筋肉の軍拡競争と、雷鳴の一目惚れ(隣国編・其の一)
至高伯爵リリアーナの誕生から数ヶ月。
平和だった王国に、隣国ガルス帝国からの外交使節団が訪れた。目的は季節の挨拶。だが、その裏には「最近、隣国の様子が異常だ」という深刻な疑惑があった。
「(……フン、平和ボケした軟弱な国が。我が帝国の軍事力を見せつけ、優位に立ってやる)」
帝国の辣腕外交官ゼノスは鼻で笑いながら謁見の間に入った。しかし、彼を待ち受けていたのは、彼の想像を絶する「異様な光景」だった。
「……ようこそ、ゼノス殿」
玉座に座る国王陛下。だがゼノスはその姿に戦慄した。
「(……な、なんだあの体型は!? 胸板だけが不自然に盛り上がり、王衣を突き破らんばかりのバルク! 腕は丸太のようだが、腰から下は……
ブヨブヨのアザラシのよう。
……あ、あれは、もしや古代の禁術、身体強化魔法の失敗作か!?)」
アンバランスな王の威圧感に冷や汗をかくゼノス。さらに衝撃は続く。傍らに立つアレン王子が動いた瞬間、ゼノスの目には王子が「消えた」ように見えた。
極限まで削ぎ落とされた鋼の密度を持つ「神速の細マッチョ」。その俊敏性はもはや物理法則を超えていた。
「(……馬鹿な。王家だけではない、軍全体が『魔改造』されている……! 全員の肌から微かにバニラの香りが漂っている。……これはもはや、軍拡競争だ!)」
ゼノスは震える手で本国へ報告を送った。
この事態を重く見たガルス帝国の皇太子、マキシマム・ド・ガルスが自ら調査のため王国へ乗り込んでくることとなった。
数日後。
マキシマム皇太子は不敵な笑みを浮かべて王都へ到着した。
「……フン、未知の軍拡など恐るるに足りん。我が帝国が誇る魔導科学と、この私の完璧な大胸筋で、その元凶を……」
彼は、一連の変貌の元凶とされる「至高伯爵」の邸宅へ、半ば強引に挨拶に伺った。
目的は、魔導化学を操るという「不気味な策士」の正体を暴くこと。
だが、応接室の重厚なドアが開いた瞬間。
マキシマム皇太子の「マッスル・エリート」としての思考は完全に停止した。
そこにいたのは、不気味な老人でも、冷徹な科学者でもなかった。
「……ふにゃ。……お待たせいたしました。……お隣の国の、皇太子様ですね」
銀の糸を紡いだような髪。
真冬の湖のように透き通る、青い瞳。
あまりにも儚げで、けれど神々しいまでの輝きを放つ、**「伝説上の美少女」**そのものがそこに座っていた。
「(…………っ!!)」
マキシマムの胸に、かつてない激痛が走った。筋肉痛ではない。心臓が、恋という名の猛烈なオーバーワーク(頻脈)を起こしたのだ。
噂では「恐るべき才女」と聞いていた。だが、目の前にいるのは「全人類の理想を具現化したような美少女」ではないか。
「(……な、なんだ……この美しさは。……噂以上……いや、私の想像力が追いつかないほどの……至宝……!!)」
マキシマムは、手に持っていた調査資料を床に落とした。
彼の目的は、一瞬で「国家の調査」から「この少女の心を射止めること」へと、180度転換してしまったのである。
「リ、リリアーナ嬢……!! 君という人は……!!」
一目惚れという名の「致命的なバグ」を抱えた皇太子の猛アタックが、ここから始まる。
リリアーナは、そんな彼の熱視線を、ただの「体温計の目盛り」でも見るかのような冷めた目で見つめるのであった。
「(……ふにゃぁ。……なんだか、体温の高いサンプルが来ましたわね……)」
こうして、両国の命運を賭けた「筋肉外交」は、皇太子の「暴走する恋心」を乗せて、混沌の第二幕へと突き進む。




