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光双のポルタ  作者: もものふ
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第1幕 -5

とっぷり日もくれて、街中の街灯に火が灯り始める。時計塔から下りて広場に出れば、夜にも関わらず露店街が賑わいを見せていた。

出店で買ったものを食べ歩きながら、翌日の列車で帰ろうかと予定を決めれば、蓮太郎が駅前の宿を手早く手配してくれた。蓮太郎がこの街で借りているという部屋に1晩泊めてくれると提案をしたものの、今は胸騒ぎの原因を単身で考えたい気持ちが勝ってしまい。また会いに来ると約束して、今回は断らせてもらった。そんな俺に怒ることもなく、蓮太郎は穏やかにまた絶対来てねと次なる再会を約束してくれた。

駅前の宿屋前まで案内してもらい、蓮太郎に別れを告げる。


「今日話したことはあまり気にしないで。僕も悪魔討伐するとは言っても裏方仕事だし、普通に生活していれば、一般人がまず悪魔と関わることなんてないんだ。怯える必要はないからね」


分かった、と俺は頷いてみせた。

次に会う時のために蓮太郎は紙切れに家の地図を書いて渡してくれる。大抵は家に篭って機械弄りをしているらしい。訪れてくれればおそらくもてなせるはず、と笑っていた。倹約家な蓮太郎のことだ、そこまで大層なもてなしは期待できないだろうな。この時の俺は瞬時に悟っていた。一緒にいたのはほんの数時間だけだったにも関わず、何だか蓮太郎のことをだいぶ知れた気がしていて。


「じゃあね、篤也。また会おう」


「必ず、また!」


互いに手を振り合い、まるで古くからの友人であったかのように軽い調子で別れを告げる。人混みの中に蓮太郎の姿は消えていった。


しばらくその場に立ち尽くし、完全に蓮太郎が見えなくなるまで見送りを続ける。この場で万が一、蓮太郎と再び鉢合わせすることになってしまえば非常に都合が悪い。

念の為ひとまず宿屋に入り自室を確認する。荷物を置いて独りになれた所でようやくひと息つくことができた。

正直、まだ迷っている。

自分がこれから行おうとしていること、それはきっと間違いなのだと思う。

蓮太郎の言う通り、一般人が首を突っ込むことではないのだろう。サラさんと俺では住む世界も、抱える過去の重さも違う。俺が干渉したところで何かが変わるわけでもない。

そもそも彼女がそれを目論んでいるとも限らないのだから、こんなにも俺が思いを張り巡らせて気を揉む必要は無いはずだ。

――にも関わらず。

俺は無意識のうちに自分の胸を押さえていた。

この胸のざわつきが早く収まってくれればいいのに。時間の経過と共に不穏な予感が増していく。

彼女の決意の瞳の奥で何か別のものが燃えているような気がしてならなくて。

それが前に突き進もうとする彼女自身の闘志だというのであれば何の心配もいらない。俺の思い過ごしならそれにこしたことはないだろう。

しかしその決意の揺らめきは彼女自身が発しているものとはまた違った原動力があるように思えてならなかった。

今日蓮太郎と話したことを思い返せば返すほど、それは疑念から確証へと変わっていく。

俺は震える足に力を入れて立ち上がった。

今この気持ちを抑え込むにはどうしたら良いか。

この憶測に対して答えを導くには何をしたら良いのか。

自分の目で見て、そして聞いて確かめるしかない。

そう思うが早いか、俺は部屋を飛び出していた。

一刻も早く彼女に会わなくては。


漆黒が果てしなく広がる頭上からは雨がぽつりぽつりと降り出していた。傘もささずに人の流れを掻き分けて全力疾走する。無意識のうちに通行人と肩が何度もぶつかり合っていた。顔をしかめ不機嫌になる相手をいちいち確認する余裕もなく。その場その場で平謝りをしながらも足を止めずに先へと進む。

ポルタ座の目の前に繋がる脇道へ逃げ込めば、先程までの喧騒が嘘のように消え失せ、辺りが静寂に包まれる。何故だか今はその張り詰めた空気が不思議と心地よくてたまらなかった。

ポルタ座の門前まで続く道には、等間隔に続く街灯以外に道標となる明かりはない。もともと人通りが少ないのだろう、店がある様子もなく。雨のせいかガス灯の中で燃える火の勢いも弱々しく感じられた。僅かに揺らめく光を頼りに路地裏を抜ける。

開けた視界の先ではあの黒い門が待ち構えていた。

昼間に来た時と同様に人が通ることができるだけの隙間がだらりと開いたままになっている。

俺は門下に入り込み、息を整えた。

勢い余ってここまで来てしまったが、ポルタ座やサラさんの事情に対して執着しすぎるのも良くないことだとは重々承知している。しかしポルタ座を目指して、はるばるこの街までやって来たのだ。ここまで来たらできる限り悔いは残したくはない。サラさんと会うことができなければさっさと引き返してこよう。そう意気込んだ。

