13.新たな使命感
というわけで、オレは部屋で一人『史也のお父さん対策』を立てることにした。
が、しかし。
何だろう? このモヤモヤした感情は?
何かが、史也のことを考えようとすると邪魔をする。
「……お姉さんか?」
言葉にすると、しっくり来た。
週に3日はうちに来ているのに、オレはお姉さんとあまり話しをしていない。それは、史也が気に入っているオレを、お姉さんが敵視しているからだ。
それを分かっているから、オレは自分からお姉さんには近づかないようにしている。
今日は何でこんなに話しかけられているのかなあと、不思議に思っていたくらいだ。
正直、今のあのお姉さんをオレは嫌いだ。オレに、史也に対する嫌がらせの話をしてくるもの嫌だし、あの家で、史也がお姉さんの悪意にさらされているのも嫌だ。
嫌だけど、このままでいるのはもっと嫌だ。何か、お姉さんと友好的になる方法はないだろうか?
お互い仲良くした方が良いのは当然だし、上手くすれば、お父さんとの仲を取り持ってくれるかも……いや、お姉さんが受験の時に史也がいろいろやらかしているらしいから、それは無理だな。
それにオレは一つ、気になることがあった。
お姉さんは、今のままでは将来は水玉さんが言うところのいじめっ子の様な人になってしまうのではないだろうか。ということだ。
毎日、史也に対する悪意を溜めて、史也に嫌がらせをすることを繰り返していたら、お姉さんは気づかないうちに他人に対する悪意を溜め続けることと、嫌がらせをする才能ばかりが磨かれた人になってしまう。
史也のお姉さんに、そんな人がいて欲しくない。
できることなら、史也のためにもお姉さんには優しくて良いお姉さんになって欲しい。
オレの使命感に火が点いた。
お姉さんについて、考える。
お姉さんは日比野家の3人目の女の子だ。本人が言うには、両親は本当は男の子が欲しかったのに女の子が生まれてがっかりされたということだったけど……
ん? でも、生まれてすぐ言葉を理解できるはずもなく、その場でがっかりを確認したわけではないはずだ。
恐らく、言葉を理解できるようになってから、誰かから聞いたのではないだろうか? それが正しいか間違っているかは別にして、わざわざそういうことを本人に言った人がいるということだ。いや、大人が話していたところをたまたま聞いていたのかもしれない。
その時点ではお姉さんはただの被害者で、可哀そうな小さな女の子だ。
まず質問①は、誰からそれを聞いたのか? この確認は大事だと思う。
そんなことを聞いたら、誰だって傷つくだろう。そしてその後、両親の言動を全部、そういう思いで見ていれば、何かあれば自分は大事にされていないと思うし、史也が特別な扱いを受けているように見えるのは当然だと思う。
そして、上のお姉さん達とは3つも年が離れていて、上の二人は成績優秀で、一番上のお姉さんは文系、二番目のお姉さんは理系が得意で、二人はとても仲が良い。
三姉妹の中では、風夏さんだけ歳も離れているせいもあって、一人仲間外れというか、史也と一緒という扱いらしい。
上のお姉さん二人は体のサイズもほぼ一緒で、服は二人とも新品で購入し、お互い貸し借りをしているそうだ。そして、その二人分の服が、三人目の風夏さんにおさがりとして大量に引き渡される。家の中でおさがりを着ているのは、風夏さんだけだ。
風夏さんは常に上の優秀なお姉さんたちと比べられるけど、史也は男の子だからと、比べられることは無いそうだ。
という内容を、風夏さんがかけちゃんと母上に話しているのを、聞くともなしに聞いていた。
うーん、オレは一人っ子だから、そういう姉とか弟とかいう存在が感覚的に理解はできないけど、確かに大変そうだ……
それに、料理を作ると大きいお姉さんに馬鹿にされるとも言っていたな……
あれ? 何だろう、改めて考えれば考えるほど、風夏さんがどんどん可哀そうに思えてきた様な気がする……何でだ?
