという高度な技術であった。
(どうだ。技を見破られて悔しかろう)
勝気な顔で義勇十字団員が見上げると、長身の騎士は頬を赤らめていた。
「そうか……お揃い、という感じがするな……」
「……ッ、本当に気持ち悪いなぁ!」
義勇十字団員は、歯ぎしりをして再び攻撃に出た。




