方向にはブリキのおもちゃ
お風呂に浮かべますか。
「んなこたぁ重々承知なんだよ。それで、何か見当はあるのか」
ぎちぎちと張りつめていた筋肉を若干弛緩させて、オーギは後輩の行動を窺ってくる。
「そうですね、とにもかくにもまずは実地調査ですね。実際にあちこち触ってみて考えます」
そういうな否や、キンシはその体を真っ直ぐ怪物へ向けて跳ばした。
トゥーイもの当然の如くその後に続く。
二つの形がことなる影は跳躍の中で武器を取出し、その切っ先をどろどろになってしまった怪物のゲルに沈みこませる。
「うああ、これは最悪にどるんどるん……っ」
槍を解して腕の感覚神経に伝わる肉の柔らかさ。と言うか、柔らかいと表現することすら躊躇われるほどに、いよいよ怪物の体からは生き物としての個体性が急速に失われつつあった。
死にさらしたヘドロ沼の如き体表から、キンシが腰を踏ん張って槍を引き抜いている頃。
トゥーイは言葉を発することもせずに剣で怪物の器官の一つ、ぼこぼこと気泡のように生み出される球体の一つを巻き割りの要領で叩き割った。
衝撃を受けて破壊される球、内部より水があふれて構成が瓦解する。
しかし。
「///,....///」
もうその体には生き物としてあるべき感覚すらないのだろうか。
怪物は内蔵の一つを切り裂かれたのにもかかわらず、その体からは使い物にならない鍵盤ハーモニカのような呼吸音しか聞こえてこない。
「……………」
トゥーイは武器を強く握りしめたまま眉間に深くしわを刻んで、数秒ほど思考を巡らせる。
脳内にて判断をつけて、心理の内側に一つの感情を灯らせる。
「先生」
刃に付着した体液を雨粒の好き勝手にさせたまま、トゥーイは渋面を作っているキンシの方へと近づいて提案を一つする。
「安直なる偏見に透明な価値観が守護をするのでしょう」
彼からの提案にキンシは少しばかり驚きを示す。
「え、もう大丈夫なんですか? 球を一つ破壊したぐらいで、一体何が……」
キンシが怪訝そうにしている、猜疑心の含まれた感情を向けられているトゥーイは、しかし表情を一切変えることなく自分の意見を押し通そうとする。
「宮殿を破壊する術ならば自覚をすることに城は迎え入れてくれるのです」
真っ直ぐと主張を向けてくる青年。
彼にしてはらしくなく、自身に満ち溢れた様子で自己を主張してくる。
多少の戸惑いは見せたものの、こんな所でああだこうだと考えても仕方がない。
早々と判断をつけたキンシは一回うなずいた後、実体を失った怪物の体から一旦距離をとることにした。
戻ってくる後輩達。
「それで? 何か見当がつきそうなものは得られたんか」
特に示し合せをすることもなく自然と自分の元へと集まってくる。
オーギはまずキンシに、狭い方を上下させて息をしている若者に検討をかけてみる。
「いえ、僕の方ではやはり、あの彼方さんについての有力な情報を掴むことは出来ませんでした。ですが、」
先輩に落胆を擦る隙も与えずに、また自分の内部にも仄かな期待を募らせて、とにかくトゥーイの意見を促そうとした。
「トゥーさんが何か、何かしら伝えたいことがあるそうですよ」
「ああ、え? それは……」
後輩からの提案にオーギが戸惑いを見せるよりも早く、キンシの視線によって催促されたトゥーイが躊躇いなく自分の思考を言葉にしようとした。
「廃棄物が贈り物としてもたらされてしまいました正しい意見が淘汰される危険性があります生花店はこのままだと侵害される恐れが」
「あー、えっと」
オーギは何を言うでもなくキンシに目配せをする。
キンシは先輩の視線に気づいて一拍間を置いた後、すぐに察しをつけて青年の怪文法の翻訳行動を開始
する。
つらつら、少々長めの言葉の連なり。その後に。
「あーっと、つまりこう言うことか」
それによればこう言うことらしい、とオーギは要約をする。
「あの化け物は突然変異で、いくら球を破壊しても意味がないと」
「そう言うことです、ザッツライトです」
何故か達成感を抱き始めているキンシに対し、オーギは苦々しく溜め息を吐いた。
