14話
ちょおっとまて。
なんでだろう、なんか子供に戻った気分だ。
大人が大人同士でしか分からない話をしていて、子供がそれに興味深そうに首を傾げていても、大人は気にも留めず話し続けるのだ。
そのうち子供は大人が話していることから興味がそれ、お友達が誘うボール遊びに駆けてゆく。
だがまぁ、私は子供じゃない。
というか普通、知らないといけないことだろう。
自分がどうして拉致られたのか、今自分の国はどうなっているのか、散々魔女と言われたが私自身そこまで魔女に詳しいわけじゃない。実物を見たわけじゃないし、本で読んだ知識しかない。
そもそもなんだ、お前らは何が目的だ。
…………考えれば考えるほど疲れる。
私自身頭が特別良いわけじゃない。天才じゃないから、なんにも話さない奴らの考えてることなんて見当がつかない。
ああ、そういう事じゃない。……駄目だ、疲れすぎて頭が回らん。
「ごめん、ミアージュ疲れたから帰る」
踵を返して、ドアノブも何もない壁に触れようとした。
「待て、」
「なんですか?疲れたから寝たいんですけど」
「そう言うな、一つだけ聞かせてくれないか?」
万人受けする笑みを顔に浮かべて、イケメンさんは言った。
「リメヌは、どこまで関係している?」
「…………別に、彼女は悪いことをしていませんよ」
なんだ、お前は何が言いたい。
「そういうことじゃないだろう!きちんと返答しろ」
ずっと口を開かなかった水色頭が、私の目の前に再び立った。
「………………」
「、っ」
めんどくさ。
駄目なんだよ、今日は。本当に好きに弄ばれた感じがして腹が立っているんだ。
あの城に姫様といた時は何とも思わなかったんだけどね、いきなり環境が変わって私もなにか、変わったらしい。
なんでだろうな、私もわからん。
「睨んで申し訳ないね、ちょっと本当に疲れたから話は明日にしてほしい」
そう言って私は壁に腕をのめり込ませた。
そっからどうやって、メイドの寮の自室に帰ったのかは知らない。
ただ気が付いたらベットで寝ていた。
・
「少し、よろしいでしょうか」
私を目覚めさせたのは、サキュバスの女性の優しい声だった。
「………………んうえ、どうやって………?」
「鍵、開いてましたよ」
あ、開いてたんだ。
そうか。
………………。
ベッドに寝っ転がったまま、何もする気にならなかった。
来客が来てるんだから、こんな姿で出迎えるわけにはいかないと頭の中ではわかっていても妙に立ち上がるのが億劫だ。
あの社会不適合者でも来客には茶のもてなしくらいしてたもんな。
「ふふ、余程疲れてらっしゃるんですね。まだ夜ですもの」
そう言ってくるりと私に背を向け、彼女は部屋の内鍵を閉めた。
「四天王の方々に呼ばれまして。貴方、今日一日すごく大変だったでしょう」
カツ、カッ、
彼女の履いている靴が、木の床を歩くたびに叩く。
「………………どうしてきたんで、シュッ!!!」
バシャァァ。
一気に半開きだった瞳が冴えた。頭が冷える。物理的に。
ぽたりと、頬を水がながれていく。
え?
え?
今、私顔面に水ぶっ掛けられた?
えっ?なんで?
