第八十五話「去り際も楽しいですか?」
《――温泉に浸かり、祈りを捧げていた主人公。
暫くの後……温泉から上がった彼は
大樹の間へと戻り――》
………
……
…
「シゲシゲさんは何時頃来るんだろう、緊張するなぁ……」
《――そう言いつつ正座のまま出入り口の方を向き
緊張した面持ちでシゲシゲを待って居た。
一方、そんな様子を見たマリアは――》
「あの……主人公さんって時々可愛いですよね」
「へっ?! ……なっ、何でだよ!? 」
「だって後ろ姿見てたら“飼い主の帰りを待つペット”
みたいな感じがするんですもん! 」
「お、お前なぁ……」
《――などと話していると
扉の向こうから
“皆様、宜しいでしょうか? ”
と、エリアスの声が聞こえ――》
「……はい、どうぞ! 」
《――そう主人公が入室の許可を出すと
シゲシゲを筆頭に、エリアスやボルグ
ドワーフ族の職人達など、実に大勢の者達が部屋へと現れた。
そして、代表者であるシゲシゲは入室するなり――》
「……その様に正座などせず、もう少しリラックスしてくだされ。
せっかく旅の疲れを癒やしたと言うのに
ワシの所為で台無しにしては旅館の名折れですからのぉ」
《――と、促した。
だが、些か緊張し過ぎていた様子の主人公は
決して足を崩そうとはしなかった。
すると――》
「困りましたのぉ……では仕方有りませんな。
はぁぁぁぁぁぁっっ! ……きええィッ! 」
「シ、シゲシゲさん何を……って。
……ぎゃああああぁぁぁッ!! 」
《――突如として奇っ怪な動きを見せたかと思うと
主人公の背後に回ったシゲシゲは主人公の“足裏”を指で突付き――
――直後、激しい痛みと強烈な痺れに襲われた主人公は
苦しみ悶え……そんな彼の姿に慌てた彼の仲間達は
シゲシゲに対し最大限の警戒心を顕にした。
だが――》
「ち、違う……皆……これは“正座あるある”だからッ……
取り敢えず、全員落ち着いて……は~痛かったッ……」
《――そう皆を静止した主人公。
ともあれ……暫くの後、痺れが落ち着いた様子の主人公は
楽な姿勢に座り直すと――》
………
……
…
「ま……まずは皆様へ御礼を。
今日まで一週間の間、最高の体験をさせて頂きました事
心の底から感謝しています……本当にありがとうございました」
《――そう言うと、深々と頭を下げた主人公。
であったが、早々に頭を上げると――》
「……そしてシゲシゲさん。
マジで……子供みたいなイタズラやめて下さいよ~!
結構痛かったですよ? 」
《――と、少し涙目に成りつつそう言った主人公
そんな彼に対し、シゲシゲは――》
「少しイタズラが過ぎたかのぉ……じゃが
年寄りの忠告は聞いておく物ですぞぃ?
……これからまた旅に戻られるのであれば
正座などで体を疲れさせるべきでは有りませんじゃろう?
そもそも、主人公さんがどの様な座り方で居ったとしても
既に決めたワシの決定は覆りませんでのぉ? 」
「それは分かっています……でも、礼儀として確りしておこうかと」
「それも充分理解しておりますとも……真っ直ぐな御方じゃ。
……さて、もう少しすれば旅館が忙しくなる頃ですから
主人公さんにもワシにも重要な話から
先に手早く済ませるべきじゃと思っております……」
《――そう言うと着物の懐に手を入れたシゲシゲ
直後――》
「……これがワシの考える、主人公さんに対する全ての答えですじゃ!
これを……受け取って貰えるじゃろうか? 」
「は、はい……って!? こ、これは確か……」
《――シゲシゲが主人公に対し手渡した物
それは、表紙に“白羊宮之書”と記された一冊の本で――》
………
……
…
「あ、あのッ!! ……これって
シゲシゲさん達にとって相当重要な物なのでは?
あっ……“少しだけなら読んでも良いよ”的な事ですよね?
まさか“譲って下さろうとしてる”訳じゃ無いですよね? 」
「ん? ……ワシは
“受け取って下さるか? ”をお訊ねした筈ですぞぃ?
ともあれ……無論、その本が
ワシ達に重要な物で有る事は事実じゃし、この旅館とこの旅館内に
ワシの持つ記憶通りの“日本”を作り出せたのは
その本の存在が大きかった事も確かです……じゃが
それ故にその本は恐ろしい力も秘めておると思っております」
「それは……悪用される恐れが有ると? 」
「ええ、汎ゆる物を作り出せる可能性を持っております故
使用者の“想像力”次第では悪用も可能な凄まじい物じゃと思いますぞ?
