肉筆で核ととても面倒臭い言葉
その発音はどこか外国の雰囲気を匂わせる。
「……………………」
沈黙を貫くトゥーイ、首も喉の発声装置からは時々思い出したかのように、ブツブツとぶつ切りのノイズ音がこぼれて、誰の耳に届くこともなく雨粒に吸い込まれて消滅する。
そういえば、とキンシは今更ながらに思い当たることをぽつりと思い出して、思い返してみた。
たった今自分の事をじっと凝視しているこの青年は、いつだって必要以上に言葉が少なく、不必要なまでに沈黙を尊重する性質があるのだが。
そうだと前提したとしても、それにしたってこの静かさは少し異常を感じさせると、キンシ個人は少し気になり始めていた。
魔術師が、それも城お抱えの超絶級エリートの魔術師が目の前に二人も現れる。
自分たちのように場末の魔法使い事務所で日々彼方退治に勤しんでいる、そのような生き方をしていたとして、あのような魔術師と会話をすることなど滅多にない事なのに。
そのような珍しい事象が起きていて、青年が何一つとして反応を示さなかった事。
「ねえトゥーさん、さっきは随分と静かでしたね」
キンシは特に躊躇うこともせずに、ごく自然な口ぶりでトゥーイに問いかけてみる。
「あまりにも口数が少ないものでしたから、僕は貴方の存在を意識から消失しかけましたよ」
青年は答えない、答える素振りすら見せない。だがキンシ構わず話しかけ続ける。
「まるで、まるで目の前に他人がいるのにも構わず、自分勝手に自分本位な想像劇場を繰り広げているような、そんな感じでしたよ」
青年はやはり答えない、まるでこの世界に自分の意識を向けるべき存在など、どこにも存在していないかのように。無関心を装い続けている。
「……」
キンシは一拍黙った後、諦めたかのようにため息を一つ。
「しょうがないなあ、今日のところは貴方に合せてあげますよ」
とても面倒臭そうに、内心はそんなことなど一切考えていないのにもかかわらず、いかにもわざとらしくそれらしい動作を数回繰り返した。
その後に。
魔法使いは真顔になって、少ない足場の上で青年と体を向きわせ、息をするついでのように声を発する。
「それで? uitofuc4t/」
声のついでに何か、口がどろどろに溶けてしまったかのような、そんな錯覚をさせる発音を行う。
聞き間違いで訂正をするべきなのだろうか、そんな試行錯誤など無意味だと言わんばかりに、キンシはその奇妙な言葉を平然とした様子のままで語り続ける。
「何でも言いたまえよトゥーさん、いや、シーベットライトトゥールラインさん。此処には今のところq;meueからqed942だよ」
若者から真っ直ぐ催促される青年、戸惑っているのかどうかも判別かつかない曖昧でごくごく短い空白の後、そう大して時間もかけることなく、彼は当然の事柄のように口を開く。
開いて、息を吸って、喉を膨らませて、舌を動かして。
頬に刻まれている、上に電車でも通過してしまえそうな程におうとつが激しい傷跡が、生々しくブチブチと固定から引き剥がされる音を肉の内側に鳴り響かせる。
そんな事などどうでもいいと、気にしている場合ではないのだと、自らに宣告するかのように。
「c4qu,bbifq;meueu」
別段なんて事もなさそうに、トゥーイは自分の声帯をもって他人と会話を開始した。
「もしかして、もしかしてですけれども、もしかしなくても」
キンシはとてもとても、これ以上に気まずいことなどないのかもしれないと、顎をくびの方に食い込ませながらトゥーイに問い質してみる。
「もしかしてあの仮面君が僕と6ud//////,つまりs4.eで、ちょっと小難しい言い回しをしてみれば6ud3uk]duだったと」
キンシは抉るような視線を向けたまま、トゥーイに詰問をする。
「そうでしたか、そうかそうか、全て貴方にはお見通しという訳でしたか。何と言うことでしょう、とんだ茶番劇でしたね」
自虐なのかそうでもないのか、言葉の丁寧さにカモフラージュして一切自分の側にある本心を見せようとしない魔法使い。