思わず起き上がり、隣を向くとリメヌさんは指の上にふよふよと水の玉を浮かしていた。
「これは腹いせです。貴方が派手にやらかしてくださったおかげで、私は今日、四天王の方々に怒られました。私も流石に貴女があそこまで派手にやるとは思っていませんでした」
「えっ、えっ」
「…………それはそうと、少し散歩しませんか?」
いつ開いたのか分からない窓から入った、夜風に吹かれて彼女は妖しく微笑んだ。
・
夜風が頬に当たって寒かった。
ニコニコしながら私にもこもこの防寒具を渡してきたリメヌさん。
それを着てもやっぱりこの地方の夜は冷え込む。だって魔族の土地は世界中に所々あるけど、魔王城が位置する土地はこの世界で最も北の島だからな。建設者ふざけんなよ、何考えてんだ。
「つぇっくしょん!!」
「あら、鼻水垂れてますよ」
「誰のせいだと思ってるんですかァ」
ベッドや床に染みた水を彼女はいとも簡単に自分の指の上に集めた。
私の髪や顔、服についた水も同じように乾いたが、ぶっかけられた水は思ってたよりもずっと体の芯まで冷やしたようである。ぶえっくしょん。あらやだ明日は風邪かしら。
ずず、と鼻をすすって横を向くと月明かりに照らされてリメヌさんは機嫌よさそうに微笑んでいた。
「………どうしていきなり散歩なんて誘ったんですか?」
そう聞くと、彼女は表情を変えずに首を傾げて言った。
「………………そうですね、…………私が貴女と出会ってからの時間は、私にとって私の長い一生の、瞬きするような、ほんの少しでしかありません」
「まぁ、そりゃそうでしょうね」
「でも、私は、少しばかりですが、もう気を許してしまうくらい貴方に心を開いている」
え。
………………ちょっと待って。
………………一回整理しよう、今私は彼女と一緒に歩いている、月明かりが綺麗な夜道を。
そして彼女は私に言った。
「あなたを愛している」と。(幻聴です)(嘘です)
「っ、ごめんなさい、ちょっと考えさせて」
「え、な何考えてるんですか貴女。馬鹿じゃないですか」
物凄い速さで否定されたんだけど。
ぴえん。泣いちゃう。
「考えてみてください。私とあなたの年齢の差を。私ロリコンですか?」
「わぁ!」
確かに!
私貴族社会で見たら結婚適齢期のがした女だけど、魔族の方々から見たらロリなのか。
うっわ、自分で自分のことロリって言って気持ち悪くなってきた。オロロロ。
「え、で、結局どういうことですか?」
「…………つまり、貴方はおかしいんです」
「うぉ、唐突なディスリ」
いきなりの精神攻撃をもろに食らった私はフラッと後ろに後退した。
「ミアージュ様もあなたのことをかなり、というかすごく気に入ってらっしゃいましたし」
「ばななー」
「あの方があそこまで部下でもない個人を気に入るなんて、見たことがありません」
「ばなな」
「城のメイドさんたちも、皆あなたのことを聞くとかなり好印象でした」
「ばな…」
「話聞いてます?」
ばなな(勿論)。
むにいっと頬をつねられた。
やめて下さい、あっ、リメヌさん力強いですね。ちょ、まっ、とれるとれるとれる。
痛い痛いと、彼女の私の頬を掴む手をぺしぺし叩くと、少し力が弱まった。
まっすぐ前を向くと、ハイライトの入っていない、闇落ちしたような瞳がじっと私を見つめ返した。
ピギィ!!コワイ!!
「ほんっとうに………、魔女の語源って知っていますか?」
「魔力の多い女性、じゃないんですか?」
「そうです、それもあります、が」
「800年ほど前、魔女が滅ぼした人間の国があります」
胸の下で腕を組んで、彼女はいきなり講義を始めた。
静かな野原に、彼女の踏んだ草の音と彼女の声が響いた。
「その国の王は、賢王だったとされています。その時代の魔族も、その王の治めた国とあまり争うことがなかったと。…………まぁ、魔族と人間の戦いが激化したのはここ400年ですが」
いきなり吹いた風が彼女の長い髪を揺らした。
「その国に、ある日一人の魔女が来ました。人々は魔女を恐れ、国から追い出そうとしました。魔女は昔、単に魔力が高いだけでなく災いをもたらす悪女と言われていました」
悪女か、確かにそう言われていたのは知っている。
今の時代は魔族や魔物の方が目立って、魔女という存在があまり語られない。
そもそもここ200年ほど、魔王が倒された後から魔女が人や魔族の前に姿を現すことがなくなったからな。もうおとぎ話の存在っぽい感じなんだよな、人間の中では。
「魔女は国に入った数日間、様々な街を旅したそうです。町の人間は彼女を恐れましたが、次第に、というかものすごい勢いで彼女と打ち解けてゆきました」
おん?
