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光双のポルタ  作者: もものふ
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第1幕 -6

どんなに足を動かしただろうか。

自分でも記憶が追いつかないほどには暗闇の中をただひたすらに進んでいた。かなり長い時間のようにも感じたが、実はそうでもないのかもしれない。

この先に果てがあるのかも分からない。

両脇は壁になっており、今までに分かれ道もなかったことからこの道を引き返せばまたあの広間に戻れるはずではあった。しかし戻ったところできっと外へと繋がる扉が開くことはないだろう。今はとにかく前へと進むしかなかった。

壁に手を這わせ注意深く足を踏み出す。1歩先に道が無かった、なんてことになったら話にならない。全身を研ぎ澄ませて、僅かな光すらも見逃さないように。今まで生きてきた中で1番神経を張り詰めた時間だったかもしれない。

永遠と思われた道のりもいずれ終わりが来るものだ。

前方に微かな光を認める。俺は息を呑んだ。胸が煩く音を立てて収まる気配がなかった。

早くこの暗闇から抜け出したい。早く彼女に会って真相を聞いて、そして。


――その先には何があるんだ?


俺はどこからともなく浮かび上がってきた思想に思わずどきりと肩を震わせる。


――それを聞いて、どうするんだ?


これは自分の考えなのか、それとも。

不意に湧き出てくる考えに恐怖を感じてならなかった。

しかし迷っている暇などない。頭の中で次々に浮かぶ謎の言葉を振り払い、俺は光へ向かって走り出す。

光の中へと飛び出して――。



目を(しばた)かせる。

劇場がそこには広がっていた。まるであの時見たポルタ座の会場そのものだ。

観客たちが席を埋めつくして、舞台上を一心に見つめている。

会場最後方の位置から俺はその様子を見下ろし眺めている。そんな状況だった。

程なくして、開演の合図の低音が会場中に響き渡る。ざわめいていた観衆は一瞬にして押し黙った。

俺も観客達につられてステージの上を見つめていれば。


不意にそれは姿を現した。


それを見た瞬間に、俺の喉からヒュッと息が漏れる。叫びそうになる気持ちを必死に抑え込んで、衝動的に最後部座席の裏手に身を隠した。

計り知れない恐怖心でがたがたと震える自身の身体。何とか平静を保とうと努力しながら物陰よりそれの様子を改めて伺う。

頭は馬のような動物の骨でできており、頭頂部の両脇からは大きな角のようなものが突き出ている。身体と思わしき部分は全て漆黒の布で覆われており、そこから覗く手足は人間のものとは大きくかけはなれた風貌をしていた。伸びる足先は大きな靴を履いているかのように思えるが、実際には硬い蹄のようなものが備わっているようで、会場の光源に反射して爛々した輝きを見せている。身に纏う布から伸びる両腕もまた、どこまでも黒をたたえていて、その指先はこの世のものとは思えないほど鋭利であるように感じられた。それで引き裂かれたらどんな人間でも、動物でさえもひとたまりもないような。想像したらぞわりと鳥肌が立った。

物陰から聞き耳を立てていれば、その禍々しい生物が言葉を発する。


『俺を呼んだのは、君だね。サラ』


予想に反して甲高い、しかし重量感のある声。男の声のようにも、女の声のようにも思える不思議な音。頭の骨のどこからその声を発しているのか、全くもって理解不能な構造をしている。


サラ。


その単語にはっと息を呑んだ。少しだけ身を乗り出して見てみれば。客席の間に位置する中央通路に彼女、サラさんがいた。

サラさんと対峙する異形はまさに人ならざる存在。

――間違いない。奴はきっと『悪魔』だ。俺は確信する。

そしてこの状況から推測するに、彼女は悪魔を呼び出した。彼女は全く怯んでいる様子がない。自分から望んでこの悪魔と取引をしようとしている。そう感じられて。

固唾を飲んで様子を見守っていれば。悪魔は再び話し始める。


『君の純潔たる血でまた呼び起こしてくれるなんて。こんなにも嬉しいことはないよ』


そう言い終えれば、悪魔はサラさんの方へと1歩、また1歩と近づいて。

助けなければ。飛び出していこうとするも悲しいかな、足が震えて動こうとしない。こんな時に何て情けないのだろう。

悪魔の出方を伺っていれば、あろう事か奴は青い薔薇の花を1輪、君にあげると言わんばかりに彼女へと差し出した。

サラさんは薔薇と悪魔を交互に眺めている。その行動がきっと意外だったのだろう。しかし彼女は勇敢にもその花を手で振り払った。


『ああ、可哀想に。また血が出てしまって』


この位置からでは遠くて良く見えないのだが、きっと薔薇の花を振り払った衝撃によって、棘で腕に傷がついてしまったのだろう。悪魔がサラさんの右腕を優しく手に取り、傷の様子を見ているようにも思える。

彼女は昼間の穏やかな様子からは想像できないほどの威勢で悪魔に向けて言い放つ。


「私は花を貰うために貴方を呼んだわけじゃないの。力を貸して、アリエーテ」


アリエーテ。確かにあの悪魔のことをそう呼んだ。悪魔は嬉々として声を上擦らせる。


『やっと決心がついたのか。幾度となく呼び起こしておいて、ようやく、だね。もちろん契約に見合った代償も考えてくれているんだよね?』


サラさんは声を張り上げた。


「だから何度だって言っているでしょう!? ポルタ座をまた再開できるなら、私は命だってなんだって貴方に捧げるつもりでここにいるの!」


悪魔、アリエーテはやれやれという身振りで彼女をたしなめた。見た目に反してその受け答えには何故だか気さくさが感じられる。


『あのねぇ、サラ。毎回言ってるよね? その心持ちは本心じゃないでしょ。君は君の母親への復讐にポルタ座を利用しようとしているだけだ。そもそも君の契約内容と君の気構えは毎度の事ながら矛盾しているよ。君が俺に命を差し出したとして、誰がポルタ座を復興させる? 誰が君の代わりにあの母親へ復讐してくれるっていうんだい?』