……その本を狙う悪党が居らぬとも限りませんし
所持している事さえ誰にも知られぬ方が良いじゃろうと思いますがのう」
「当然“言いふらしたり”はしませんが……それよりも
そんな凄い本を譲って頂ける程
俺は自分の事を出来た人間だと思えないんですが……と言うか
譲って頂けるのは嬉しいのですが……
……俺は唯、日本的な物の情報を聞きたかっただけで
“納豆菌”とか“大豆”とかを分けて貰ったりってだけでも全然……」
「ふむ……予想通りの反応をして貰えて嬉しい限りじゃ!
やはりワシの判断は間違いでは無かった様じゃ! 」
「えっ!? ……な、何がですか? 」
「もしかせんでも、主人公さんも日本からの転生じゃろう?
と、言う事はワシと知識の量自体は大差無い筈じゃ。
“日本”をこの世界に作り出す為に必要なのは
主人公さんの“想像力”とその本だけで充分じゃろうし
ワシが知らん物ですら幾らでも作り出す事が可能な筈。
そう成ればわざわざワシが教えるまでも無いじゃろうし
そもそも伯爵の絵本があれば
良い“レシピ”代わりに成るじゃろうと思いましてのぉ?
まぁ……それとは別に
その本を渡すと決めた理由が有りましてのぉ……」
「そ、それは……お訊ねしても? 」
「……ワシはそれなりに歳を重ねておりますから
十年……いや、五年先も分かりません故
いつかはその本を誰かに譲る時が訪れるじゃろうと思うて居ります。
じゃが、その様に何でも生み出せてしまう本を
万が一にでも悪の手に渡らせてしまえば
この世界に争いの種を生むじゃろうと思いましてな? ……ならば
悪用する恐れが無いと断言出来る者に技術を引き継がねば。
要は……老い先短い者の最後の使命とも思うての事ですじゃ。
……それに、ワシは思ったのですよ。
主人公さんの考えを聞いた日から色々と悩みましたが
ワシの大切な仲間達から伝え聞く主人公さんのお人柄を知った時
少しずつワシの中に欲が芽生えた……主人公さんの言う
“皆を幸せにする知識の活用方法”
……その行く末が見てみたいと言う欲が
それに恐らく、主人公さんならば夢物語にせず叶えてしまうじゃろうと
何故かは分かりませんが、一種の確信の様な物を得たのですじゃよ」
「其処まで考えて下さって居たんですね……でも、俺。
シゲシゲさんにそんなに期待して貰える程
聖人君子じゃないと思いますけど……」
「ふむ……じゃが“最適解”ではありますぞぃ?
それとボルグさんから聞きましたが
主人公さんは相当な力をお持ちの様子。
……ワシらがその本を守るには限界がありそうですが
主人公さんならば余裕があるのではと思いましてのぉ!
そう言う訳で、一種の“厄介払い”も兼ねておりますぞぃ!! 」
《――そうおどけた様子で語ったシゲシゲだったが
彼の眼差しからは主人公に対する確かな信頼が見えたと言う。
そして――》
………
……
…
「……参ったな、シゲシゲさんには勝てないや。
分かりました! ……この本を決して悪用せず、悪の手から護り
シゲシゲさんが譲って良かったと思える程
この世界を良い方向へ導く為だけに活用する事を誓います。
……どんなに時間が掛かっても失望だけはさせないと約束します。
あと……俺の故郷である政令国家に
この旅館に負けず劣らずな名湯溢れる温泉を作ってみたいですし
皆様がお越しの際は俺達がして貰ったみたいに……いや、それ以上に!
最上級のおもてなしをさせて頂きますから……楽しみにしててください! 」
「うむ! ……やはりワシの決断は間違って居なかった様じゃ!
故郷に作り出す温泉……楽しみにしておりますぞ!
……さて、そろそろ旅館も忙しくなり始めますので
ワシ達はそろそろ仕事に戻らさせて頂きますぞぃ? 」
「ええ! ……本当にありがとうございました!
