第二話「転生は楽勝では無かったからきっと転生先では楽勝……じゃないのね? 」
“トラック転生”
と言う、一聴すれば聞き馴染みがありそうで全く無い転生方法に依って、転生担当の黒髪美女“マリア”と共に異世界へと転生する事と成った俺。
だが……何故だろう?
体が重いし足も手も動かない……。
その上、何だか自分の体とは思えないし、全く以て違和感しかないのは。
「さん……さんっ! ……」
(ん? ……誰の声だ?)
「だめですっ! ……戻ってきません! 魔導医様、一体どうすれば……」
「ううむ、私の治癒魔導ではこれ以上の治療は難……」
(男女が話してる声は聴こえるが……何の話だ? てか、何か……体に違和感を感じる様な……)
「せ、先生っ! ……意識が戻りかけていますっ!」
「何?! ……ではもう一度治癒魔導だ! 二重治癒ッ!! ……おぉっ!! 効いた様だぞっ! ……」
「んっ? ……痛ッ?! 何だ? 何処だ此処は……」
「あぁっ! 君、動いてはいけないっ!」
見覚えの無い部屋の一室。起き上がろうと力を込めた俺に対しそう言ったのは、ローブ姿の老人だった。
……成程、異世界らしい服装だ。人間っぽい見た目だが、違う可能性も有るのだろうか?
いや、そんな事よりも、なんで俺は“動いちゃ駄目”なんだ?
「何故動いちゃ駄目なんですか? と言うか、此処は何処ですか?」
「ん? もしや記憶が……主人公さん。落ち着いて、ゆっくりで構いません。先ずはご自分の状態をその目で確認して頂きたい」
「は、はい……って。……えっ?」
医者と思しきローブ姿の老人に促され、自らの身体を確認した俺は……直後、頭部と利き腕以外の部位が見るも無残な状態に成って居る事を知った。
一体……何が有った? 何よりも……一体何故この状態で俺は生きて居る?
「……う、うわぁぁぁぁぁッ?!! 死ぬ、し……死んじゃうよ……助けて……うぐッ!! ……」
「落ち着いて!! ……本来意識が戻る事が奇跡なんです! しかし……私の治癒魔導ではもう限界だ。一体、どうすれば良いのじゃろうか……」
「そ、そんなッ! ……助けてくださいよ?! 貴方医者なんでしょ?! そもそも転生して直ぐにこんなの……って!!」
まさか。俺は“あの状態を”引き継いだのか?
「くッ……一か八かだッ!!!」
何故こうなったのか、状況に理解は及ばないが、傷口の痛みが強まり始めて居る事だけは確りと理解した。
この直後……出来るか否かを考える余裕など無く、魔導医から魔導杖を奪い取り、自分に向けた俺。
……当然と言うべきか魔導医は狼狽え、看護師らしき女性からは“貴方には無理だ”などと言われたが、転生するだけでも苦労した上に、このまま転生早々死を待つのなんざ絶対にゴメンだ。
「煩い黙れッ!!! 俺は生きるんだッ!!!」
死に物狂いとでも言うべき心境の中。俺は、たった今耳にしたばかりの“治癒魔導らしき呪文”を唱えた。
「――治癒ッ!!!」
「そ……そんなバカな」
「す、凄い……全ての傷が完治して……」
魔導医と看護師から齎される驚嘆の声。
どうやら俺は、治癒魔導を無事に成功させたらしい。
……と、気取って居る暇も無く、魔導医から借りた杖に亀裂が入った。
嗚呼……ヤバい。“弁償させられるッ!”
「す……すみませんでしたぁぁッ!! けッ、決してワザとでは無くてッ! ……」
「なっ……何と言う事だ。杖に亀裂が入る程の魔導力を有して居るとは……」
「えッ? いや、その……って言うか俺、完治したんでしょうか?」
「あ、ああ……見るからに完治して居る。何処も苦しくないかね?」
「ええ、苦しくはありませんけど、何だか違和感があって……妙に“寒い”んです」
そう応えた瞬間、眉間にシワを寄せた魔導医。
一方、看護師の女性は俺の“腰から下”に目を遣りつつ――
「違和感ですか? …………見た所、何処にも異常は有りませんよ? ちゃんと“付く物も付いて”ますから」
と、言った。
「つ、付く物って……な゛ッ?! い、いやぁぁぁんッ俺裸ぁぁぁぁぁッ?!」
「お、落ち着くんだ主人公さん! 睡眠の魔導……スリープっ!」
「お、落ち着けって言ったって! こんな姿見られたらお婿にいけな……zzz」
「うわぁ……」
「流石に引……」
薄れる意識の中で、魔導医と看護師の“引く”姿が目に焼き付いた。
……嗚呼。転生早々大恥をかいた気がする。
「ん……んんッ? って、そっか……俺は眠らされた……って?! 良かった……“穿いてる”な」
正確な時間は判らないが、恐らくは数時間ほど後だろう頃。
眠りから覚めた俺は先ず“下”を確認した。“大丈夫だ、服は着てる!”
