第19話 やはり簡単ではない
「ガル、これはいかんぞ……」
あの穴からかなりの距離を歩いた筈だ。
再びグローの足が止まる。
「なんだ?」
「すぐに戻ってギルドに連絡しろ!これはワシらの手に負えん!」
「どういう事だよ?」
「この先、500メートル程行けば少し広い場所に出る。そこにいる敵の気配は複数。大物もおる……」
グローの顔に生汗が流れる。
こんなに張り詰めたグローを見たのは久しぶりだ。
「大物……」
「黒醜人ではないぞ……。それより遥かにデカくて強い……」
「……、分かった」
俺はグローを押しのけ、前に出た。
「何をしておる!」
「ギルドへの連絡はグローがしてくれ。俺はその大物の正体を探る」
「馬鹿を言うな!ここは坑道だぞ!お主よりワシの方が適任だ!一度迷えば二度と出られなくなるぞ!」
「そう叫ぶな、気付かれるぞ。敵の規模を探るだけだ、道も覚えている」
「だが!」
「グロー、敵を感知したのはお前だ。俺にはまだはっきりとは危険度が分からない。お前がギルドへ連絡しろ。第2報として俺が大まかな規模を報告する」
グローは何か言いたげだったが、それを飲み込んで頷いた。
「無理はするなよ、ガル。来た道をそのまま帰れ……」
そう言って、グローが俺に何かを手渡してきた。
「……、これは?」
「地の精霊の加護を受けたお守りだ。持っておけ」
「ハハ、やけに殊勝じゃないか、グロー」
笑う俺を、グローは一喝した。
「馬鹿者!土中を舐めるな!鉱矮人だろうが、土には勝てんのだぞ!ましてや、魔王軍もある!気を抜いたら死ぬぞ!」
初めてグローに叱られた。
俺にはまだ感知出来ていないが、それだけヤバい状況なのだろう。
俺は笑うのをやめ、受け取ったお守りを仕舞う。
「分かった。戦闘は無し、偵察のみだ。すぐに追い掛ける」
「待っておるぞ」
そう言い残して、グローは来た道を走って戻った。
「さて、何が出てくるか……」
俺は速足で通路を進む。
資料を基に探索時間は朝に設定した。
この群れは夕方から夜にかけて外に出るサイクルらしい。
今はまだ寝ているだろう。
「ここか……」
グローが言った通り、500メートルほど進むと開けた場所に出た。
俺は入り口の影に身を潜め、中を伺う。
20メートル四方ほどの広間だ。
天井も10メートルはあるだろうか。
縦横無尽に足場が組まれ、点々と揺らめく蝋燭が足元を照らしている。
そして鼻を突く、むせ返るような獣臭。
目が慣れてくると、足場の上や地面のあちこちに丸まった影が見えてきた。
狗鬼だ。ここだけで20匹以上は眠っている。
一歩踏み出す。
地面を確かめながら、音を立てないよう慎重に足を置く。
狗鬼の1匹が寝返りを打った。
俺は動きを止め、息を殺す。
数秒後、また寝息が聞こえ始めた。
ゆっくりと呼吸を再開する。
壁面に3枚のドアがあった。
開け放たれた1枚の中には採掘用の道具が雑然と積まれていた。
閉じられた1枚に手を掛け、ゆっくりと開ける。
蝶番が微かに軋んだ。
心臓が跳ね上がる。
しかし周囲に動きはない。
隙間から覗くと、黒醜人が1匹、大の字になって眠っていた。
バズグルが着ていた鎧とよく似たものが傍に置かれている。
やはり魔王軍だ。
音を立てずにドアを閉める。
残りのドアへ近付こうとした時、俺は足を止めた。
地面のぬかるみが目に入ったのだ。
狗鬼や黒醜人達の足跡に紛れて、一際大きなものがある。
しゃがんで確かめる。
人間の足跡の、優に3倍はある。
「これは……、サイクロプス!?」
思わず声が出そうになり、口を手で押さえた。
単眼鬼。
3メートルを超える一つ目の食人鬼だ。
ギルドで討伐依頼が出る際は、熟練の冒険者4人以上でなければ受けられない。
それが魔王軍としてここにいる。
グローが焦る意味がようやく分かった。
「チッ……」
単眼鬼の存在は確認できた。だが、肝心の規模がまだ掴めていない。
もう少し探索する事にした。
危険は承知の上だ。
更に奥へ続く通路へ入ろうとした時だ。
強烈な殺気を感じ、咄嗟に左へ転がった。
2.5メートルほどの槍が、矢のような速さで俺のいた場所へ飛んできた。
槍はそのまま石化した壁面に何度も当たり、ガンガンと音を立て火花を散らしながら通路の奥へ消えていった。
「万事休す……、か」
甲冑に身を包んだ単眼鬼がそこに立っていた。