……これでサーブロウ伯爵にも良い報告が出来ます! 」
「ふむ……ならば
“焼き物を大層気に入っておった”と伝えてくだされ! 」
「はいッ! ……」
《――この後
旅館を去り、サーブロウ伯爵への報告を済ませる為
伯爵邸への転移の準備をしていた主人公。
だが、そんな一行を影から監視していた者が居た――》
………
……
…
「……“ご案内しろ”との事だったが
伯爵への用件が終わってからの方が面倒事に成らないか。
まあ、折を見てお声掛けするとしよう……」
………
……
…
《――暫くの後
サーブロウ伯爵邸へと辿り着いた一行。
直後、彼らの到着を聞きつけたサーブロウ伯爵は
興奮気味に一行を屋敷へと案内すると、主人公が話すよりも早く
“焼き物”の結果を訊ね――》
「それで……どうだった!? 」
「ええ! ……シゲシゲさんはとても喜んでましたし
大層気に入っていらっしゃいました!
“腕を上げたのぉ!”と褒め称えてましたから! 」
「おぉ! ついに認められたか!! ……これは嬉しい報告だ!
……旅館で散々経験はしたかも知れないが、この良き日に
是非とも日本的なおもてなしを改めてさせて頂きたい! 」
《――主人公の報告に大層上機嫌な様子の伯爵は
執事に対し“例の木彫りを持ってくる様に! ”と命じた。
の、だが――》
………
……
…
「ど、どうかね!? ……“それ”も私が手作りで作り上げた物だ!
日本の伝統的な工芸品との事なのだが……出来はどうだろうか? 」
「え、ええ……とても精巧だと思いま……すよ? ……」
「ん? ……あまり反応が良く無いが
もしや、出来が悪いのだろうか?!
もしそうで有るならば何処が悪いのかを是非ご教示願いたいっ! 」
「い……いや、何処も悪く有りませんって!
あまりに凄いクオリティ過ぎて驚いてるだけですから! 」
(と言うか……“これ”の何処が日本の伝統なんだ? )
《――この時主人公が若干引いていた理由。
それは……主人公に手渡された物が
木彫りで精巧に作られた――
“主人公のフィギュア”
――だったからである。
何故、木彫りのフィギュアを
伯爵が“日本の伝統”だと思い込んでいるのかは謎だが
ともあれ――》
………
……
…
「……しかし、故郷にあの旅館と似た物を作る計画とはね。
大変だろうが……是非とも頑張って頂きたい
完成する頃には、私も是非お邪魔したいと思っている。
……それまでには出歩ける様“リハビリ”を兼ねて
今日から敷地内の散歩でも日課にするとしよう!
しかし新しい旅館とは……本当に楽しみだ! 」
「ええ! ……日本通な伯爵様にお寛ぎ頂ける様
負けず劣らずな旅館を建てますので楽しみに待っていて下さい!
……さて、そうと決まれば一刻も早く政令国家に帰らなきゃですけど
いよいよ帰国出来るのかと思うと若干緊張する反面
皆に会えるのも楽しみだったり……」
「ほう……故郷に良い仲間が沢山居るのだね
とても羨ましい事だし、それはとても稀有な事だ。
……仲間を大切にするのだよ?
くれぐれも仲間を蔑ろにする事の無い様にね」
「はい! ……ではそろそろ俺達は行きます。
サーブロウ伯爵様、突然現れた俺達に対して
何から何まで……有難うございましたッ! 」
「……此方こそ、私の苦しみを和らげてくれて有難う
また会える日を楽しみにしているよ……では、道中気をつけてね」
「はいッ! ……」
《――伯爵との別れを済ませ
政令国家への帰路につく為、伯爵邸の正門まで戻った一行。
だが――》
………
……
…
「ん? 何か忘れている様な……あっ!!
話に夢中に成り過ぎて“人形”忘れて来ちゃった……」
《――自らを模した人形を応接室へと忘れて来た様子の主人公。
すると――》
「なら私が取ってきますっ! 待ってて下さいね~っ! ……」
「えっ?! ちょ……メル!? 」
《――主人公が声を掛けた時には
既に伯爵邸へと走り去っていたメル。
そして、そんな状況を敢えて意地悪げに――》
「うわぁ~……転移とか出来るのに
わざわざ女の子に走って忘れ物を取りに行かせるなんて
流石は主人公さん、悪いですねぇ~……」
《――そう表現したマリアに対し
主人公は――》
「ちょ!? ……そう言う事じゃ無くて!