「んなことを知った所で、俺らは一体どうすればいいってんだよ」
あまり大した情報を得られなかったと落胆する。
そのような先輩の判断にキンシは慌てて補足をする。
「いえいえオーギ先輩、まだ諦めをつけるのは早いですよ早すぎるですよ」
「いや別に、諦めたわけじゃ、」
先輩の主張に覆い被さらんが勢いでキンシは翻訳内容をまくし立てる。
「今の彼方さんの状態とは言わば生まれたての人間のような状態でして。何かしらの要因によって、と言うかその原因は明らかに僕たちにある訳なのですが。ともかく様々な理由によってあの体は生まれた瞬間の状態に逆戻りしてしまった、とのことです」
「ほう。それで、殺すためにはどうしたらいいんだ、なんにしてもその事を教えてくれよ」
確信を追及してくる相手に怯むこともなく、キンシはなんてこともなさそうに口を動かす。
「そこまで来ると最早事々は単純明快。新たに作られた揺り籠を、そうですね……今は人の心臓ほどの大きさぐらいになっていましょうか。それをまた僕たちの手によって破壊すればいいんですよ、それだけでいいんですよ」
「ほう、それだけでいいと」
「はい、そうです」
謎ににこやかなキンシと向き合い、オーギはうっすらと目を細める。
「そうだとして、あのドえらい量のゲルと球から、たった一つのちんまい器官を見つけ出そうってんだ?」
キンシはにこやかさを崩そうとせずに、左斜め上をちらりと見る。
「それは、これから考えるつもりです。引き続きおっかなびっくり、恐る恐る様子を見ていきましょう!」
「最初と大して変わっとらんやんけ!」
期待させた割にはどうにもならぬ無駄事ばかりで、オーギの苛立ちがいよいよ限界に達しそうに、
なった所で。
「……ん?」
先輩魔法使いの耳にとある音が闖入してきた。
「何か聞こえないか?」
「え、何も聞こえ……」
若き魔法使いたちがやり取りをしている間、トゥーイの視線はとある方向へ、怪物がいる所とは異なる方向へと向けられていた。
「あ、」
青年の視線に気づき、それが向かう方向を辿るキンシは、とある物体がこちらに近付いてきているのを発見した。
「オーギさん、なんかたくさんの船がこっちに向かって飛んできていますよ」
「あ? 船」
何の脈絡もなく必要性も感じられない報告をしてきた後輩に、オーギは呆れを露わにしかけて。
しかし音のする方を、そこに幾つも飛んでいる移動器官を目にした瞬間、すぐさま考えを改めることになる。
「何ですかね? 魔法鉱物搭載式の飛行船があんなにもキラキラと密集しているなんて珍しいですね」
キンシは遠くを見るポーズをつくり、その船の集団をじっと眺める。
機械的な唸りを上げて真っ直ぐ近付いてくる機械の群れ。
それはどこか生き物の大群のようで、だが一切のブレがない統制はどうしようもなく生き物とは決定的に異なっている。
一般的な、例えば灰笛に暮らす市民が土地上の都合により地上を走るタイプの移動方法をとれない場合、己の生活費を削る気合で飛行船を購入したりする。
船を製造するメーカーにそれぞれの個性があれども、その大体は空気抵抗を出来るだけ少なくするために出来るだけ丸っこいフォルムをしている。
今まさに飛んできているそれらも同様で、四輪車とは異なる楕円形の金属の塊はどこか懐かしさのある。
スズを基本とした金属質なおもちゃを連想させてくる。
「先輩、これはちょっとまずいんじゃないですか」
雨粒を通り抜けて鉱物の光を発する船の大群に、キンシは怪物と対峙している時とは別方向の恐怖心を抱く。
「こんな所に一般の船が、あんなにもたくさんきてしまったらそれこそドえらいことに!」
懸念に息巻く後輩魔法使い。
それとは対照的に、先輩魔法使いを含めた彼らは至って冷静そのもので、一切表情を崩そうともしなかった。
「お前が心配していることなら大丈夫だ」
オーギが後輩に向けて静かに事実を教える。
「あれは、全部自警団の飛行船だ」
うだるように熱いのが好み。




