26話 ローザ・カルミナ館、その地下で①
天井の金網から伝わってくる、夜の空気。
……寒いなあ。
二の腕をさする私の気を遣って、隣のイライザが体を寄せてくれた。
私たちがいるのは、粗末な造りの観戦部屋。
鉄格子の先にあるのは、月明かりと無数の松明に照らされた闘技場。
中央には十二人の剣奴がいる。今回は八対四の戦い。
剣奴たちを挟んで反対側の観戦部屋は、金網付きのしっかりした造り。
豪華なソファに座った貴族や神官たちが、楽しそうに談笑してる。
舞踏会で使うような仮面を付けているから、顔は分からない。
こっちはこっちで、お仲間の剣奴たちが座りながらお喋り。
「なんだ姉ちゃんたち、緊張してんのかい? 今日が闘技場初参加らしいが、あんたら弱くねえだろ。……俺としちゃ、対戦相手に同情しちまうがな」
「そりゃあ、緊張もするでしょ。“大斧”さんと違って、か弱い女の子だし。だよね? イライザ」
「そうね、アルマ。ねえ大斧さん、代わりに戦ってくれない? その逞しい腕で、私たちを守ってくれたら助かるんだけど」
「けっ! 夜の相手してくれるワケでもねえのに、俺に何の得もねえだろうが。こうやってあんたらの側にいて、悪い虫を払ってやってんだ。ありがたく思いな」
このおじさんはウルバノ。
派手な戦い方で、裏闘技場の人気者らしい。
坊主頭に、傷だらけの大きな体。
主催者に言われて、私たちを守るように言われたんだって。
……あのアマンシオとかいうクソ野郎かな?
私たち、まだ戦ってもいないし。
でもそのおかげで、夜も安心して眠れてる。
──あっ。
そろそろ、始まるみたい。
「さあっ、今宵も始まります! 実況はいつも通りわたくし、ジュスティーノが務めさせていただきますっ!」
闘技場の壁際にある、正方形の金網付きの小部屋。
ジュスティーノはその中で、優雅に一礼した。
「まずは第一戦目! 常連の方はご存知っ……リョウヘイ! レンジ! ノブユキ! そしてケイタの四人だあーーっ!!」
上がる歓声。反対側の観戦部屋は静かなものだ。
まあ、あっちはお上品な方々の席らしいし。
どうやら私たちは、戦いの他に賑やかし役もやらされるらしい。
……ていうか、その名前。
「さっさと死んじまえー!」
「いつまで生きてんだ、てめえら!」
(あの子たち、ソウマくんの友達なのかな? なんでこんなとこにいるんだろ)
イライザと顔を見合わせる。
でもその辺りはまあ、後回しか。
「そして……彼らと戦うのは、この無名の八人だあっ! 数は十分、下克上に期待しましょう! それでは、始めっ!」
数の不利は、あまり関係無いみたい。
怯えた表情の八人とは違って、落ち着いた表情の四人。
──正確には、三人だね。頑張れ、弓使いの子。
「ケイタ、いつまでもビビってんじゃねえ」
「こっちはお前のこと、頭数に入ってんだ! 後ろから敵の位置、報告頼むぞ!」
「わっ……分かってるけど! でも今回、数が多いから……っ!」
「へいへい。んじゃ、俺がまず一人減らすわー」
両手剣を使うリョウヘイくん。
メイスと盾のレンジくん。
片手槍と盾のノブユキくん。
そして、弓を使うケイタくん。
戦闘中の掛け声で、誰が何の武器を使うのかが分かった。
私たち、あの子たちと戦うかもしれないし。
ちゃんと見ておかないと。
「……ぐっ! ……うぅ……っ」
「そーら、まず一人だ」
槍を持ったノブユキくんの、柄の端を握った鋭い突き。
心臓に穴が空けば、後は死ぬだけ。
そこから、本格的に四人の攻撃が始まった。
流れるように一人、また一人と倒れていく。
神能と人能を持ってるだけあって、四人ともかなり強い。
イライザは──うん。
