第一章 不穏な予感
馬に乗ってエヴァンを追うフィリポとビクターは、キャンディス城領内の草原からとうとう城下町のはずれにある林道まで来ていた。もうすぐ城下町に着くぞという時、フィリポは300メートル先に一頭の芦毛の馬を発見した。
「おい、エヴァンのグレースだ! 急げチャコ」
フィリポは自分の乗っている月毛の馬の胴を、両脚で抑えて走らせた。ビクターも黒鹿毛の馬に乗って併走する。
二人の騎士たちは林道脇の大木につながれた、芦毛の馬に近付いた。やはりエヴァンの馬だ。ビクターが黒鹿毛の馬の歩みを止めさせた。
「あまり近寄らん方がいいぞ。グレースは気性が激しくてプライドの高い奴だから、エヴァン以外の人間には暴れる」
「本人に似なくてもいいのに」
グレースを確認すると、フィリポ達も馬から下りて、適当な木の幹につないだ。街中を馬で走ると目立つからだ。
木々に覆われた林道は、日が傾き始めて薄暗く、ぬかるみを踏んだ感覚の気持ち悪さに、フィリポの両耳は微かに動いた。
「エヴァンの奴、街に行ったのか」
ずんずん前を歩くビクターの背中は広く、視界が遮られる。肩に担いだ槍が物々しい。
「近道ではないこんな街はずれから入るとは、やはり人目を避けたい事情があるのかも知れんな」
その言葉に、フィリポは神妙な顔つきでうつむく。
「……例えばの話だぞ」
ン、とビクターは背中で返事した。
「騎士道を重んじるエヴァンに限って、絶対にないとは思うが……もしあいつが、悪い事してたら、どうする?」
「斬り捨てる」
通り風が木々を騒めかせる。飛び立つ真っ黒なカラスの羽ばたき、枝と枝、葉と葉の擦り合う音が、エルフ青年の耳を引っ掻いた。
「ベリロナイト騎士団に籍を置く者が、市井で悪事を働くなど道義に反する。あってはならない事だ」
表情の見えないビクターの淡々とした物言いに、フィリポは固唾を飲み込んだ。
ベリロナイト騎士団には、「敵は全て討て」という鉄の掟がある。王家や騎士団を脅かす存在は、誰であろうと倒さねばならない。
「そう、だよな……」
フィリポは腰に下げた剣の柄を見つめる。訓練を受けているとはいえ、実際に人を斬った経験など一度もない。肉や毛皮を調達する目的で獣を狩るのとはわけが違う。そのうえ、憎たらしいが一応仲間である。
(……頼むからこの鞘を抜くような事しでかすなよ、エヴァン)