と、安心したのも束の間……ある疑問が俺を襲った。
“この服、一体誰が着せたんだろう?”
「いやぁ~すっかり良くなりましたッ! 名医様のお陰ですッ!」
「いや、治療したのはほぼ君で……」
「や、やだなぁ~ッ! “服を着せたまま”治療して下さったじゃないですか~ッ!!」
「いいえ? 主人公さんは全くの裸状態で……」
「かッ、看護師さんも凄い補佐でした! 貴女が居なかったら助かってなかったと思える程でッ! とッ……兎に角ッ!! これ以上は何も言わないで黙ってて下さいッ!!」
「いや、しかし……」
「だぁぁぁぁぁからッ!!! てッ、手柄は全部お二人の物って事でどうか一つッ!!」
「ふ、ふむ……私達は構いませんが……」
「せ、先生がそう仰るのであれば私も構いませんが……」
この時、心の奥底では分かって居た。明らかに“気を使わせて居る”事を。
「って……そんな事は置いといて! その、治療して頂いたのは有り難いんですけど、俺、多分ですけど“治療費が払えない”可能性が……」
「えっ? ……お金なんて必要ないですよ?」
きょとんとした表情を浮かべ、すかさずそう応えた看護師。
「えっ? ……じゃあ何を必要とするんです?」
と、訊ねた俺に対し、“感謝ですかね?”と続けた。
意味が分からず固まって居た俺に対し、魔導医は――
「……そもそも自分で治療しておったし、私達に感謝されても……のう?」
そう看護師と顔を見合わせながら言ったのだった。
……この後、一切の対価を要求されず、“杖”に関しても小言一つすら言われなかった俺は、二人に心からの感謝を伝えた。
嗚呼……人から優しくされたのは何時振りだろうか?
いや、考えたらマリアも俺に優しく……って。
そう言えば、この世界に飛んでからマリアとは会っていない……だが、間違い無く一緒に転生した筈だ。
“道具として転生する”とは言ってたが、まさか。
「そ、それであの……マリアは何処に?」
「マリア? その様な名前の者は知らんが……」
「は? ……そんな筈はッ!!!」
「……その方が何方かは知らんが、主人公さん……家族の事は覚えて居るかね?」
「か、家族? ……この世界に? って、いやその……俺に家族なんて居るんですか?」
「ううむ……やはり記憶に少し乱れがある様じゃ。母親のリタと父親のジョンの事なのじゃが……」
「えっと……覚えて居ないと言うか何と言うか」
俺はそんな“設定”をしただろうか?
