15.いろいろと予想外
が。翌朝、校門前で会った史也の機嫌は、予想外にも最悪だった。
「何だよ、あの巻きずしは?」
「へ?」
「かけちゃん、馬鹿力すぎ! あんなの硬くて食えないじゃん」
「えっ、でも、スゴイ綺麗だったでしょ?」
あれ? 何でこんなに機嫌が悪いんだろう? ほんわかしなかったのか?
「綺麗でも食えないし。嫌がらせかよ」
「あれ? ちょっと待って。えーと……昨日、お姉さん何か言ってなかった?」
「あいつは皆と楽しく巻きずしを作って、楽しく食べたっていう自慢話ならしてたよ」
「あれ~?」
どうやら史也には、オレたちが意図した思惑が通じなかったようで、オレが一から説明することになってしまった。
校門だと人が多いので、校庭にあるタイヤが地面に半分埋まった遊具まで移動しながら、昨日の顛末を史也に伝える。
真面目に巻きずしを作って、かけちゃんが完成度を気にするあまり、力いっぱい固めてしまったこと。食べられないほど硬いとは思わず、口に入れたまま動けなくなったかけちゃんとオレのこと。
オレたちがもがき苦しみながらも頑張って食べたという、面白い話を史也に自慢しようとしたお姉さんを止めたこと。
お姉さんの性格のこと。せっかく良い人なのに、史也に対する悪意が積み重なっているのが勿体ないから、史也を嫌う気持ちを無くそうという提案。
そして、かけちゃんによるお姉さんの立場は古井戸家では逆であるという目からウロコな発想。そして、お姉さんはオレ達のアイドル的存在であるということ。
その話によって気を良くしたお姉さんが、かけちゃんの巻きずしを史也のお土産にして、実際にどれだけ大変なのかを史也に体感させながら楽しかった話をして、楽しさを共有しようという優しさから来たものだったという経緯を説明した。
それでもまだ、史也の機嫌は超絶悪い。
何というか、お姉さんが頑張って楽しさを共有しようと譲歩したのに、それがまったく受け入れられていないことが悲しい。お姉さんが可哀そうすぎる。
「で? あいつはお前たちに大人気なわけ?」
「大人気だよ。かけちゃんなんかメロメロだし、母上なんか、何かって言うと女の子がいるといいわねーとか、そんなことばっか言ってるし」
「お前は?」
「オレ? オレは、せっかくお姉さんが譲歩してくれたのに、史也に分かってもらえなくて可哀そうだと思ってるよ」
「えー、違うだろ?」
何だか分からないけど否定された。
「?」
「あいつの性格が良いって褒めたとか、オレを嫌う気持ちを無くした方が良いとか言ったのはお前だって聞いたけど? あと、テレビに出てそうなくらい可愛いって? そんなにあいつに興味があったんだ?」
史也が畳み掛けて質問をする。ん? もしかして、お姉さんがアイドル扱いなのが気に入らないのか?