アリエーテに警告されて、サラさんは言葉を詰まらせる。


『俺たち悪魔はそれなりの代償を持って人間と契約しなければいけない。こちら側にも君たち側にもリスクが生じるからね。そして君ら人間も承知のように、俺たち悪魔は人が苦しむ様を糧にしている節がある。君たちはよく死を最上級の代償として俺たち悪魔に差し出そうとするけれど、それは人間にとっては所詮一瞬の苦しみでしかない。実際、俺たち悪魔からしてみれば、より長く苦しんでいる様を楽しみたいって思うわけで』


なんて性格の悪い。俺は心の中で悪態をついた。

そう言われて、サラさんは言葉を絞り出す。


「確かに今までの私は自暴自棄だった。あの母親に何もかも奪われた。そう思う時もあったし、今でもそう思っている。ポルタ座を復讐の手段として使おうとしていたことも否定しない。でも」


彼女はアリエーテに向かって自分の意志を言い聞かせるように伝える。その声色は優しい。


「ポルタ座はこの街の人々から災厄の原因として忌み嫌われる象徴になってしまった。それはきっとこの先、簡単に拭い去れるものではないと思うの。きっと復興させるとしても、その道程は困難を極める。でも、たった1人でも、もしそれを待ち望んでくれる人がいてくれるのだとしたら、私はその人のためにもポルタ座を必ず復興させたい。そして私はその舞台に役者として立ち続けたい」


ふーん、とアリエーテは心底つまらなそうに相槌を打つ。


『随分と綺麗事を言うようになったね。でもさ、それって建前上はってことでしょ? 君の根本に根強く残るのは母親への復讐。そうだろう?』


「今までの私だったらその問いに対して何も言えなかったと思う。でも、私は実際に声を聞いた。何もかもが輝いていたあの時に心からポルタ座を楽しんでいてくれた人の声。もう聞けないかと思ってた。でもまだ確かにポルタ座を応援してくれる人はいるんだって。ポルタ座を愛してくれている人は私だけじゃないんだって確認できたから」


サラさんはアリエーテに言い放つ。


「私、本当は復讐なんてしたくない。言葉が見つからなかったからその言葉を口実にして貴方と契約しようとしていた。でも、違うの。私、本当はポルタ座を復興させて、またたくさんの人にポルタ座を愛してもらいたい。それが私が本当に叶えたい願い。ようやく気がついたの」


必死に訴える彼女の声を、アリエーテは意外にも真剣に聞いているように思えた。


「そして欲を言うなら、お母さんに私の演技を見てもらって認めてもらいたい。 私だってこんな演技ができるんだ、ポルタ座でもこんなにも魅力的な演目が上演できるんだって。できることならば前みたいなお母さんに戻ってもらいたい」


『一種の承認欲求ってやつ、かな。なるほどねぇ。人間ってなんでそんなに評価や地位に執着するんだろうね』


アリエーテは溜息をつくかのようにひと息ついた。


『でもまあ、前までの君は母親を憎むだけの醜い獣のような思想しか持ち合わせていなかった。それを考えれば良い心変わりだと思うよ。獣のような低俗な行動は高潔な俺みたいな悪魔の思想にそぐわないからね。生憎、君の母親のような汚い欲求を満たすやつと契約するほど俺は愚かじゃない。――アイツと違ってね』


吐き捨てるように呟く悪魔。

さて、と切り替えるように言葉を発してみせれば、アリエーテは彼女のもとから離れ、1人壇上へと上る。


『そこそこマシになった契約内容だけど、最後にもう1度だけ聞くよ、サラ。もし君が悪魔と契約するとして、本当にこの願いを叶えたいと強く思うのであれば、どんな代償が降りかかったとしても誰を恨むことなく、それを乗り越える決意が君にはあるかい?』


その問いかけに迷うことなくサラさんは答える。


「もちろん。 私はまたポルタ座の舞台に立てるなら、ポルタ座がまた皆に愛される日が来るのならどんな痛みだって苦しみだって耐え抜いてみせる」


その即断にアリエーテは感心したようだった。


『つくづく思うけれど君は本当に意志が強いね。そして優しさを備えた今、俺でさえ惚れ惚れしちゃうくらいに綺麗な心持ちになった。これからそれがどう崩れていくかが楽しみで仕方がないよ』


アリエーテは、こほんと咳払いをする。相変わらずあの形のどこでその動作ができるのか、まるでもってわからないが。


『ではお待たせ致しました。サラの了解も取れたところで今回は俺の采配をもって契約代償を発表したいと思いまーす』


軽い調子でアリエーテは会場に呼びかける。場内には拍手が沸き起こった。


『たくさんの支持、どうもありがとう! それじゃあその前に、ちょっとしたサプライズを皆さんに』


その声を聞くと同時に、俺の真横を何かが風を切って通り過ぎる。ぞわりと生暖かい風が身体を撫でた。

視界が暗く陰ったかと思えば、目の前に垂れ下がる烏羽色の布。

独特の声色が耳元で囁かれる。


『盗み聞きは関心しないなぁ。来てるなら早く出てきてよ、アツヤ』

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