そんな存在が居た憶えは無いが、両親だと言うのなら、俺を心配して居る筈だと考え、居場所を問うた俺に対し、魔導医は心苦しそうに口を開き――
「伝えるタイミングを考えて居たんじゃが、全員、件の魔物に襲われ……苦しみは無かったらしい。君も危ない所だったのだが、ギリギリの所で魔導隊が到着し、救出されたんじゃよ……」
「そう……ですか。……失う事には慣れてるんで大丈夫です。でも、記憶が一切ないのが幸いですよね。自宅の場所も分からないし、今、所持金が幾らあるんだろう? とか。家族が全員死んだと聞かされても、俺って自分の事ばかり考えてるんです。最低です……よね」
転生前の記憶と重なったと言うのもあるだろう。
この瞬間、取り繕う為開いた俺の口から発せられた言葉は嗚咽混じりで、自然と流れる涙は抑えられず。
「……思い出さなければその方が幸せじゃよ。両親は君の無事を喜んでおる筈じゃ、それに金ならば暫くの間、国が支給してくれる筈じゃ。何せ、君は家も……」
気遣う様に背中を擦りながら、心苦しそうに状況を伝えてくれた魔導医の声は優しく、とても穏やかだった。
「有難う……ございます」
お礼さえすんなりとは言えず、その事に心苦しさを感じて居た俺。
だが……この直後、ノックの音と共に現れた、精悍な顔立ちをした一人の男。
「魔導医殿……主人公君の容態はどうだね?」
そう問いながら俺の様子を視認し、安心した表情を浮かべた男。
服装を見る限り“軍人”の様だが――
「主人公君……まずは謝罪させてくれ。到着が遅れた事……本当にすまなかった」
そう言うや否や深々と頭を下げたこの男性。
だが、知らない事が原因で謝られるのは、何だか変な感じだ。
「い、いえ……先生にも説明されましたけど、俺、何も覚えて無くて……。謝られてもどうお返事すれば良いのかも分かりませんし、兎に角……お気に為さらないで下さい」
「気を遣わせてしまったか……重ね重ねすまない。だが……君の言葉に甘え、此処からは君のこれからの生活に関する説明をさせて貰うとしよう。君が移り住む住居は国が用意する運びと成ったが、直ぐにとは行かない……其処で、暫くの間は“飲み屋のヴェルツ”の二階にある宿で寝泊まりして貰う事に成るだろう……それと、当面の生活費についても安心して良い。……記憶が無いと言うのは不安だろうが、どうか、強く生きて欲しい。例え今後何かを思い出し、耐え難い苦しみに襲われようとも、君は独りでは無い……何か質問があれば今聞いておこう」
「では、一つだけ…………マリアと言う名前の女性を知りませんか?」
「マリア? ……“あの女性”の事だろうか?」
「な、何か知ってるんですかッ?!」
「確か……魔物を討伐した後だったか、君の名前を叫びながら走り回って居たので一応、保護して居るのだが、訳の分からない事を叫び続けて居て困って居るんだ。……その、病み上がりですまないのだが、もし、知り合いなのであれば出来るだけ早く……引き取っては貰えないだろうか?」
この瞬間、明らかに迷惑そうな様子でそう言ったこの男性。
だが、何が理由でそんな反応を見せたにせよ、マリアが保護されて居るのなら一刻も早く合流せねば成らない。
直後、男性に連れられ病院を出た俺は――“魔導隊詰所”――と呼ばれる所へ案内された。
の、だが。
「嫌ぁぁぁぁぁっ!!! ……此処から出してよぉぉっ!!!」
「あぁ煩いっ! ……良い加減大人しくしろっ!!!」
「あぁ~っ! やっぱり乱暴するつもりですねぇっ?! エッチな本みたいに……するつもりですねぇっ!?」
「だから、何でそうなるんだっ!! ……頼む、意味不明な事ばかり言わず、少しで構わん……お願いだから静かにしてくれっ!」
「嫌ぁぁぁっ!!! ……」
建物の外まで響き渡る、明らかに聞き覚えのある声。
……間違い無い、この声は“マリア”だ。
この後、軍人風の男性は割と大きな溜息を吐きながら、俺をマリアの元へと案内してくれた。
の、だが。
「いやぁっ! 離してっ!! ……って、主人公さん?! やっと会えました! ……あっ。お手数をお掛けしますが……私を助けてください! たった今、この獣に乱暴されそうに……」
「してないわっ!!!」
辟易とした表情の隊員は叫ぶ様にそう言った。
……“こう”なった原因は兎も角として、唯々謝るしか無いだろう眼前の状況に、俺は――
「い、色々すみませんでしたぁッ!」
と、完全なる土下座を披露し、どうにか事なきを得たのだった。
ともあれ。
