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12話


長い石の階段を上がり、いよいよ絨毯もなくなって無骨な石の床の感触が薄い革靴の底越しに感じられるようになった。

ヒールを履いているミアージュの足音が綺麗にコツコツと響く。


「…………着きました」




「えっ」


………………目の前にあるのは、石の壁である。


着きました?え?どういうこと?扉とかないの??

……あっ、いやでも待って?なんかここだけ妙に魔力の集まり具合が他の壁と違う。

しかも奥の方に濃い魔力が二つあるような気が。


もしかしてこれ、すり抜けられるタイプの壁?


「………なんか、分かりづらいね。この城って魔力が壁に薄く宿ってるから意識しないとここだけ濃いかどうかなんてわからない」

「あら、分かったんですか?」


そうは言うが彼女は特段驚いたような表情はしなかった。


「この壁は四天王以外を弾くように造られておってな。四天王以外の者が入ろうとすると腕の一本二本は失うようになっとる」

「えこわ。怖すぎ。間違えて壁にぶつかった人とか可哀想すぎでしょ」

「ふ、流石に冗談じゃ。まぁ骨くらいは折れるだろうが」


そう私をからかうように笑った美少年。いや折れんのかよ。

この美少年、絶対歳余裕で100は超えてるだろう。

リメヌさんでさえ大人の女性感がヤバいのに、なんかこの美少年からはフレッシュさというか、甘酸っぱいものが微塵も感じられない。

口調と言え、どこか達観したような………………あぁでも、意地の悪そうな顔はその容姿の歳に見合っているかもしれない。


「そもそもここは四天王以外立ち入り区域ですからね。滅多に5階までは十六魔官と四天王だけが立ち入り可能の区域でしたが、ここ最上階の6階は私とヨイナガ様と……



…この中にいるお二人だけしか入れません」


言い終わったと同時に、ミアージュは私の手を引いて壁に溶け込んだ。


「えっちょ、あっ」


まっ、壁ぶつか……………。

目をつぶって衝撃に耐えようとする、がやはり何もなかった。


とぷん、


体温と全くおんなじだけど、水とは少し違う液状のモノが体に触れた。



靴が何か柔らかいものを踏んだ。

絨毯だ。なんだろう、いい香りがする。


目を見開いた。


高級そうな調度品の数々。品がよく、美しい壁紙。

赤に金の刺繍が入った絨毯が床には敷き詰められ、部屋の中心には巨大な丸い木の机があった。


そしてその机の上に、大きいゆらゆらと揺れる魔法石をたっぷり使ったシャンデリアが吊るされ、部屋全体を柔らかく明るく照らしていた。


な、んて、凄い。

姫様の部屋よりも豪華だ、姫様の部屋の調度品よりも歴史がありそうなものばかり。

あの人だって大国の第一王女だぞ。愚王が溺愛する一人娘だぞ。


神殿で見た、まるで神話の時代の神々の談話室(サロン)のような美しさ。

なんて、部屋の内装に目を向けているが、内心冷や汗をびっしょりかいていた。


だって、前にいる二つの魔力の重圧が。





「……………おや、話で聞いたよりも随分と可憐なお嬢さんじゃのう」


「本当ですねぇ、ボクはもう少し魔女だというのだから、妖艶な女性を想像していたんですが」



重い。


空間越しに伝わる、圧倒的な魔力の密度。

怖い、えっ、本当に怖いんだが。だってほら、腕の震えが治まらない。


丸い眼鏡をかけた水色の髪の青年と、立派な白い髭を垂らした好々爺。


………………化け物だ。

特に好々爺の方はゾッとするほどよく練られた魔力を体からそのまま垂れ流すのではなく、空間に柔らかく広げている。

正直それに何の意味があるのか見当がつかないが、そんなことできるやつを私は見たことがなかった。


会議室、と言われたがそんなものではない。


むしろこんなとこ、処刑場よりも怖い。


私以外のこの空間にいる者の、機嫌で、指先で、私の生死が決まるのだ。

いや私死なないけど。死ぬよりも辛いことがあるのは私は身に染みて知っている。


あぁ駄目だ、本当に怖い。

腕の震えが止まらない。


「まさか、怯えてらっしゃるんですか?魔女の血筋であろう方が!」

「エルギス様、品がない発言はおやめ下さい」