やっぱり、観戦しながら対策を考えてるっぽい。
「ちったぁ根性見せろや、ボンクラどもが!」
「あーあ。いつも通りじゃねえか」
鉄格子をがしゃがしゃ鳴らしながら、野次を飛ばす剣奴たち。
最後の一人が倒れたところで、ジュスティーノが宣言した。
「そこまでっ! 試合っ、終了~~!! 勝ったのはこっちの四人だあっ! お次の試合はもう少し楽しめますので、暫しの間お待ちを!」
死体が片づけられていくのを眺めていると、観戦部屋の扉が開く音が聞こえた。
鎧と槍を持った、五人の警備兵が入ってきた。
手足に枷があるとはいえ、荒くれ者の集団が相手だからね。
「ウルバノ、出番だ」
「おう! んじゃ嬢ちゃんたち、行ってくるぜ。……いいかてめえら! 俺がいない間、この二人に変なことしやがったら──頭、叩き割るからな?」
大斧さんを見送ってから、周りからのいやらしい視線を受けつつ。
準備が整ったらしく、剣奴が入場してきた。
「さあ、注目の二試合目っ! まずは我らが人気者、ウルバノの登場だああああああっ!!」
沸き上がる闘技場。
向こう側のお金持ちのみんなも、手を叩いてはしゃいでるみたい。
「だんなーー!! 今日も血の雨見せてくれーー!」
「たまには死んでくれてもいいんだぞーー!」
防具は、右腕部分を覆う鎧のみ。
ただ──その右腕の太さが凄い。左腕の倍近くはありそうだ。
巨大な片手斧を振るうには、十分すぎる筋肉量だと思う。
「そして対する相手は……借金のカタに連れてこられた、王都の平民が十人ッ!! ウルバノを殺す事が出来れば、晴れて自由の身!」
平民たちは、がたがた震えている。
中には膝を付き、祈る人もいた。
武器は持たされている。でも、あれで勝てるようには見えなかった。
「それでは……試合、開始いいいいいいいッ!!」
開始の合図と同時に、散り散りになって逃げ惑う平民。
そんな彼らに対して、大斧さんは容赦が無かった。
「おらおら、どうしたっ!? 逃げ回らなくていいのかい!?」
「たっ……助けてっ……!」
両手を広げて、あっという間に一人の男を追い込んだ。
腰が抜けてしまったらしく、その場にへたり込んでしまった。
「おおらっ……よっとおおお!」
斧による脳天への一撃。
文字通り真っ二つになった男は、闘技場に血と内臓をぶちまけた。
歓声と悲鳴。ここには、享楽と恐怖がある。
「やだっ!! 嫌だああっ!!」
「ああ……あなたっ……!!」
夫婦らしき二人が抱き合い、泣きじゃくる。
そんな彼らを見て、笑う者たち。
こんな場所、あっていいはずがない。
助けたい。でも、何も出来ない。
なんて無力なんだろう。
「おいお前ら、泣いてばっかじゃなんも変わんねえだろうがっ!! その手に持った武器で、ちったぁあがいてみせろよ!!」
大斧さんの檄に奮い立たされたのか、平民はそれぞれ持った剣と槍と弓を構えた。
一カ所に集まり、小声で話し合っている。
(ああ……そんな……)
私は鉄格子を掴み、歯を食いしばった。
奇声を上げながら、走り出す平民たち。
それでも──結果は変わらなかった。
「うぎゃああああああああああっ!!」
「ひぎいいいいいいい!!」
「ああ゛ーーーーーーっ! ああ゛ーーーーーーっ!!」
闘技場を包む、血と贓物と排泄物の匂い。
さっきまで感じていた肌寒さは、観戦者たちの熱気でかき消されていた。
「勝者は……ウルバノーーーーっ!! 皆さん、彼に惜しみない拍手を! そして次の三戦目は、新顔の女二人組っ!! 今しばらく、お待ちを!!」
観戦部屋の扉が開く。
私とイライザは顔を見合わせ、頷いた。
卑怯な手も使う。まずは──生き残る。