「その噂を聞いた国王は、彼女を城に招き入れました。そしてその翌週、その国で内戦がおこりました」
わお。
「……人を惑わす、魔性の悪女。それが魔女のもう一つの語源です」
「魔性、…………」
めんどくさそうに舞踏会に呼ばれたからと仕方なく出るたびに、周りの人間の視線をその一身に集めたお母様の姿が脳裏によぎった。
「まぁ、魔族は圧倒的な力を持ったものに惹かれますからね。魔族は魔女に対して皆好感度が高いです」
ほへー。
で、何の話??
ごめんなさい、さっきから話している理由は理解できたんだけど、どうしてこんな話を始めたのかちょっとよくわからんのや。理解できそうだけど、理解したくないなぁ。
私が阿保っぽい顔をしていたのかどうなのかは知らないけど、リメヌさんはまた頬を引っ張ってきた。
「痛い痛い痛い、リメヌさん」
「あらぁ、すみません。何だか無性に腹が立ちまして」
痛いわ。ほんで結構力強いなあなた。
突然、リメヌさんが私の頬からパッと手を離した。
彼女の綺麗な瞳が、真っすぐ森の中を捉える。
彼女は何故か慣れた動作で私の腰を抱き寄せ、そのきれいな腕を森に向かって伸ばした。
瞬く間だった。
「……レイヨースト」
一瞬だった。
一瞬、彼女の前髪が舞い上がったと思ったら、彼女の視線の先の木々が消え、草の生えた地面は削れ、80メートルくらいの道ができていた。
「……………え?」
「キングオークが近くに居たので攻撃魔法を使いました」
そう言ってスタスタと私の手を引いて自分でぶちかまして作った道を歩くリメヌさん。
「え、強…………」
「うふ、得意魔法の一種ですので」
「いや、え、強すぎませんか?」
魔法を発射するまでの動作に一切の無駄がなかった。
えっ、強いとかそういうレベルじゃないだろう。普通に我が国の宮廷魔法師団長レベルは余裕であるぞ?
えっ、この人を超える強さの四天王て何?人間やめましたか。あっ、人間ちゃうわ。魔族だった。
どうしてこんなに強いんですか?ねぇ?どうして?
めちゃくちゃ聞きまくったら少し恥ずかしそうに話してくれた。
「我が家、フィノレスト家は魔族の中で四大名家と言われています。ミアージュ様のカルラ家、あと四天王の方々で言えばエルギス様のロトクローゼ家もそうですねぇ。四大名家はどこも生まれた子供を幼少期から徹底的に魔術や武術の教育をさせるのです」
「え、やば」
幼少期から魔術とか武術の教育ってヤバすぎんだろ。我が国なんて14歳からだぞ。
私だって小さい頃は………あれ、お母様に呪いの講義を毎日夜みっちり受けてたな??
いやそれよりちょっと待てよ、話に聞く限り人間の貴族で例えると四大公爵家と同じ…………。
「様々な無礼な発言、誠に申し訳ございませんでしたリメヌ様」
「は?」
「貴女様がそのような身分の方だとは露知らず……。出過ぎた真似をお許しください」
「えっちょっ、貴方に様と呼ばれるとなんだか鳥肌が立ちます。十六魔官命令ですやめてください」
あれなんか同じようなことミアージュに言われたような気がするぞ。
だって仕方ないじゃないか、四大公爵家と言えば無礼を働いたら首が飛ぶんだぞ。
というかミアージュの家名ってカルラって言うのか。
ミアージュ・カルラ。うーん、正直言って似合いすぎてる。
「そんな事より見てください、魔力出力を弱めた甲斐がありました、お肉のところが綺麗に残っています」
綺麗な手袋が汚れることなど気にしていないように、むんず、とキングオークの死体を漁るリメヌさん。
正直言ってグロデスクだ。なるほど。流石魔族。四大公爵家とこうゆうとこが違うんですね。
「………………えっ、あれで魔力出力弱めたんですか?」
「北の森一帯ぶっ飛ばしたあなたに言われたくありません、ラズベリーさん」
「いやあれは私もあんなことになるとは」
「それよりお肉です」
リメヌさんはその美しい顔でにんまりして言った。
「キングオークは美味しいんですよ」
………なん、だと…?!