35話 軍事大国と宗教国家②
「──以上が今回の、ローザ・カルミナ館についての報告になります」
「うむ。報告、大義であった。ソフィア財務大臣よ」
カンデラ・ディヴィナ宮殿の執務室。
私は護衛騎士の二人を外に立たせ、ソフィアに作らせた報告書を読んでいた。
「教皇猊下。報告書の通り、金貨一千万枚の内訳は七割が国庫。残り三割は国内の神官や豪商、貴族から徴収する形になります。……猊下は、如何なさいますか?」
「それはつまり……儂も金を出せということか?」
「強制は致しません。ですが、徴収の話を持っていく際、猊下も身銭を切られたとそれとなく伝えれば……心動く者も現れるかと」
「まあ、賠償金については、なるべく迅速に済ませたいであろうな……。分かった、儂も金を出そう」
「感謝します、猊下」
ソフィアは、深く頭を下げた。
今となっては、唯一生きている身内でもある。
姉の一人娘、つまり私の姪。
それがこのソフィア・ヴァルサニエル。
ミディアムヘアの金髪に、青い目と黒縁の眼鏡。
近寄りがたい雰囲気を放っているが、これで性に奔放だから困る。
その辺りの事情を知っていると、苦言も言えなくなってしまうが。
「猊下。例の救済機関設立に関する書類ですが……グレゴル枢機卿は書類を暖炉に放り投げてしまいました」
「儂の所に持ってこようともせず、か。ふん、すっかりこの国の支配者気取りよ」
救済機関については、ノヴァリスを除く四カ国で稼働していくのだろう。
グウィネス女王が賛同したのは意外だったが……いや。
表向きは善良な顔を装い、ノヴァリスの弱体化を狙っているのか。
アドラーとノヴァリスは軍事において利害が共通する事も多々あるが、別に同盟国という訳でもない。
賠償金の件といい、しばらくこの国は苦労するな。
「それにしても……まさかリヒトブリックが、帳簿の全てを焼却するという条件を呑むとはな。エリノア王女も、そこは実利を取ったのであろうが」
「はい。ですが、焼却前に写しくらいは控えさせるでしょう。全ての金貨をリヒトブリックに運び終えるまで、かなりの時間が必要になりますから」
帳簿を焼却する正式な条件としては、賠償金を全額払い終えること。
支払いが終わり次第、リヒトブリックにて帳簿の原本を全て焼却する取り決めが交わされたそうだ。
もちろん、その際はノヴァリスの人間も立ち会うことになっている。
帳簿については、関わる人間が多すぎて扱いに困っていたというのが実情だった。
自分自身の名や、父や祖父、曾祖父の名が書かれた者はお互いを牽制し合い、監視していた。
そんな彼らにとっては、むしろ今回の話は渡りに船だったのかもしれない。
まあ、それとは別に、大金を吐き出す原因を生み出した人物を恨む気持ちもあるだろうが。
ノヴァリス側としては、原本さえ処分できれば問題無い。
例え帳簿の写しを出されたとしても、そんなものは捏造だと強弁すればいい。
残念ながら、それが我が国のやり方だ。
「金貨一千万枚が水の泡か……くくっ……ふははっ……実に愉快だな」
「教皇猊下。何が面白いのか分かりませんが、このような時に笑うのは不適切かと」
「そなたも顔がにやけているぞ。……ま、堅苦しい雰囲気は疲れた。お前もソファに座れ」
「そうね、叔父様」
この場には二人きりだし、特に外面を気にする必要も無い。
互いに楽な格好で同じソファに座り、話を続ける。
「……ああ、そうだ。例の剣奴達と異世界人の三人、彼らの処遇はどうなった?」
「《《旧》》フェリクス軍の所で、預かることになったみたい。多分、嫌がらせでしょうね。生前のフェリクス将軍は潔癖過ぎて、国の上層部からも嫌われてたし」
「ほう、そうなのか。潔癖なだけでなく、猪武者のフェリクスを副将軍と軍師が支える──色々と面白い話を聞いていたがなあ……」
剣奴の中で一番腕の立つウルバノは、私も戦いぶりを見た事がある。
人付き合いの流れで裏闘技場に行った際、観客を大いに沸かせていた。
あの異様に発達した右腕と、大斧を巧みに操る戦い方。
今後、それが軍の中でどう活かされるのかは未知数だな。
異世界人の三人については、同郷であるスタリオンとローザ・カルミナ館で対面したはず。
それでもこの国に残ったという事は、そりが合わなかったか。
まあ、どこの世界も人間関係は複雑。そういう事だろう。
「そうだ、叔父様。近々、マール連邦に行くことになっているの。情報収集も兼ねて、スタリオン卿に会ってくるわ」
「……グレゴルの命令か?」
「私からおねだりしたのよ。あのお爺ちゃんが喜ぶやり方でね。スタリオン卿との連絡手段を作っておいた方が、お互いにとって有益だもの」
下品な仕草を見せる姪に、頭を抱える。
……姉さん、すまん。
あんたの娘、ちゃんと育てられなかった。
「おい、ソフィア。頼むから、私の前でそういう話は止めろ」
「あら。男の人って、こういう話は好きなんじゃないの?」
「あのなあ……身内のそういう話は聞きたくないに決まってるだろ。スタリオンが来ていたのを隠していたこと、怒ってるのか?」
「別に怒ってないわ。それにね、ナタリアさんからスタリオン卿がノヴァリスに来ている話は聞いていたの。でも、私の方から接触するわけにもいかないでしょ? まずは段階を踏まないと」
ナタリアめ、ソフィアに話していたのか。
まあ、あいつなりに大丈夫だと判断したんだろうが。
「……そのくらいの判断が自分で出来るくらいには、お前は有能なんだがな」
「そうそう、もっと褒めてちょうだい」
表向きの役割としては、グレゴルの命令で私の監視役をしているソフィア。
同時に、互いの存在が人質となっているのが現状。
だが正直、あの爺さんは我々の反骨心を甘く見ているな。
家族や親族が不審な死に方を続けていけば、怯えて大人しくなると思っていたようだが。
お前のやり方が、私達の団結力を深めてしまったのだ。
──私とソフィアだけではない。
今のノヴァリスに対し、不満を持つ者は大勢いる。
そういう存在が少しずつ集まり始め、力を蓄えているのを知っているか?
今に見ていろ、狸爺め。
この国が滅びることまでは望んでいない。
だが、一度傾きでもしない限り、何も変えることは出来ないだろう。
いずれにせよ、今後はもっと慎重に立ち回る必要があるな。
一応、この姪っ子にも注意しておくか。
「ソフィアよ。マール連邦に行くのはいいが、くれぐれも目的を忘れないようにな。スタリオンと繋がりを持つのは構わんが、その……なんだ。羽目を外しすぎるなよ」
「心配しないで、叔父様。──そっちの方も、ばっちり味見してくるつもりだから」
「だから、その下品な仕草を止めろと言ってるだろう!」
ともあれ、これでノヴァリスとマールは完全に敵対関係だな。
──用心しろよ、スタリオン。
アドラーの前にまず、この国を退けてみせろ。
《第3章、完》
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
今回の章でソウマが形にした願いですが、次章で明らかになります。
なるべく早くお届けできるよう、頑張りたいと思います!




