観光資源には値しない城
灰笛の観光名物?
本音を言えば彼もこの世界のありとあらゆる人間のように、さっさとするべき事をはたして自分のいるべき世界に戻りたいと思っていることろだが。
「なるほど、それもまあ納得のいける要求ではあるな」
ゴツゴツと年齢の割には色素が沈殿している指で首筋を数回掻きながら、エミルはオーギの提案を快く、少なくとも外見上はそのように見える形で許諾した。
相手のサービス心に申し訳なさを抱くこともせず、オーギは早々と自身の疑問を口早に話し始める。
「まず、どうしてあんた方のような自警団が、いわば城お抱えの魔術師のようなお偉いさんがこんな、場末の魔法鉱物採掘場にまでやって来たんだ?」
彼の口から零れる「城お抱え」と言う単語に対し、キンシは内心ぴりりとした痺れを感じつつ、ゴーグルに隠されていることを良い事に視線を勝手に反らし、とある方向へと。
そこには自分たちのいる低い建造物が並ぶ場所から、遥か先の高層建造物が立ち並ぶ灰色の森が広がり、そこの行き着く果てには小さな小山のようなものが真っ直ぐ、天高くまで伸びていた。
灰笛の中心、それは地理的な要素以上に人々の生活面において強く意味を成している。
一体いつのころからあのような形になってしまったのだろうか?
中心街と呼ばれるべき区域はかつて、古の時代により生じたと歴史書に記されている地殻変動に基づいた影響によって、ソフトクリームの頂点のような形状になっている。
そういった単純な土地環境も含めて、そこはまさしくキンシ達がいる低層区域を物理的、精神的において上から目線を送り続けている訳なのだった。
そんな高級感たっぷりの高層区域の中心、灰笛のど真ん中、そこには城があってキンシの視線は最終的にそこへと落ち着くことになる。
別に、この若き黒髪ほんのり白髪交じりの魔法使いがとんでもなくファンシー島の住人じみた思考を持っている訳でもなく、だから普通の現代建築技術の事をしゃらくさく洒落た言い方をしただとか。
そのような気の利いた語り口を勝手にしているだとか、そのような素敵な事実なのは無く。
本当に、そのままの意味においてこの灰笛の中心には城が立っていたのである。
我が物顔で、事実的にその通りではあるのだが、まさしく支配者的な立ち位置において都市を見下ろす。
灰笛の城は今日も高々とそびえ立っており、その体を含めた中心街は雨による水分にて通常通りの如く全体的にびしょびしょになっている。
「あんな雨だらけの場所から、ご苦労様ですね」
「なんか言ったか?」
話しかけれられるとは思ってもおらず、だから大げさに肩を振動させてしまう。
「いえっ何でもっ」
「あっそ」
後輩があらぬ方向を見ながら呆けていた、そのことに関して叱責を送る余裕もなく、オーギは脱線する暇を与えず会話の流れを戻す。
「えっと、つまり? あんたがた二人が此処に来たのは、限りなく極秘裏に近いプライベート染みた案件であって、だからこそ区域の棲み分けも不必要だったと?」
キンシがぼけっとしている間にある程度のところまで情報のやり取りがなされていたのか、いきなり聴覚を伝わり入り込んできた事実に、オーギはもちろんの事キンシも少しばかり猜疑の心を持ち始める。
「男の人と女の人が二人っきりでお城から片田舎まで秘密のお仕事? 先輩、それってなんだか……、ねえ先輩」
やはり何が後輩魔法使いの心の琴線に激突したのだろうか、全く予想もつかないし知りたくもないと、オーギは自分の上着を掴んで引っ張る後輩のに深く追求することはしないでおいた。
沈黙の中においてまるで誤魔化しきれていない、魔法使いたちの手前勝手なやり取りにエミルは感情の見えない目線だけを送り。
エリーゼの方は単純にも興味深そうに様子を一通り眺めた後、すぐに気を変えて話の続きをする。
「それでねえ、アタシたちはーとある事件の調査と言う名目のもとお、様々な観点から資料を集めまわっている訳であってね。その点で言えばーあのバケモノを魔砲で派手に壊したってことには、まあまあ関係があるとも言えなくはないわねー」
元々に緊張感があるともいえないのだが、それでもなお言葉が後半になるにつれてエリーゼの視線に分かりやすいまでの気まずさが滲み、その視線はふらふらとエミルの方へと向けられる。
雨の日にもかかわらず不気味なまでに巻き髪を決めている女性、彼女から窺うような視線を向けられてエミルもさすがに苦々しさを隠せないでいた。
「まあな、近年増加している液状変化型彼方の調査って名目ならば、そういった言い訳の上ならば無断で魔砲弾をぶっ放したことについても、まあまあ多生のお目を見てやっていいと思えなくも、なんて」
