至高伯爵令嬢の初恋。……そのお相手は、人語を解さぬ「剛腕」でした
デビュタントを終え、名実ともに社交界の華となった私、リリアーナ。
年頃の令嬢らしく、私は今、窓辺で溜息をつきながら「理想の恋人」に思いを馳せていた。
「……ふにゃぁ。……私だって、たまには甘い恋を囁かれたいですわ。……王子様のような、素敵な殿方と……」
私は期待を胸に、王都の貴族たちが集う憩いの広場へと散策に出かけた。
視界に入るのは、他国の姫君なら卒倒するほどの美男子ばかり。だが……私の特殊な「おっさん脳」は、残酷な現実を突きつける。
「(……あちらの伯爵家のご子息。……顔はいいですが、大胸筋が『煎餅』のように薄っぺらいですわ。……あちらの騎士団の有望株。……上腕二頭筋が泣いています。……あぉ、どこを見渡しても、私の網膜を満足させる『愛の質量』が足りませんわ……!)」
絶望。
この国には、私の「恋」を受け止められるだけのバルクが存在しないのか。
私がトボトボと森の近くまで歩みを進めた、その時だった。
「――グオォォォォォォン!!」
突如、大地を揺らす咆哮とともに姿を現したのは、伝説の魔獣**『ギガント・ベア・マッスル』**。
立ち上がれば三メートル。その全身を覆うのは、毛皮の上からでも判る、岩盤のように硬く、かつ鋼鉄のようにしなやかな……「究極の筋肉」。
「(……っ!? な、なんて……なんて美しい大腿四頭筋なの……!!)」
雷に打たれたような衝撃が走った。
その魔獣が腕を振るうたび、広背筋が地殻変動のように波打つ。言葉などいらない。ただそこに「絶対的な力」がある。
「……ふにゃぁ。……これこそ、私の求めていた『運命のひと』。……種族の垣根なんて、プロテインの粉末よりも軽い問題ですわ。……さあ、私をその強靭な上腕三頭筋で抱き締めて……!!」
私がおっとり(鼻血を出しながら)魔獣に歩み寄ろうとした、その時。
「リリアーナ! 危ないっ!!」
「下がれ、妹よ! この怪物は僕が斬る!!」
刹那、眩い閃光とともに、アレン王子の神速の剣と、お兄様の魔導剣が魔獣の喉元を貫いた。
私の「理想の恋人」は、一滴の愛を語る間もなく、ただの「高級なジビエ肉」へと変わり果ててしまった。
「……リリアーナ! 無事か!? ああ、腰が抜けて動けないんだね、可哀想に……」
「安心しろ。この兄が、お前を狙う不浄な存在はすべて塵にしてやるからな!」
私の肩を抱き、英雄のような顔で微笑む王子とお兄様。……その瞬間、私の中に沸き起こったのは、感謝ではなく、「殺意」に近い激しい恨みだった。
「(……貴方たち、なんてことをしてくれたのですか……。……今、私の人生で最大にして最高の『愛のバルク』が、目の前で脂肪分に分解されたというのに……!!)」
私は震える手で、二人を突き飛ばそうとした。……しかし。ふと、地面に横たわる魔獣の死体から立ち上がる、獣特有の「強烈な野生臭」を嗅いだ瞬間、私の脳内の化学式が急速に冷却された。
【冷静な自己分析:異種族間恋愛におけるリスク】
Love_Compatibility = 0
Cause_of_Death = Crushed_by_Muscle
結論:抱き締められた瞬間、私の脆弱な胸腔は圧壊し、恋が実る前に物理的に天に召される。
「…………ふにゃ。……あ、あら。……お兄様、王子様。……私、少し……ほんの少しだけ、熱に浮かされていたようですわ」
「リリアーナ?」
「……助けてくださって、ありがとうございます。……あやうく私、**『死因:筋肉による圧死』**という、おっさん冥利に尽きるけれど令嬢としては終わっている最期を迎えるところでしたわ」
私は淑女の微笑みを作り、二人に感謝を述べた。
王子とお兄様は「守り抜いた充実感」に浸っていたが、私は心の中で、静かに魔獣(初恋)の筋肉に祈りを捧げた。
「(……さようなら、私のギガント・ベア。……次はせめて、その大臀筋だけでも、標本にして持ち帰りたかったですわ……)」
美少女の初恋は、わずか三分でジビエ料理へと昇華された。
私の理想の恋人は、まだこの世界(人間界)には、誕生すらしていないようだった。




