王の腹はブヨブヨ。……そして上半身だけが「伝説」へ
「……陛下。……その、ベルトの上に三段に重なっている肉の層。……それは、王の慈悲の深さではなく、単なる『怠慢と飽食の結晶』ではなくて?」
王宮の寝室、王妃様から放たれた氷のような一言が、国王陛下の心に深く突き刺さった。
「……あ、いや。……これは、その、王族としての余裕であって……」
「見苦しいですわ。……最近のあなたは、まるで市場で売られている『熟成されすぎた脂身』のよう。……アレンのあの、無駄のない引き締まった体を見習ってはいかが?」
王妃様はそう言い残すと、優雅に去っていった。……残されたのは、己の腹を虚しくつまみ上げる、孤独な王。
耐えきれなくなった王は、深夜、お忍びで息子の寝室へと駆け込んだ。
「アレン! 助けてくれ! 余は……余は、王妃にラードと呼ばれたのだ! この『貴族病(肥満)』を、どうにかしてくれ!」
「……父上。……僕に言われても困ります。……でも、僕たちの身近に一人、人体の組成を『筋肉』という単位でしか見ていない、美しき狂科学者がいるでしょう?」
翌日。陛下は、至高伯爵家となったリリアーナを極秘に王宮の地下室へと呼び出した。
「リリアーナ嬢。……余を救ってくれ。……この腹の脂肪を、一瞬で『王の威厳』へと転換する薬を……!」
「……ふにゃぁ。……陛下。……それは、我が至高伯爵家の『企業秘密』に触れる案件ですわ。……でも、そこまで仰るなら、開発いたしましょう。……脂肪を燃料にして、筋繊維を強制爆発させる新薬を」
リリアーナは不敵な笑みを浮かべ、フラスコの中で虹色に光る液体を調合し始めた。
【聖域ノート:王専用・脂肪転換ポーション『ロイヤル・バルク_アクセル』】
Lipid_(CxHyOz) ---[Enzyme / Catalyst]--> Muscle_Protein + Energy
注釈:脂肪燃焼エネルギーをすべて上半身へ誘導。……ふにゃ、計算式の下半分が、プロテインのシミで読めませんわ。……ま、いっか。
「……さあ、陛下.飲みなさい。……あなたの『ラード』が『ガード(硬質の筋肉)』に変わる瞬間ですわ!」
「……うむ! ……ゴク、ゴク……。……オォォォ!? ……な、なんだこの、胸のあたりが爆発するような熱気は!!」
刹那、陛下の豪華な王衣が、バリバリと派手な音を立てて引き裂かれた。そこには、かつての「デブ王」の面影など微塵もない、**「岩のような大胸筋」と「丸太のような腕」**が誕生していた。まさに、伝説の英雄王!
「……おお! 凄いぞリリアーナ! 腕が! 胸が! 漲っている! これで王妃も……」
しかし、陛下が鏡の前で自分の姿を確認した瞬間、時が止まった。
「……あ。……あぁぁぁ!? な、なんだこれはぁぁ!!」
鏡に映っていたのは、「肩幅が門扉ほどもあるムキムキの大男」。
……しかし、腰から下は、「以前のままの、ブヨブヨでボテッとした肥満状態」。
すなわち、上半身はヘラクレス、下半身はアザラシ。あまりにもアンバランスな、**「逆三角形を超えた『逆ピラミッド』」**のような異形の王が誕生していたのである。
「……ふにゃ。……計算ミスですわね。……エネルギー誘導が、横隔膜でストップしてしまいました。……お腹の脂肪は、そのまま『重り』として残留したようです」
「リリアーナ嬢! これでは……これでは、歩くたびに重心がぶれて、ひっくり返ってしまうではないか!」
実際、陛下は自重(上半身の筋肉)を支えきれず、ブヨブヨの足を震わせながらゴロゴロと転がってしまった。
「陛下! 転がらないでください! 威厳が! 威厳がさらに遠のきます!」
アレン王子が必死に支えようとするが、筋肉ダルマと化した陛下の重量は凄まじく、二人で床を転がり続ける。それを見た王妃様が、ひょっこりと顔を出した。
「……あら。……ラードが『変な形の漬物石』になったのね。……より一層、見苦しいわ」
「王妃ィィィ!!」
陛下は、上半身だけが不自然にたくましくなり、脱ぐことも着ることもできない「アンバランス王」として、数日間を過ごす羽目になった。
リリアーナは、そんな陛下をスケッチしながら、冷静に呟いた。
「……ふにゃ。……やっぱり、下半身のトレーニング(スクワット)をサボる薬は、化学の神様が許してくれませんわね。……陛下、そのまま『逆立ち』で政務をこなせば、バランスが取れるかもしれませんわよ?」
「……できるわけがあるかぁぁ!!」
王宮に、上半身だけマッチョな王の絶叫が、虚しく(そして力強く)響き渡るのだった。