「まぁ、そう仰らないで下さいミアージュ。少し彼女、緊張しているようだったので」


軽い冗談ではありませんか。


水色の髪の青年が椅子から立ち上がり、私の目の前に立つ。

背丈は180センチ、いっているかいってないかくらいだろうか。意外と高い。

整っているがどこか可愛らしい顔がついているので、目の前に立たれた時に少し驚いてしまった。


わざとらしく片手を胸に当て、まるで王都の貴族のように美しいお辞儀をして見せた。

彼の着ていた鮮やかな深緑色のローブが揺れた。


「ふふ、申し訳ございません。ボクの名前はエルギス。エルギス・ロトクローゼと申します」

「あっはい。ラズベリーです」

「おや、なんて愛らしい名なんでしょう。名は体を表すと言いますが、まさかこれほどに『可憐な』お嬢さんが魔女の血筋だなんて………信じられませんねぇ」


口元にハンカチを押し当て、視線を下げて私を見る彼。


なんだこいつ。

私のこと馬鹿にしまくってるって言うか、煽りたいのか?なんか魔力量はすごそうだけど一気に三下感がでてきたぞ。それでいいのか。あとマジョマジョ、今まで会った人の中で一番その話題に触れてくるなコイツ。なんやねん。


というか、ロトクローゼ。家名か。


そういえばリメヌ以外今まで魔族の人に家名名乗られなかったわ。

人間の貴族は自分の名前を名乗るときに絶対家名もセットで言うけど、魔族の人達って自分の名前しか言わないんだよね。貴族社会とか平民社会とかそういうのが無くって、単純に弱肉強食っぽい社会なのが割と好みだ。湿っぽくないし、ドロドロせずにパッキリしてる感じの方が私の性に合う。

…………お母様、魔族に生まれたら幸せだっただろうなぁ。


「………貴女、話聞いてます?」

「えっ、あ、すみません聞いてませんでした」

「………………」


「ふふふ、エルギス様の『軽い冗談』のおかげで彼女の緊張もほぐされたようですね」

「ミアージュ、貴方らしくないですね、このボクを挑発するとは」

「挑発なんてしていませんよ、そう感じられたのならば申し訳ありません」


おっ、珍しい。

こんなミアージュは初めて見る。いつも部下のリメヌさんに接する時とは態度が180度違うじゃないか。

このエルギス様って人と随分仲が良いのだろうか。


「はいはい、二人共やめい。オーヴィタ翁が何も話せないじゃろ」

「ふぉふぉ、良い良い。四天王の肩書を持つ者同士が仲が悪くてよいことなど無いからのう」


「ミアージュもエルギスも、仲が良いのは好いことじゃ」


好々爺が口を開いた瞬間、しいんと空気が澄んだのが分かった。


ゆっくりと立ち上がり、静かに、されど威厳たっぷりに私の目の前に好々爺は立った。


「初めまして、可愛らしいお嬢さんや。ワシの名はオーヴィタじゃ」

「…ラズベリーと申します」

「家名は昔没落してなくなってしまってな、名乗れなくてすまんのう」

「いいえ、お気になさらず。私も名乗っていませんし。…ですが、貴方方は私の家についてよくお調べになられたのですか?」


一歩踏み込んだ発言だと、我ながら思った。

空気が揺れたのがわかった。この部屋の内装が、さっきとは全く変わってないはずなのになんだか違く見える。ちょっと色が全体的に暗くなったような。


さっきまでビビり倒しだったのに、よくこんな発言ができるなと自分に若干恐怖を感じつつ、私は顔に人のよさそうな笑みを張り付けた。


「……………そうじゃな、ワシの尊敬する方がお嬢さんの家……特にお嬢さんのご母堂について調べて下さっていたんじゃが……………本当に何も変わっているところがなくてのう」

「……………」

「言わば、普通の男爵家、だったそうじゃ」


そりゃそうだ。

だって我が家はただの貧乏男爵家。お母様も生まれも育ちも我が家。

私だってここまで魔女魔女言われて、いまだに自分を人間だと思っているのは自分の家の歴史について死ぬほど詳しく知っているからだ。


そしてそれには、なにもおかしいところなどなかった。






「じゃがのう、お嬢さん」


背筋を何かが這ったような感覚がした。



「―――魔王様の呪いを解いた者を、ただの人間とは思えなくてのう」



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