メルが優しくて行動が早過ぎたってだけで! ……いや、どう考えても俺が悪い。
なんかごめん……後でメルに謝っておくよ」
「え……急に素直過ぎて逆に引きます。
それと“ツッコミ”忘れててもっと引いてます……」
「何でだよ! って、そう言えば……ごめん」
《――などとじゃれ合っていた二人
一方、急ぎ応接室へと向かって居たメルは
その途中で伯爵に呼び止められて居て――》
………
……
…
「ああ、気付いて貰えて良かった! 君が探しているのは“これ”だね? 」
《――そう言うと“主人公の人形”をメルに手渡した伯爵。
これを受け取るとお礼を言い
少し急ぎ気味に今来た廊下を走って戻ったメル……だが。
曲がり角で一人の使用人とぶつかってしまい――》
………
……
…
「アイタタタ……って、ごめんなさいっ!!! 」
「ん? 此方は問題無いが……貴女は怪我などして居ないだろうか? 」
《――そうメルに対し訊ねた使用人
彼は片目に眼帯をしており、古傷が多数目立つオーク族の男性で――》
「へっ? だ、大丈夫ですっ! ……本当にすみませんでしたっ! 」
「いや、此方こそ申し訳無い。
では……仕事が有るのでこれで……」
「は、はい! では私も失礼しますっ! ……」
《――その強面な容姿に少し怯えつつも
再び一行の待つ正門へと急いだメル。
その一方で――》
………
……
…
「ううむ……気の所為だろうか? 」
《――メルの立ち去った方向に目をやり
幾度と無く首を傾げつつ
サーブロウ伯爵の元へと向かったオーク族の使用人。
一方、そんな彼の様子を見ていた伯爵は――》
「どうかしたのかね? ……何か悩んでいる様に見えるが」
《――と、訊ね
使用人はそれに対し――》
「いえ……気の所為でしょうが、何か覚えの有る“匂い”がした物で」
「ふむ……それで報告は何だったのかね? 」
「……ああ、それを忘れておりました
薪割りは全て終わらせておきました、それと……」
………
……
…
《――その一方、正門へと戻ったメルは
息を切らしつつ主人公に人形を手渡すと――》
「もう忘れちゃ駄目ですよっ? い、要らないなら……そのっ!
……わ、私が貰いますからっ! 」
《――と、少し頬を赤らめながらそう言った。
そんなメルに対し酷く落ち込んだ様子で――》
「有難う、ごめんねメル……」
《――と言い掛けた瞬間
マリアとの“約束”を思い出した主人公は――》
「……おっ、俺にはメルの方が大切だからッ!
こっ……今度からは無理しないで!
わ、忘れ物とかは俺が自分で取りに行くから! 」
《――と、此方も頬を赤らめながら言い放ったのであった。
ともあれ、この直後
そんな“妙な空気”を吹き飛ばす為か――》
「さ、さぁてとおぉぉっ! ……ゴホンッ!
いよいよこの国を離れる訳だけど、皆……心の準備は良いかぁっ?! 」
《――そう所々声を裏返らせ
妙なテンションで訊ねた主人公に対し――》
「いやぁ~っ“自爆”してる主人公さん面白いですねぇ~」
《――と、マリアにイジられ
顔を真赤にした主人公の姿に、仲間達は皆笑顔を浮かべ
和やかな雰囲気で荷馬車へと乗り込んだ。
だが……この直後
一行が荷馬車を発車させたその瞬間――》
………
……
…
「御一行様ッ! ……暫しお待ちをッ!! 」
「ぬわぁッ?! って……皆停まってッ!! 」
《――突如として荷馬車の前に飛び出して来たのは
“一番隊の隊長”で――》
「御一行様ッ! 折り入ってご相談……いえ、お願いが御座いますッ! 」
「お、お願いですか? ……一体何です? 」
「私共の管轄で有る、西地域の長から
“御一行様を城へ招待する様に! ”との命令を受けておりまして
御一行様をお連れしなければ私の首が飛ぶので御座いますッ!
ですのでどうか……この通りッ!! 」
《――そう言うや否や一行に対し土下座をした“隊長”
この、鬼気迫る様子に困り果てた主人公は――》
「わ……分かりましたから取り敢えず頭を上げて下さい!
でも俺達は別に、そんな“お偉いさん”じゃ無いんですけど……」
「了承頂けた? ……お越し頂けるのですか?! 」
「仕方無くですけど……」
「こ、心より……感謝致しますッ!!
そうと決まれば……兵達よッ! 長の元へお連れするまでの間
護衛任務を遂行するッ! 状況開始ッ!! ――」
《――直後
何処からともなく現れた大量の兵士達。
一行はこの“過剰な警護”と共にこの日から更に一週間を掛け
西地域の長の居城へと向かう事と成った……だが
“例に依って”幾度と無く
“過剰な警護”の弊害を感じつつも……一週間後
遂に西地域の長が待つと言う巨大な城の正門前へとたどり着いた一行。
だが、其処で一行を待って居たのは――》
===第八十五話・終===