「ああ、そうか」
今までお姉さんが可哀そうに思えなかったのは、お姉さんが強かったからだ。可哀そうと思われる以上に、お姉さんが頑張っていたのだ。
そしてその可哀そうなお姉さんの横で、男であるという特権を無意識に振りかざし、ひょうひょうと特別扱いをされている史也の当然という顔を殴りたくなる気持ちが、少し解るような気がしてきた。
そうなんだよね、史也が決して性格がそんなに良いわけではないのは知っているのだ。
「えーと、結局聞かなきゃいけないことは①だけ……かな?」
しばらくボケーッと考えてから、階段を下りて下に行く。台所から、お花の巻きずしを作る3人の楽しそうな会話が聞こえる。
「わーっ、海苔が破れる!」
「こうやって一つ一つ細長いパーツを作って、こう組み合わせると、切った時にお花ができるのね。昔の人って賢いわねえ」
「切った時の形を考えて作るのか……う~ん、これは難しいな……」
オレが台所に入ってきたことに気づいた母親が、「あんたも一緒にやる?」と誘ってくれたけど、手をパタパタ振ってお断りした。
冷蔵庫から麦茶を出してコップに注ぐ。コップを持って台所の隣にあるリビングのソファーにごろんと横になりながら脇のテーブルにコップを置いて、横に置いてあるいつもの生物図鑑を手に取った。
図鑑を見ている振りをしながら、台所の様子をうかがう。
「かけちゃんって、意外と器用だよね。細かい作業が上手」お姉さんが褒める。
「そうね、スゴイきれいな形にできているわ」母親も褒める。
「へへッ、こういうの楽しいっスね」かけちゃん、上機嫌。
「ふう~っ、花びら5本できた!」←姉
「これで、花びらと花芯の卵焼きを、大きな海苔でまとめて巻いていくのね」←母
「この大きい海苔に、酢飯を広げるのが難しいな……」←かけ
「手前から花びらを並べて、こう、巻きながら卵焼きを真ん中に入れて、残りの花びらを巻いて……って、あれ? これでいいの? んん?」
「ああ、花びらが大きいと収まりきらなくなるのね」
「ムムム……」
料理というより、工作をしているような光景だ。
「うーんこれは……巻きがゆるゆるになっちゃった」
「これは、切ってみないと分からないわねえ」
「うおー、早く切りたい!」
母親が両手を腰に当てたポーズで、一息ついた。
「太巻きって、そのまま切ると包丁に酢飯がくっついちゃって切るのが大変なのよ。だから、1個切る度に包丁を拭いたりしていたんだけど」
「えっ、めんどくさい」
かけちゃんの素直な感想。
「でもね、ネットが普及したおかげで、賢い一般人の知恵を皆で共有できるようになったのよ! 私的には、こういうのが一番のネットの恩恵だと思うわ!」
母親がタブレットを操作しながら、現代技術に感謝する。
「この方法を見つけた人は天才よね!」
「こう?」とか言いながら、包丁にぬれた紙をくっつけて切っている。どうやらあれが、賢い一般人の天才的な技術らしい。後でググってみよう。
「おおっ」と切った断面を見て、歓声が上がる。
3人が一点に集中して一喜一憂している様は、はたから見ていて面白い。
「うわっ、かけちゃんのスッゴイ綺麗! きっちりお花になってる」
「あら本当、これは綺麗ねえ!」
「そうっスか?」
照れるかけちゃん。
オレは思った。
こうして見ていると、史也さえいなければお姉さんはとても良い子だ。
史也絡みの因縁さえ無くなれば、ぜひ仲良くなりたいと思うくらいだ。でも、出生から絡んでいるんだし、どうしようもないのかなあ……とお手上げ状態な気分でボーっと考えていると、名前を呼ばれていることに気がついた。
「未知流くん、試食するよ! こっちにおいで」
お姉さんが笑顔で呼んでいる。素直に嬉しい。
「オレ、作ってないのにいいんスか?」
一応、遠慮してみる。
「こういうのは『当事者だけよりも、第三者がいた方が冷静な判定をしてくれる』って美帆達がいつも言ってるし」
「そんなことを言うんだ」さすが高校生だ。「じゃあ、遠慮なく」
テーブルに着くと、三者三様のお花の巻きずしが3つの大皿にそれぞれ並べられていた。真ん中の卵焼きを5つの丸いピンク色の花びらでぐるっと囲っている花が、周りの薄い酢飯でまとめられているデザインだ。
「かけちゃんの綺麗でしょ? スゴイよね!」
見ると、かけちゃんの巻きずしは確かにきっちり綺麗に花の形にできているのに対して、お姉さんの巻きずしは形が少し崩れている。
この前のクッキーもかわいかったけど、かけちゃんって意外と器用だと思う。
「これが、初心者向けなの?」
「いや、いろいろ調べて一番簡単そうだったのよ。それでもやっぱり、見るのとやるのは違うわね」
母親が笑いながら、取り皿を渡してくれた。
「大変だったけど、面白かった!」
「ちゃんと形になったのが嬉しい!」
かけちゃんとお姉さんは満足そうだ。
「じゃあ、早速食べましょうか、 いただきまーす!」
皆、まずはそれぞれ自分の巻きずしを食べている。オレはとりあえず、遠慮なく食べられる母親のぶんに手を付けた。
母親の普通の太巻きは食べたことがあったから、特に感想はない。皆も自分の巻きずしを食べてそれぞれ満足している感じだ。ただ、かけちゃんの眉間のしわが気になる。
さて、次だ。
「じゃあ、かけちゃんの巻きずしをいただきまーす」と言って、ひょいっと1つお皿から取り、そのまま口にパクリと入れた。
「んむ?」