およそ会話の相手にするのには不向きな、著しく面白みに欠けている相手。
それに対しトゥーイは無表情を一貫しようとして、しかし自身の肉を動かすことによってそれすらも上手くできないままに、ただただ思考から湧き出る言葉を自分のできる範囲内において外部に排出することしか出来ないでいた。
「jxt,xed9topy20tzwequyw,cyubs,3.0:ueq\」
「ですが、予感はしていたと、それには間違いはないんですよね」
相変わらずの変更の意思を感じられない鋭さのままに、視線を向けられ続けるトゥーイは特に動ずることもなく沈黙をする。
それを同意と解釈したキンシは、まさしく呆れかえったかのように。
それが自分に対して向けれたものなのか、あるいは自分以外の誰かに向けているものなのか。
こんなにも決定的な事実を突きつけられたのにもかかわらず、やはりどうしようもないほどの曖昧さでお決まりのジェスチャーを決め込んでいた。
「やれやれ、ですよ」
そしてすぐにだらりと、二本の足で立ってるのがやっとなほどに体を弛緩させると。
じっと、今度は他の誰にもその矛先を向けるでもなく、誰も何処でもない湿った虚空を見つめて。
何も見ずに、眼球からあたりまえのように得られる視界をすべて自身の内側に、ぎゅうぎゅうとはち切れんばかりに押し付けて。
「これは、僕たちだけで、少なくとも限りなく僕だけの価値観と言うクソ狭苦しい世界の中で、みみっちく完結させていいような事柄ではないと。それだけは明らかに確実で、あからさまに確定事項ですね」
トゥーイはもう何も、自らの唇を動かして何かを意見しようともしない。
同意としての沈黙を湛えるその表情には、久しぶりに自身の肉声を聞いて戸惑っているような、あるいは今起きている現実などまるでどうでもいいというような。
それとも、あるいはまったく関係ない事を、例えば今日の晩御飯の献立のことでも考えているのだろうか。
いくらでも解釈できてしまえそうなほどに、何一つとして思惑が読み取れそうにない無表情、それだけが残されていた。
それで十分だと、それ以上の事は今は必要ないと、キンシは一つ大きな背伸びをして。
掲げた指先を、端々まで伸ばした人差し指をそのままに、唇の近くまで近づけて。
雨粒を受け入れた指紋を水分によって湿っている薄皮に押し付けたくなる、その欲求をぐっと堪えつつ。
「何にしても、彼と、そして彼女ともっと腹を割って、それこそ柔らかくてぬるぬると濡れている中身をすべてぐちゃぐちゃと掻き出すほどに、よくよーく語り合う必要が……」
と、魔法使いと魔法が使える剣士が決意を固めた所で。
彼らのいる所、遥か高みの魔力鉱物採掘現場の細々とした足場。その下方から先輩魔法使いであるオーギの声が高らかに伸びてきた。
何と言っているのだろうか、キンシの耳にはその子細な判別がつかず。
「えー? 何ですかー?」
実際に降りて確認することもせずに、横着さを発揮してその場から聞き直している。
そんな若者の隣で、
「……………………」
青年が息を吸って、そしてまともに酸素を得ることもせずに短く吐息が響く。
これ以上は話したくないと、誰にもわかるはずもない決意の上で口を閉じていた青年が、そのような決定は下らぬと、即座に唇を開いて。
「pype,」
発音装置を稼働させることすら煩わしいと、トゥーイは一刻も早く起きていた事実を伝えるために喉を震わせる。
「pype,3ezoti:q」
やっぱりそれはこの世界におけるおおよその文明的言語には値しない、酩酊とした曖昧さだけしか見出せそうにない。
リスニング使用のない、雑音にしか聞こえない声でしかなかったが。
しかし、青年の近くにいる魔法使いに起きてしまった現実を伝える分にはその役割を、世界において言葉としての役割を果たせたらしい。
魔法使いは驚きと、湧き出る憤りの中で唇を開く余裕すらもなく、下方に向けて重力の任せるままに落下していった。
青年もその後に続く。
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