日中通った道を思い出しながら暗闇の庭園の小道をそっと歩く。雨雫が薔薇の花に伝って落ちる音だけが反響する。

ポルタ座の中に灯る明かりを頼りに玄関前まで忍び足で辿り着いた俺は1度だけ深く深呼吸をした。

こんなに夜に急に押しかけられて、サラさんからしてみれば大迷惑なことだろう。しかしこの疑念を払拭しなければ俺自身が前を向くことができない。

意を決して、玄関の戸を叩く。

雨音だけが耳の中で響いている。返事はない。

もう1度叩いたものの応答はなかった。建物の中で人が動く様子も感じられない。

雨音で戸を叩く音が聴こえないのかもしれない。

もしくは明かりをつけたまま外出しているとか。

この状況に置かれた自身を納得させる口実をいくつも考え浮かべた後に、このまま宿へ帰るという苦渋の決断を半ば強制的に下す。

疑念が晴れないのは心底残念に思ったが、未練たらたらの自分もどこか格好が悪いようにも思えてしまったから。この件についてこれ以上詮索するなということなのかもしれない。そう強引に理由をつけた俺は1人溜息をつく。肩を落としながら再び雨に濡れる覚悟で走り出そうとした。

――その時だった。


目の前の白い薔薇に何気なしに目線を奪われる。

よくよく目を凝らしてみれば雨粒が当たった部分がゆっくりと青色に変色し始めていて。目を見開いた。先程まではあんなにも穢れの無い真白だったのに。慌てて他の薔薇に目を移せば。

ある一定の間隔で青い薔薇が次々に生み出されていく。じわりじわりと増え続ける青は夜闇の中でも鮮やかだった。どういう訳かその薔薇の花々から目を離すことができない。

知らず知らずのうちにそれに導かれるかのように俺は歩みを進める。俺を(いざな)うかのごとく周囲の薔薇は規律正しく色を変えていった。

天色へと色変わりする薔薇を追いかけた先で息を呑む。

ポルタ座の裏口の扉が不用心にも開け放たれていたままになっているではないか。

さっと血の気が引く。この雨が降りしきる中、鍵のかかっていないポルタ座。最悪の状況が容易に想像できた。

この際、後のことはどうでもいい。勢いのままにポルタ座の中に入る。

10年前と変わらない、赤い絨毯が敷かれた中央の吹き抜け広間は物音ひとつしなかった。

頭上で明かりに照らされ輝きを放つシャンデリアも当時のまま残されている。

広場から2階へと通ずる階段を上ればきっとあの日に観劇したバルコニー席へと出るはずだ。閉館した今では内装が変わっているということも十分ありえるが、概ね自分の記憶通りの間取りではある。

俺は辺りを注意深く見回す。今のところ人の気配は感じられない。そればかりかサラさんがいる様子もなかった。

俺は周辺をゆっくりと歩いて回る。物音がしないかどうか気をつけながら。いつ誰と遭遇してもいいように神経を張りつめさせて。

ひと回り見た限りでは不審な場所は見当たらなかった。意を決して劇場の方の様子も伺ってきたものの、真っ暗でとてもじゃないが誰かがいるようには思えない。

再び明かりの灯る広間まで戻り状況を整理する。

館内を巡った様子では不審な点は見当たらない。サラさんが戸締りを忘れて外に出ていってしまったのが1番説としては有力だ。

しかし、かの悪魔騒動により、街中の人から疎まれることになってしまったポルタ座の戸締りを怠るほど彼女も不用心ではないはずだ。ならば一体どうして。

そう首を捻っていれば。突然頬に何か生暖かいものが掠めていく。それが触れた途端にちりりと鈍い痛みが走った。恐る恐る頬に指を這わせれば、自身の鮮血が流れていることが確認できて。

足元には青い薔薇の花弁が落ちていた。俺の頬に当たったものはまさにそれであることが瞬時に見て取れる。その花びらには俺のものであろう血がこびりついていた。

それが飛んできた方を顧みれば、入ってくる時に閉めたはずの裏口の扉がいつの間にか開いている。きいきいと鈍い音を立てて、室内に雨風の侵入を許していた。

俺は肩を震わせる。きっと立て付けが悪いだけだ。だから自然に開いてしまったのだろう。そうに違いない。俺は急ぎ足で扉を閉めに向かう。

しかしそんな俺を拒絶するかのように、扉の向こう側から突風が吹き込んでくる。あまりの勢いに思わず目をつぶった。館内の中を強風が荒らす。煽られないように俺は地面に這いつくばり、それが止むのをひたすらに待った。