「それはそうと……主人公さん、何処で何してたんですか? 私、とっても心配したんですよ?」
と、つい先程までの“発狂状態”が嘘の様に、冷静さを取り戻した彼女からそう訊ねられた俺。
だが、正直。
“お前の行動の方に疑問を感じる”……とか。
“捕まる程騒ぎ立てる神経が理解出来ない”……とか。
――“色々と”言いたい事はあったのだが。
「……悪かったよ。でも、俺だって死に掛けてて大変だったんだぞ? 運良くお医者様に救って貰えたから良かったけどッ!」
「えっ? ……何故早々に救われる様な目に?」
「い、いやそれは! ……って、そんな事は良いから先ずは詰所の皆さんに謝りなよ!」
「えっ? こんなに酷い目に遭わされたのに、何で私が謝らないと……」
転生早々、山程の騒動に巻き込まれる事と成った俺。
……そんな疲れと鬱屈とした感情を、半ば八つ当たりの様にマリアにぶつけて居た俺は、尚も言い訳を言うマリアに対し、文句を言うでも無く唯、静かに“死んだ魚の様な目”を向け続け――
「そ……その目止めてくださいっ! 分かりましたから! ……謝りますから! うぅっ……皆さん、ごめんなさい」
そう言って嫌々ながらも頭を下げたマリア。そんなマリアに対し――
「いえいえ、解決したならそれで構いません。だが……そんな事よりも、貴女には一つ答えて貰わなければ成らない質問があるのです。マリアさん……貴女の出身は何処です?」
「へっ? 私ですか? わ、私はこの国の……」
「マリアさん……嘘は良くない。この国の出身者は、この詰所内に私を含めた魔導隊の全員と、主人公君だけです。申し訳無いが……貴女をこの国で見かけたのは今日が初めてだ」
瞬間、先程まで優しかった軍人風の男性が見せたマリアに対する疑いの眼差し。
狼狽えるマリアを庇う為、俺はつい嘘を吐いてしまった。
「……おッ、俺が代わりに説明を! マリアは俺のその……遠い親戚の姉なんですッ!! こ、怖がりだからつい嘘を吐いたってだけで! ……」
これが不味い嘘だと気付くのに時間は掛からなかった。
何故なら、直ぐにバレてしまったから。
「主人公君……嘘は良くないと言った筈だ。先程、君は“何も覚えていない”……と私に言った。この女性の事を“彼女だ”とでも言うのならまだしも、“遠い親戚の姉”……と言う、良く分からない説明をした。主人公君……君には何か、彼女の存在を隠すだけの理由があるのかね?」
不味い、完全に不味い。
返す言葉がまるで思いつかないし、そのせいで長く口籠って居た俺の様子に、隊員達も警戒心を現し始めた。
……今直ぐマリアを連れ、この場から逃げ出すべきだろうか?
いや……彼らは全員、この国を護る役目を受け持って居る存在だ。きっと直ぐに捕まり、下手をすれば処刑される可能性だってあるかも知れない。
……危機的状況に陥った俺は、この後も口を開けずに居た。
だが。
「……それ位にしておきなさい。主人公さんは病み上がりの上、記憶も定かではないと聞きましたよ? 大きな事件の後で気が立っているのは理解しますが、もう少し落ち着きなさい……そもそも、そちらの女性からは悪意は勿論、邪気さえ一切感じられません。そう言った側面も含めて、総合的且つ、冷静に判断をするのが貴方の役目の筈です。私は貴方ならばそれが出来ると信じて居たのですが、どうなのです? ……カイエル魔導隊隊長?」
恐らくは相当に位の高い人なのだろう。
それは……この人が現れた途端、この部屋に居る全ての隊員の背筋が伸びに伸びた事からも明らかだ。
ともあれ、男性……もとい、“カイエル魔導隊隊長”は、この女性に対し――
「ミ……ミネルバ様! そうは仰られますが、万が一にもそちらの女性があの魔物を呼び寄せた可能性が有るのならば! ……」
と、反論した。
だが“ミネルバ様”と呼ばれたこの女性は――
「あの様に強力な魔物を操る事の出来る者など、魔族以外には考えられません。今回の件とは関係無く、マリアさんには“出自を隠したい”だけの理由が有るのでしょう。……そうですね? マリアさん」
ミネルバと呼ばれたこの女性は、マリアに対し“助け舟半分、疑い半分”な様子でそう訊ねた。
だが――
「い、いえその……主人公さんの事以外を覚えていないのです。つまりは出身地も……その事を言えばきっと疑われ、そちらの男性に乱暴されてしまうのではと…………私、怖くてっ……ううっ……ぐすん」
素直に“はい”と言えば良いだけの状況の中、何故か“大根演技”を炸裂させたマリア。