「オレはただ、史也に対してザマアミロとか言うお姉さんが苦手なんだよ」
「へえ? だから、好きなところだけを残したいんだ?」
「えーと、だから、お姉さんがそうやって史也を嫌っていると、帰ってから家にいる間、ずっと史也はお姉さんの悪意にさらされているわけじゃん」
「そうだよ」
「オレはそれが嫌だったんだよ」
史也が目をぱちくりした。
「えっ、オレのためなの?」
「そうだよ。ホラ、教室行かなきゃ。ずいぶん長話しちゃった」
オレはなんとなく照れ臭かったから、史也を置いてさっさと教室に向かった。こんなこと、言うつもりじゃ無かったのに。
後ろから、「そうか、オレのためか、じゃあしょうがないなあ」とわざとらしい大きな声が聞こえる。
うるさいので、とりあえず話題を変えることにした。
「そういえば、オレ、塾って行ったこと無いんだけど、勉強をしに行くところだよね?」
「当たり前だろ」
「どう?」
「どうって?」
「毎日通ってるんでしょ?」
「別に? 前から通っているし」
「え? 前って……いつから?」
「1年の時から」
びっくりだ! 塾って、そんなに早くから通うものだったの? 知らないの、オレだけ? 改めて、うちが世間のふつうから離れている事実を突きつけられる。
「史也は、中学受験するの?」
「しないよ」
「えっ、でもお姉さんが日比野家はみんなやるって言ってたけど?」
「姉ちゃんたちはね。でも、オレはやんない」
史也が、腰に手を当てた偉そうなポーズで言い切った。
「お父さんに、やらないって言ったんだ?」
「うん、そう。未知流と同じ中学に行くって言ってある」
「おお……」
史也の戦いは、もう始まっているのだ。
家に帰ると、お姉さんがエプロン姿で「おかえり」と出迎えてくれた。
「ちょっと聞いてよ未知流くん! 史也のやつ、ぜんぜん話が通じないんだよ!」
「あ、そうだったみたいですね……今朝、オレから説明しておきました」
「えっ、ちゃんと納得してた? もう大丈夫?」
「たぶん。ですけど」
「ありがとう、未知流くん!」
お姉さんの弾ける笑顔が眩しい。
お姉さんの方が家庭内で苦労している分、他人に対して気遣いができるし、基本的に性格が良い。
それに対して、家庭内では男というだけで特別扱いされてきた上に、外見が良くて外でも特別扱いをされ続けてきた史也は、他人に対して気遣うことは皆無だと言っても過言ではない。
オレはちゃんと、史也の味方でいられるだろうかと、ふと心配になる。
心配するくらいなら、史也がお姉さんと仲良くなるように、上手く誘導すれば良いんだけど。どうすれば、史也はお姉さんを好きになるだろうか……?
洗面所で手を洗っていると、取り込んだ洗濯物を抱えた母親から「あら未知流、帰ってたの?」と、声をかけられた。
その時、母親の顔と一緒に、台所でもりもり食べる史也の顔を思い出した。
「ああ、そうか。あいつ食いしん坊じゃん」
オレはポンと手を叩いて、母親に1つ提案をしてみた。
史也とは、学校にいる間しか話せないので、結局、何の準備もできないまま史也のお父さんに会う土曜日になってしまった。
「未知流はいてくれるだけでいいから。これはオレの問題だから、オレが親父と話す」
「え?」
玄関で出迎えてくれた史也に、予想外なことを言われた。
史也はいつもより少し青白い顔をしているように見える。どうやら緊張しているみたいだ。手も少し、震えている。お父さんとはケンカもよくしているみたいだけど、今日のこれは、いつものケンカとは違うのかな……?
打ち合わせも何も出来ていないから、オレは楽で良いけど、それでいいのかな? オレは史也を守るためにここに来たはずなんだけど……
玄関を入って、そのまま2階へ上がる。いくつかあるドアの前を通り過ぎて、一番奥の部屋の前で史也が一度オレを振り返った。
そしてドアをコンコン、ノックする。「どうぞ」と、お父さんの声がした。オレは急激に緊張した。
部屋に入ると、大きな本棚に囲まれて、お父さんが座るデスクトップ型のパソコンが乗った大きなデスクと、その横には長椅子状の大きなソファーが置いてあった。
これが噂に聞く『書斎』というやつか、と感心していると、史也がソファーに座ってオレを手招いた。が、このまま座るのも変かなと思ったので、一応、挨拶をする。
「あの、こんにちは。今日は、その、よろしくお願いします」
何をお願いするのかよく分からないけど、とりあえず、ぺこりと頭を下げた。
「ああ、久しぶりだね古井戸くん。史也がずいぶん、仲良くしてもらっているみたいで感謝しているよ。まあ、掛けたまえ」
と、あまり感謝されていなさそうな笑顔で、席を勧められた。
「それで、今日は何の話?」
史也のお父さんは、椅子をくるりとオレたちの方へ回して、ひじ掛けにひじを乗せ、両手の指を交差させた状態で、ひざに置いた。
史也がひとつ、大きく深呼吸をした。
「親父。オレは今までもの凄く、くっそ狭い世界に閉じ込められていたんだ」
オレとお父さんは同じようなリアクションをした。
「え?」
ん? 何が始まるんだ?