時間にして5、6分は突っ伏していただろうか。強風が収まったことを確認して俺はゆっくりと顔を上げる。

いちばん最初に目に入ってきたのは裏口の扉であった。先程まであんなに勢いよく口を開けていたにも関わらず、何事も無かったかのようにぴっちりと閉まっている。

――まるで外敵の侵入を拒むかのように。

背筋が凍る思いだった。俺はゆっくりと立ち上がりその扉の廻し手を捻る。がたがたと鈍い音が広間に響く。それを諦めて戸に体当たりしてみるもびくともしない。

悪い予感は的中するものだ。不可思議なことに扉は何を施しても開かない。先程まではあんなにも緩い立て付けだと思っていたのに。異常を通り越して怪奇だと感じた。

念の為もうひとつの正面玄関の扉も確認したが全くもって開く様子はなかった。

どうにかして出口を探さなくては。閉じ込められ動揺する気持ちをどうにか抑え込みながら、再び辺りを見回す。数分前に沸き起こった突風により、広間のありとあらゆるものが滅茶苦茶になっている。棚に整理されてしまわれていた本や小物は床に広がり散らばってしまっていた。天井では未だにぐらりぐらりとシャンデリアが揺れていて、果たして落ちてこないものかと心配になる。

ひとまずシャンデリアの下から避難しようと何気なく広間の裏廊下へと出た。そこで俺は立ち尽くす。

廊下の床には無数の青い薔薇の花びらが敷き詰められていた。風通りのせいで奥まった位置にあるこの通りに溜まってしまったのかとも思えたが、この量は尋常ではない。まるで青い花の絨毯だ。

先程も確認して何もないことはわかっていたが、広間を探索しようにもシャンデリアの揺れが収まらないことには動けない。しばらくの時間潰しも兼ねてもう1度廊下を歩いてみることにした。

薔薇の花弁を踏みしめることに抵抗はあったものの、仕方なしに花の絨毯に足を乗せる。

この通路の壁にはポルタ座が繁栄した頃のものであろう写真が飾ってあった。セピア色ながらも当時の色鮮やかな記憶が蘇ってくるかのようで。写真の中の人々の表情は明るく朗らかだった。

先程廊下を歩いた時は警戒心のあまり写真にまで気が回らなかったが、今では不思議なぐらいにこの写真に集中できる。

早くここから出ることを考えなければいけないと警鐘を鳴らす自分がいる一方で、ポルタ座の歴史を写し取った写真の数々をじっくり見ていたいと思う自分もいて。自分でもおかしいと思うくらいに、この時の俺は何かに取り憑かれたかのように冷静沈着だった。

ふと、ひとつの写真の前で足を止める。ポルタ座を背にして、劇団員全員での集合写真だろうか。

中央にはもちろん彼女、サラさんも一緒に写りこんでいる。楽しげに満面の笑みをこぼしている幼い彼女の姿に思わず顔がほころぶ。

その後ろでサラさんの肩に手を置き、優しく微笑む女性。昼間見た彼女と姿が重なる。彼女によく似ていた。おそらくサラさんの母親だろうか。すっと切れ長の目ながらも、どこか愛らしくもあり、色気も感じさせる。長く艶やかな髪の毛と品のある佇まいからは育ちの良さが見て取れた。

この親にしてこの子あり、ということだな。

日中出会った時のサラさんの気高さを思い出して俺は1人で頷いていた。

ポルタ座の歴史を追いながら、写真を眺めつつ廊下を歩き進めていくと。気がつけば廊下の突き当たりまで来てしまっていたようだった。その状況に理解が追いつかないほどに写真を見ることに夢中になっていたため、足元の僅かな盛り上がりにさえも気が付かず。注意不足で躓きそうになる。

足先に引っかかる突起物を不審に思い、俺は視線を落とす。こんなもの、前に来た時にはなかったはずなのに。

行き止まった廊下の床面は不自然に盛り上がり、小さな金属製の突起が確認できた。花びらは意図したかのようにそこを避けて落ちている。つまりその部分だけが驚く程に小綺麗だったのだ。

しかしそれよりも背筋が凍るものがそこにはあって。

鈍く銀色に光る突起の隣には1枚の青い薔薇の花びら。

その花びらは紛れもなくあの時俺の頬を掠めていったものだった。俺は床にしゃがみ込み、震える手でその1枚を摘む。青い花には赤黒い血が確かにこびりついていて。

俺は覚悟を決めてその銀色の突起に手をかける。上方向にそれをずらせば。

偶然だとは思えなかった。完全に俺は誘われている。

床にぽっかりと開く空間。

地下へと続く隠し階段。

サラさんはこの先にいるのだろう。不思議と直感的にそう感じた。ならば行かなければいけない。

灯りとなるものは何もなさそうだった。これがどこに続いているのかも皆目検討がつかない。

後ろからまた生暖かい風が吹き込んでくる気がした。早く先へ行けと言わんばかりに俺の背中を押してくる。薔薇の花びらがかさかさと音を立てた。

俺は何度か深呼吸する。心臓の音が煩いぐらいに鳴り止まない。だけどここまで来たなら彼女に会わなくてはいけない。この先にきっと俺の知りたいことがあるはずなんだ。そう自分に言い聞かせて。

俺は暗闇へと足を踏み入れる。期待と恐怖が入り交じる感情を何とか押さえつけて。ゆっくりと1歩、また1歩と俺は闇の先へと進み始めた。

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