エリーゼが加工済みのまつげを大きく上に伸ばしたところで、エミルは声の調子を急に下落させる。
「言うと思ったかこのアマが、後で納得のいくような言い訳を期待しているぜ」
別の先輩が自分とは関係性が薄そうな後輩にお叱りの雰囲気を匂わせている他所で、キンシは何気なく登場した単語に強く関心を惹きつけられる。
「液状変化……? 彼方さんに何か変なことが起きているのでしょうか」
自らに近しい先輩がじっと自分の事を、どこか睨むような目つきで凝視しているのにも構わず、キンシは己の知識欲に逆らえないで、ごくごく自然な動作で唇を動かしていた。
「最近、一般の方々が彼方さんに襲われることが多発しているということと、それが何か関係しているのでしょうか」
予想だにしていなかった追及に男女は一瞬呆けたような表情を浮かべ。
すぐにエミルがそれとなく言葉を濁しつつ返答をする。
「あー、それに関してはたった今君たちが戦っていたモノが、ちょうどまさしく現物に当たるということになる訳だが」
「おお……なんとなんと、それはそれは」
相手の反応とは対照的に、キンシはその事実に深く心に感ずるものがあったのか、大げさにうなずきを数回繰り返したのち、唇に人差し指の腹を押し当てて黙考し始める。
「それはとても興味深いですね……、キンシとして見過ごすわけにもいかなさそうです。やはりもっと調査の枝先を伸ばすべきなのでしょうか? しかし、あれ以上枝を増やすと彼女にも不必要な負担が……。……」
ぼそりぼそりと小声で何かを一しきり呟き、勝手に沈黙に浸ってしまう魔法使い。
理解に苦しむ様子を気まずそうに見守る男女に対し、オーギが取り繕うようにして話題の続きを催促する。
「えっと、それで? わざわざ化け物の退治だとか調査だとか、あんな感じの」
その時点ではすでに何の感想もなかったのだろうか、とてもそうには見えぬ程にぞんざいな所作にて空中に浮かぶ魔法の網を顎で指し示す。
「何と言うか、とても……。……とてもいい感じの魔法を使ってまで、彼方の死体を丸ごと横取りしようってんだから。俺たち魔法使いにそんな事をしてまで隠蔽したい事ってのは、それはもうどエライ事柄なんだろうなあ」
オーギの刺殺とまではいかなくとも、指先を針で圧迫す程度の鋭さがある視線を向けられ、とりあえずそのことに関しては言い訳無用とエミルは率直な謝罪の意を向ける。
「君たちの取り分を、彼方の死骸から得られる魔力エネルギーをそのままごっそり横取りする形になる事は、純粋に申し訳なく思っているよ」
しかしすぐにそのような従順なる態度を払拭して、そこの深い泉の如き色味の瞳孔に冷やかな感情を満たし始める。
「しかし、一通り意見を聞いた上で色々と訂正したいことがあるのだが、」
言葉のために酸素を呼吸器から吸い込む、その短く些細な動作の中でエミルは迷いなく自分のひまわりのような色合いの髪の毛を神経質そうな挙動で擦り始める。
「まず最初に、俺は君たちのような魔法使いとは違う。俺に魔法などと言う行為は出来ないし、その辺についてまず誤解を解いてもらいたいな」
何をそのように、いちいち細かいことを。
オーギが無言の内に呆れそうになっている所、隣にいるキンシは馬鹿正直にエミルの言わんとしている言葉の続きを求める。
「そうだとすれば、そのように自己主張するとして、僕たちはどのように貴方達を呼べばよいのでしょうか?」
エミルが大仰そうに口を開く。
それよりも早く、軽やかに軽々しく。
「そうねー、職業的に分類するならー、魔術師って言った方が正解に近いかもねー」
エリーゼが自己の立場を言葉に乗せて、魔法使いたちに伝えた。
通称「城」
ネーミングの安直さはどうしようもないとして、一応の歴史的価値はあるものの、土地の環境や単純な見た目の地味さにおいて観光資源としての活躍は見込めない。
現在は家主一族の大体に続く魔術師人財育成および社会運用にて城の維持費をやりくりしているとのこと。
それでも近年はその存在自体の疑問点が、一般市民の口コミからひっきりなしに灰笛の話題に根を張っているとか。というか、そもそもみんなそんな城のことなど興味がないのか。
……俺個人の見解としては、後者の可能性が濃いと思っている。
実際に言葉にすることは無いにしても、結局自分に関係のなさそうな所に興味を抱けないのは、魔法使いも魔術師もそれ以外の人間も共通の事項なのだろうか。
余りこれ以上の事はが得たくない、実のところ俺自身も日常の中で城のことなど考えもしないのだ。
そんなもの、その程度がちょうど良いと言うべきなのか、それで納得しておくか。