……何処の“昼メロ”かと思える程の酷い大嘘をついたマリアに対し、大慌てで反論した魔導隊員さんが余りに不憫で成らなかった事は兎も角として。
「……マーシー魔導隊員?」
「ミ、ミネルバ様っ!? 私は断じて疑われる様な事など! ……」
学は無い俺だが、これだけは分かる。
“話があらぬ方向に逸れてる”
嗚呼、何だか凄く面倒だが、此処は俺が確りしなければ。
「あ、あの~……完全に話が逸れてませんか? ……主に“マリアのせい”で」
「あっ! 主人公さん……酷いっ!」
“酷いのはお前の演技だ!”と、言いたい気持ちをぐっと堪え、無表情で居る事を選んだ俺。
すると――
「そうでした……兎に角、お二人の会話を聞く限り、そして、私の“目”で見る限り、邪悪な気配など微塵も有りません。マリアさんが帝国のスパイと言う事も無いでしょうし…………カイエルさん、嫌疑は取り下げなさい」
僅かに微笑えみ、そう言ったミネルバさんに対し、即座に敬礼し、マリアへの嫌疑を取り下げてくれたカイエルさん。
……直後、話が無事に終わった事に安心し、“帝国”について問うた俺に対し――
「ええ……魔族に与する対価として、自国の安全を得ようと画策している愚かな国家です。魔王軍がその様に寛容であると思って居るのですから…………さて、主人公さん、それにマリアさん……お二人が泊まる事となる、当面の宿の準備が整いました。本来、それをお伝えする為に此処に来たのですが…………何だか“大騒動”に成ってしまいましたね?」
そう言われ、ひたすらに頭を下げて居た俺に対し、ミネルバさんは更に続けた。
「責めては居ませんから、頭を上げて下さい。それから……少額ですが当面の生活費はこの袋に。分からない事があれば、飲み屋の女将ミリアに聞くのが良いでしょう。あの子はこの国の事なら何でも知っていますからね」
「何から何までありがとうございます……」
「お気に為さらず、さて……カイエル、お二人を宿まで送って下さい」
「ハッ! ……では。主人公君、マリアさん……此方です」
直後。魔導隊詰所を後にした俺達は、カイエルさんに連れられ“ヴェルツ”と言う飲み屋へと案内された。
……活気に溢れた大衆居酒屋の様なこの店は、見るからに“陽キャ”ばかりで少しだけ気が重い。
そんな“繁盛店”の二階に宿が有るのは仕方が無いとして……不味いのは、マリアとまさかの“相部屋”だった事だ。
いや……不味くは無いのか?
……もしかして俺は、今日から“ムフフ”な日々を過ごす事になるんじゃ。
「……公君……主人公君っ!! 大丈夫かね?!」
「ひゃい!? ……が、頑張りますッ!」
「何を“頑張る”んだね? ……兎に角、二階の四号室が君達の部屋らしい。鍵はミリアに…………すまない、詰所から連絡が入った。私はこれで帰る、後は分かるね?」
「え、ええ! ……って、その、本当に何から何まで本当に有難うございます。と言うか、どうお礼をすれば良いのか……」
「構わない……“困った時はお互い様”と言う言葉もある。そもそも、国民を護るのが私達の仕事だからね…………今日は疲れただろう、狭いだろうが、ゆっくり休むと良い……」
そう言い残し、帰ろうとした彼は、ヴェルツの女将らしき人を少しの間見つめ、ハッと我に返った様に、慌てて立ち去って行った。
「あ、あの……主人公さん」
「何だい? マリア……」
「“引きこもり”歴長いのに、何でそんなに違和感無く人と喋れるんですか?」
「な゛ッ、いきなり酷い質問を…………今日は疲れたし、その件を含め、全部、部屋に入ってから説明……」
と、言い掛けた、この瞬間。
「おやっ! ……主人公ちゃん、治ったんだねぇっ!! 本当に良かったよ……けど、記憶が無いって聞いたよ? ……分からない事だらけで怖いだろうが、あたしがちゃんと教えてあげるから、任せるんだよっ!」
と、話し掛けて来たのは、ヴェルツの女将、ミリアさんだった。
だが……病院にしても魔導隊詰所にしても、この世界の住人が、俺の知らない、この世界の“俺”の事を話して来る状況には少しばかり困惑して居たし、全員が全員、俺の置かれた“最悪の状況”を知り、かなり気を遣って居る事には、やっぱり居心地の悪さを感じざるを得なかった。
……とは言え、嘆いて居ても始まらない。取り敢えずは今後も話は合わせる方向で行こう。
そう、決意した俺は――
「有難うございます……でもごめんなさい。正直に言うとあなたの事も覚えて無くて。でも、本当に……親切にありがとうございます」
そう返すに留めて居た。
とは言え、この世界は何だか優しい人が多い。
そんな……人から優しくされる事が嬉しい反面、申し訳無く成り始めて居た俺の表情を誤解したのか、直後、女将さんは――
「……何落ち込んで気ばかり使ってるんだいっ! 人様が困ってたら親切にするのは当たり前さ! もし今度あたしが困ってたら、その時は主人公ちゃんが助けてくれたらそれで良いんだよっ!」
そう言って笑顔を浮かべた。
嗚呼……何だかいよいよ、申し訳無さが“限界突破”しそうだ。
「兎に角……疲れてるだろうしお腹も空いてるだろう? ……後でご飯を持って行ってあげるから、まずは部屋に行って休むと良いさ! はい、部屋の鍵だよっ!」
「は、はいッ! ありがとうございますッ! そ、その……行こうかマリア」
直後、女将さんから鍵を受け取り四号室へと向かった俺達は――
「さて、無事に転生出来た……とも言い切れないけど、まぁ一応生きてるから良しとして……」
「苦情なら後で聞きます……それよりも教えて下さい。何故、早々に救われる様な目に? 何故、引きこもり歴の長さに“反比例”して、あんなに人とフレンドリーに喋れるんですか?」
「……一つ目の質問は良いとして、二つ目の質問は結構エグ目なの理解してるよね? まぁ……話すけどさ。一つ目は……何故かこの世界に転生した瞬間、魔導病院って所で目が覚めたんだ。……魔導医の説明によると、俺はこの世界で魔物に襲われ大怪我をしたらしい。その時一緒に居たって言う俺の“両親”は残念ながら魔物に襲われ、全員死亡したらしい。つまり俺は、元の世界と同じく“天涯孤独”って事だ。正直に言えば“転生前の苦しみ”と被ってて……ちょっと辛いや」
「……成程、この世界に主人公さんが転生した際、齟齬が発生しない様、自動生成でもされたのでしょう。病院に居た理由も、ありていに言えば――“主人公さんの情報を此方の世界に変換する際、腐りかけて居た所まで再現してしまった”――って感じでしょうか? それよりも……転生早々悲しい経験をさせてしまって本当にごめんなさい。私がもっと急げてたら、そんな気持ちに成らなくて良かったのに…………私、駄目な転生担当官でごめんなさい」
「い、いや……マリアは悪くないよ。それより……二つ目の質問に答えていいかな?」
「お嫌でしたら無理にとは……」
「いや、激動の一日だったし、昔話でもしてる方が気が紛れるしさ……だから、話すよ」
「心して聞きます」
「……子供の頃は、皆幸せに笑顔で暮らしてた。父さんも、母さんも……皆つまんない事で大爆笑したりとかさ、今思い出してもニヤける位……でも、そんな幸せな時間は、ある日突然奪われた。俺が友達の家にお泊りしてたあの日、俺の両親は……」
其処まで言い掛けた瞬間、何故か俺の発言を遮ったマリア。
彼女は何故か、泣きそうな表情をしていて。
「分かりました……もう分かりましたから! それ以上……悲しい顔しないで下さい。転生前の主人公さんの苦しみは“書類”で見ましたからある程度は知って居ます。どう考えても話したい話題じゃなかった筈なのに…………ごめんなさいっ!」
「いや、良いんだ……幸せな時代も思い出せたから」
何はともあれ。
暫くの後、タイミング良くご飯を持って現れた女将のミリアさん。
配膳された瞬間、美味そうな食事の香りが部屋に充満した……嗚呼。
そう言えば……転生直前、俺は腹ペコだったんだよなぁ。
「さぁっ! ……これ食べて疲れを取りなっ!」
「有難うございます! ……お腹ペッコペコだったんですよ~!」
ミリアさんに対しそう明るく返事をした俺。
だが、ミリアさんは妙な表情を浮かべて居て。
その事に疑問を感じた俺に対し……彼女は静かに“すまないね”と言った。
「す、すまないって……何がです?」
「……その、聞いちゃ不味いとは思ったんだけどね。あんたは……あたしが思ってる“主人公ちゃん”じゃ無いんだね? 何処か別の世界から、この世界に来る事を“転生”……って言うのかい?」
「な、何の事ですか? ……なんて言っても、もう駄目ですよね?」
「いいや、誤魔化されてもあたしは構わないさ…………すまない、悪い事を聞いたね」
そう言ったミリアさんの顔を見て理解した。
彼女は俺達を責めるつもりなど無い……寧ろ、俺達の事をとても心配して居る。
……暫しの沈黙の後、俺は、ミリアさんに全てを話す決断をした。
===第二話・終===




